魔力0の落ちこぼれ、最強魔道士の嫁になる ~十年前に助けた少年が、国家級魔道士になって求婚してきた~

haku

文字の大きさ
6 / 12
第1章

6.思い出した……

しおりを挟む
 沈黙が、一瞬校庭を支配した。

「……は……?」

 リリナは目の前の男を穴が開くほど凝視した。今何を言われたのか、停止しかける脳みそをなんとか動かし、必死に理解して――

「はああああああああああああああああああああああ!?」

 次の瞬間、リリナの全力の絶叫が、校庭にこだました。

「は? え、は? は????」

 リリナはぐるぐる視線をさまよわせながら、混乱する頭でなんとか事実を整理しようと思考を巡らせた。

 しかしいくら考えても、国家級魔道士からの突然の求婚に納得できるような答えがでてこない。

「やっぱり覚えてないな」

 慌てふためくリリナを面白そうににやにやと見つめていたヴィルは、立ち上がるなり人差し指をリリナの額につきつけた。

「俺の記憶を共有する。俺視点での記憶だけど、思い出すきっかけにはなるはずだ」

 言うなり、さっとリリナの頭に映像が流れ込んできた。

 そこは薄暗い路地のなかだった。記憶の持ち主――おそらく幼い頃のヴィルだろう――は、物騒なナイフを持った男たちに囲まれ、まさに鋭利なナイフで殺されかけようとしていた。

 しかし、そこに現れたのが、赤く大きな魔法杖ロツドをしょった、黒髪の少女だった。

 見間違えるはずもない。幼い頃の自分だった。

 とたん、は、とリリナは何かを思い出した。

 薄暗い路地裏。強そうに見えて全然たいしたことのなかった男たち。なんだかやかましかった少年――

 そういえばこんなこと、遠い昔にあった気がする。

 ――俺が最強の魔道士になったらどうするんだよ!

 ヴィルに指を突きつけられた幼いリリナは、真剣にしばらく悩んでいたかと思うと、ふいに顔を上げ、こういった。

 
 ――けっこんしてあげる!


「……!」

 幼いリリナの、すがすがしいまでの”約束”を最後に、ぷつんと映像が途切れた。

 一転して意識は校庭に引き戻された。その頃には共有された記憶ではなく、自分の頭のなかにはっきりと、一つの記憶としてよみがえっていた。

 小さい頃、一度だけ首都に観光に連れて行ってもらったことがある。

 首都の路地裏は危険だから、絶対に入ってはいけないと釘を刺されていたが、その路地の奥で同じくらいの年の男の子が男たちから殴りつけられているところを見て、リリナは飛び込んだのだ。

「……」

 リリナはおそるおそる、視線をヴィルに向けた。

 思い出された記憶のなかの少年が、その面影を若干残しつつもいっぱしの青年へと成長して、リリナの目の前に立っていた。


 いや、あの時は無力だったあの少年の成長は、”いっぱしの青年”どころではない。


 ――ヴィル・グリフォール。魔道士のなかで史上はじめて、最も気性の荒いと言われる魔界の霊獣”炎獄の番犬ケルベロス”と契約を結ぶことに成功し、当時無名ながらにして国中を驚愕させた鬼才の魔道士だ。

 霊獣との契約によって膨大な魔力と契約魔法を手に入れた彼は一躍有名となり、トップ魔道士に躍り出た。加えて剣の腕は歴戦の騎士すら圧倒し、魔法禁止の武術大会で優勝経験もあるほど。

 入団することが最も難しいとされる魔道士ギルド〈竜の酒場ドラゴンリカー〉の、12人目のメンバーとして認められたことでさらに世間を騒がせ、ついには、いまだ五人しか認められていない国家級の魔道階級を、史上最年少で獲得した――

 ”戦えば負けなし”と言われる彼が、リーフィリアを代表する最強魔道士と言われるのに、そう時間はかからなかった。

「……」

 確かに世間情報にうといリリナですら、ヴィル・グリフォールの存在は知っていた。しかし、まさかそんな雲の上の人が十年前に助けた少年と同一人物など、誰が想像するだろうか。

「……忘れてた……ていうか……あの約束本気だったんだ……」

「思い出したな!」

 顔面を真っ青にさせてぼそぼそつぶやくリリナに対し、ヴィルはうれしそうに笑った。

「俺はこの魔法大国リーフィリアで最強と言われる魔道士になった。約束だぞ、リリナ」

「で、でも! そんなの子供の頃の口約束じゃないですかっ!」

 リリナは慌てて言い訳を口走った。

「普通に考えて……っ、昔偶然助けた男の子が本当に最強魔道士になって結婚を申し込んでくるなんて、お、思わないじゃないですかっ」
「俺さ」

 必死に言い訳するリリナに、ぼそりとヴィルがつぶやいた。

「あの約束のために死ぬほど努力して強くなったんだ」
「うっ」
「”一度挑んだら勝つか死ぬか”と言われている炎獄の番犬ケルベロスと契約するために、一体何度死にかけたかなぁ」
「うぐっ」

 困り果て、リリナは立ち尽くした。言われずとも、彼の成し遂げたことがどれだけ困難なことか、リリナだって十分知っているからだ。

 魔界の最深層に棲んでいると言われる、魔界の【現象】を司る霊獣たち。霊獣と契約すれば、より強力な最深層の魔界の【現象】と、膨大な魔力とを手に入れることができるが、反面、契約に失敗して命を落とす魔道士の数が圧倒的に多い。

 まして炎獄の番犬ケルベロスは霊獣のなかでも気性が荒く、慈悲は一切ない。勝つか死ぬかというのは、決して揶揄などではないのだ。

 二の句の継げないリリナを、ヴィルは面白そうにやにやしながら十分眺め、肩をすくめた。

「まあ、今のは半分冗談だ。俺が勝手にやったことに対して責任とれなんて、押しつけがましいことは言わない――けど」

 ぎらり、とそのときばかりはヴィルの瞳が鋭く光り、まるで獲物を前にした狩人のように、リリナをまっすぐに見据えて言った。

「結婚は本気だ。俺はあのときからずっと、リリナが好きだった」
「……。それは――」
「ヴィルグリフォール様ッッ!!」

 リリナが言葉を詰まらせたそのとき、いままで可愛らしい声を繕っていたエルミアが、一転して学校中に響き渡らんばかりのヒステリックな声を上げてヴィルの腕にとびついた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...