緑の輪

叶 望

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緑の輪

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 柔らかな光が木々の間から洩れる。

 マイアは日課の木苺を拾いに森へと入った。籠一杯の木苺を集めてジャムを作るのだ。ふと気が付くとマイアは知らない場所に立っていた。どうやら森の奥深くに入り込んでしまったらしい。
 きれいな湖が目に入りマイアは喉を潤す。冷たい水が体に染みて火照った体を冷やしてくれる。
 そっと衣服を脱ぎ捨てて湖に浸かる。こぽりと音を立てて湖の中に潜っていった。

 湖の中には光があった。

 不思議に思ったマイアはその光に触れた。

 魔界と天界の狭間には境界がある。エンジェはいつもそこに向かった。
 そこにはいつも自分の半身がいるからだ。金の髪に青い瞳、そして白い翼は片翼しかない。
 これはかつて引き裂かれた半身がエンジェの半分を持っている。
 黒い髪に赤い瞳、そして片翼の黒い翼をもつ少年を見つけてエンジェは呼びかけた。

「デビィ!」

 噴水の淵に座ったままの少年はちらりとエンジェを見るとまた視線を元へと戻す。

 二人はもともと一つの存在だった。

 天使であった彼は一人の人間の娘に恋をした。それは禁忌、彼は罰を受けて二つに引き裂かれた。
 それがエンジェとデビィだ。あの頃からすでに何千年と経っているが二人は別れた後もこうして境界へ出向いて会っている。いつか元に戻れると信じているのだ。ちなみにエンジェはそうだがデビィはそれほどかつての姿に戻りたいと願っているわけではない。
 こうして境界に出てこないとエンジェが魔界に潜り込んで来てしまうからだ。
 そうすれば元は一つの存在、片方が消えた場合自分も消える可能性があると思うと放っておくなどできはしない。
 だからこうしてエンジェに付き合っているのだ。

「会いたかった。」

 エンジェがデビィに抱きついてしっかりとその存在を確かめる。
 そのとき、噴水から水しぶきが上がり一人の少女が姿を現した。

「へ?」

 明らかに人間の女の子だ。それも素っ裸のまま呆然と噴水の真ん中に立っている。
 そして二人の姿に気が付くと女の子は叫び声をあげた。

「いやぁああああ!」

 体を抱きしめて叫び声をあげた少女。
 いや、少女と呼ぶには少々育ちすぎているかもしれない。形の良い胸は大きくしなやかな体と括れのできた腰、金の髪は腰まで伸びていて青い瞳はまるで湖の色をそのまま映しているかのようだ。
 これで羽が生えていれば天使と呼んでも過言ではないくらいに美しい少女。
 二人はその姿に釘づけになっていたのだが、首元の印を見て別の意味で固まった。

「緑の輪?」

 デビィの呟きにエンジェが我に返る。そして自らの服を着せようと考えたが無理だった。天使族の服は一つながりで脱げばそれはそれで問題になる。
 そしてデビィの上着を脱がせて少女にかけた。デビィが何か言いかけたが、少女をそのままにしておくのは目に毒だと思ったのだろう。黙ってそっぽを向いた。

「あの、ここはどこでしょう。」

「ここは、天界と魔界、そして現の狭間の境界だよ。」

 少女の問いにエンジェが答えた。
 その答えの意味が分からなかったのか少女は困惑した表情を浮かべている。

「この世とあの世の間だと思えばいい。」

 デビィの言葉に少女は驚いた表情を浮かべる。
 そして見る見るうちに顔が青ざめていく。

「もしかして、私死んじゃったの?」

「違うよ、なんでか分からないけど境界に入り込んじゃったみたいだね。」

 エンジェの言葉にどこかほっとしたような少女、しかし奇妙なことがあったものだ。この境界に人間が入り込むなんて。
 それも緑の輪を持った少女だ。

「あの、さっきの言葉……。」

「うん?さっきってどの事だろう。」

「緑の輪って何ですか?」

 少女が首をかしげて問う。緑の輪、それは少女の首元に現れている印のことだ。

「緑の輪は種族に関係なく子供が出来る存在にのみ現れる印だよ。」

「へ?」

 種族に関係なく子供ができるというなんとも意味深な言葉を聞いて少女は間の抜けた声を上げた。
 現世には多くの種族が存在する。だが、基本的に特定種族以外が交わっても子はできない。そう信じられている。
 小人や妖精、獣人、魔物、様々な生き物が存在する世界。
 その種族の中でも人族と交わって問題がないのはエルフ族と獣人族くらいだ。それ以外は考えられない。

「つまり、君という存在はあらゆる種族にとって宝みたいなものだね。」

「え?いや、そんな……。」

 エンジュの言葉に少女は複雑な表情を浮かべた。つい先ほどまでただの人間として生きていた少女だ。
 突然そんなことを聞いても受け入れるなんてできるはずもない。

「ねぇ、君の名前は?僕はエンジェ、彼はデビィだよ。」

「私はマイアといいます。」

「そう、マイアって言うんだ。とっても可愛らしい名だね。」

 エンジェの微笑みにマイアは頬を赤らめる。村娘なマイアに天使族であるエンジェの微笑みははっきり言って強力すぎる。
 デビィがエンジェの手を掴み引っ張った。

「ちょ、デビィ痛いじゃないか。」

「お前、何を考えている。」

 デビィの言葉にエンジェは疲れたように笑った。その笑みでデビィはエンジェが何をしようとしているのかを悟る。

「止めろ…エンジェ……。」

「デビィいいじゃないか、僕だって本当はもう分かっている。君とはもう一つに戻れないんだろうって。でも、だったらこの命どう使おうと構わないじゃないか。」

「あの、何を……。」

 二人の緊迫した雰囲気に押されてマイアは何が起こっているのか分からない。
 ただならぬ何かが起ころうとしているのだけは肌で感じていた。

「人間を愛して罰せられた僕らだ。再び過ちを犯して、今度こそ翼が完全にもがれたなら僕は人になれるかもしれない。」

 エンジェの言葉にデビィはぐっと何かを堪えるような表情を浮かべた。デビィはもうずっと前から諦めていたことだ。
 それでもみすみすエンジェが罪を犯すのを黙ってみているなどできはしない。力づくでも止めてみせるという気持ちでエンジェを見つめた。エンジェとデビィ二人の視線が交わる。

「あ、あの……喧嘩はダメです。」

 二人の手を取り合ってマイアはその手と手を重ねた。
 そしてその手をぎゅっと握る。

「二人とも仲良くしてくださいね。」

 ふわりとほほ笑んだマイアに二人の頬が赤く染まる。その瞬間、カッと眩い光が境界に広がってあまりの光の強さにマイアは目を瞑った。
 マイアが目を開けるとそこには一人の男性が立っていた。2対の翼を持った青年。灰色の翼だ。髪の色は銀色に染まり瞳の色は紫色だ。

「これは……。」

 自らの変化に驚いたのか青年は手を握っては開きを繰り返して少女の瞳を見つめる。

「あれ、一体何が……。」

「……もう戻れないと思っていたのに。」

 目の前の状況についていけていないマイアは青年の姿を見て目を白黒させている。

「マイア、驚かせてすまない。私はセイリースという。エンジェとデビィはもともと私という一つの存在だったんだ。罰を受けて二つに分かれていたのだが、君のおかげだ。ありがとう。」

「その、何が起こったのか……でも元に戻れて良かったですね。」

 柔らかな微笑みを浮かべるマイアをセイリースはそっと抱き寄せて口付けた。

「え?」

「エンジェとデビィ二人の気持ちが一つになったからこそ私に戻れたんだ。つまり、二人とも君を好きになったということだ。」

「わ、わたし……。」

 真っ赤に染まったマイアに目尻から頬、首筋へとキスを落とす。
 そしてマイアを抱き上げると灰色の翼を広げて地上へと飛び去って行った。
 その後、地上には新たに天使と悪魔の血を継いだ子供が数多く誕生した。地上に存在しないはずの2つの種族はこうしてひっそりと数を増やしていったのだった。

-END-
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