蛇がおそそで

小野遠里

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蛇がおそそに

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 嫁のはなが山にキノコを採りに入ってなかなか帰ってこない。どうしたのだろう、探しに行くか、と木助が思っていたら、ふらふらよろよろ心ここに在らずの感じで戻ってきた
「どうしたんだ?」
 はなは茫とした感じで
「夢を見たの」と呑気に言う
 こちらは心配してオロってたのに、と木助の口調がきつくなった
「どんな夢だ?」
「うん。山ん中でオシッコしてたら、目の前に蛇がいたの。ちっこい蛇だったけど。逃げようとしたら後ろに転けてしまって。そうしたら、蛇がおそその中に入ってきてね、中でとぐろ巻いてるの。吃驚したわ」
「た大変じゃないか」
「夢の話よ。それから蛇が中で動き回るの。それが気持ちよくて、何度も逝ってしまって、もう夢みたいと思ってたら、目が覚めて。夢だったの」
「おらは蛇に負けるのか」
 そう言うと
「もう! 夢だってば」
 と答えた

 二月ほどして、あれがないから子供が出来たみたい、とはなが告げた
 木助は大喜びで、お祝いやら、お参りやら、はしゃぎまわった
 それから八ヶ月ほどして、女の子が産まれた
 可愛い娘で、かえでと名づけて、猫っ可愛がりしていたが、妙な処があった
 瞳が縦に細いのだ
 蛇の目を連想させる
 まさかと思って気にするまいとしていたが、大きくなるに従って、ますます蛇に似てきた
 肌がなんとなく滑(ぬめ)っている
 家にネズミが居なくなった。それは良い事ではあるのだが、不気味な感じがした
 しかし、蛇には似ていてもよい子であった
 かえでの後にふみと彦一という夫々二つ違いの妹と弟ができた。かえでは二人の面倒をよくみてくれる。家の手伝いもよくするし、山に入ってキノコやら、野菜やら、鳥の卵やらをいっぱい採ってくる。川に行っては魚を取ってきて、色々家の手助けをしてくれた

 ある日、木助が嫁に言った
「お前のそそに蛇が入った日から十月十日で産まれた勘定になる。あの子はおれの子ではなく、お前と蛇との間に生まれた子ではなかろうか。そうとしか思えない」
「あの蛇は雌の蛇で、あたしのおそその中に卵を産んでいっただけかもしれないわ。あの晩、蛇に負けるものかとあんたが何度も頑張ったから、あの子が生まれたのかもよ。あたしはお腹を貸しただけ」
「そんなことを言い出したら、初めから受精卵をお前の腹に置いてっただけとかの可能性まであるぞ」
「両親が蛇ではあんな子が生まれる筈ないわ」
 二人で言い争っても結論は出なかった
 ただ、蛇神様の子かもしれないから、バチが当たらぬよう、大切にしなければと決めたのだった

 この村の近くに大きな沼があって、村の農業はその沼のお陰で成り立っていた
 沼には主がいて、自ら水神だと名乗っていた
 その主が、十数年に一度、村の娘を生贄に求めてくる。必ず村一番の美女を指名する。もし差し出さなければ、沼が干上がったり、沼から大水が出たりして大変な事になるのだ
 かえでが十六になった年、庄屋の屋敷に矢が立って、ふみの名を指定してきた
 庄屋が木助の家を訪れ
「こうなったからには仕方ない、ふみを主様(ぬしさま)に差し出してくれ」
 と言った
 木助とはなと彦一の顔が青ざめた。ふみは真っ青になって、今にも失神しそうであった。ただ、かえでだけが、頬を赤く染めて怒った
「なんでふみなの! 村一番の美女が指名される筈でしょ。なぜあたしじゃないのよ!なぜふみみたいな不細工を指名して、月とスッポンのあたしを指名しないの! 間違いだわ。失礼だわ。書き間違いよ。あたしだわ。絶対そうよ。あたしが行く。いいでしょ?」
 とふみにきいた
 ふみは頷く。ブサイクのなんのと失礼だが、姉は代わってくれようというのだ。ふみは涙ぐんだ。姉は優しい
「しかし・・・」と庄屋が言った
「しかしもなにも」とかえでが言う
「書き間違いに決まってる。書き間違いを真に受けて、村一番の不細工を差し出したら主様が怒って、村に祟るに違いないわ。だって、そうでしよう、あたしとふみとどっちが綺麗?」
「確かにそうかも」
 とかえでを差し出すことになった
 木助とはなの思いは複雑であった。孝行娘だし、綺麗だし、優しいし、蛇の子かもしれないという以外にはなんの不満もない娘であった

 その前夜、主様への嫁入りの御祝いを、重く暗く、村人達がやっている頃、かえではひとり納屋でナタを研いでいた。何度も何度も、水に浸け、時に火に炙って
「何をしている?」
 かえでの様子を見に戻った木助がきくと
「花嫁衣装の刀を綺麗にしてる」
「お前、死ぬ気では?」
「まさか、死ぬ気はないわ」
 と答えた

 その日の夕刻、日が西に沈む頃、主様御一行が村外れに現れた
 村人達が出迎える
 その後ろから、粗末な花嫁衣装に身を包み、顔を隠して、かえでが歩いてくる
 主様が前に出てニコッと笑う
 かえでが前に出て、顔を見せ、ニコッと笑う
 瞳がさらに細くなった
 主様の顔が凍りついた
「あっ」
 下がろう、逃げようとするのに、身体が動かないようだ
「馬鹿ね。あたしを指名しなければそれで済むだろうって? 本当に馬鹿だわ」
 そう言うと、背後に隠し持っていたナタを抜き、主様の頭から胸まで、一刀のもとに切り裂いた
 主様の身体が崩れ落ち、生き絶える
 倒れた主様を見ると、なんと大きなガマガエルであった

 従者達も逃げようとはしていたが、身体が思うように動かないみたいだ
 オロオロしてる間に次々頭をかち割られていった
 正体が現れると、皆、其々にカエルであった
 一匹だけ、ガマガエルの姿に戻って、ぴょんぴょん飛ぶように逃げていくのがいた
 それをかえでが滑るように走って追いかける
 村人達も、相手がカエルの化物と分かったので、鎌やら鋤やらを手に追いかける
 逃げるカエルが水に飛び込む。かえでも追って飛び込んだ
 カエルはやがてやや大きめの、ヨシやガマが密生している島に上がった
 穴があり、そこから人型のやカエルのままのや不気味に中途半端なのとかが現れた
 かえでが片っ端から頭をかち割っていく。棒とか持ったのが向かってきても、かえでのひと睨みで動けなくなるのだ
 
 やがて辺りがすっかり暗くなり、丸い月が昇って、殺戮の時が終わった
 沼が血に染まって赤い
 泥や血や化け蛙の肉片でマンダラになりながら、かえでが水から上がってきた
 村人が一歩二歩と後退する
「あたしが怖いの?」
 とかえでがきいた
「そんなことはないぞ」と木助が答えた「ただ、見た目が凄いことになってる。井戸へ行って身体を洗おう。母さんに別の着物を取ってきてもらおう」
 かえでの手を取って歩き始める
「待って。ホントに凄く汚れてるね。沼の水が綺麗な処で洗うわ」
 そう言って、水際に沿って歩き始めた
 遠くまで行って、着物を脱ぐと、白い裸身を月光に晒しながら、頭から水に飛び込んだ
 そして、それきり帰らなかった
 
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みんなの感想(1件)

仙 岳美
2023.04.20 仙 岳美

面白かった。

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