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006 面倒な迷い猫
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高級宿エバンスの食堂の一角でアルことリズレットは掃除婦であるシーナを呼び出して席を共にしていた。
「今回は助かったよシーナ。ありがとう。」
「いえ、当然のことをしたまでです。り…じゃないアル様。」
「うーん、未だに呼び慣れないねシーナは。」
「も、申し訳ございません。」
「いや、いいんだ。それよりも税の横領が分かって父もこれまでの見直しを行う事にしたらしいよ。これで一気に領内が綺麗になると良いけど。まぁ、そう上手くはいかないか。」
くすりと笑ったリズレットの表情に一瞬陰が映るが、それはほんの瞬きする間に消えてしまった。
「あ、シーナ髪が解けているよ。」
「え?」
「直してあげる。」
リズレットはそう言ってシーナの髪を纏め始めた。それを終えると席にお金を置いて席を立った。
「じゃ、お礼は言ったしそろそろ行くよ。」
「あ、アル!こんな所にいたのか。あれ?姉さんと一緒だったの?」
「ジェイク、どうした?」
「ほら、作ってくれって言っていたあの試作品が出来たんだよ。もうみんなお試しとか言って早速酒盛りしているよ。」
「え?もう?」
ジェイクに引き摺られるようにリズレットは出ていった。
「おや、アルったら隅に置けないねぇ。」
女将がシーナの髪を見てニヤニヤと笑った。
シーナの髪には愛らしい髪留めが付けられている。
取り外すと裏側に何やら彫り物がしてあった。
『トニーと早くくっつけよ ジェイクとアルより』
それを見たシーナは顔を赤く染める。
それを見た女将に更に勘違いされることになったのはご愛敬だ。
アルフォンス・レスターはこれまで部下に任せきりだった町の視察に赴いて、あまりの変化に驚きを隠せなかった。
町は綺麗に整備され井戸ではなく水道という物を使って平民は生活している。
トイレさえも魔道具が揃えられており、町ではかつてのような糞尿に塗れたような臭いはまるで無くなっていた。
見た目は変わらないのに平民の生活は劇的に変化していた。
今までそういった報告が無かったのは公になるような場所は最近になって整備されたかららしい。
つまり、アルフォンスの与り知らない所で町の整備がなされていたのだ。
これについてはあまりの状況にアルフォンスの頭も混乱した。
一体誰がこんな事をしているのかと問えばみんな口を揃えて、全員で協力して行ったと言うだけなのだ。税収は確かに少しずつ増えている。
だが、それはこれだけの発展を遂げているのにどう考えても状況と一致しない。
自分の足元で一体何が起こっているのかとアルフォンスはその中心となっているらしい冒険者のクラン『輝く星』の拠点へと足を延ばした。
クランの拠点は普通の家の中だった。
だが、そこに居る者たちが持つ雰囲気は独特のものでどうにもただの冒険者集団とは思えないような何かを感じる。
その集団を纏めているらしい男はまだ若い青年だった。
「輝く星のクランリーダーをしていますフレッドと申します領主様。この度はどういったご用件でお越しでしょうか。」
「あぁ、この町の至る所で君たちの名を聞いて話を聞きに来たのだ。」
話を聞こうとした矢先に一人の青年が慌てたように駆けこんできた。
「お話し中すみません。兄貴、緊急の要件です。」
緊急と言われても領主を放って話すわけにいかず困った顔をしたフレッドにアルフォンスが声をかける。
「緊急の要件なのだろう?聞いてあげなさい。」
「ありがとうございます。」
アルフォンスに礼をしてフレッドは駆けこんで来たザットに向き直った。
小声で話を聞いたフレッドは内容を聞いてがしがしと頭を掻いた。
「少し席を外します。」
「あぁ。」
アルフォンスに一言断ってから別室に入ったフレッドは緊急用のスクロールを取り出すとペンを使って文字を書いた。
その紙を折りたたむと燃え上がるように光となって飛んでいく。
それを終えてから応接室へと戻ったフレッドは窓から入ってこようとしている人物を見て声を上げた。
「おい!アル。窓から入って来るんじゃない。」
「だって緊急って言ったから。」
そう言って窓から室内に入って来た人物を見たアルフォンスは口をぽかんと開けて固まった。
そしてそんな父の姿を見つけてアルことリズレットはしまったという顔を一瞬浮かべる。
「あ、な、な…。」
言葉にならないままのアルフォンスににっこりと微笑んでフレッドに向き直る。
「それで、緊急の要件っていうのは?」
フレッドから小声で内容を受け取ったリズレットは額を押さえてため息をついた。
「分かった。迷い猫は私が連れに行く。フレッドは馬車の用意とミルクとハチミツを用意しておいてくれ。」
「み、みるくとハチミツ?」
「猫だからな。必要だろう?」
にやりと笑ってリズレットは笑った。
そして後ろで唖然としている父と話をするために背筋を伸ばしてアルフォンスに向き直った。
「父上、ランドリック様が火急の要件で屋敷にお越しです。そのうち使用人が駆け込んでくると思いますので早めに帰って差し上げてください。」
「な、なぜランドリック殿が…。」
「さて、私には教えてくださいませんでしたので分かりかねます。という事で、フレッド後は頼んだ。」
「ま、まてリズ!」
リズレットは入って来た窓からひょいと身を乗り出して駆けていった。
それから少しして屋敷の使用人がアルフォンスを呼びに慌てた様子で訪ねて来た。
色々な事が一気に起こり過ぎてアルフォンスは頭を抱えたくなる。
そんな衝動を何とか抑えて、フレッドに視線を向ける。
何とも言えない視線を受けてフレッドは顔を引きつらせた。
「すまないが、また今度色々と話を聞きたい。」
「わ、分かりました。」
冷や汗を流しながらフレッドは首を縦に振って応えた。
薄暗い路地裏を一人の少年が駆けている。
その後ろから数人の大人が追いかけていた。
息を切らせながらも必死で逃げる少年。
金の髪は汗でぐっしょりと濡れ、紫の瞳は恐怖に染まっている。
少年が必死に走っている最中、空から声が降って来た。
「おい、レオ。止まれ。」
レオと呼ばれた少年の名はレオナード・フォレスタ・トーレンス。
この国の第二王子だ。どうやら護衛とはぐれて裏路地に迷い込んでしまったらしい。
身なりの上等な彼を見れば捕らえて身代金をと考えた愚か者達が居ても不思議ではない。
「え?」
愛称を呼ばれてレオナードは思わず立ち止まった。
その声の元を探ろうと上を見上げる。
「なっ!」
上から飛び降りて来た人物に驚いてレオナードは慌てて後退った。
飛び降りて来たのは栗色の髪を持つ少年だ。
なぜこんな場所で自分の名を知る者がいるのかとレオナードは疑問が湧いたが今はそれどころではない。
なおも逃げ出そうとするレオナードの手を掴んでリズレットは引き留めた。
「お、おい!あいつアルだ!」
追いかけていた男たちの一人が叫ぶ。
その言葉を受けて男たちは全員が立ち止まった。
なぜか恐怖に染まっている男たちを見てリズレットはどちらが悪者なのか分からないなと自嘲気味に笑った。
どうやら以前魔力の制御に失敗して消し炭にした男の事が裏で広まっているらしい。
「悪いな、こいつは私の連れなんだ。手を出すのはやめてもらおうか。」
「なんでお前はそうやって俺たちの仕事を奪うんだ!お前が現れてから俺たちがどんなに苦労していると思っている。」
一人の男がリズレットに向かって叫んだ。
「ん?なんだ、仕事が欲しかったのか?なら以前何でこちら側につかなかったんだ?」
「俺たちみたいな奴が普通になんて成れる訳がねぇ。こんな事しか能がないんだ。仕方ないだろう!」
「あぁ、なるほど。今まで散々悪事を働いて来たから認められないと思ったのか。」
ぽんと手を打ってリズレットは納得した。
それはそうだろう。これまで悪い事をしてきた者が急に手の平を返せるわけがないのだ。
「今回は助かったよシーナ。ありがとう。」
「いえ、当然のことをしたまでです。り…じゃないアル様。」
「うーん、未だに呼び慣れないねシーナは。」
「も、申し訳ございません。」
「いや、いいんだ。それよりも税の横領が分かって父もこれまでの見直しを行う事にしたらしいよ。これで一気に領内が綺麗になると良いけど。まぁ、そう上手くはいかないか。」
くすりと笑ったリズレットの表情に一瞬陰が映るが、それはほんの瞬きする間に消えてしまった。
「あ、シーナ髪が解けているよ。」
「え?」
「直してあげる。」
リズレットはそう言ってシーナの髪を纏め始めた。それを終えると席にお金を置いて席を立った。
「じゃ、お礼は言ったしそろそろ行くよ。」
「あ、アル!こんな所にいたのか。あれ?姉さんと一緒だったの?」
「ジェイク、どうした?」
「ほら、作ってくれって言っていたあの試作品が出来たんだよ。もうみんなお試しとか言って早速酒盛りしているよ。」
「え?もう?」
ジェイクに引き摺られるようにリズレットは出ていった。
「おや、アルったら隅に置けないねぇ。」
女将がシーナの髪を見てニヤニヤと笑った。
シーナの髪には愛らしい髪留めが付けられている。
取り外すと裏側に何やら彫り物がしてあった。
『トニーと早くくっつけよ ジェイクとアルより』
それを見たシーナは顔を赤く染める。
それを見た女将に更に勘違いされることになったのはご愛敬だ。
アルフォンス・レスターはこれまで部下に任せきりだった町の視察に赴いて、あまりの変化に驚きを隠せなかった。
町は綺麗に整備され井戸ではなく水道という物を使って平民は生活している。
トイレさえも魔道具が揃えられており、町ではかつてのような糞尿に塗れたような臭いはまるで無くなっていた。
見た目は変わらないのに平民の生活は劇的に変化していた。
今までそういった報告が無かったのは公になるような場所は最近になって整備されたかららしい。
つまり、アルフォンスの与り知らない所で町の整備がなされていたのだ。
これについてはあまりの状況にアルフォンスの頭も混乱した。
一体誰がこんな事をしているのかと問えばみんな口を揃えて、全員で協力して行ったと言うだけなのだ。税収は確かに少しずつ増えている。
だが、それはこれだけの発展を遂げているのにどう考えても状況と一致しない。
自分の足元で一体何が起こっているのかとアルフォンスはその中心となっているらしい冒険者のクラン『輝く星』の拠点へと足を延ばした。
クランの拠点は普通の家の中だった。
だが、そこに居る者たちが持つ雰囲気は独特のものでどうにもただの冒険者集団とは思えないような何かを感じる。
その集団を纏めているらしい男はまだ若い青年だった。
「輝く星のクランリーダーをしていますフレッドと申します領主様。この度はどういったご用件でお越しでしょうか。」
「あぁ、この町の至る所で君たちの名を聞いて話を聞きに来たのだ。」
話を聞こうとした矢先に一人の青年が慌てたように駆けこんできた。
「お話し中すみません。兄貴、緊急の要件です。」
緊急と言われても領主を放って話すわけにいかず困った顔をしたフレッドにアルフォンスが声をかける。
「緊急の要件なのだろう?聞いてあげなさい。」
「ありがとうございます。」
アルフォンスに礼をしてフレッドは駆けこんで来たザットに向き直った。
小声で話を聞いたフレッドは内容を聞いてがしがしと頭を掻いた。
「少し席を外します。」
「あぁ。」
アルフォンスに一言断ってから別室に入ったフレッドは緊急用のスクロールを取り出すとペンを使って文字を書いた。
その紙を折りたたむと燃え上がるように光となって飛んでいく。
それを終えてから応接室へと戻ったフレッドは窓から入ってこようとしている人物を見て声を上げた。
「おい!アル。窓から入って来るんじゃない。」
「だって緊急って言ったから。」
そう言って窓から室内に入って来た人物を見たアルフォンスは口をぽかんと開けて固まった。
そしてそんな父の姿を見つけてアルことリズレットはしまったという顔を一瞬浮かべる。
「あ、な、な…。」
言葉にならないままのアルフォンスににっこりと微笑んでフレッドに向き直る。
「それで、緊急の要件っていうのは?」
フレッドから小声で内容を受け取ったリズレットは額を押さえてため息をついた。
「分かった。迷い猫は私が連れに行く。フレッドは馬車の用意とミルクとハチミツを用意しておいてくれ。」
「み、みるくとハチミツ?」
「猫だからな。必要だろう?」
にやりと笑ってリズレットは笑った。
そして後ろで唖然としている父と話をするために背筋を伸ばしてアルフォンスに向き直った。
「父上、ランドリック様が火急の要件で屋敷にお越しです。そのうち使用人が駆け込んでくると思いますので早めに帰って差し上げてください。」
「な、なぜランドリック殿が…。」
「さて、私には教えてくださいませんでしたので分かりかねます。という事で、フレッド後は頼んだ。」
「ま、まてリズ!」
リズレットは入って来た窓からひょいと身を乗り出して駆けていった。
それから少しして屋敷の使用人がアルフォンスを呼びに慌てた様子で訪ねて来た。
色々な事が一気に起こり過ぎてアルフォンスは頭を抱えたくなる。
そんな衝動を何とか抑えて、フレッドに視線を向ける。
何とも言えない視線を受けてフレッドは顔を引きつらせた。
「すまないが、また今度色々と話を聞きたい。」
「わ、分かりました。」
冷や汗を流しながらフレッドは首を縦に振って応えた。
薄暗い路地裏を一人の少年が駆けている。
その後ろから数人の大人が追いかけていた。
息を切らせながらも必死で逃げる少年。
金の髪は汗でぐっしょりと濡れ、紫の瞳は恐怖に染まっている。
少年が必死に走っている最中、空から声が降って来た。
「おい、レオ。止まれ。」
レオと呼ばれた少年の名はレオナード・フォレスタ・トーレンス。
この国の第二王子だ。どうやら護衛とはぐれて裏路地に迷い込んでしまったらしい。
身なりの上等な彼を見れば捕らえて身代金をと考えた愚か者達が居ても不思議ではない。
「え?」
愛称を呼ばれてレオナードは思わず立ち止まった。
その声の元を探ろうと上を見上げる。
「なっ!」
上から飛び降りて来た人物に驚いてレオナードは慌てて後退った。
飛び降りて来たのは栗色の髪を持つ少年だ。
なぜこんな場所で自分の名を知る者がいるのかとレオナードは疑問が湧いたが今はそれどころではない。
なおも逃げ出そうとするレオナードの手を掴んでリズレットは引き留めた。
「お、おい!あいつアルだ!」
追いかけていた男たちの一人が叫ぶ。
その言葉を受けて男たちは全員が立ち止まった。
なぜか恐怖に染まっている男たちを見てリズレットはどちらが悪者なのか分からないなと自嘲気味に笑った。
どうやら以前魔力の制御に失敗して消し炭にした男の事が裏で広まっているらしい。
「悪いな、こいつは私の連れなんだ。手を出すのはやめてもらおうか。」
「なんでお前はそうやって俺たちの仕事を奪うんだ!お前が現れてから俺たちがどんなに苦労していると思っている。」
一人の男がリズレットに向かって叫んだ。
「ん?なんだ、仕事が欲しかったのか?なら以前何でこちら側につかなかったんだ?」
「俺たちみたいな奴が普通になんて成れる訳がねぇ。こんな事しか能がないんだ。仕方ないだろう!」
「あぁ、なるほど。今まで散々悪事を働いて来たから認められないと思ったのか。」
ぽんと手を打ってリズレットは納得した。
それはそうだろう。これまで悪い事をしてきた者が急に手の平を返せるわけがないのだ。
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