ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

yumekix

文字の大きさ
46 / 61
第三章 王子の秘密

野生の薔薇

しおりを挟む
 ある日の昼休み。リディアは昼食のためにカフェテリアに来ていた。
 リディアの取り巻きはフェリシアら三人に加え、新たに二人ほど増えていた。奇矯な行動が目立つとはいえ王国屈指の有力者の一人娘とお近づきになりたい生徒は多いらしい。
 それに加えて今日は、ローゼとエウラリアも昼食を共にすることになっていた。わりと大所帯な上に、エチェバルリアの令嬢とローゼンブルクの公女、それに次期聖女を含む一団である。無論目立たぬわけがなく、いるだけでカフェテリア中の視線を集めていた。
 みんなでテーブルを囲んで昼食をいただいていると、カフェテリアにクロエが入ってきた。どこかばつの悪そうな表情で、コソコソと歩く様子が気にかかってよく見れば、彼女は靴を履いていなかった。周囲で見ている一部の令嬢たちから忍び笑いが漏れる。

「クロエさん。靴はどうなさったの?」

 見かねてリディアが声をかけると、クロエは戸惑い気味に答える。

「あの、先ほどのバレエの時間に修練場で失くしてしまいまして……」

 少し離れた丸テーブルを囲んでいる五人ほどの令嬢たちが、忍び笑いとも歓声ともつかない声を漏らす。
 その中の一人が、持っていた手提げ袋の中身をみんなにチラと見せながら言った。

「修練場と言えば、先ほどそこで汚らしいボロ靴を拾ったのですけれど、これ、ゴミですわよね」
「まあリアナさん。お食事中にそんな汚いものをお見せにならないで。さっさと捨ててしまいなさいな」

 リーダー格の令嬢に言われて、リアナと呼ばれた少女は立ち上がってゴミ箱まで歩いていき、靴を放り込む。

「あ、それ、私の……」

 クロエがゴミ箱に駆け寄ろうとすると、先んじてリーダー格の少女が食器を持ってゴミ箱の前に立った。

「リアナさんが汚いものをお見せするから、食欲が失せてしまいましたわ。料理人には申し訳ないけれど、これはもう捨ててしまいましょう」

 そう言って彼女が春キャベツのスープをゴミ箱へぶちまけると、リアナを含めた同じグループの少女たちがそれにならう。

「あ……」

 クロエがゴミ箱の方を見つめて、ため息のような声を漏らす。
 やりすぎだ。激しい憤りを感じて、リディアは令嬢たちをキッと睨みつける。

「わが国の春キャベツのほとんどは、エチェバルリアの所領のナルボニアで作られているのですけれど、貴方たち、わたくしの領民が丹精込めて作った作物を無駄にするなんて、エチェバルリア家になにか含むところでもありますの?」
「そ、そんな……」

 もともとつり目がちの目をいっそう険しくして言うリディアに、令嬢たちは慌てて弁明しようとする。そんな中でただ一人、リーダー格の少女だけは落ち着いた表情で抗弁した。

「言いがかりですわエチェバルリア公爵家のご息女さま。わたくし達は食欲がなくなったのでお残しをしただけです。食欲のあるうちは大変美味しくいただいておりましたわ」

 エチェバルリア公爵家のご統治が優れていらっしゃるから、領民も安心して働けるのでこんなに美味しい春キャベツが取れるのでしょうね。リーダー格の少女はそう言ってにっこりと微笑む。こいつは確かアルボス侯爵家の令嬢だったな。とリディアは思い出す。家庭教師に叩き込まれたヴァンダリア貴族に関する知識によると、アルボス侯爵家は五代ほど前からかなり強引な手法で台頭してきた一族だそうだが、気の強いのは家風なのか。

「お口に合いましたのなら光栄ですわアルボス侯爵家のご息女さま。お残しをするときはゴミ箱に捨てずにカウンターにお戻しするのですわよ。知らなかったのなら覚えていけばいいだけのことですけれど。学校とはそういうところですものね。次からはそうなさってくださいな」

 『知らなかったのなら覚えていけばいい』は、入学初日に教室でクロエが礼儀を知らないことを詫びた際にリディアが返した言葉だ。あのときのことはしばらく学園中の話題となるほどだったから、その場にいたアルボス家の令嬢はよく覚えているはずだ。リディアは彼女がクロエの靴を汚すために食事の残りをゴミ箱に捨てるというマナー違反を犯したのを逆手にとって、あえてあのときにクロエにかけたのと同じ言葉をかけることで、あなたは平民のクロエと同じくらい礼儀を知らない、と皮肉ったのだ。

「……っ!」

 すました顔をしていたアルボス家の令嬢の表情が険しくなる。
 カフェテリアの前で二人の淑女が睨み合い、一触即発の空気となった。目立っちゃいけないのにまずいことをしたな、とリディアは少し反省したが、もうどうすることもできない。

「少し、失礼いたしますわね」

 座って事態を静観していたローゼが、ふいに立ち上がって歩き出した。カフェテリアの外のウッドデッキになっているところへ歩いていったかと思うと、建物の裏手の方へと消えていく。そして程なく、調理場の裏の井戸から持ってきたのであろう、水を張ったたらいを手に戻ってきた。

「お話を聞いておりましたら、どうやらこの靴はクロエさんのものみたいですわね。スープがかかって汚れてしまっていますけれど、洗えばまた使えますわよ。わたくしが洗ってあげますわ」

 そう言ってローゼはゴミ箱からスープで濡れた靴を拾い上げると、たらいに入れて洗い始めた。

「え? ヴィルデローゼ公女!? あの、公女殿下がそのようなことをなさらなくても……」
「大丈夫です。わたくし、洗い物は得意ですの」

 ローゼの突然の行動に、クロエをいじめていたグループの令嬢たちが慌て始めた。自分が汚した靴を、ヴァンダリア王国にとって賓客といえるローゼンブルク公国の公女に洗わせてしまっているのだ。国の偉い人に知れたら大騒動になりかねない。
 慌てたのはリディアも同じだ。彼女はクロエの靴が汚れた件に直接関わっているわけではないが、その件の犯人と言い争いを起こしてしまっている。ローゼのこの行動は、いさかいをおさめるためのデモンストレーションと見ることもできる。ローゼにそういった意図があるかどうかはわからないが、もしこの騒動が問題となって、学園の上層部が事の顛末を聞いたとしたら、やはりそのように受け取るだろう。だとすると、やんごとなきローゼ公女に汚い靴を洗わせた原因の一端はリディアにもあることになる。ローゼは彼女たちをいさめるためにこんなことをしたのだから。
 しかも最悪のタイミングで、カフェテリアにエルネストが入ってきた。エルネストはヴァンダリア王国の王子であるとともに、ローゼの婚約者でもある。自らのフィアンセがこんなところで靴を洗っているのを目にしたら、関わった者たちに厳しい罰を与えかねない。

「ロ、ローゼさん。わたくしが代わりますわ。クロエとは友達ですから」

 なんとか穏便にことを済ませようと、そう言って奪い取るようにローゼから靴を取り上げて洗い始めるリディア。しかし、それはかえって目立ってしまう結果を生んだだけだった。

「何をしている? 私のフィアンセを傷つけたら、エチェバルリア家の令嬢といえども容赦はしないぞ」
「い、いえ! 決してローゼさん――ヴィルデローゼ殿下を傷つけてなどは……」

 わたわたするリディアの横から、ローゼが王子に事情を説明する。話を聞き終えるとエルネストは深いため息をついた。

「ローゼ。君は一国の公女なんだ。下々の人間のような行動は慎みまえ。宝石は立派な宝石箱にしまわれるか、紳士淑女の身を飾っているべきで、泥の中に落ちているべきではないんだ」
「でも、宝石は泥の中に落ちても洗えばまた輝きますし、洗い物をして手が汚れても、手を洗えば良いだけですわよね?」

 王子の正論に対し、腑に落ちない表情でローゼはそう答えた。その表情からは、本当に純粋にそう思っただけなのか何か含むところがあるのか窺い知れない。
 エルネストはローゼの言葉に少しご機嫌を損ねた様子で、低い声で唸るように言った。

「君のその言葉は、生まれながらに自分が輝かしい宝石であることが当たり前な人間の驕り高ぶった言葉だ。常に自分の気高さを証明し続けていないと宝石と認めてもらえない人がいることなど、想像もしていない高慢な言葉だ」

 それだけ言うと、エルネストはカフェテリアから出ていってしまった。

「わたくし、なにか王子殿下のご機嫌を損ねるようなことを申しましたでしょうか……」

 王子の去った方を見つめながら不安げにつぶやくローゼに、リディアは「さあ……」と返す。彼がローゼの、高貴な身分にそぐわない行動をたしなめるのは理解できるが、あんなに怒る理由がわからない。生まれながらに高貴な身分なのが当たり前な人には高貴さを証明しようと努力する人間の気持ちはわからないというようなことを言っていたが、王子であるエルネストだって、高貴であることが当たり前な人間ではないだろうか。

「なんにしても王子殿下、カフェテリアにいらっしゃったのに何も食べずに行ってしまわれましたけど、午後の授業でお腹が空いてしまわれないでしょうか……」

 ローゼは、そんなのんきにも思える心配を洩らした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)

義姉をいびり倒してましたが、前世の記憶が戻ったので全力で推します

一路(いちろ)
ファンタジー
アリシアは父の再婚により義姉ができる。義姉・セリーヌは気品と美貌を兼ね備え、家族や使用人たちに愛される存在。嫉妬心と劣等感から、アリシアは義姉に冷たい態度を取り、陰口や嫌がらせを繰り返す。しかし、アリシアが前世の記憶を思い出し……推し活開始します!

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが

侑子
恋愛
 十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。  しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。 「どうして!? 一体どうしてなの~!?」  いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

処理中です...