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第1章
3.十年後のリリナ
しおりを挟む「うーん、君、魔力ないね。魔道士にはなれないよ」
この田舎で唯一の魔法医にそう言われたのは、リリナ・ローズリットが15歳の時だった。
「……え?」
数秒かけて言われた言葉をようやく理解し、リリナは魔法医の老人に詰め寄った。
「う……嘘、ですよね……!? 嘘ですよね!? だって大きくなれば魔力は現れるって――」
慌てるリリナに、魔法医の老人はなんの感情もない声で淡々と無慈悲な事実を突きつけた。
「だいたいは身体の成長と一緒に魔力も現れてくるもんだけどね、今感知できないってことはつまり君には一切魔力がないね。15歳で魔力無いようじゃ、もうこれ以上の魔力成長は望めないよ。魔道士は諦めたらいいんじゃない?」
「そ……そんな! 困ります! 私……どうしても魔道士になりた――」
「まー無理じゃないかな。はいじゃ、次の人ー」
「ちょ……」
部屋を追い出され、廊下でリリナは途方に暮れた。
田舎の魔法医の家がそのまま治療院となっているそこには、リリナのほかにも数人の魔道士志望の子どもたちがそわそわしながらソファに座って待っていた。
魔法を扱ううえで必須の魔力は、生まれつき持っている量が決まっていると言われている。しかしそれが明確な”魔力”として体内に現れる時期には個人差があり、15歳でようやく明確な魔力量が確定するのだ。
だから魔道士を目指す者はこうして15歳を迎えると魔法医に魔力量を測ってもらう。
「魔力が……一切ない……」
無論、魔力がなければ魔法を扱えない。魔法を扱えなければ、魔道士になることはできない。
「……そんな……」
魔力がない。小さい頃からリリナはそう言われていた。しかしきっとしかるべき時が来れば現れるだろうと、楽観的にそう思っていた。
自動的に魔道士になれるもんだと、思っていた。
「……まだ……まだだ……!」
しかしリリナは、それでも諦めなかった。
「学校で魔法を勉強してるうちに、魔力が目覚めるかもしれない!」
ぎゅ、と拳を握り、リリナは唇を引き締めた。
こんなところで諦めるわけにはいかない。
だってリリナの唯一の夢は、魔道士になることだからだ。
****
そして月日は流れ、三年後。魔法高等学校の卒業式の日。
「――ねえ見て、あのマント」
くすくす、と明らかな悪意を含んだ笑い声と、隠す気のない小声が聞こえてきて、リリナは内心ため息をついた。
そこはこの田舎に建つ唯一の魔法学校、フィリア魔法高等学校の校庭だった。
まさに今日、卒業式が執り行われ、式が終わったところだ。
この後の卒業パーティーに行こうと盛り上がる卒業生たちのなか、リリナは卒業証書の入った丸筒を握りしめ、黙々と足早に校門を目指していた。
リリナを呼び止める声もない。代わりに、悪意の塊のような笑い声と、さげすんだような視線がちくちく背中に突き刺さってくるだけだ。
「私卒業まで”魔道士見習い”の人、初めて見たかも~」
「そりゃそうよ、だって学校創設以来らしいよ。入学してから卒業するまで”等級無し”だった人」
それは明らかにリリナに向けられた悪口だった。
なぜなら卒業生の大半が、深緑や橙色のマントを装着するなかで、リリナのマントは装飾も刺繍もないくすんだ灰色だったからだ。
「魔法学校卒業して魔道士見習いってウケる~」
「未だに魔法杖持ってるし……ダサすぎでしょ」
「絶対才能ないよねぇ。魔道士なんて諦めればいいのに、そんなこともわからないのかな?」
「そもそも、等級なくて卒業ってアリなの?」
ゲラゲラと笑いながら言いたい放題の彼女たちをちらりと見て、しかしリリナは反論もなにもしなかった。
その悪口は、正しかったからだ。
魔道士にとって魔道士協会から与えられるマントは正装であり、その色は魔道階級を表す大事なものだ。高等学校を卒業する頃には低くても五等級、優秀な方で三等級を獲得するのが一般的だが――
リリナの灰色マントがあわらすものは”等級無し”。すなわち一人前の魔道士としても認められない、「魔道士見習い」の証だった。
(結局……魔力……全然現れなかった……)
ずん、とリリナは肩を落とし、地面をにらみつけながら、黙々と歩を進めた。
陰口など、落ちこぼれのレッテルを貼られたそのときから散々言われ尽くしていたからどうってことない。どうってことないが――
”18歳にもなって魔力なし”
この残酷すぎる現実には、さすがのリリナも心が折れそうだった。なんだか泣いちゃいそうな気さえした。
リリナには魔力が無い。それはもはや確定事項だった。身長と同じで、努力ではもうどうにもできない領域だ。
(しゅ……首都だ……首都に行こう)
それでもリリナは諦め悪く、次なる可能性にすがりついた。
首都はこの国のあらゆる情報が集結する場所だ。こんな田舎では手に入らない貴重な情報が、首都にはごろごろ転がっている。入手しづらい魔道具も、素材も防具も武器も、首都に行けばある。
先天的に魔力が無いなら、後天的に魔力を開花させる方法を探せばいい。
こんなマントと魔法杖で格好だけ魔道士に似せるような、悲しいことをしなくても、本物の魔道士となり自在に魔法を操れる日がくるかもしれないのだ。
(孤児院《いえ》に帰って荷物を持ったら、お昼過ぎには出発しよう。まずは日暮れまでに近くの宿場町まで行ければいいかな――)
リリナが今後の計画を思い浮かべていたそのとき、にわかに校庭にどよめきがひろがった。
一人の卒業生が、校庭に姿を現したのだ。
魔法学校の制服に青い柔らかな髪を下ろし、上品な所作と容姿端麗で聡明そうな姿立ち。
この田舎では一番の大富豪であるアスノッド家の第一令嬢にして、首席で卒業した優秀な若き魔道士、エルミア・アスノッドだった。
「エルミアだ!」
「す、すげえ、銀刺繍に藍色のマント……見習いのうちに二等級を与えられたってのは本当だったのか……!」
彼女もまた、卒業生の中ではただ一人、藍色のマントをしていた。しかしリリナと違って、美しい銀の刺繍が施されたそのマントに向けられるまなざしは、羨望や尊敬である。
魔道士史上では初めて、魔法学生のうちから実力を認められ二等級をとった天才魔道士。有望なルーキーとして彼女はすでにこの田舎にとどまらず広くその名を知られていた。
「隣にいるのって、首都の魔道士ギルド〈深淵の森〉の人じゃない? 雑誌で見たことある!」
「ばっか、一等級魔道士のライハン・ゼスタだよ! 〈深淵の森〉のギルドマスター……超有名魔道士じゃねえか!」
騒ぎの理由は、エルミアをエスコートするように隣を歩く、一人の男性魔道士だった。
彼が羽織る銀刺繍が施されたえんじ色の重厚なマントは、一等級魔道士の証。初めて見る生徒たちは興奮気味にささやきあった。
「ギルドマスター自ら迎えに来るとか、やっぱ天才ルーキーはちげぇよな……!」
その魔道士――ライハンがふとリリナを向いた。気のせいかと思ったが、彼はリリナを認めるとずいずいと歩み寄ってくる。
「君、リリナ・ローズリットさんだね」
「……そうですが」
挨拶もなにもなく突然声をかけられてリリナは身構えた。
悪い方で有名なリリナにとって、こうやって勝手に名前を知られている時は、大抵ろくでもないことばかりだからだ。
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