レイ・ミラージュ 鏡の中の子爵令嬢は冒険がしたい

山下敬雄

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第9話 クリスタルな冒険

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 魔の森奥より、巨大魔獣クリスタルツリー、来たる。
 鬱蒼の景色を薙ぎ倒し現れたそれは、遭遇したも早々に、走り込むようにいきなり倒れこんできた。地に滑り込む危ないクリスタルの幹柱を、リンドとレイは同じ左方向へ跳び避けた。

「キミはこの森に詳しいようだけど、こんな魔獣、見たことあるかい? いつも目にしていたりすのか!」

「そ、そんなのっっ!? 魔獣というよりこれでは魔樹でっ、まるで人相がないので分かりません!」

「ははは……同じくっ! 面識はないな!」

 どちらも初めて対面する魔獣だ。さり気なく探り、お互い確認し合った。弱点など知る由もない。

 倒れていた幹は、数多の根を巧みに足のようにして、ゆっくりと立ち上がった。人相らしき人相などその煌びやかな一本木、魔樹のどこにも見当たらない。
 だが、はっきりと意思を持ってそれは動くというのだ。人間に恨みを募らせてでもいるのか、体勢を整えたクリスタルツリーが再び土を払い、鬱陶しく光る木の葉を散らし、二人に襲いかかろうとした。

 だが、騎士リンド・アルケインはここで怖けずに前に出た。一目散に目指した幹を素早く斬りつけては、薙ぎ払う枝や槍のように伸ばす根の複雑な攻撃を風のような身のこなしで避ける。

 剣で斬りつけては避ける。その動きを、果敢にもリンドは繰り返した。

 だが、返る手応えは硬い。片手に握る騎士の剣、抜き身のその刃がまだ震えつづけているほどに、その巨大魔獣クリスタルツリーの持つ樹皮は硬いのだ。

「嘘のように硬いなッ! 刃が通らないとするなら。ふつうの魔獣相手のやり方では、斬るのは無理かァ?」

 初見にして上手く立ち回ってはいるものの、硬い樹皮、クリスタルツリーの幹を斬るのは困難。一つ立ち止まり首を傾げてみせてリンドだったが、考えたのもそれまでで、再度、駆けてクリスタルツリーにその斬れないだろう剣で挑んでいった。

 オレンジ髪の騎士はあのように簡単に突っ込んで見せるが、あの太い木の懐に飛び込むのはそう簡単なことではないと、レイはすぐに悟った。勿論、だからとて彼女は指を咥えて見ているだけではない。

「試作といえどミラーウェポンは、使わないことには! 息をしていないのと同じ、──だからっ!」

 彼女は前へと向けてしっかりと構えたプロトロッドから、魔光弾を撃つことを選んだ。連続して放たれた魔光弾が、大きな輝く魔獣の的へとヒットしていく。

 遠隔から放たれた幾本もの光の筋が、クリスタルの樹皮を焦がす。それを見た騎士は、微笑った。

 そして、リンドは相変わらずそのクリスタルの木を独自のリズムのヒット&アウェイの戦法で斬りつけてゆく。だが、今、揺れて落ちてきたカラフルな光を放つ宝石の木の実が、騎士の浮かべる笑みへと眩さを増し、爆発した──。

「おっと!? 魔力爆発!? もしかして、木こりに恨みを持っていたりするのか……!」

 まさかの斬りつけられた木からの激しい抵抗を受けた。突然落ちては爆発した木の実の思いもよらぬ攻撃方法に、リンドは驚き顔に変わりつつも、巧みに眩い危機を察して避けた。

 爆風が、彼の深い緑のマントを激しく揺らす。

 避けはしたが、これで一筋縄では近づきにくくなった。斬れば落ちてくる木の実は厄介だ。牽制するように殺到する間合いの長い根を切り払いながらも、騎士リンド・アルケインは困ったが、やはりもう一度仕掛けてみることに決心した。

 すると、今、オレンジ髪の向かう動きに合わせてか、レイは魔光弾で落ちてくる実を、落ちきる前の宙で正確に撃ち抜いてみせた。

 幾度か魔光弾を撃っても、そのクリスタルツリー本体にはあまり効果的なダメージを与えられないと、レイはまた一つ悟り、すでにそのようなデータを得ていた。
 その戦闘データを加味して、レイは標的と考えを切り替えた。つまり、前を張るリンドの方へ落ちてきていた厄介な爆発性の木の実をどうにか対処することにしたのだ。

「おぉ、射撃の腕は! もしかして、気を利かせてくれたか?」

「狙撃とは言えませんが、一介の騎士よりは高い方かと!! 気は、そのようにっ……割いただけですっ!」

「気はそのようにか……ははっ。なら、騎士はただ、ヤル気で前に出る!!」

 レイの実質気の利く援護射撃と呼べる代物に、リンドは正面を向き直し、迷わず駆けた。
 巨大魔獣クリスタルツリーを剣一本で相手取る、騎士リンド・アルケインにはそれができるとこれまでも証明している。
 厄介な落ち物を封じてくれると言うのならば、リンド・アルケインはその彼女の射撃の腕とお言葉を、鵜呑みにし、信じるようにただ駆けるだけであった。

「そのようなっ!? 急かしているのですかっ!! そこっアタレッ!!」

「僕はただ、〝そのように〟一介の騎士よりも高いその的当ての技術をご教授してもらえればっ! ありがたいッ!! と、ちょっと思ってね!! ははは」

「!? あっ、あなたという人は、このような状況でそのようなことを!! 実行なされて!!」

「ははは、あ、そうだ? そういえば……『お前が本気じゃないからだ』と、引きこもりがちの上官の友人にもついこの間怒られてしまってね! 僕はどうすれば一体、本気を出すことができるかと、色々考えてはみたんだけどキミはなにか──」

「知りませんっっ!!」

 その騎士は躊躇しない、その騎士は足を止めない、その騎士はおしゃべりも止めてくれない。
 レイは必死に狙いを澄ます。落ちてくる木の実を、真光弾でなんとか撃ち抜いてはオレンジ髪の動きに合わせる、いや、合わせざるを得なかった。
 目を凝らし語気を強める彼女の気も知らずに、その軽口騎士はクリスタルツリーに己の剣一本で駆け回り攻撃を加えつづけた。

(やっぱり、とても一介じゃない騎士は冗談でもなく、同じところを狙って斬りつけている!? あ、──それなら!)


「これならっ! 木の機嫌は! 損ねることなく!」

 レイはオレンジ髪のその意図を感じる剣筋と、激しく抵抗し人を寄せ付けない魔樹の行動を遠目に眺めて、一つの策を思いついた。
 レイの左の黒髪から、ゆっくりと飛んだ一匹の銀の蜻蛉が、やがて木の幹に悠然と留まった。
 そして、少し欠けて窪んでいたクリスタル質の硬い幹に、運んできていた主人のミラーウェポン【ミラーナッツ】を一粒、その尾で押し込み、啄木鳥のように中へと埋め込んだ。

「銀のトンボ? いや、そうかっ!」

 騎士は自分の狙いにおもむろに溜まった銀蜻蛉を訝しむ。だが、すぐに気付いた。木にミラーウェポンを込めた、彼女の意図を、その悠然と敢行された作戦を。

「【ミラーナッツ】を起爆します! 3・2・1──」

 レイがそのはっきりと良く聞こえる大きな声で、突然のカウントダウンを始めると、数え終わったと同時に爆発が起こった。内部から、爆ぜる並ではない衝撃を加えられ、右側の幹からひび割れたクリスタルツリーを──

「ゼロ──うおぉおっ!!」

 既に駆けた騎士の深い緑のマント、その勇ましく変わらぬ迷いのない背が、同時に斉射された白い閃光の気の利く援護射撃と共に、流れてゆく。

 オレンジ色の髪が風に渦巻き、今、勢いよく回る剣風が、最高の一撃を生み出した。
 リンドは躍動感溢れる回転斬りを、焦げ付きひびの入った幹の右側へとお見舞いした。
 薙ぎ倒す勢いで振るわれた剣が、ついに、大きな大きな亀裂を走らせる。その聳え立つ巨大なクリスタルの幹を、誇っていた硬度も嘘のように、脆く砕けさせた。

 木の横に突き刺さった剣が、横ではなく、木を縦に真っ二つにした。硬質のクリスタルといえど、割れる時はいとも容易く呆気なく、そのパッキリと割れる運命を辿った。

 騎士リンド・アルケインが小さな破損箇所に放った本気の回転斬りが結果として致命の一撃を呼び起こし、クリスタルツリーを見事に倒したのだ。

 オレンジ色の髪の騎士が振り返る。
 すると、彼の視界には、黒い髪をした一人の女性が小さくその親指を立てていた。思わず立ててしまったのだ。

 そんな彼女を見て騎士は笑い、一言口を開いた。

「良いウェポンをお持ちで!」

 そう言い目線を離した騎士は、辺りに堆積したキラキラとした魔獣の破片の中から、銀色の蜻蛉を探し拾い上げ、それをやわらかく向こうに佇むレイに向かい投げた。

「それはっ! そ……そうですから!」

 レイは今、親指に飛び留まった銀の蜻蛉を、顔を隠すような俯き加減で、自分の髪の右側にそそくさとつけ直した。「マジックミラー商会の……」なんて、喉元半分までは出かかれど、彼女は口に出し言えやしなかった。

「ははは、──ちがいない」

 巨大魔獣クリスタルツリーの撃破に成功した。崩壊したその光る一本木、砕け散ったクリスタルの欠片があちこちに飛び散る。
 暗色の景色にいつまでも映える、まるで瞬く光の草原の中。騎士が笑い、レイはほころんだ口元をきゅっと引き締めながら────。

 魔の森を浄化するように照り返る、二人を明るく包んでいたそれは、とても煌びやかで良い、冒険の光景だった────。
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