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第1章
10.リリナ一筋
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殺風景な草原が延々続くど田舎の道を、一頭立ての黒い高級馬車がごとごとと進んでいく。
田舎にそぐわぬ洗練された装飾の馬車に、通りすがりの人たちが物珍しげに振り返る。その馬車のなかには、リリナとヴィルが乗っていた。
(座席が……ふかふかしている……!)
結局ヴィルに抱えられたリリナは、用意されていた馬車に乗せられ、のこのこ二人でリリナの住む孤児院に向かっているのだったが――
馬車の座席に座るリリナは、そんな状況も忘れて座り心地に感動していた。
そもそも馬車に乗ったことなど18年間で二度あるかないか。それもお尻が痛くなるほど硬い椅子がお約束の、乗合馬車がいいとこだ。
(し、しかもこれ魔道馬車だ……! 初めて見た……!)
そわそわキョロキョロと馬車を観察していたリリナは、通常御者が乗っているはずの運転席が無人であることに気づいた。代わりに牽引する黒馬の額に魔法陣が浮かび上がっている。
人力ではなく魔法で馬に指令を与え走らせる魔道馬車。こんな田舎じゃ見かけることすらない、資産と魔力のある魔道士にしか持ち得ないものだ。
(まあそりゃそうか、目の前に座ってるの、あのヴィル・グリフォールだもんな……)
魔道馬車に浮かれていたリリナは、向かいに座る男を視界に入れるや、みるみる脳みそが冷め切っていき、現実に戻った。
リーフィリアの最強魔道士。これまでに討伐困難と言われていた凶悪な魔物を次々倒し、その報酬額だけでも貴族並の財に匹敵すると言われる男が、魔道馬車を持つくらいなんてことないだろう。
十八年間魔法だの魔力だののことしか考えていなかった貧乏孤児院育ちのリリナにしたら、時空一つ分くらいは住む場所の違う男だが――
「……十年間」
ぼそり、とヴィルがつぶやいた。
「長かったなぁぁぁぁ……!」
長い長い息を吐くと、ヴィルの顔がリリナを向く。その表情はいっそ無邪気な少年そのもので、赤銅色の瞳はらんらんと喜びの光に満ちていた。
世間で騒がれている最強魔道士とも、女性たちをメロメロにさせる美男子とも違う顔だ。
異次元級に住む世界の違うこの男だが――なんと十年前の幼きリリナが、安易に結婚の約束をしてしまった男だったのである。
「リリナが俺の目の前にいて、一緒に馬車に乗って、俺としゃべっている……! 夢みたいだ……!」
前のめりなヴィルから若干身を引きつつ、リリナは頬を引きつらせた。
「そっ……そうですか……」
「リリナ、あのときから全然変わってないもんな! すぐにわかったぞリリナだって――いや」
ふとヴィルは言葉を切った。思い出したように神妙になって、あごに指をあてて数秒考えていたかと思うと、ぱっと顔を上げた。
「そういえば一つ変わったところあるな」
「……なんでしょう……」
「リリナってたしか、ただの殴打に魔法っぽい技名つけてそれ叫びながらぶん殴」
「ああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
まっすぐな視線で問われようとした言葉を強引に遮って、リリナは悲鳴のような声を張り上げた。
たちまち記憶の封印が解かれ、溢れ出てくる恥ずかしい過去の所業の数々。
この男の前で、「ふぁいあーぼーる」とか「あーすいんぱくと」とかあるようなないような魔法を叫んで、ぶん殴って――
「うあああああああやめろおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
リリナは両手で顔を隠し、頭を振って悶絶しながら馬車のなかにくずおれた。
そう、魔法に憧れるあまり、ただの物理攻撃に魔法っぽい技名をつけて戦っていたのは……リリナにとっては最大最重要な機密事項。決して解いてはならない禁忌の記憶――
黒歴史なのだ。
「ああああああんな恥ずかしいことやめるに決まってるでしょていうかそんな昔の細かいことまで覚えてんじゃないっていうか今すぐ忘れてくださいお願いしますッッッ!!!!!!」
目をぐるぐるさせながらヴィルの胸ぐらをふん掴み、がっくんがっくん揺さぶりながらリリナは喚き散らした。
一方でヴィルは残念そうに
「えー、あれかわいかったんだけどな。どう見てもただの殴打なのに「これがわたしのまほうだっ」ってドヤるの、すごく見たかったのにな……やめちゃったのか……」
「あーあーあーあー何も聞こえませえええええん!!」
襲いかかる気が狂いそうな恥辱に、なんとか正気を保とうとリリナは耳を塞ぐ。うずくまって数秒硬直し、なんとか平常心を取り戻した。
とにかく話題を変えよう。
リリナはいまだに顔を赤らめながら、窓の外に視線を放り投げてなんとか言葉を絞り出した。
「そ、そもそも、なんで”リリナ・ローズリット”がここにいるって知ってるんですか?」
思い出した記憶が確かなら、十年前のリリナはヴィルに名前しか教えていない。そのわずかな情報だけを頼りに、首都からだいぶ離れたこの田舎にたどり着くには、国中の女性を片っ端から調べるしかないのだ。
まさか”リーフィリアの最強魔道士”と言われる男が、十年前にちょっとかわした口約束のためにそんなアホみたいな真似をするはずが――
「そりゃ国中の女の子から”黒髪黒目のリリナ・ローズリット”を探しまくったからに決まってるだろ」
「アホだったか……」
「ふふん、俺を誰だと思ってる。リーフィリア最強の魔道士だぞ。リリナの居場所は三年以上前から特定済みだ。持てる力と金と権力を全て駆使して……あとあのとき落ちてたリリナの髪の毛とか採取――」
「あーこれ以上はいいですやっぱ」
公然と語られるストーカー行為を聞いてるうちに、ゾゾゾっと鳥肌が立って、リリナは顔をしかめた。
「聞かなきゃよかった……」
「でも見つけたときにはリリナは在学中だったからな。求婚《プロポーズ》は卒業まで待とうと思ったんだ。学生のうちに結婚とか言われてもピンと来ないだろうし」
「いや今言われたってピンときてないからねっ」
(って漫才してる場合じゃない……! 早く……早く結婚を断らなければ……!)
とにかくリリナにとって取り組むべき最優先事項は魔力皆無のこの身体をどうにかすることだ。かの有名なイケメン魔道士と夫婦ごっこをしている暇などどこにもない。
十年前に約束したかもしれないが、どうにかして結婚を諦めてもらわなければ。
「そ、そもそもっ、ヴィル・グリフォール様ともなれば、しかるべき結婚相手や縁談が山ほど来るんじゃないんですかっ」
「何言ってんだ。俺はこれまでにきたすべての縁談を断ってるし、そもそも縁談は受け付けないって言ってある」
「えぇ……」
「俺はリリナ一筋だからな!」
得意げに胸をはるヴィルを見て、リリナはふとあることに気づいた。
(……そういえば、“ヴィル・グリフォール”の色恋沙汰って聞いたことないな……)
実力を認められ世間にチヤホヤされ始めた若い男性魔道士は、たいていその頃から様々な美女との噂が絶えなくなるものだが――
ヴィル・グリフォールは、誰もが認める世の女性たちの憧れ的存在でありながら、しかし浮ついた噂が一切ない男だった。
有名な名家の令嬢や隣国の王女が彼に求愛したらしいという話は聞けど、それが成立したという話はない。かといって熱愛相手の噂もなければ、どれほど利のある縁談を持ちかけられようとも、ヴィルは頷かなかった。
彼があまりに誰とも関係を持とうとしないので、ついにはリーフィリアの七不思議の一つとまで噂されるほどだったのだ。
「……まさかとは、思うんですが」
リリナはその知りたくもない恐ろしい事実を、しかし確認しなければならなかった。
「十年前の約束があったから、これまでの縁談をすべて断り続けてたんですか……?」
「当然だ。俺は今も昔もこれからも、リリナ一筋だ!」
リリナはヒェッと思わず小さな悲鳴を上げた。顔からみるみる血の気が引いていくのがわかった。
幼いリリナが安易にした結婚の約束。
だがこの男、本気だ……!
「ま、そういうことだから、それじゃ――」
す、とヴィルの目が細められ、その整った顔がにわかに真剣味を帯びた。かと思うと一瞬の隙を突いてリリナの右手をとり、ずいと詰め寄った。
その手に握られているのは、キラリと光る銀色の指輪――
「って待てこらああああああああああ!!」
問答無用でリリナの薬指にはめようとしてきて、リリナは慌ててヴィルを蹴っ飛ばした。
「ごふっ」
「何を! しとるんじゃ!!!」
「え? 結婚指輪――」
「新手の結婚詐欺やめろっっ!!!」
ゼーハー言いながらリリナはヴィルに指を突きつけた。
「あのですね……! もうめんどくさいからはっきり言わせてもらいますけど! あなたに結婚の意思があっても! 私にはない! ないったらない! 私には何よりも優先してやることがあるの!」
「……なんだよやることって」
「な……っ、何でもいいでしょ。あなたには関係ないっ」
腕を組んで視線をそらし、リリナは顔をしかめた。
実際、リリナは自分が情けなかった。
だってこの男は、たとえその動機がなんであれ、”最強の魔道士になる”という宣言をちゃんと十年かけて有言実行したのだ。
それに比べてどうだ。自分ときたら。
大人になれば魔法が使えるようになる。漠然とそう思い、信じて疑わず、あぐらをかいていた結果が――等級無しだ。
――うーん、君、魔力無いね。魔道士にはなれないよ。
魔法医から突きつけられた言葉が、今もリリナの胸をチクチクと突き刺して、根拠のない焦燥感をかきたてていた。
(早く魔力を開花させる方法を探さなきゃ……! こんなところで遊んでる場合じゃない……!)
「もしかして魔力が無いこと気にしてんのか?」
ずばり言い当てられ、リリナはうっと言葉を詰まらせた。
「そ、それは――ってなんで魔力無いって知ってんの!?」
「見る人が見れば魔力の有無くらいはわかるぞ。ほら強い奴って強い奴の匂いを嗅ぎ取るじゃん、ああいうのと同じもんで――まあ俺は炎獄の番犬と契約した影響でより明確にわかるようになったんだが」
ヴィルはぴんと人差し指を立てると、絶望の言葉を口にした。
「そこをしてリリナの魔力はすっからかんだ!」
「すっ……からかん……!?」
明るく突きつけられた現実に、がくり、とリリナはうなだれた。
「私は……すっからかん……」
「でもリリナには魔力なんか無くたってあのぶっとんだ化け物物理があるから別にいいだろ? 魔法面は俺がカバーできるし――むしろあの物理に加えて魔力まで手に入れられたら俺の立場がだな……」
ごにょごにょ文句を言うヴィルをリリナはキッ! とにらみつけた。
「よくない! ていうかなんであんた込みで考えなきゃいけないの! 私は物理じゃなくて魔力がほしいの!」
「だって夫婦にな――」
「なりません」
「……」
田舎にそぐわぬ洗練された装飾の馬車に、通りすがりの人たちが物珍しげに振り返る。その馬車のなかには、リリナとヴィルが乗っていた。
(座席が……ふかふかしている……!)
結局ヴィルに抱えられたリリナは、用意されていた馬車に乗せられ、のこのこ二人でリリナの住む孤児院に向かっているのだったが――
馬車の座席に座るリリナは、そんな状況も忘れて座り心地に感動していた。
そもそも馬車に乗ったことなど18年間で二度あるかないか。それもお尻が痛くなるほど硬い椅子がお約束の、乗合馬車がいいとこだ。
(し、しかもこれ魔道馬車だ……! 初めて見た……!)
そわそわキョロキョロと馬車を観察していたリリナは、通常御者が乗っているはずの運転席が無人であることに気づいた。代わりに牽引する黒馬の額に魔法陣が浮かび上がっている。
人力ではなく魔法で馬に指令を与え走らせる魔道馬車。こんな田舎じゃ見かけることすらない、資産と魔力のある魔道士にしか持ち得ないものだ。
(まあそりゃそうか、目の前に座ってるの、あのヴィル・グリフォールだもんな……)
魔道馬車に浮かれていたリリナは、向かいに座る男を視界に入れるや、みるみる脳みそが冷め切っていき、現実に戻った。
リーフィリアの最強魔道士。これまでに討伐困難と言われていた凶悪な魔物を次々倒し、その報酬額だけでも貴族並の財に匹敵すると言われる男が、魔道馬車を持つくらいなんてことないだろう。
十八年間魔法だの魔力だののことしか考えていなかった貧乏孤児院育ちのリリナにしたら、時空一つ分くらいは住む場所の違う男だが――
「……十年間」
ぼそり、とヴィルがつぶやいた。
「長かったなぁぁぁぁ……!」
長い長い息を吐くと、ヴィルの顔がリリナを向く。その表情はいっそ無邪気な少年そのもので、赤銅色の瞳はらんらんと喜びの光に満ちていた。
世間で騒がれている最強魔道士とも、女性たちをメロメロにさせる美男子とも違う顔だ。
異次元級に住む世界の違うこの男だが――なんと十年前の幼きリリナが、安易に結婚の約束をしてしまった男だったのである。
「リリナが俺の目の前にいて、一緒に馬車に乗って、俺としゃべっている……! 夢みたいだ……!」
前のめりなヴィルから若干身を引きつつ、リリナは頬を引きつらせた。
「そっ……そうですか……」
「リリナ、あのときから全然変わってないもんな! すぐにわかったぞリリナだって――いや」
ふとヴィルは言葉を切った。思い出したように神妙になって、あごに指をあてて数秒考えていたかと思うと、ぱっと顔を上げた。
「そういえば一つ変わったところあるな」
「……なんでしょう……」
「リリナってたしか、ただの殴打に魔法っぽい技名つけてそれ叫びながらぶん殴」
「ああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
まっすぐな視線で問われようとした言葉を強引に遮って、リリナは悲鳴のような声を張り上げた。
たちまち記憶の封印が解かれ、溢れ出てくる恥ずかしい過去の所業の数々。
この男の前で、「ふぁいあーぼーる」とか「あーすいんぱくと」とかあるようなないような魔法を叫んで、ぶん殴って――
「うあああああああやめろおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
リリナは両手で顔を隠し、頭を振って悶絶しながら馬車のなかにくずおれた。
そう、魔法に憧れるあまり、ただの物理攻撃に魔法っぽい技名をつけて戦っていたのは……リリナにとっては最大最重要な機密事項。決して解いてはならない禁忌の記憶――
黒歴史なのだ。
「ああああああんな恥ずかしいことやめるに決まってるでしょていうかそんな昔の細かいことまで覚えてんじゃないっていうか今すぐ忘れてくださいお願いしますッッッ!!!!!!」
目をぐるぐるさせながらヴィルの胸ぐらをふん掴み、がっくんがっくん揺さぶりながらリリナは喚き散らした。
一方でヴィルは残念そうに
「えー、あれかわいかったんだけどな。どう見てもただの殴打なのに「これがわたしのまほうだっ」ってドヤるの、すごく見たかったのにな……やめちゃったのか……」
「あーあーあーあー何も聞こえませえええええん!!」
襲いかかる気が狂いそうな恥辱に、なんとか正気を保とうとリリナは耳を塞ぐ。うずくまって数秒硬直し、なんとか平常心を取り戻した。
とにかく話題を変えよう。
リリナはいまだに顔を赤らめながら、窓の外に視線を放り投げてなんとか言葉を絞り出した。
「そ、そもそも、なんで”リリナ・ローズリット”がここにいるって知ってるんですか?」
思い出した記憶が確かなら、十年前のリリナはヴィルに名前しか教えていない。そのわずかな情報だけを頼りに、首都からだいぶ離れたこの田舎にたどり着くには、国中の女性を片っ端から調べるしかないのだ。
まさか”リーフィリアの最強魔道士”と言われる男が、十年前にちょっとかわした口約束のためにそんなアホみたいな真似をするはずが――
「そりゃ国中の女の子から”黒髪黒目のリリナ・ローズリット”を探しまくったからに決まってるだろ」
「アホだったか……」
「ふふん、俺を誰だと思ってる。リーフィリア最強の魔道士だぞ。リリナの居場所は三年以上前から特定済みだ。持てる力と金と権力を全て駆使して……あとあのとき落ちてたリリナの髪の毛とか採取――」
「あーこれ以上はいいですやっぱ」
公然と語られるストーカー行為を聞いてるうちに、ゾゾゾっと鳥肌が立って、リリナは顔をしかめた。
「聞かなきゃよかった……」
「でも見つけたときにはリリナは在学中だったからな。求婚《プロポーズ》は卒業まで待とうと思ったんだ。学生のうちに結婚とか言われてもピンと来ないだろうし」
「いや今言われたってピンときてないからねっ」
(って漫才してる場合じゃない……! 早く……早く結婚を断らなければ……!)
とにかくリリナにとって取り組むべき最優先事項は魔力皆無のこの身体をどうにかすることだ。かの有名なイケメン魔道士と夫婦ごっこをしている暇などどこにもない。
十年前に約束したかもしれないが、どうにかして結婚を諦めてもらわなければ。
「そ、そもそもっ、ヴィル・グリフォール様ともなれば、しかるべき結婚相手や縁談が山ほど来るんじゃないんですかっ」
「何言ってんだ。俺はこれまでにきたすべての縁談を断ってるし、そもそも縁談は受け付けないって言ってある」
「えぇ……」
「俺はリリナ一筋だからな!」
得意げに胸をはるヴィルを見て、リリナはふとあることに気づいた。
(……そういえば、“ヴィル・グリフォール”の色恋沙汰って聞いたことないな……)
実力を認められ世間にチヤホヤされ始めた若い男性魔道士は、たいていその頃から様々な美女との噂が絶えなくなるものだが――
ヴィル・グリフォールは、誰もが認める世の女性たちの憧れ的存在でありながら、しかし浮ついた噂が一切ない男だった。
有名な名家の令嬢や隣国の王女が彼に求愛したらしいという話は聞けど、それが成立したという話はない。かといって熱愛相手の噂もなければ、どれほど利のある縁談を持ちかけられようとも、ヴィルは頷かなかった。
彼があまりに誰とも関係を持とうとしないので、ついにはリーフィリアの七不思議の一つとまで噂されるほどだったのだ。
「……まさかとは、思うんですが」
リリナはその知りたくもない恐ろしい事実を、しかし確認しなければならなかった。
「十年前の約束があったから、これまでの縁談をすべて断り続けてたんですか……?」
「当然だ。俺は今も昔もこれからも、リリナ一筋だ!」
リリナはヒェッと思わず小さな悲鳴を上げた。顔からみるみる血の気が引いていくのがわかった。
幼いリリナが安易にした結婚の約束。
だがこの男、本気だ……!
「ま、そういうことだから、それじゃ――」
す、とヴィルの目が細められ、その整った顔がにわかに真剣味を帯びた。かと思うと一瞬の隙を突いてリリナの右手をとり、ずいと詰め寄った。
その手に握られているのは、キラリと光る銀色の指輪――
「って待てこらああああああああああ!!」
問答無用でリリナの薬指にはめようとしてきて、リリナは慌ててヴィルを蹴っ飛ばした。
「ごふっ」
「何を! しとるんじゃ!!!」
「え? 結婚指輪――」
「新手の結婚詐欺やめろっっ!!!」
ゼーハー言いながらリリナはヴィルに指を突きつけた。
「あのですね……! もうめんどくさいからはっきり言わせてもらいますけど! あなたに結婚の意思があっても! 私にはない! ないったらない! 私には何よりも優先してやることがあるの!」
「……なんだよやることって」
「な……っ、何でもいいでしょ。あなたには関係ないっ」
腕を組んで視線をそらし、リリナは顔をしかめた。
実際、リリナは自分が情けなかった。
だってこの男は、たとえその動機がなんであれ、”最強の魔道士になる”という宣言をちゃんと十年かけて有言実行したのだ。
それに比べてどうだ。自分ときたら。
大人になれば魔法が使えるようになる。漠然とそう思い、信じて疑わず、あぐらをかいていた結果が――等級無しだ。
――うーん、君、魔力無いね。魔道士にはなれないよ。
魔法医から突きつけられた言葉が、今もリリナの胸をチクチクと突き刺して、根拠のない焦燥感をかきたてていた。
(早く魔力を開花させる方法を探さなきゃ……! こんなところで遊んでる場合じゃない……!)
「もしかして魔力が無いこと気にしてんのか?」
ずばり言い当てられ、リリナはうっと言葉を詰まらせた。
「そ、それは――ってなんで魔力無いって知ってんの!?」
「見る人が見れば魔力の有無くらいはわかるぞ。ほら強い奴って強い奴の匂いを嗅ぎ取るじゃん、ああいうのと同じもんで――まあ俺は炎獄の番犬と契約した影響でより明確にわかるようになったんだが」
ヴィルはぴんと人差し指を立てると、絶望の言葉を口にした。
「そこをしてリリナの魔力はすっからかんだ!」
「すっ……からかん……!?」
明るく突きつけられた現実に、がくり、とリリナはうなだれた。
「私は……すっからかん……」
「でもリリナには魔力なんか無くたってあのぶっとんだ化け物物理があるから別にいいだろ? 魔法面は俺がカバーできるし――むしろあの物理に加えて魔力まで手に入れられたら俺の立場がだな……」
ごにょごにょ文句を言うヴィルをリリナはキッ! とにらみつけた。
「よくない! ていうかなんであんた込みで考えなきゃいけないの! 私は物理じゃなくて魔力がほしいの!」
「だって夫婦にな――」
「なりません」
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