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第1章
6.思い出した……
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沈黙が、一瞬校庭を支配した。
「……は……?」
リリナは目の前の男を穴が開くほど凝視した。今何を言われたのか、停止しかける脳みそをなんとか動かし、必死に理解して――
「はああああああああああああああああああああああ!?」
次の瞬間、リリナの全力の絶叫が、校庭にこだました。
「は? え、は? は????」
リリナはぐるぐる視線をさまよわせながら、混乱する頭でなんとか事実を整理しようと思考を巡らせた。
しかしいくら考えても、国家級魔道士からの突然の求婚に納得できるような答えがでてこない。
「やっぱり覚えてないな」
慌てふためくリリナを面白そうににやにやと見つめていたヴィルは、立ち上がるなり人差し指をリリナの額につきつけた。
「俺の記憶を共有する。俺視点での記憶だけど、思い出すきっかけにはなるはずだ」
言うなり、さっとリリナの頭に映像が流れ込んできた。
そこは薄暗い路地のなかだった。記憶の持ち主――おそらく幼い頃のヴィルだろう――は、物騒なナイフを持った男たちに囲まれ、まさに鋭利なナイフで殺されかけようとしていた。
しかし、そこに現れたのが、赤く大きな魔法杖をしょった、黒髪の少女だった。
見間違えるはずもない。幼い頃の自分だった。
とたん、は、とリリナは何かを思い出した。
薄暗い路地裏。強そうに見えて全然たいしたことのなかった男たち。なんだかやかましかった少年――
そういえばこんなこと、遠い昔にあった気がする。
――俺が最強の魔道士になったらどうするんだよ!
ヴィルに指を突きつけられた幼いリリナは、真剣にしばらく悩んでいたかと思うと、ふいに顔を上げ、こういった。
――けっこんしてあげる!
「……!」
幼いリリナの、すがすがしいまでの”約束”を最後に、ぷつんと映像が途切れた。
一転して意識は校庭に引き戻された。その頃には共有された記憶ではなく、自分の頭のなかにはっきりと、一つの記憶としてよみがえっていた。
小さい頃、一度だけ首都に観光に連れて行ってもらったことがある。
首都の路地裏は危険だから、絶対に入ってはいけないと釘を刺されていたが、その路地の奥で同じくらいの年の男の子が男たちから殴りつけられているところを見て、リリナは飛び込んだのだ。
「……」
リリナはおそるおそる、視線をヴィルに向けた。
思い出された記憶のなかの少年が、その面影を若干残しつつもいっぱしの青年へと成長して、リリナの目の前に立っていた。
いや、あの時は無力だったあの少年の成長は、”いっぱしの青年”どころではない。
――ヴィル・グリフォール。魔道士のなかで史上はじめて、最も気性の荒いと言われる魔界の霊獣”炎獄の番犬”と契約を結ぶことに成功し、当時無名ながらにして国中を驚愕させた鬼才の魔道士だ。
霊獣との契約によって膨大な魔力と契約魔法を手に入れた彼は一躍有名となり、トップ魔道士に躍り出た。加えて剣の腕は歴戦の騎士すら圧倒し、魔法禁止の武術大会で優勝経験もあるほど。
入団することが最も難しいとされる魔道士ギルド〈竜の酒場〉の、12人目のメンバーとして認められたことでさらに世間を騒がせ、ついには、いまだ五人しか認められていない国家級の魔道階級を、史上最年少で獲得した――
”戦えば負けなし”と言われる彼が、リーフィリアを代表する最強魔道士と言われるのに、そう時間はかからなかった。
「……」
確かに世間情報にうといリリナですら、ヴィル・グリフォールの存在は知っていた。しかし、まさかそんな雲の上の人が十年前に助けた少年と同一人物など、誰が想像するだろうか。
「……忘れてた……ていうか……あの約束本気だったんだ……」
「思い出したな!」
顔面を真っ青にさせてぼそぼそつぶやくリリナに対し、ヴィルはうれしそうに笑った。
「俺はこの魔法大国リーフィリアで最強と言われる魔道士になった。約束だぞ、リリナ」
「で、でも! そんなの子供の頃の口約束じゃないですかっ!」
リリナは慌てて言い訳を口走った。
「普通に考えて……っ、昔偶然助けた男の子が本当に最強魔道士になって結婚を申し込んでくるなんて、お、思わないじゃないですかっ」
「俺さ」
必死に言い訳するリリナに、ぼそりとヴィルがつぶやいた。
「あの約束のために死ぬほど努力して強くなったんだ」
「うっ」
「”一度挑んだら勝つか死ぬか”と言われている炎獄の番犬と契約するために、一体何度死にかけたかなぁ」
「うぐっ」
困り果て、リリナは立ち尽くした。言われずとも、彼の成し遂げたことがどれだけ困難なことか、リリナだって十分知っているからだ。
魔界の最深層に棲んでいると言われる、魔界の【現象】を司る霊獣たち。霊獣と契約すれば、より強力な最深層の魔界の【現象】と、膨大な魔力とを手に入れることができるが、反面、契約に失敗して命を落とす魔道士の数が圧倒的に多い。
まして炎獄の番犬は霊獣のなかでも気性が荒く、慈悲は一切ない。勝つか死ぬかというのは、決して揶揄などではないのだ。
二の句の継げないリリナを、ヴィルは面白そうにやにやしながら十分眺め、肩をすくめた。
「まあ、今のは半分冗談だ。俺が勝手にやったことに対して責任とれなんて、押しつけがましいことは言わない――けど」
ぎらり、とそのときばかりはヴィルの瞳が鋭く光り、まるで獲物を前にした狩人のように、リリナをまっすぐに見据えて言った。
「結婚は本気だ。俺はあのときからずっと、リリナが好きだった」
「……。それは――」
「ヴィルグリフォール様ッッ!!」
リリナが言葉を詰まらせたそのとき、いままで可愛らしい声を繕っていたエルミアが、一転して学校中に響き渡らんばかりのヒステリックな声を上げてヴィルの腕にとびついた。
「……は……?」
リリナは目の前の男を穴が開くほど凝視した。今何を言われたのか、停止しかける脳みそをなんとか動かし、必死に理解して――
「はああああああああああああああああああああああ!?」
次の瞬間、リリナの全力の絶叫が、校庭にこだました。
「は? え、は? は????」
リリナはぐるぐる視線をさまよわせながら、混乱する頭でなんとか事実を整理しようと思考を巡らせた。
しかしいくら考えても、国家級魔道士からの突然の求婚に納得できるような答えがでてこない。
「やっぱり覚えてないな」
慌てふためくリリナを面白そうににやにやと見つめていたヴィルは、立ち上がるなり人差し指をリリナの額につきつけた。
「俺の記憶を共有する。俺視点での記憶だけど、思い出すきっかけにはなるはずだ」
言うなり、さっとリリナの頭に映像が流れ込んできた。
そこは薄暗い路地のなかだった。記憶の持ち主――おそらく幼い頃のヴィルだろう――は、物騒なナイフを持った男たちに囲まれ、まさに鋭利なナイフで殺されかけようとしていた。
しかし、そこに現れたのが、赤く大きな魔法杖をしょった、黒髪の少女だった。
見間違えるはずもない。幼い頃の自分だった。
とたん、は、とリリナは何かを思い出した。
薄暗い路地裏。強そうに見えて全然たいしたことのなかった男たち。なんだかやかましかった少年――
そういえばこんなこと、遠い昔にあった気がする。
――俺が最強の魔道士になったらどうするんだよ!
ヴィルに指を突きつけられた幼いリリナは、真剣にしばらく悩んでいたかと思うと、ふいに顔を上げ、こういった。
――けっこんしてあげる!
「……!」
幼いリリナの、すがすがしいまでの”約束”を最後に、ぷつんと映像が途切れた。
一転して意識は校庭に引き戻された。その頃には共有された記憶ではなく、自分の頭のなかにはっきりと、一つの記憶としてよみがえっていた。
小さい頃、一度だけ首都に観光に連れて行ってもらったことがある。
首都の路地裏は危険だから、絶対に入ってはいけないと釘を刺されていたが、その路地の奥で同じくらいの年の男の子が男たちから殴りつけられているところを見て、リリナは飛び込んだのだ。
「……」
リリナはおそるおそる、視線をヴィルに向けた。
思い出された記憶のなかの少年が、その面影を若干残しつつもいっぱしの青年へと成長して、リリナの目の前に立っていた。
いや、あの時は無力だったあの少年の成長は、”いっぱしの青年”どころではない。
――ヴィル・グリフォール。魔道士のなかで史上はじめて、最も気性の荒いと言われる魔界の霊獣”炎獄の番犬”と契約を結ぶことに成功し、当時無名ながらにして国中を驚愕させた鬼才の魔道士だ。
霊獣との契約によって膨大な魔力と契約魔法を手に入れた彼は一躍有名となり、トップ魔道士に躍り出た。加えて剣の腕は歴戦の騎士すら圧倒し、魔法禁止の武術大会で優勝経験もあるほど。
入団することが最も難しいとされる魔道士ギルド〈竜の酒場〉の、12人目のメンバーとして認められたことでさらに世間を騒がせ、ついには、いまだ五人しか認められていない国家級の魔道階級を、史上最年少で獲得した――
”戦えば負けなし”と言われる彼が、リーフィリアを代表する最強魔道士と言われるのに、そう時間はかからなかった。
「……」
確かに世間情報にうといリリナですら、ヴィル・グリフォールの存在は知っていた。しかし、まさかそんな雲の上の人が十年前に助けた少年と同一人物など、誰が想像するだろうか。
「……忘れてた……ていうか……あの約束本気だったんだ……」
「思い出したな!」
顔面を真っ青にさせてぼそぼそつぶやくリリナに対し、ヴィルはうれしそうに笑った。
「俺はこの魔法大国リーフィリアで最強と言われる魔道士になった。約束だぞ、リリナ」
「で、でも! そんなの子供の頃の口約束じゃないですかっ!」
リリナは慌てて言い訳を口走った。
「普通に考えて……っ、昔偶然助けた男の子が本当に最強魔道士になって結婚を申し込んでくるなんて、お、思わないじゃないですかっ」
「俺さ」
必死に言い訳するリリナに、ぼそりとヴィルがつぶやいた。
「あの約束のために死ぬほど努力して強くなったんだ」
「うっ」
「”一度挑んだら勝つか死ぬか”と言われている炎獄の番犬と契約するために、一体何度死にかけたかなぁ」
「うぐっ」
困り果て、リリナは立ち尽くした。言われずとも、彼の成し遂げたことがどれだけ困難なことか、リリナだって十分知っているからだ。
魔界の最深層に棲んでいると言われる、魔界の【現象】を司る霊獣たち。霊獣と契約すれば、より強力な最深層の魔界の【現象】と、膨大な魔力とを手に入れることができるが、反面、契約に失敗して命を落とす魔道士の数が圧倒的に多い。
まして炎獄の番犬は霊獣のなかでも気性が荒く、慈悲は一切ない。勝つか死ぬかというのは、決して揶揄などではないのだ。
二の句の継げないリリナを、ヴィルは面白そうにやにやしながら十分眺め、肩をすくめた。
「まあ、今のは半分冗談だ。俺が勝手にやったことに対して責任とれなんて、押しつけがましいことは言わない――けど」
ぎらり、とそのときばかりはヴィルの瞳が鋭く光り、まるで獲物を前にした狩人のように、リリナをまっすぐに見据えて言った。
「結婚は本気だ。俺はあのときからずっと、リリナが好きだった」
「……。それは――」
「ヴィルグリフォール様ッッ!!」
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