いつか、愛に跪くまで

夏芽玉

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後日談2 トラウマ

【1】トラウマ

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 そのキャストを選んだのは、何か特別その人が良かったからという理由ではなく、その日出勤していたキャストの中でプレイをまだしたことがないのがその人しかいなかったという消極的な理由からだった。

 店員に案内された部屋に居たのは、ツーブロックにした髪のトップのみを真っ赤に染めて、アクセサリーをジャラジャラとつけたガタイのイイ男だった。

 その男は「テツ」と名乗った。



「あんたが今日のオレの客?」
有坂ありさか唯織いおりといいます」

 今までは優しそうな人を選んでいたので、普段は選ばないタイプの相手に委縮してしまう。

「ふーん」
「あの、NGとセーフワードは受付で伝えたのですが……」
「あー、見た見た。60分コースであんま時間ないし、早速始めよーぜ」
「……はい」

 相手の様子に不安を感じて、念のため声を掛けてみたのだが、軽く流されてしまった。
 いつもこのお店では、最初にNG項目とセーフワードを口頭で確認するのに……

 もしかしたらその手順はお店のルールではなく、キャストが独自にしているものだったのかもしれないと無理矢理自分を納得させた。

 今思えば、この時点でオレはもっとその相手を警戒するべきだったのだ。

 当然、確認の手順を省くというのは店のルールに則ったものではなかったし、さらに言えばその相手はルールを守る気なんて最初からなかったのだから。


「じゃ、最初は軽く口を開いて目を瞑って」

 初めての相手にオレはガチガチに緊張していたのだけど、その緊張を解すこともなく相手はプレイをスタートさせた。
 今までに出されたことのない指示に戸惑うが、言われた通りに軽く口を開いて目を瞑る。
 目を閉じる直前に見えた相手は口元に嫌な笑みを浮かべていたような気がした。

 口の中に何かを押し込まれて、頭の後ろで固定される。
 驚きで目を見開いた時には既に遅かった。

「勝手に目ぇ開けてんじゃねーよ。オラ、Subなんだから、さっさとKneelお座りしろ」

 いつの間にか背後に回っていた相手に、床に突き飛ばされる。
 咄嗟に手をついて、顔面で着地することは防いだが、床に這いつくばったまま、KneelのCommandのせいで立ち上がって逃げることが出来ない。

 ――嫌だ、やめろっ……!!

 そう叫びたかったが、口の中に押し込められたもののせいで、フガフガと言葉にならない音と涎を漏らすことしかできない。

「はーあ? 何言ってんの? ちょーっとわかんねーわ。でも、おまえSubなんだから、痛めつけられんこーゆーのが好きなんだよな」

 そう言って、背後から力いっぱい蹴りつけられた。
 暴力行為はNGだと入店時に伝えてある。
 なのに、初っ端からこんなことするなんて……
 
 もしかして、こいつは最初から何一つルールなんて守ろうと思っていない……?
 
 セーフワード!!
 咄嗟に叫ぼうとしたが、当然、口を塞がれたままだとそれすら言うことはできない。
 最初にこいつがオレの口を塞いだのは、それが目的だったんだと遅まきながらに気づいて愕然とした。こいつは、オレに拒否する権利を与えることなく、自分が満足するまでオレを一方的に嬲る気だ。

「オレがせっかく虐めてやってんだから、もっと悦べよ」

 身体を小さく丸めて、なんとか頭と腹部だけは守ろうとする。
 だけど、背中に、脇腹に、腕に何度も強い蹴りを入れられる。

 ――痛い!! 怖い!! 誰か助けて……!!

 助けを呼ぶことすらできず、ただ痛みに呻いて涙を流す。
 死すら予感する強い恐怖に、身体がガタガタと震える。

 それはそう長くない時間だったはずだが、オレには永遠の長さに感じられた。


 突然、ドアが開かれ、店のスタッフ達が駆け込んでくる。

「お客様、大丈夫ですかっ!?」

 急いでオレの口枷が外され、オレを甚振っていた男も引き剥がされた。
 オレの記憶にあるのはここまでだった。
 サブドロップに陥ったオレは、その後救急車で病院に運ばれたのだった。
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