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21③

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他に目ぼしい証拠らしい証拠、手がかりは残っていない。
このマークを追っている。

単純に興味からだ。

父親が警視監の私の立場はそれほど危うくない。簡単な筆記試験をこなし警部になりこんな町で事件を追おうが自由のクソガキだ。私の人生を少しでもマシなモノにする為に生まれた環境すべてを利用させてもらっている。パパは戻したいらしいがな。面白くなってきたところだもう少し遊ばせてもらおう。

波打った形の白いお洒落なティーカップに彼女のサクラ色の唇がふれた。ダージリン、レモングラス、オレンジピールなどを混ぜたオリジナルのブレンド茶は心の落ち着く良い香りをはなっている。

虎白子春16歳。手がかりは残っていないと言ったが発言を訂正しよう。彼女を置いて現場から逃げるヤツを取っ捕まえ個人的に押収した資料。このマークの組織と言えるかどうかも怪しいものには、神器に宿った神を下ろす計画というものがある。連中は神座しんざと呼んでいる。どうやら神々にこの世界を見てもらい神のいる元の世界に戻すためらしい。全くもってイカれた意味不明だが、理解する努力はしている。私もコレにハマっている1人なのだからな。

他人に話しても全くもってイカれた創作話。……だが、信じられないことだがそれは現実になっている。虎白子春、ただの少女ではない神座しその身に宿したハクなる神は彼女に強靭な肉体を与えている。マァこの情報も奴らの資料に載っていたものだ、神かどうかなどヤツらが決めたに過ぎないだろう。私も呼びやすいのでそれに則っている。

──そして。

可黒美玲おなじく16歳。父親の可黒零児は海外出張。大手珈琲メーカーのサラリーマンということだが実際何をやっているのか不明だ。コイツは実に怪しすぎる日本に戻って来たら一度取っ捕まえて私の自室で拷問とりしらべをする必要がありそうだな。──母親とは性格が合わず4年前に離婚。特に言い争いにもならず協議離婚により離婚届には親権者は父親と記載されていた。マァこんなものは世界を探せば、不幸な子どもだな程度のよくある話だ。

──4年前の大手スーパー、トップエース地下食品倉庫火災事故。すべてはアレからだ。

このマークを追うのは何も反骨心からじゃない。隠蔽されようが正義が歪んでいようが現状の平和を維持できているなら知ったこっちゃない。

特殊超常事件捜査係。

彼女しかいない島流しの部署に。

突如、黒い携帯電話が鳴った。

軽快な何かの女性アイドルソングの着信音。
長い黒髪をかき上げ、おもむろにその耳にあて。


「おい、私はコンビニじゃないぞ」

『俺だってそうですよ……。ありました』


「分かった」


フッ。どうやらこの2人を追うことは非常に丁度良い暇潰しになるようだ、私の乾いた人生にとって。








【リサイクルショップドリーマー】
古井戸町支店。どこか懐かしい安っぽい看板と緑色の外装。この男の行きつけのひとつであるこのお店は。

鍋。俺の実験結果では、怪異に対しては何故か使い込まれた鍋ほど強い。

本当になぜだか分からないがそういう法則がある。だからって近所のおばさんに鍋のふたくださいなんて怪しまれるからやっちゃいけない、だからここで安い中古の鍋ごと買っている。フツウだろ。


「なにそれフライパン」

男の背の方から若い女性の声が聞こえてきた。
え、これ俺か? 見ればわかるでしょ。なんで話しかけてくんだよ……。こういうときも慌てない。

「あ、これカラスけで……」

「ふーん」

振り返るとそこに居たのはクール系美少女の私服姿だった。青いジーパンと白いシャツ。美少女が着ればなんでもオシャレ。生活感のある貴重なカジュアルスタイルが彼の目に写った。

「アレ!? ……令月さんどうして」

「べつに。ちょっとゲームがほしくてたまたま」

「げ、ゲーム?」

「ダンシングアイドル戦記ってやつ。友達が面白いって」

「あぁアレね」

リサイクルショップでゲーム買う客っているんだな。俺も鍋のふた買ってるけど……。

「くわしいの? まぁ見つかったからいいけど」

まさか……。

「ちょっと見せて」

「いいけど」

彼女が左手に持ったその黒い長方形を受け取り表を見た。

「令月さんこれ1だよ。1作目。2じゃないとパーティープレイもないし。その……2の方がおもしろいよ」

「そう……なの? うーん……」

「じゃ、俺戻しておくよ」

「あ、ちょっと!」

1はぶっちゃけシステムの荒いクソゲーだ。リサイクルショップドリーマー、令月さんのようなピュアなクール系美少女を騙してこういう罠にかけて0を1に増やし儲けてるってわけか。あの透明ケースに見せ物のように置かれたゲームコーナーの存在意義が分かったな。






「それよりこの前の件だけど」

「あ、あぁ」

「すっかり変なカエルの鳴き声がしなくなった」

「……知り合いの霊媒師Kにたのんだからね! あとは適当に俺と子春で塩撒いといた」

「霊媒師K……ふーん、助かったわ。おかげで快眠」

「それは良かった。オカルト探偵部も人の役に立つってね」

「そうね」
「あ、でも公園の土とかに塩はダメじゃないかな可黒くん」

「あ! たしかに! あはは反省してまぁす」

ゲームコーナーを探したが結局ダンシングアイドル戦記2は見つからず、令月さんとはここで別れ。俺は選りすぐりの年季の入った大きなフタ付きフライパン3つの会計を済ませるためレジへと向かった。




「らっしゃっせー」

「おねがいします」

レジの台にゴタゴタと重ね置かれた色とりどりの鍋。

「……あのさぁ君」

「え?」

「また鍋? あんまり変な買い方されるとこっちも気になるんだけど」

染めきれていない汚い金髪に染めた女性店員。
見るからにヤンキーと付き合ってそうな人生ヤンキーだ。しかもちょっと年季が入っているように見える。
チッこいつか。浮かれてよく見ずに入っちまった、店員ガチャハズレだ。なんで話しかけてくるかなぁヤンキーおんな店員。

「なにがですか」

「きもっ」

「はい!? いきなりなんですか!?」

「お会計800円になります」

「いやいや! あり得ないから!」

「早くしようねお鍋の中学生くん、後ろつっかえてますからぁ☆」

振り返ると。
誰もいねぇじゃねぇか屑。
汚い金髪店員はニヤけた顔でこっちを見ている。

「……なんだこいつ。じゃあ千円からで。──32歳、中古ババアか?」

程よい音量。ナニかを値踏みするような眼で、ぼそっと放った一言。

「……は?」

さっきまで勝ち誇っていたヤツの顔色が変わった。

「よし、いい買い物だったな。また来まーす★」

商品の入った大きな紙袋をバッと手に取り満面の微笑みを一瞬みせ背を向けその場を離れた。

「おいオマエ!! 待てガキ! お釣り200円まだ27だオマエえ!!」

あぁやっちゃった。もう来れねーなここ。お釣りはまいいや、ざまぁみやがれバカ店員!! 今度からは屑人間のリサイクルから始めましょう!

27歳おんな店員の心地よい怒号をバックに、買い物を済ませそそくさと出口まで急いだ可黒美玲であった。








時刻は午後4時21分。
【スーパーマーケット:トップエース】古井戸町支店にて。


「【独身でも余裕です! なべのつゆ。】これか」

商品棚に置かれていた袋に密封されたそれを1つ手に取った。

「可黒くん、それは2つ買っておいた方がいいわ」

「えなぜ?」

「1人なら足りると思うけど、それ水で薄めるタイプじゃないから2つないとスープの少ないまま鍋をすることになるよ」

「え? そうなの!? でも3人前から4人前って」

「男子の1人前だよそれ。なめているわ。大きな鍋でやるなら見栄えも悪いし。野菜にもスープが吸われるから」

「……そうかわかった」

なぜこんなことになったのか……リサイクルショップドリーマーの32歳ヤンキーおんな店員を撃退した俺は、店の外で待っていたらしい令月かほりと再会し。怪異退治の件のお礼をしてもらうことになった。
なぜ鍋なのだろう。俺の脳内2択も発動出来なかったようだ。でも今はそんなことより──。

具材だ。

ちくわか……。おでんじゃないんだ、いらないよね。優先するのは何にでも合う豆腐だな。

「ちくわいらないよね令月さん」

「そうね、入れるなら彩りに三色団子ぐらいかな」

このじかんはなんだろう。いいじかんには違いない。

2人がさつま揚げ・ちくわのエリアを過ぎ去ろうとした、その時。

『ちょっと、そこのあなた達。鍋つゆの元を買っておいて私のちくわをスルーするなんていい度胸ね』

「え?」

その吹き抜けた高貴な声に振り向くと。

「可黒美玲あなただったのね!? それに令月かほり。揃って私のちくわを通り過ぎるなんてあり得ないわ」

「貸しなさい」

金髪ドリルの髪が美しい別所透蘭は、両腕で抱えたちくわ10パックを可黒美玲のお買い物カートの上段のカゴにどっさりと置いた。

「委員長ちょっと!!」

は? え? いや多いって。フツウの主婦の1ヶ月分のちくわでしょこれ……。
こいつには逆らえない……。クールな棘で対抗できそうな令月さんに助けを求め。

がごっ。

下段のカゴには白菜やねぎ野菜と、魚介類のパックがどっさりと詰められていた。

「それだけじゃ飽きるわ」

「あら、いい度胸ね令月かほり」

「鍋に戦いはいらないし。バランスを考えただけ」

なんのじかんだこれ……。






鍋の具材は全てそろった、買い物袋の1つを令月さんに任せ。自宅へ向けて3人……で仲良く帰宅中だ。

『ミレーーーー』

「あれ? だれこの人たち? あ、令月さん」

増えた……。






午後5時32分。可黒家自宅。

「にんにく鍋つゆ? 捨てなさいそんなもの。私のちくわを引き立てるおベースにならないわ」

なんでだよっ! おまえがこの鍋つゆにちくわ選んだんだろ。なんだよコイツまじで……。

『ピンポーン』

だれだ?

玄関先の見えるモニターには。

黒い長髪、黒いスーツにパリッとした紺とグレーの縦ストライプのシャツ。
 

「子春出るな」

「え、なんで」

「強盗だ、ついに家にまで来やがった」

『ピンポーンピンポーン』

「わかった倒してくる」

「おい待て!」

黒い戸の鍵をガチャリと開け。

しばらくの沈黙。

知能派の子春は作戦通り戸を強盗に開かせた。

そして既に決めていたファイティングポーズを解き放ち飛び掛かるように襲い掛かった。

一瞬の出来事──。

虎白子春は強盗にその顔面を片手で握られ地に叩きつけられた。

「うわぷッッ」

「相変わらず元気の良いガキだな。無茶苦茶だ」






「おい美玲なんだこのハーレムは」

「知りませんよ……」
「てか帰ってください! 今日はもう脳の容量オーバーなんでほんと」

「聞き込み調査だ、それに鍋」

「……いや意味不明なんで」

怪異退治のお礼ということで可黒美玲と霊媒師Kはリビングに座りゆっくりとくつろぎ待機。令月かほりが指揮を取り、別所透蘭が口を挟み、虎白子春が飯を握っていた。

そして料理が持ち運ばれて来た。

円卓、ローテーブルに置かれた出来上がった鍋とおにぎり。

「2種類、太極鍋タイチーなべか。やるじゃないか可黒美玲のクラスメイト」

上から見ると太極図のように、湾曲した鉄の仕切りにより1つの鍋で2種類のスープをたのしめるありがたい鍋。
可黒美玲の自宅には何故か色んな種類の鍋が取り揃えてあるようだ。

「こっちは、にんにく鍋つゆを水で薄めて冷蔵庫の余っていたキムチを入れたよ。可黒くんのアイディアだけど。あと私が勝手に魚介、あさりも足してあっさりで辛さだけじゃないと思うけど」

「やるわね令月かほり可黒美玲……。たしかにこのおベースなら私のちくわに紅い熱い生命を吹き込めるわ。あッッつゥッ!!」
 
「わたしのおにぎりにも合うよ、かほりちゃん」

「え、えぇ」

ついさっきまで令月さん、距離の詰め方が早い子春……。これがコミュ力なのか……いや違うと思わせてくれ。

「こっちは上品だな。それにこれちくわの食感がちがうな、旨いぞ!!」

「……っぃーッッふぅ。さすが刑事さん名推理でしてよ。琥珀のおベースにはシンプルな味の染みやすい昔ながらのちくわ。この熱いルビィのおベースにはもちもち食感のちくわを採用しましたわ」

「適材適所か、これはいい鍋だ。はもも品があり出汁を濁さない良いチョイスだ。おい美玲ビールだ」

「ないからね刑事さん……」

「ナニっ? 子春! お小遣いをやろう」






これはなんだ。ある種の天国か。

白いうなじを見せたポニーテールの女子たちが1つの鍋を囲み集まっている。

そして何故俺まで。

「あの、委員長なんですかこれ……」

「鍋と言えばポニーテールでしてよ!」

「……そうなのか?」

てかドリル+ポニーテール+太極鍋って世界初じゃないかな……。

「そうだよミレー!」

「そうみたい」

「そうだぞ美玲。いや美玲ちゃん」

すっきりしないその長さの黒髪をケイコ警部にまとめ上げられた可黒美玲。完全にこの場の女子たちに遊ばれているようだ。

「…………子春、シメ何にする?」






「ま、真夏の宴陣祭えんじんまつり? ウチってお祭りとかやんの?」

「お祭りじゃなくて運動会でしてよ」

「は!? 早くないですか委員長」

「伝統よ従いなさい」

「はぁ……伝統なら仕方ないです……ね」

あっついだろ……バカじゃねぇの。
ってこんな時期に鍋やってる俺が言えないな……。


「ならば可黒美玲。私が保護者として観に行って応援してやろう」

「しんぷるに来ないでください……」






透蘭自慢のちくわの山葵琥珀スープ茶漬けでシメられ、たのしい鍋パーティーは終わり。かほりと子春は迎えに来た別所透蘭のリムジンにご一緒させてもらい可黒邸を後にした。

そして残ったふたりは。

「あのマークのことだが」

「はい」

「まぁ何も分からなかったな」

「何もない方がいいですよ!」

「フッ、そうだな」
「だが今後もアレを見つけたら報告を頼むぞ。オカルト探偵部も私より機能しているようだしな」

「そっちを機能させてくださいよ……大人でしょ」

「ただの子供には任せんさ。期待しているぞ、それに私も子春のようなパワーアップの方法を探しているからな。何もしていない訳ではない安心しろ」

「パワーアップ……俺はフツウでいいんで、安心して期待してます」


(フツウなんてつまらない)

ぼそっと、その鋭い目つきは彼の目を見て呟いた。


「え」

「なんでもない。邪魔したな」

ケイコ警部はそう言い、そそくさと可黒邸を去っていった。

「オカルト探偵部、つづくのか……」

「てか洗い物!!」

泡とお湯、5人分の食器と鍋はピカピカになり可黒美玲の手によりたのしい鍋パーティーは終わりを迎えた。
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