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第二章 聖女の秘密
入学式
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学舎の鐘楼の鐘がなった後、リディアたち寮生は寮を出て講堂へと向かいはじめた。今日は入学式なので、授業の日より少しだけ遅いのだそうだ。本来ならこの鐘は始業の合図で、この時間までには教室で席に着いていなければならない。
講堂に入ると正面最奥にステージがあり、新入生はそのすぐ前に並ばされた。その後ろには在校生が並び、入り口付近には新入生の父兄たちが三々五々、集まりはじめていた。
鐘楼が二度目の鐘を鳴らしても父兄たちは少しずつ増え続けていたが、その到着が途切れるのを待たずに入学式は始まった。司教の服を着た教師の司会で学園長やら在校生代表やらが入れ替わり立ちかわり長々と演説を述べているあいだ、リディアはちらりちらりと他の新入生たちに目を配る。
ライバルキャラたちとヒロインのクロエは『桃色の家』での朝食の際に全員の姿を確認済みだから、ここで確認しておくべきは男子たち。『チェンジ☆リングス』の攻略キャラたちだ。
まずは、新入生の中でもひときわ目立つ赤髪の少年。現国王の異母妹フアナ王女の一人息子、王位継承権第四位のエルネスト王子だ。ローゼことヴィルデローゼ公女の婚約者であるという。
次に、真っ直ぐな黒髪を肩の上で切りそろえた男子が、ロヨラ侯爵の次男ジルベルト。ロヨラ家は代々信心深い家系で、この家に生まれた者はみな学園を卒業するとウルフィラの城壁の外にある修道院に入って修行し、侯爵家を継ぐ者以外はそのまま聖職者になるのだそうだ。宮廷司祭長や大司教府の筆頭大司教も、複数輩出している。
キコことフランシスコ・ハビリスは、二年生なのでリディアの位置からは見えない。そうすると、残る攻略キャラはあと一人。
その、残る一人の後ろ姿を見つけて、リディアの視線がそちらに釘付けになる。堅信礼の日以降も、何かの機会に数回、会うことがあったが、その度に背が伸びているように見える。
そして、光をうけてきらめく、艷やかな白金色の髪は昔のままだ。
リディアの立ち位置から彼の方を見ると、ちょうどあかり取りの窓の一つから射し込む光の逆光になって、その髪が光を放っているように見える。
『白騎士』フェルナンド・グアハルド。
リディアの父エチェバルリア公爵の旧友グアハルド侯爵の嫡男。
あまり長く脇見をしていると、背後にいるはずのマルガリータから雷を落とされるので、リディアは視線を壇上へ戻した。だが、頭の中では、フェルナンドのことを考えている。
今まで数度あった対面の機会には、いずれも挨拶の一言くらいしか言葉を交わしていない。だから、フェルナンドがリディアについて知っていることと言えば、『イグナチオ邸の中庭でオレンジを投げていた少女』くらいなはずだ。奇人変人の類と思われているかもしれない。
一方で、リディアがフェルナンドについて知っていることは、エレナから聞いた簡単なプロフィールだけだ。父親の素性とフェンシングが得意なことと、白騎士という異名くらい。
私たちは、お互いに何も知らない。
そんなことを考えているうちに、入学式は滞りなくその式次第を終えた。
生徒たちはそれぞれの教室に移動するようにとの指示があり、上の学年から順に講堂を出ていった。在校生の退出が終わると、新入生たちもその後を追って歩き始める。
講堂から渡り廊下を通って教室のある校舎に着いたら、そこからは壁に掲示された案内板を頼りに自分の教室を探す。自分が何組なのかは、入寮日に各自の個室に置かれた便箋であらかじめ通知されている。リディアは『女子A』クラスだった。
女子Aの教室にたどり着き、リディアは室内に入る。教室は正面の一番奥に教壇があり、少し距離をおいて三人掛けの長机が横三列、縦四列ほど並んでいた。どうやら席順は決まっていないようなので、リディアは教壇の正面の一番前の席に座った。脇谷玲司ならば絶対に選ばない席だが、本来のリディアは目立ちたがり屋でなんでも自分が一番でないと気がすまない性格らしいので、この席を選んだほうがそれらしい。
「お隣に座ってもよろしいかしら」
着席してすぐに、リディアはそう声をかけられた。声のする方へ顔を向けると、波打つ栗色の髪の可憐な少女が立っていた。
「プリシラ・センテーロと申します。センテーロ公爵の姪で、近衛第一師団小隊長トビアス・センテーロの異母妹にあたります。よろしくお見知りおきを」
プリシラと名乗った少女は、優雅にカーテシーをしてみせた。
フェリシアやミランダも同じクラスのはずだったので、なんとなく両どなりの席にはフェリシアたちが座ることを想定していたが、教室をざっと見廻すと彼女たちはまだ来ていないようだし、親族とばかり交流しているより他の旧友たちとも親密になっておくべきと判断して、リディアは「どうぞ」と、右隣の席を勧めた。
プリシラがスカートを抑えながらゆっくりと席に腰掛けた後で、リディアは彼女に自己紹介を返していなかったことに気づいた。本来なら立ち上がってカーテシーする方がいいのだろうが、これからクラスメイトになる同い年の少女にそんなに形式張った挨拶もいらないだろうと判断して、座ったまま「リディア・エチェバルリアと申します」とだけ告げて目礼する。
「よく存じ上げておりますわ。以前、王城で催された式典の際に、兄がエチェバルリア公爵閣下にお声をかけていただいたことがありましたの。その式典にわたくしも参加しておりまして、少し離れたところから見ていましたの。あの時の公爵閣下とそのご息女さまの姿は、とても印象に残っておりますわ」
そう言われても、リディアにはいつのことだかわからない。九歳より前のことなら覚えているわけがないし、そうでなくても王城での式典など年に数回は出席させられて、その度に父はいろんな人に挨拶して、リディアにも挨拶させているのだ。いちいち覚えていられない。さっき彼女の兄は近衛師団の小隊長だと言っていたから、おそらく王か王族を警護していた近衛兵の一人に、父がきまぐれに声をかけたのだろう。
記憶にない出来事についてそれ以上話を広げられても困るので、別の話題をひねり出す。
「センテーロ公爵というと、所領は南タラゴニアでしたかしら」
家庭教師から叩き込まれた、この国の貴族社会についての知識を思い出しながら、リディアがそう問いかけて見ると、プリシラは満面の笑顔で微笑んだ。
「ええ、そうですわ。伯父のお屋敷のある街は城壁の外はオリーブ畑がどこまでも広がって、南側は海に面した美しいところですの。わたくしは王都で育ったのですけれど、何度も訪れたことがありますわ」
南タラゴニアはオリーブや果物の栽培が盛んな豊かな土地だ。王都やここウルフィラからは陸路でももちろん行けるが、輸送力の関係で農作物は船で運ばれる。秋にタラゴニアからの船が王都の港にやってくると、街の市場は活気づく。そういう豊かな地域を治めるセンテーロ公爵は当然貴族の中でも裕福な部類に入る。
「そうなのですか。一度見てみたいものですね」
「リディアさまがそうおっしゃっていたこと、伯父に話しておきますわ。伯父もきっと、エチェバルリア家の皆様を所領にご招待したいでしょうから」
そんなことを話している間に、フェリシアとミランダが教室に入ってきた。ミランダはリディアの姿を見つけるやいなや足早に近づいてきて、他の人に取られる前にと、そそくさとリディアの左隣の席をキープした。フェリシアはそのすぐ後ろの席に座る。
何気なく教室全体を見渡すと、どうやらこのクラスの生徒はほぼ全員、教室に着いたようだった。視界にうつる三十名ほどの少女たちは多くが大人しく席についているのだが、後ろの一角に、少し様子の異なる少女たちがいた。
五人ほどの少女たちが、席に座ろうとせず、一番うしろの右隅に座った少女を遠巻きに見ている。三人がけの席にはその少女だけが座り、あとの二席は空いている。一つ前の机は誰も座っておらず、三つとも空席だ。
立ったままの少女たちは一人で座っている少女とその周囲の空席を見比べては、他に空席はないかとちょっと教室を見渡してみて、また座っている少女の方を恨めしげに見つめるというようなことを繰り返している。
空いているんだから座ればいいのに。とリディアは一瞬訝しんだが、座っているのが誰なのかに思い当たった瞬間、なぜ周囲に誰も座らないのかを悟った。
『チェンジ☆リングス』の主人公クロエだ。他の子たちが大輪の花のようなきらびやかなドレスに身を包んでいる中、白いチュニックと粗末なえんじ色のロングスカートに、同じ色のジャケットを羽織った地味な服装で、一番隅っこの席で小さくなっている。
貴族ばかりの教室で唯一の平民であるクロエは、他の子たちからは『異物』として見えているのだろう。いたたまれないのか、クロエは席を立って机と机の間の通路の部分に所在なげに立つ。しかし他の少女たちはまだ座る様子を見せず、空になった席をぼんやり見ている。
「御免なさい。席を変えたくなりましたわ」
リディアはそう言って立ち上がる。
「こちらはフェリシアとミランダ。わたくしの親族で、大切な友人ですの。仲良くしてくださいね」
プリシラにそう告げて席を離れると、クロエの前へ進み出て、カーテシーをしながら自己紹介した。
「エチェバルリア公爵家の長女リディアと申します。よろしくお見知りおきを」
教室にいる全員が、あっけにとられて黙ったままリディアを見つめた。クロエもしばらく呆然としていたが、慌ててぎこちなくカーテシーを返す。
「あ、ああああのっ。わたし、西地区サンタフェ通りのホセの娘クロエです! よ、よろしくお、おみしりおき……? を!」
クロエのカーテシーを見ながら、自分もレティシアにはじめて挨拶したときは、これぐらいぎくしゃくしてたのかな。とリディアは思う。さすがにここまであたふたしてはいなかったはずだが。
「カーテシーは、ひざまずく動作を簡略化したものですの。ですから、右脚を後ろに引きながら左膝を曲げつつ、こうです」
六年前にエレナから教わった受け売りを、そのままクロエに伝える。
「も、申し訳ありません! 下賤の娘ですので礼儀を知らず……」
恐縮しきって、何度も頭を下げるクロエ。
「知らないなら覚えていけば良いだけですわ。学校とはそういう所でしょう? それより座りましょう。あなたの席はあちらよね。お隣に座ってもよろしくて?」
「あ、あ、……あの……」
口ごもるクロエの手を引いて強引に席まで歩いていき、さっきまで座っていた場所にクロエを連れてくると、リディアはその隣の席に座った。
リディアの突然の行動に、教室は水を打ったように静まり返った。しばらくは誰も身動き一つしなかったが、やがて立っていた少女たちが一人また一人と空いた席に座り、リディアの横に立ったままだったクロエも、戸惑い気味に腰をおろした頃、鐘楼の鐘がなって教師が入室してきた。
講堂に入ると正面最奥にステージがあり、新入生はそのすぐ前に並ばされた。その後ろには在校生が並び、入り口付近には新入生の父兄たちが三々五々、集まりはじめていた。
鐘楼が二度目の鐘を鳴らしても父兄たちは少しずつ増え続けていたが、その到着が途切れるのを待たずに入学式は始まった。司教の服を着た教師の司会で学園長やら在校生代表やらが入れ替わり立ちかわり長々と演説を述べているあいだ、リディアはちらりちらりと他の新入生たちに目を配る。
ライバルキャラたちとヒロインのクロエは『桃色の家』での朝食の際に全員の姿を確認済みだから、ここで確認しておくべきは男子たち。『チェンジ☆リングス』の攻略キャラたちだ。
まずは、新入生の中でもひときわ目立つ赤髪の少年。現国王の異母妹フアナ王女の一人息子、王位継承権第四位のエルネスト王子だ。ローゼことヴィルデローゼ公女の婚約者であるという。
次に、真っ直ぐな黒髪を肩の上で切りそろえた男子が、ロヨラ侯爵の次男ジルベルト。ロヨラ家は代々信心深い家系で、この家に生まれた者はみな学園を卒業するとウルフィラの城壁の外にある修道院に入って修行し、侯爵家を継ぐ者以外はそのまま聖職者になるのだそうだ。宮廷司祭長や大司教府の筆頭大司教も、複数輩出している。
キコことフランシスコ・ハビリスは、二年生なのでリディアの位置からは見えない。そうすると、残る攻略キャラはあと一人。
その、残る一人の後ろ姿を見つけて、リディアの視線がそちらに釘付けになる。堅信礼の日以降も、何かの機会に数回、会うことがあったが、その度に背が伸びているように見える。
そして、光をうけてきらめく、艷やかな白金色の髪は昔のままだ。
リディアの立ち位置から彼の方を見ると、ちょうどあかり取りの窓の一つから射し込む光の逆光になって、その髪が光を放っているように見える。
『白騎士』フェルナンド・グアハルド。
リディアの父エチェバルリア公爵の旧友グアハルド侯爵の嫡男。
あまり長く脇見をしていると、背後にいるはずのマルガリータから雷を落とされるので、リディアは視線を壇上へ戻した。だが、頭の中では、フェルナンドのことを考えている。
今まで数度あった対面の機会には、いずれも挨拶の一言くらいしか言葉を交わしていない。だから、フェルナンドがリディアについて知っていることと言えば、『イグナチオ邸の中庭でオレンジを投げていた少女』くらいなはずだ。奇人変人の類と思われているかもしれない。
一方で、リディアがフェルナンドについて知っていることは、エレナから聞いた簡単なプロフィールだけだ。父親の素性とフェンシングが得意なことと、白騎士という異名くらい。
私たちは、お互いに何も知らない。
そんなことを考えているうちに、入学式は滞りなくその式次第を終えた。
生徒たちはそれぞれの教室に移動するようにとの指示があり、上の学年から順に講堂を出ていった。在校生の退出が終わると、新入生たちもその後を追って歩き始める。
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「お隣に座ってもよろしいかしら」
着席してすぐに、リディアはそう声をかけられた。声のする方へ顔を向けると、波打つ栗色の髪の可憐な少女が立っていた。
「プリシラ・センテーロと申します。センテーロ公爵の姪で、近衛第一師団小隊長トビアス・センテーロの異母妹にあたります。よろしくお見知りおきを」
プリシラと名乗った少女は、優雅にカーテシーをしてみせた。
フェリシアやミランダも同じクラスのはずだったので、なんとなく両どなりの席にはフェリシアたちが座ることを想定していたが、教室をざっと見廻すと彼女たちはまだ来ていないようだし、親族とばかり交流しているより他の旧友たちとも親密になっておくべきと判断して、リディアは「どうぞ」と、右隣の席を勧めた。
プリシラがスカートを抑えながらゆっくりと席に腰掛けた後で、リディアは彼女に自己紹介を返していなかったことに気づいた。本来なら立ち上がってカーテシーする方がいいのだろうが、これからクラスメイトになる同い年の少女にそんなに形式張った挨拶もいらないだろうと判断して、座ったまま「リディア・エチェバルリアと申します」とだけ告げて目礼する。
「よく存じ上げておりますわ。以前、王城で催された式典の際に、兄がエチェバルリア公爵閣下にお声をかけていただいたことがありましたの。その式典にわたくしも参加しておりまして、少し離れたところから見ていましたの。あの時の公爵閣下とそのご息女さまの姿は、とても印象に残っておりますわ」
そう言われても、リディアにはいつのことだかわからない。九歳より前のことなら覚えているわけがないし、そうでなくても王城での式典など年に数回は出席させられて、その度に父はいろんな人に挨拶して、リディアにも挨拶させているのだ。いちいち覚えていられない。さっき彼女の兄は近衛師団の小隊長だと言っていたから、おそらく王か王族を警護していた近衛兵の一人に、父がきまぐれに声をかけたのだろう。
記憶にない出来事についてそれ以上話を広げられても困るので、別の話題をひねり出す。
「センテーロ公爵というと、所領は南タラゴニアでしたかしら」
家庭教師から叩き込まれた、この国の貴族社会についての知識を思い出しながら、リディアがそう問いかけて見ると、プリシラは満面の笑顔で微笑んだ。
「ええ、そうですわ。伯父のお屋敷のある街は城壁の外はオリーブ畑がどこまでも広がって、南側は海に面した美しいところですの。わたくしは王都で育ったのですけれど、何度も訪れたことがありますわ」
南タラゴニアはオリーブや果物の栽培が盛んな豊かな土地だ。王都やここウルフィラからは陸路でももちろん行けるが、輸送力の関係で農作物は船で運ばれる。秋にタラゴニアからの船が王都の港にやってくると、街の市場は活気づく。そういう豊かな地域を治めるセンテーロ公爵は当然貴族の中でも裕福な部類に入る。
「そうなのですか。一度見てみたいものですね」
「リディアさまがそうおっしゃっていたこと、伯父に話しておきますわ。伯父もきっと、エチェバルリア家の皆様を所領にご招待したいでしょうから」
そんなことを話している間に、フェリシアとミランダが教室に入ってきた。ミランダはリディアの姿を見つけるやいなや足早に近づいてきて、他の人に取られる前にと、そそくさとリディアの左隣の席をキープした。フェリシアはそのすぐ後ろの席に座る。
何気なく教室全体を見渡すと、どうやらこのクラスの生徒はほぼ全員、教室に着いたようだった。視界にうつる三十名ほどの少女たちは多くが大人しく席についているのだが、後ろの一角に、少し様子の異なる少女たちがいた。
五人ほどの少女たちが、席に座ろうとせず、一番うしろの右隅に座った少女を遠巻きに見ている。三人がけの席にはその少女だけが座り、あとの二席は空いている。一つ前の机は誰も座っておらず、三つとも空席だ。
立ったままの少女たちは一人で座っている少女とその周囲の空席を見比べては、他に空席はないかとちょっと教室を見渡してみて、また座っている少女の方を恨めしげに見つめるというようなことを繰り返している。
空いているんだから座ればいいのに。とリディアは一瞬訝しんだが、座っているのが誰なのかに思い当たった瞬間、なぜ周囲に誰も座らないのかを悟った。
『チェンジ☆リングス』の主人公クロエだ。他の子たちが大輪の花のようなきらびやかなドレスに身を包んでいる中、白いチュニックと粗末なえんじ色のロングスカートに、同じ色のジャケットを羽織った地味な服装で、一番隅っこの席で小さくなっている。
貴族ばかりの教室で唯一の平民であるクロエは、他の子たちからは『異物』として見えているのだろう。いたたまれないのか、クロエは席を立って机と机の間の通路の部分に所在なげに立つ。しかし他の少女たちはまだ座る様子を見せず、空になった席をぼんやり見ている。
「御免なさい。席を変えたくなりましたわ」
リディアはそう言って立ち上がる。
「こちらはフェリシアとミランダ。わたくしの親族で、大切な友人ですの。仲良くしてくださいね」
プリシラにそう告げて席を離れると、クロエの前へ進み出て、カーテシーをしながら自己紹介した。
「エチェバルリア公爵家の長女リディアと申します。よろしくお見知りおきを」
教室にいる全員が、あっけにとられて黙ったままリディアを見つめた。クロエもしばらく呆然としていたが、慌ててぎこちなくカーテシーを返す。
「あ、ああああのっ。わたし、西地区サンタフェ通りのホセの娘クロエです! よ、よろしくお、おみしりおき……? を!」
クロエのカーテシーを見ながら、自分もレティシアにはじめて挨拶したときは、これぐらいぎくしゃくしてたのかな。とリディアは思う。さすがにここまであたふたしてはいなかったはずだが。
「カーテシーは、ひざまずく動作を簡略化したものですの。ですから、右脚を後ろに引きながら左膝を曲げつつ、こうです」
六年前にエレナから教わった受け売りを、そのままクロエに伝える。
「も、申し訳ありません! 下賤の娘ですので礼儀を知らず……」
恐縮しきって、何度も頭を下げるクロエ。
「知らないなら覚えていけば良いだけですわ。学校とはそういう所でしょう? それより座りましょう。あなたの席はあちらよね。お隣に座ってもよろしくて?」
「あ、あ、……あの……」
口ごもるクロエの手を引いて強引に席まで歩いていき、さっきまで座っていた場所にクロエを連れてくると、リディアはその隣の席に座った。
リディアの突然の行動に、教室は水を打ったように静まり返った。しばらくは誰も身動き一つしなかったが、やがて立っていた少女たちが一人また一人と空いた席に座り、リディアの横に立ったままだったクロエも、戸惑い気味に腰をおろした頃、鐘楼の鐘がなって教師が入室してきた。
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