魔力0の落ちこぼれ、最強魔道士の嫁になる ~十年前に助けた少年が、国家級魔道士になって求婚してきた~

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第1章

5.突然の求婚

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 とたんに卒業生たちの心無い言葉の嵐が止まり、全員の視線が、はっとその声の主に向いた。

 いつの間にかそこに、一人の背の高い青年が立っていたのだ。

 歳はおそらく二十かその手前といったところだろう。細身だが余分な筋肉のない引き締まった体つきは戦いに身を置く者の気配を漂わせている。

 現れたのはただの青年ではなかった。彼を見た者は皆、一瞬言葉を失った。

「――ヴィ……ヴィル・グリフォール様!?!?」

 誰より早く悲鳴のような声をあげたのは、エルミアだった。

 エルミアの叫んだその名前を、リリナも聞いたことがあった。いや、魔道士の端くれならば、その名前を知らない者はいないだろう。

(“リーフィリアの最強魔道士”……!)

 それは、この優秀な魔道士を多く抱える魔法大国リーフィリアにおいて”最強”とうたわれる若き魔道士だった。

 リリナも名前こそ聞いたことはあるが、遠い首都で活躍している彼を実際に見るのはこれが初めてだった。予想以上に若い。 

「きゃあァァ――――ッッ!?!? ヴィル様!? 本物!?」
「本物だ……! 本物だわ……!! 初めて見た!!!」
「うそうそうそ!? なんでこんなところにいるの!?!?」

 それまでとげとげしい空気でリリナたちを囲んでいた卒業生たち――特に女子生徒――は、たちまち熱い視線と興奮した叫び声をあげた。

 それもそうだろう。リーフィリアの最強魔道士と呼ばれるヴィル・グリフォールは、魔道士としての高い実力もさることながら、その美男子級の整った顔立ちで、国中の女性の心を射止めているからだ。

 ヴィルの顔は確かに、噂されている通り一瞬見入ってしまうほどに整っていた。切れ長の瞳に、すっと通った鼻筋。印象的な赤銅色の髪と瞳。若者らしい爽やかさと鍛えられた体つき。

 加えて今日が卒業式だからか、彼は落ち着いた黒い礼装を来ており、腰に剣をさしていた。マントを翻すその姿には頼もしさがあり、まさに物語に出てくる騎士のようで、なるほど国中の女子が彼に熱狂するのも頷ける風貌だ。

「こ……国家級魔道士の……ヴィル・グリフォールだと!? どうしてこんなところに……!」

 ライハンすらも驚愕の声をあげた。国内でも名の知れたギルドを率いる彼が、動揺をあらわにするのも無理はなかった。

 彼のまとう漆黒のマント。そのあまり見ない色のマントは、黒雷鳥の毛で編まれた黒布に、金獅子のたてがみが配合された錬金糸の金刺繍が施された、最高級の稀少《レア》防具だ。

 魔法大国リーフィリアにおいて、ごく少数の限られた魔道士しか所持していないもの。魔道階級の最高階級である「一等級」の、さらに上――

 国内に五人しか認められていない、「国家級魔道士」の証だ。

 しかし当の本人――ヴィルは彼女たちの熱い視線など気にもかけず、まっすぐリリナを見据えて言った。

「リリナ。こんな奴らの言うことなんて気にしなくていい。リリナにはリリナの武器がある」

「え?」

 当然のように名前を呼ばれ、リリナは目をしばたいた。

「な、なんで私の名前知って――」

「ギルド側だって、魔道士の出身校がどこかなんて、一つも気にしたことないんだけどな……

 そう言って、ヴィルはちらり、とライハンを冷たく睨みつけた。ライハンは反論もできず、むしろヴィルの殺気に気圧されたように一歩後ずさる。

 それもそうだろう。ヴィル・グリフォールの所属するギルド〈竜の酒場ドラゴンリカー〉は、誰もが知るリーフィリア一の魔道士ギルドだ。所属魔道士の数は少ないながら、魔物討伐の実績においては他の追随を許さず、その名は国境を越えて他国にまで知られている。

「本人が優秀なら出自が奴隷だろうが貴族だろうが関係ないし――ま、出身程度で実力を疑われるようなら、そもそもがその程度だってことだ。他人をどうこう言う前に、自分の力を見直すべきなんじゃないか、なあ?」

「……!」

 彼の言葉に、騒いでいた卒業生たちは一様に凍りついた。

 それまでリリナたちを非難しけなしていた彼らは、一転して死人のように口をつぐみ、気まずげに視線をそらして黙り込む。

「――それよりリリナ! 卒業おめでとう」

 卒業生たちを黙らせたヴィルは、晴れやかな笑顔でリリナの卒業を祝した。

「ど……どうもありがとうございます」

「俺はリリナが卒業するのをずっと待ってたんだ」

 リリナを見るヴィルはどこかウキウキソワソワとしていて、まるで誕生日前の子どものようだった。その嬉しそうな気配が顔面からにじみ出ていて、全く隠しきれていない。

「私の卒業を待ってた……?」

 しかしリリナには、彼の言うことが一つも理解できなかった。面識すらない男がなぜリリナの卒業を待ち望むのだろうか。

「そうだ。ようやく十年前の約束を――!」

「ヴィル・グリフォール様!」

 感慨深い様子でヴィルが何か言いかけたそのとき、ヴィルの言葉を遮って、エルミアが二人の間に割り込んできた。

「こんなところでもう一度お会いできるなんて光栄です!」

 興奮気味にリリナを押しのけ、エルミアはヴィルの手をとった。

「以前、魔法雑誌の”お似合い魔道士カップル”特集でご一緒させてもらったエルミア・アスノッドです! あの特集記事が刊行された後は大変だったんですよ……! 嫉妬に駆られた女性たちに陰湿な嫌がらせを受けたり、ありもしないデマを流されたり……!」

 ぐす、と目をうるませ、エルミアは弱々しく肩をふるわせた。さっきまでリリナに卒業生たちをけしかけさせてほくそ笑んでいた人と同一人物とは思えない変わりようである。

「実は、記事を読んだ父が大変喜んでおりまして……これもご縁だと。今度、縁談を持って行こうだなんてふざけて言い出したりして……そんなときにまさかヴィル様の方からいらしてくれるだなんて……! これは運命です……!」

 エルミアはヴィルの手を掴むや、おそらく今まで多くの男を虜にしてきたであろう、子猫のような愛らしい上目遣いで、ヴィルを見上げた。

「私たち、引き合うべくして引き合ったと思うんです。いかがでしょう、今度ご一緒に首都観光でも――」

「どいてくれ」

 一人盛り上がるエルミアの言葉を、ヴィルが端的に切り捨てた。

「……え?」

 一瞬何を言われたのか理解できなかったのか、ぽかんと目を見開くエルミアに、ヴィルはさらににこりと他人行儀の笑みを作って、短く言い放った。

「今俺にとってすごく大事な時なんだ。邪魔しないでくれないか」
「……な……っ」

 エルミアは呆然と目を見開き、言葉を失った。

 それまで自分と関わる全ての人間に肯定され、天才魔道士として讃えられ、主役扱いが当然だったエルミアは、邪魔者扱いなどされたことがないのだろう。

「ヴィ、ヴィル様、何をおっしゃるんですか……!? 私、あのエルミアです! エルミア・アスノッドです! 学生のうちから二等級を獲得した魔道士です! 私に会いに来てくださったんですよね?」

「違う。後ろの子に用があってきた――待ってくれリリナ」

 ヴィルの言葉の後半は、この隙にこっそり帰ろうとしていたリリナに向いた。ぎくりと硬直したリリナは、仕方なく足を止める。

「……あの。ちょっと私、先を急いでるんですが……」

 おずおずと振り向くリリナと、リリナをまっすぐ見つめるヴィルを交互に見やって、エルミアはその間に自分の入る隙がないことを感じ取ったのだろう。たちまち顔面が険しくなっていき、悔しげに震わせた唇からぼそりと低い声が漏れる。

「……な……なんで、よりにもよってこんな落ちこぼれなんかに――!」
「こっち向いてリリナ。すぐ終わる」

 エルミアをやんわりと押しのけて、ヴィルはリリナの前に立ち、肩をつかんで向かい合わせた。

 赤銅色のその瞳は、じっとリリナを見下ろして、もうエルミアのことなど視界の端にも入れてないようだった。

「な……何デスカ……」

 国中で美男子と騒がれている男にじっと見つめられて、リリナはたじろいた。

 年頃の可愛らしい少女ならば、赤面の一つもしているだろうが――あいにくリリナは美男子にも色恋沙汰にも興味がなかったし、なにより、この男の登場に何か果てしなく嫌な予感がしていた。

 重大な何かを思い出せそうで思い出せないあの感覚。リリナは冷や汗をたらたら流しながら次なるヴィルの言葉に身構えた。

「俺は十年前の約束を果たしに来た。このときをずっと待ってたんだ」

 言うなりヴィルは、まるで姫君に忠誠を誓う騎士のように、リリナの前に跪いたのだ。

「!?」

 なんだ、何が始まるんだ。全く予想できない目の前の男の行動にリリナが動揺するなか、ヴィルはまっすぐリリナを見上げて、そっと手をとった。

「君を迎えに来た――一人の男として」

 ヴィルはそう言うと、リリナの手の甲に口づけをして――とんでもないことを言い放った。



「リリナ・ローズリット。俺と結婚してくれ」

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