ミリしら令嬢 ~乙女ゲームを1ミリも知らない俺が悪役令嬢に転生しました

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第三章 王子の秘密

出生の秘密

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 リディアとローゼがヒラソル宮でエルネストと出会う少し前。彼女たち二人は連れ立って薔薇園へ来ていた。それぞれの侍女は共に掃除等で忙しく、ついてきてはいない。取り巻きもおらず二人だけだ。
 エレナが部屋の掃除をするので自室を追い出されたリディアに、似たような状態のローゼが声をかけてきて、二人で寮の外を散策することになったのだったが、ローゼの方から「薔薇園へ参りましょう」と言い出して、ここへやって来たのだった。

「つい先日、わたくしここで妙なものを発見致しましたの」

 薔薇園の最奥部まで歩いて来てから、ローゼはそう切り出した。どうやらその話をしたいためにこの場所へリディアを誘ったようだった。

「何を見つけたんですの?」

 リディアがそう問うと、ローゼは壁近くの野いばらの枝を、棘に気をつけながらそっとかき分けた。

「この扉なんですの。この向こうは学園の外ですけれど、こんな立ち入りにくい所に扉があるなんて変でしょう?」

 野いばらの奥には、確かにかんぬきのかかった扉があった。木製のその扉の表面は土色に近く、閂や蝶番にも赤錆が浮いている。かなり古いもののようだ。

「なんで薔薇園に……外へつづく扉なんて……」

 言いながら、リディアは前に見た壁新聞を思い出していた。二十年ほど前に薔薇園で謎の貴婦人が目撃されたという噂についてだ。薔薇園内にこんな秘密の扉があるのなら、その貴婦人というのは、この扉から出入りしたとは考えられないだろうか。

「気になります?」

 ローゼの問いかけに、リディアは何も答えなかった。興味がないと言ったら嘘になるけれど、興味を持ったところで、この扉を開けてみるわけにもいかないだろう。
 リディアが沈黙していると、ローゼはポケットからなにかを取り出してリディアに見せながら言った。

「実は、ここに鍵がありますの」
「え? ちょっとローゼさん!?」

 なんで持っているのかとか、さすがに勝手に開けたらまずいでしょうとか、色々と言いたいことが去来きょらいして何を言えばいいのか分からない。
 リディアが黙っていると、ローゼは構わず鍵を鍵穴に差し込み、ゆっくりと回転をかけた。
 鍵が合っていないのか錆びついているのか、鍵は回らない。鍵のささり具合を調整してみたり抜き差しを繰り返してみたり、しばし試行錯誤を続けると、カチャリと音がして錠前が開いた。
 ローゼは躊躇ためらうことなく閂を外し木戸を開ける。

「勝手に学園の外に出たら、先生に怒られますわよ」

 静観していたリディアがようやくそんな真っ当な言葉でローゼを咎める。

「君よ知るや その庭の奥
 ひそやかに咲く 野生の薔薇を
 姫様を守る 兵のように
 左右を固める 棘鋭き枝
 はさみ持つ園丁は 野薔薇の姫を摘み取ろうとする」

 突然歌いだしたローゼにリディアが唖然あぜんとしていると、彼女は言葉を続けた。

「乳母がよく歌ってくれた子守唄ですわ。『その庭の奥』『左右を固める棘多き薔枝』というのは、まさにこの場所のことだと思いませんこと?」

 言われてみればここは薔薇園の最奥部だし、扉の両脇には他の薔薇よりひときわ棘の鋭い野いばらが植えられている。

「わたくしの名前、ヴィルデローゼというのは、北方帝国の言葉で野生の薔薇という意味なのです。この子守唄はわたくしの歌なのですわ。その歌に歌われた場所にこんな扉があったのです。その扉の向こうには、わたくしに関わる何かがある。そうは思われませんか?」

 真剣な顔で言うローゼに、リディアは気圧される。なんでも、ローゼの乳母のルイーゼと父のフェルディナント二世は、同時期にこの学園に在籍していたことがあるのだそうだ。なにかその二人しか知らないローゼの出生の秘密があって、それがこの子守唄に隠されているのではないか、とローゼは考えているのだという。

「そう言うわけで、わたくしはこの扉の向こうへ参ります。ついて来てくださいますか?」

 そう問いかけるローゼに迷いつつもリディアがうなずいたのは、ハーレムルートへ進む条件のことが念頭にあったからだ。
 ハーレムルートに入るためには各攻略キャラ全員の好感度を最高まで上げるだけでなく、シナリオに隠された謎を解いて四つのトロフィーを獲得しなければならない。その四つとは獲得済みの『聖女の秘密』の他には『王子の秘密』『寮長の秘密』『白騎士の秘密』であって、『ローゼの秘密』というのはないのだけれど、ローゼの出生の秘密を追うことで、婚約者である王子についても何かわかるかも知れない。

「では、参りましょう」

 そうして二人は、扉の向こうへ足を踏み出した。

 *

 扉の先には、樫か何かの背の高い樹が整然と植えられた林があった。木々の隙間から、彼方に何やら建物があるのがうかがえる。

「ここ、どこなんでしょう……」

 不安げにリディアがつぶやくと、ローゼはこともなげに答える。

「ウルフィラの街にある二つの丘、それぞれ大聖堂と学園の立つ丘の周囲は、貴族と高位神官の居住区と聞いております」
「……って、つまりの他所よその貴族様の邸宅ですの? 勝手に入ったら衛兵に捕まりますわ!」

 怖気づいて学園へ戻ろうとするリディアの服の裾を摘んでローゼが引き止める。

「ここにわたくしに関わる何かがあるはずだと言いましたでしょう? せめて、どなたのお屋敷なのかを知るまでは帰れませんわ」

 そう言って彼女は、リディアの裾を引っ張ったまま建物の方へと歩いていく。

「ちょ、ちょっと! ローゼさん!?」

 仕方なくローゼについて建物の方へと向かうと、何人かの人影が見えた。栗色ブルネットの髪の女性と赤毛の男性、そしてそれに付き従う侍女たちのようだ。よく見ると男性の方は、リディアたちが知っている人物だった。

「あれはエルネスト殿下? だとすると、ご一緒にいる女性は……」
「おそらくは殿下のお母上、フアナ王女殿下だと思いますわ」

 その二人をじっと見つめながらローゼが言う。フアナ王女については、リディアはあまりよく知らない。エルネスト王子の母親であることと未婚のままエルネストを産んだこと、そして、公の場にほとんど姿を現さないことぐらいだ。もちろん、姿を見たこともなかった。
 初めて見たフアナの姿に、リディアはふと気づいた。

「なんだか、ローゼさんに似ていらっしゃいません?」

 遠目なので分かりにくいが、髪の色はそっくりな栗色だし、目鼻立ちもここから見る限りでは似通っている。

「先王の後妻、フアナ殿下のお母上はローゼンブルク公国からヴァンダリア王家へ嫁がれた方で、わたくしの母の叔母にあたりますから、似ていても不思議はございませんね。でも、こんなに遠くからでは似ているかわかりません。もう少しだけ、近づいてみましょう」

 ローゼは大胆にも、人影の方へ近づいていく。裾を掴まれたままなので、リディアも不本意ながら一緒に行かざるを得ない。
 しかもエルネストたちの方も、庭を散策しながらリディアたちのいる方へと近づいて来た。エルネストが話している声の内容まで聞き取れるほど彼我の距離が近づいて、リディアたちに緊張が走る。

「母上。私は熾天使してんしの祝福を受けた、万事において優れた人間です。その事実が、母上が処女懐胎の奇跡を賜ったという名誉の証明となる。ですが、もしも大会でかんばしくない成績をあげたら……怖いのです。優れた人間ではない、熾天使の祝福など受けていないと思われることで、母上の名誉を傷つけてしまうのが」

 エルネストが母親にそう心中を吐露するのを、リディアたちは聞いてしまった。リディアは今まで彼のについて、何をやらせても優秀な完璧人間という印象を抱いていた。その彼が最も得意とするフェンシングに対して、これほどのプレッシャーを感じているというのは意外だった。

「誰だ!」

 少し身じろぎをしたのがエルネストの目に止まったのだろう。彼は大声で誰何すいかすると、こちらに向かって走り出した。
 リディアたちは慌てて、先程の扉へ目掛けて全速力で走った。と言っても二人ともヒールの高い靴を履いていて、思うように走れない。たちまちローゼが捕まり、リディアも観念してその場に立ち止まった。
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