ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

yumekix

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第二章 聖女の秘密

氷の聖女

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 そして翌日、入学式の日。

「起きてください。遅刻したら寮長に切り刻まれますよ」

 物騒な物言いで起こしに来たエレナに、リディアは寝ぼけまなこをこすりながら答える。

「エレナは寮長を何だと思ってるんですの? 切り刻みはしないでしょうさすがに」
「いえ精神をズタズタにされるのはありえます。フランシスコ様がらみ以外ではそこまでしないとは思いますけど」

 妙に説得力のあるその言葉に、リディアは飛び起きる。
 顔を洗い、エレナに手伝ってもらいながら着替えを済ませる。六年前ならいざ知らず、今は礼服でもない限り着替えくらい一人でできるのだが、手伝いを拒むと「私の仕事を奪わないでください」と抗議の声を上げるので、仕方なく手伝ってもらっている。
 支度を終えて食堂に着いたのは、まだ刻限まで少し余裕のある時刻だった。それでも寮長のセシリアと副寮長のテレサをはじめ半数近くの寮生たちがすでに席についており、残りの生徒たちも三々五々、集まり始めていた。

 午前七時、校舎の鐘楼から鐘の音が鳴り響くと、セシリアが食事の前の挨拶を行う。

「今日も女神様が我々に生きるかてを与えてくださいました。女神様に感謝していただきましょう」

 寮生全員が両手の指を胸の前で組み合わせて女神に祈りを捧げると、ようやく食事の時間だ。
 食卓には、生ハムを挟んだバゲットと目玉焼き、それに冷製スープが並べられている。それらを食べながら、リディアは食堂内を眺めまわして寮生たちに目を配る。
 セシリアとテレサは、一番右奥の席にならんで、お上品に食事を口へと運んでいる。フェリシアやミランダはリディアから少し離れた場所に着席している。フェリシアとミランダのお互いの席も離れていて、どうやら食堂の席も部屋同様、親戚同士が固まったりはしないようだ。
 寮内で顔と名前を知っているもう一人の人物、ローゼンブルクの公女ローゼは、セシリア達の席のすぐ隣のテーブルで、美しい姿勢で食事をしていた。彼女のいるテーブルの面々は、みんな一般的なヴァンダリアの貴族とは少し異なる服装をしていることに昨晩の夕食の時間に気付いたのだが、エレナが仕入れてきた情報によると、このテーブルは外国から留学してきた要人の令嬢たち用の席なのだそうだ。
 そして、まだ知り合っていない他の重要人物たちの席も、昨晩エレナが確認しておいてくれた。リディアはその寮生たちに順番に目をやる。
 一人は、リディアのいるテーブルの隣のテーブルに、ちょうどリディアと向かい合うように座っている少女。艶やかで真っすぐな黒髪を腰のあたりまで伸ばし、白を基調とした清楚なドレスに身を包んでいる。透き通るような白い肌と吸い込まれるような黒真珠色の瞳はとても魅力的だが、どこか生気のないような印象も与える。次期聖女であるエウラリア・メリノ嬢だ。
 もう一人は、食堂入り口の扉のすぐ左のテーブルに座る、栗色の髪の毛とエメラルドグリーンの瞳を持つ少女。典型的な寮生たちと比べて明らかに質素なその服装から、平民の娘であると分かる。彼女が『チェンジ☆リングス』の主人公クロエだ。
 クロエについては、まだ接触しない方が良いとエレナに忠告されている。ゲームの展開と違うタイミングでクロエと知り合ってしまうと、その後の展開がエレナが知っている通りに進まない可能性があるからだそうだ。クロエと知り合うべき時が来たらエレナの方でリディアをクロエの元へと誘導するので、それまではクロエに話しかけないようにとのことだった。
 一方でエウラリアについては、なるべく早く知り合って仲良くなっておくに越したことはないだろう、というのがエレナの意見だ。望む結末にたどり着くためには、四人のライバルキャラと四人の攻略キャラ、計八人とは仲良くなっておくほうが良い。最低でも『知り合っていて、嫌われてはいない』状態でなくては、彼らの行動をこちらの思うように誘導することは出来ない。セシリアが目を光らせているせいで男性陣と仲良くなるのは慎重にならなければならないから、さしあたって仲良くなるべきはエウラリアである。
 幸いにも互いの席が非常に観察しやすい位置関係にあったので、リディアはエウラリアと同じタイミングで食べ終わるように食べるスピードを調整して、エウラリアが退室しようとしたタイミングで自分も立ち上がって声を掛けた。

「あの、メリノ公爵家のエウラリア様ですよね? 次期聖女様の」

 エウラリアは、ごうほども感情のこもっていない表情でリディアを見つめながら「ええ」とだけ答えた。

「あの、わたくし、エチェバルリア公爵家の長女リディアと申します。実はわたくし、エウラリア様とお話をしたくて……」

 話しかけた理由をどうにかでっち上げるために、自分は熱心な女神教の信者で次期聖女である彼女に憧れている、という設定にしようかと一瞬考えて、それはまずいとすぐに思い直す。今この場で話しかける理由を取り繕えばいいというものではないのだ。彼女とはできるだけ仲良くなる必要があり、その関係を攻略が終わるまで続けなければならないのだ。ある程度仲良くなったら、リディアが決して敬虔な信者ではないことなどすぐに見抜かれてしまうだろう。こういう時は全くの嘘を言うのではなく、できる限り本当のことを混ぜたほうが矛盾が生じにくい。

「その……以前、父が懇意にしている大司教様から、堅信礼の際に聖女ファティマ様がエウラリア様を次期聖女だと宣言なさったというお話をうかがってから、ずっとどんな方なのだろうと興味を持っておりましたの。それで、よろしければ……、あの、お友達になっていただきたいのですが……」

 リディアの台詞がだんだんと自信なさげになっていったのは、『堅信礼』と言う言葉を聞いた瞬間に、完全な無表情だったエウラリアが少し眉根を寄せ、険しい表情になったからだ。エウラリアはすぐに無表情に戻ったが、リディアの言葉に不快感を覚えたのは事実だったのだろう。

「次期聖女であろうが、強大な魔力を持っていようが、わたくしはわたくし。ただの十五歳の小娘です。『ただのエウラリア・メリノ』とお友達になっていただけるのでしたら光栄ですが、『未来の聖女様』にご用がおありなら、わたくしではご期待に添えないと思いますわ」

 突き放すようにそう言って、エウラリアは食堂から退室していった。

 *

「適当な嘘で話しかける理由をでっち上げるよりは良い判断だったと思いますが、どうやら彼女にとって堅信礼は触れてほしくない話題のようですね」

 自室に戻ったリディアとエレナは、先程のエウラリアとの会話の反省会をしていた。

「でもどうしてですの? 次期聖女に選ばれたなんて誇らしいことでしょうに」

 リディアの問いかけに、エレナは「わかりません」と首を横にふる。

「他人の心は、究極的には本人にしかわかりませんからねえ。エウラリア様はあまり目立つのが好きではない性格なのかもしれませんし、ましてや彼女は堅信礼の最中に倒れられて、気がついた直後も錯乱状態だったそうですから、『わけのわからない内に次期聖女に選ばれた』という感じで気持ちが悪いのかもしれません。憶測ですけどね」

 なんにせよ、仲良くなるために声をかけたつもりが、かえって地雷を踏んでしまったことだけは確かだ。いきなりマイナスからのスタートになるとは、前途多難だ。

「それよりも、そろそろ入学式の時間です。講堂へ急ぎましょう。エウラリア様の件は、堅信礼の話題がタブーだと分かっただけでも収穫だと思って割り切るしかないでしょう」

 済んだことはしょうがないとばかりに気持ちを切り替えにかかるエレナを見て、このお姉さんかなりサバサバした性格だよな、とリディアは改めて思う。まあ、そんな彼女のさっぱりした性格に、ずいぶん救われているんだけど。と、入学式へ向かう準備をしながら、そんなことを考えた。
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