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3話

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どんと、片づけられた中央緑の作業台に置かれたのは130分の1フェアリーナイトのプラロボパーツの入った箱。

「でも本当に良かったのかプラロボは作るまでも値段分の楽しみがあるぞ?」

「入部届は部長がしっかりと受理するものじゃん、なにサボろうとしてんの?」

「いきなし預けられたプラロボが入部届ってなぁ……んなことよりやるぞ?」

ん、っと浦島銀河部長が突っ立ちしゃべる佐伯海魅に手渡したのは緑のグリップの比較的新しい方のニッパー。

「ニッパー? わたし?」

『当たり前だろ。買ったからには責任を持ておまえのフェアリーナイトだ! イクゾ、マーキュリーこの金剛夜叉のフル・イカヅチを受けてみろそんで今まで殺してきたパイロットどもの顔を精神の庭に浮かべてしねえええええ!』

全武装を構えたポーズのインフィニットフルパッケージホーク金剛夜叉に搭乗する金髪に成り代わったシラガのパイロットは、110分の1のソレの後ろで恥じらいもなく叫ぶ。


2人の間、そこにイカヅチもカゼも起こらない────────


「さて」
「バカでしょ」


130分の1フェアリーナイトの箱が今、ためらいなく開けられた。







ニッパー2人分、

パチパチと白パーツを企業工場の加工技術でひとつのフレームにまとまったパーツ群から切り離す、それぞれの音が鳴る。


「あー、ギリギリを攻めすぎたな」

「さいあく……」

部長は特に何も口を出さず、プラロボ作りを開始し。彼女も彼を真似するようにそうしていた。
ギリギリを攻めすぎた────それは結果いらないフレーム部分だけではなく、要るパーツにまでニッパーの威力が及んでしまったという事である。
プラロボ作り初挑戦の佐伯海魅は深く刃をあてすぎたのだ。

「ははは」

「ナニ笑ってんの」

突然すこし笑い出した、向かいの椅子に座って作業をしていた部長。
失敗を笑うというよりは彼女の表情が彼には珍しく初々しくおかしかったのだ。

「いやそんなに落ち込むからさ、もうそれでいくしかないぜ! ははは」

「980円したのに」

何故か彼女はすこし溜息混じりに唐突にお値段を告げて返答した。

「は? 安いじゃん? これ新しいヤツだぞ2000円超えてもおかしくないぞ、フェアリーナイトもうそんな人気が……一般受けはしそうではあるんだけどなぁ?」

980円、昨今品質向上需要増加で高騰するプラロボ価格にしたらそれは驚くぐらいに安いものであり比較的新しくファンの要望により製品化されたフェアリーナイトは130分の1のお手頃サイズでありながら2000円はくだらない定価で売られているのだ。

「ま、そこは私だし大人気おすすめ商品も女子高生割」

「大人気おすすめそりゃ俺も初耳だけど女子高生割って俺に男子高生割はなかったんだがなぁ……?」

「ふっ、おじいちゃんみたいだからどの店も割引きたくなかったんでしょ」

「だぁれがお爺ちゃんみたいなホワイトカラーだよ!」

「言ってないけど」

「ほぼ言ったほぼ!」

「ほぼねー、あっ」

会話に夢中になっていた女子高生はまた、しらずパーツを攻めすぎた。

「ははは、しょせん女子高生割引だな」

「話しかけるからでしょ! あーさいあく」

海魅は、その不注意で起こった失敗に対して苦いものを食ったような顔で左目をぎゅっとしぼった。

「ははは。でも白はさ、傷が目立たないからさ。何度失敗したって大丈夫だぜ」

パチリ、慣れた手つきでニッパーを操りながらパーツをしっかりと見ながら部長はさらりとそう言った。

「とつぜんポエムなにそれ……きもっ」

「え、はぁ!? おいこれはポエムじゃなくて部長らしさ全開のジジツ!」

「はいはい」

「はいは一回だろ部長だろ。ったく──おし腰完成」

ポエムとジジツを混じえながらも、部長はフェアリーナイトの腰部を完成させた。
それを右手でつまみすこし見せつけるように掲げて出来栄えをまじまじと様々な角度から眺めた。

「なんで腰から作ってんの?」

「ん? あーなんでだろ? 単純に好きなパーツだから」

「え……きもっ」

「またおま!? いや、今のはたしかに……じゃっかん……すまん」

「謝ってもなかったことにならないけど、ふーん腰ね、ふんふーん腰フェチ」

「はぁ。ってお前は体からかよ」

佐伯海魅が作っているのは腰部よりパーツ量の多いボディー部。特に部長の指示もなかったので自分で適当に決めて取り組んでいた。

「まぁね、私ってフツウだから。アブノーマルじゃないからね」

ニッパーをヒトに向けてカチカチと2回閉じた。
浦島銀河は向かいに座る女子高生に何かをぐさりと切り取られた。

「おまえなぁ……プラロボ作りでんなこと結びつけて言われると俺は何もつくれないぞ?」

ニッパーを向けられて良い先生のように注意というよりは、やれやれと呆れた感じで両手を広げジェスチャーした。

「さっさと作ってよ、顔」

「顔? いいのか? イチバン重要だぞ?」

これ見よがしに手持無沙汰になっていた彼にイチバン重要な顔パーツを作らせてくれると彼女はさらっと言う。

「だって傷付けちゃイヤじゃん。このこ女の子っぽいし」

「たしかにフェアリーナイトは女だけど……地味におまえプレッシャーかけてんな」

「ふんふーん、ま、部長だから余裕でしょ」

「言ってるくれるな! よーしっ! ────」

またカチカチと二回、挑発するようなビギナー女子高生のそれにシラガをざっと掻き上げて真剣みと笑みの混じった表情は黒いニッパーをぐっと握りしめた。






「見ろっ、シールまで完璧だ!」

エメラルドのふたつの瞳アイカメラが輝く完璧な顔をしたフェアリーナイト。
出来上がったソレをとんとフェアリーナイトの絵の描かれた箱の上に乗せ彼女に見せた。

そのちいさなエメラルドと目の合ったブルーガーネットの女子高生は顎に手を当てじっとちょっと観察。

「んー、まぁまぁ合格ラインね」

「そうかそうかそりゃありがたいよ!」
「おっおまえもボディーできてんじゃん」

いつの間にやら海魅も完成させていた、白いスベテの中心となるボディー部。
すこし深く苦戦した跡が見られるがちゃんと出来上がっていた。

「傷だらけだけどね。もうお嫁にいけないねこの子」

「おいおい冗談でもんなこというなよ、こいつは未来4人の子持ちだぞ」

「はぁ? ロボットがウソでしょ!」

言った冗談を真面目に返された。
部長は細々と何かが書かれているデカデカと絵の描かれた箱に内包されていたぺらい説明書を手に取り指差した。

「ウソいうかよ、ロボットもしゃべるし、たたかうし、魔法も使うし、子孫を残すぜ」

細々とした文字は見るにも分からずそのオトコの言葉だけが情報として海魅の耳にしっかりと聞こえ、彼女はまた驚いた。

「なによそれ……バカげてる子選んじゃった私? はーさいあ」

「まぁまぁ、バカげてはいないさ。フェアリーナイトは俺の中でも好きな機体10の指に入るからな」

でーんと開いた10、指折り減らしていきまた10に広げた。
部長の元気に見せつける手指をじっと海魅は見つめ。

「はぁ、10の指……やっぱバカげてんじゃん」

おなじく10になぜか溜息まじりに呆れて広げて見せた。

「なんでだ!」






そうこう────しゃべりながら、黙しながら、作業していき────
もうニッパーの出番が無くなり、ふたつ手汗のしみついた緑と黒のグリップは作業台の上に置かれた。

「よし、ついに完成だな」

「なんかはやくない」

「2人だとそりゃはやいぜ! はは」

「なんか負けた感じするんだけど」

「おまえ勝ち負けでやってたのか……たしかに、2人でやったらパーツ差出て兄弟とかだとプラロボあるあるなのかもしれないな。はは、俺の勝ちーー」

左指で、ばーーん、と女子高生の顔を笑いながら部長は指差した。
突然そんな事をされた彼女は、一瞬だけ仰け反り口をおおきく開き発言。

「はぁ? なに素人女子高生ボコってよろこんでんの、きも」

「はは関係ないねー、ってのは冗談で。さ、最後だ」

指していた指をぱーっとパーに咲かせて地に流した。
そして見つめるのは箱の上に立たせて待たせてあった華麗な白い機体。
足りないラスト2パーツをその背に期待しているようだ。

「わたしがやるの?」

「そりゃぁ、そうだろ? そのために一番いいところノコしといたんだからな。ははは」

「ふーん」

作業の速かった彼にしれっとノコされていたその一番いいパーツ。

海魅は手に持ったそれを1枚ずつ────。

期待して待機していたフェアリーナイトにエメラルドの羽はつけられた。

パッと手を放し、2人は箱の上に堂々と華麗に羽を広げて立つ白い機体を見つめた。

「っし、ナイスだこれがフェアリーナイト(全盛期)だな! やっぱいいぜぇこいつは」

「フェアリーナイト……全盛期……」

ついに完成したフェアリーナイト、全盛期の姿。
エメラルドの蝶のような羽を広げた美しい白の妖精は今にも素晴らしいマホウを放てそうな程、ロボットにしては圧倒的に煌びやかだ。

海魅の目は初めて作ったその美しい大きくみえたプラロボの姿ををたしかに映し出し。椅子から立ち前かがみにまじまじと、

「ふーん、リバーシよりいいじゃん」

「おいっ! 苦労して完成したしょっぱなの感想がそれかー! んなこと言うなよおまえイチイチ地味に核心ついてきやがるぜ! ははは」

「なにひとりで盛り上がってんの」

「ま、玄人には玄人のたのしみ方があるから気にせずなんでも言ってくれていいぜ!」

まさにひとりで盛り上がっていたのは彼が知っていて彼女が知らないフェアリーナイトとリバーシの関係性があったから。
まだ玄人は笑っていて、よほど機嫌が良いみたいだ。
なんでも言ってくれていい、そう言われた海魅は腕を前にどんと組み、じゃあと一欠片も遠慮せず言った。

「あっそ。じゃ、昨日のアレはなに?」

「はははは、は? あー、アレは……やっぱシミュレーターだろ」

不意にぶち込まれたフェアリーナイトと関係ない質問の弾丸に、笑っていた彼の笑いは止まり。
用意されていたかのようにシミュレーターと答えた。

当然昨日と同じ答えを聞かされた海魅はすぐさま言葉被せ気味に、

「納得できないけど」

「まぁだ納得してなかったのかよ、と言われてもなぁアレが出るのは」

シラガをかきながら明後日の方向をみて若干困っているオトコ部長。

「出てるけど」

「は? っと……出てるな」

彼の見ていた明後日から彼女の指差す明々後日の壁際にはアオい梯子がある。

突如出てきたアオい梯子をふたりは見つめて、ふたりは互いを一瞬長々と見つめて、

「ふっ」

「はは」

プラロボ部の部室に微かに作ったような男女の微笑い声が響いた。
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