母は何処? 父はだぁれ?

穂村満月

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26.頼りない妹

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「琥珀、あれはダメだよ」
 私は、パパに抱かれていた。反対側に、エスメラルダの顔も見える。エスメラルダは、今日も可愛い。
「おはよう御座います」
「琥珀、首に痛みはない?」
「いえ、まったく。わかってはいましたが、これほど何もないと、腹が立ちますね。傷跡程度は残っていますか?」
 立ちあがろうと、身じろぎしてみたが、パパに許してもらえなかった。抱きしめられてしまっては、もう足の先くらいしか動かせない。アコーディオンの練習で筋力はついたといっても、人外怪力のパパには敵わない。
「傷は残ったが、治してもらった。もう二度と、あんなことをしないように。生き返らなかったら、どうするつもりだったんだ」
「勿論、死んでも後悔しないので、行動したのですよ。どうしても聞いて欲しい話があったのです。
 実際に死ななくても、怒られないとは思っていましたが、有言は実行しておかねば、次回の脅しに使えなくなりますし、虚言を吐くのは悪い子ですよ」
 私は、私の妹を私にしたくはなかった。私のことは諦める。だけど妹は、まだこれからだ。腐らず、まっすぐに楽しく過ごして欲しい。
「一番取り乱したのは、シュバルツだったよ。魔法を何度も失敗していた」
「お母様の前で失敗するなど、いい気味です。それとも、慌てたところを見せるための、パフォーマンスでしょうか」
 あのスライムなら、後者の可能性が高い。私が死なないことに自信が持てるなら、死んでも生き返らせる手立てがあるならば、母対策に力を注ぐだろう。私を死なせないことすら、母のためという以外の理由があるとは思えない。
「琥珀、次は許さないよ」
「そうですか。それは大変ですね」
「次は、エスメラルダを殺す」
「何故ですか!」
 私が、今一番大切に想っていると、行動で現している存在だ。脅しに使われる可能性は考えないでもなかったが、結局は形見のように扱われることを想定していた。
「緑小鬼は、駆除指定モンスターだからだよ。琥珀の名を受けたから、こうして大人しくここにいるが、琥珀が死ねば、暴れ出す。琥珀が生き返ったから見逃したけど、次があれば、容赦する気はない。黒曜が危ないだろう?」
「名を受ける?」
「名付けを行うと、名付け親に従う習性を持つ生き物がいる。身近な例で言うと、猫がそうだ。あれは、猫鬼シャノワール。人に取り憑いて呪い殺す魔獣だよ。シャルルが名付けをして、猫になった」
「母が死ぬと、魔獣に戻るのですか?」
「そうだよ。そうなったら、わたしが殺す。わたしが先に死んでいたら、龍が動く。あれらは、そのために村にいるのを許されている」
 母が危険な魔獣を手懐けたことは、知っていた。だが、懐いた猫は、一生猫なのだと思っていた。あの猫の寿命は、母より長い。母より長生きする確率が高い。ずっと慣れ親しんだ猫を手にかけるのは、ツライ仕事になる。
「ですが、エスメラルダは、私がいなくなっても暴れたりしないでしょう。殺す必要はないハズです」
 私は、名付け前のエスメラルダを知っている。名など付けなくても、私は何もされていない。攻撃を繰り返す同族にも、牙を向けなかった。精々、私のウサギ狩りの手伝いをして、調理をしたくらいだ。何でかは知らないが、エスメラルダは、攻撃性に乏しい。エスメラルダは、魔獣ではない。名付けで従っているとは思えない。
「それでも殺す。琥珀がいなくなれば、残す意味がない」
「だから、猫は生かされているのですね。パパは、甘いな」
「琥珀ほどではないよ。あんな場を作り出しておいて、それでも、ワガママも泣き言も言わなかった。どうしてなのかな」
 泣き言しか言わなかったと思うのに、パパ基準は、本当に甘い。大甘だった。
「私は、お兄ちゃんですから。常に良い子であらねばならないのです。誰よりも強く、賢くあらねばならない。でも、そんな才能はありませんでした。そんな私は、誰にも認められない」
 だから、愛してはもらえない。皆の所為じゃない。
 私だけなら、諦めた。もう勝手にしろ、と思っていた。親の敷いたよくわからないレールの上を歩いていくのでも、構わなかった。だけど、あの小さなふっくらとした可愛らしい命が、同じような扱いを受けることには、我慢がならなかった。ただそれだけだ。
「4歳で、それだけのことができて才能がないとは、何を目指しているのかな」
「十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人ですよ。私は、4つだからスゴイと言われているだけで、いずれ凡庸に埋もれるでしょう」
「そうかな。琥珀の中の凡庸は、超人ではないかという気がして仕方がないよ」
「私は、お母様に魔法で打ち勝ち、パパよりも格闘の道を極め、父さん以上の調整力を持ち、余力があればお父様の知識を超えて、やっと一人前だと思うのです」
「わたしは、魔法は使えないし、勉強も教えられないけど、でも、大人だよ?」
「パパは、お母様の子ではありませんから、超える必要はないと思います」
「そうか。理屈はわかったよ。わかったけど。そうか。ごめん。嬉しいけど、超えないで欲しいな。わたしは、いつまでも超えられない目標でいたい」
 パパに抱きしめられて、顔が見えなくなった。だけど、見えなくなるその前の顔は。なんでだ? 後頭部を押さえつけられているから、確認しようがないが、見間違いか?
「大丈夫ですよ。私には、超えられません」
「違う。違うよ。こんなことは褒めたくないのだけれど、いざとなれば、あれだけの剣筋を自分に向けられる度胸、なかなかできることじゃないよ」
「それは勘違いです。私など、塵芥同然ですから、切ることにためらいを覚えることもないのです」
「本当に、まったく認めたくないな。琥珀は、わたしの子なのに、言うこともやることも、シュバルツと同じじゃないか。そっくりだ。本当に嫌だ」
「それは、私としても、最も不名誉な評価なのですが、何をどうして私がスライム風だとおっしゃるのでしょうか」
「シュバルツは、目的を達成するためには、自分の命も簡単に駒にする。シャルルのことだけを考えて、自分を持たない。
 弟妹というだけで、すべてを捧げるのはシャルルにそっくりだ。そんなところは似なくていいのに!」
「一度も希望した覚えは御座いませんが、勉強漬け生活で、最も長い時を同じくしておりましたからね。影響が色濃く出ることもあるでしょう。先程までは、自分などどうでもいいと思っておりましたが、今初めて、積極的に死にたいと思いました!」
 言ったのが、お父様本人なら、無視できた。阿呆が何か言ってやがる、と思うことができた。だけど、言ったのはパパだ。涙が出てきた。
「いや、ダメだよ。ごめん。もう言わないし、思わないから。まだ4歳だ。これから、わたし色に染まったらいい。一緒に頑張ろう! だから、泣かないで」
「胸が痛いです。苦しいです。こんな身体は、もう嫌だ!」
「琥珀、落ち着いて。こんな時は、黒曜だよ。可愛い黒曜を見て、いろんなことを忘れてしまおう」
「黒曜がいるのですか?」
「いるよ。ずーっと琥珀の近くにいたよ」

 ふさふさとした黒髪の赤ん坊が、白いおくるみに包まれて、二回り大きなカゴの中で寝ていた。顔だけなら妹かわからなかったが、服もおくるみもリボンとレースでいっぱいだった。これで弟だったら、嫌だ。私は、こんなひらひらにされたくない。
「妹が、こんなに近くにいたのに、私はなんということを」
 格好悪い姿をさらしてしまった。寝ているところで、騒いでしまった。初対面で、ダメ兄スタートは嫌だ。
「大丈夫だよ、黒曜は大物だから。シャルルも、黒曜が目を開いたところは何回も見ていないくらい、ずっと寝てる子らしいよ」
「それは、大丈夫なのですか?」
「寝てる時は目を開けないし、お腹が減ると泣いて目を開けないし、ってだけだよ。なかなか写真が撮れないって、シャルルはしょんぼりしてたけど、たまには開けてるなら、問題ないんじゃないかな」
「赤ちゃんって、静かな生き物なのですね」
「静かなのは、黒曜だけだよ。琥珀は、寝ても覚めても、賑やかだったよ」
「寝ていても、騒いでいたのですか?」
「いびきがね。ちょっとね。可愛かったよ」
 パパは、口を押さえて、目を逸らした。
 いびき! もしや、今も? 嫌だ!

 黒曜の腹時計は恐ろしく正確で、前回のミルク時間から3時間後の次回ミルク予定時刻にピタリと泣き出した。パパは、抱いてあやしつつカゴから出してオムツを替えると、私に妹を抱かせてくれた。赤ちゃんは、うちに来たばかりなのに、パパは手慣れていた。これなら、一緒に暮らしても問題なさそうだ。
 小さくて、くったりとした、とても頼りない妹だった。
 抱いているというか、ひざに乗せて首を支えているだけなのだが、パパの合格をもらえたので、口にミルクを近付けた。
「飲んだ!? 目を開けないのに、起きてるの?」
「どうだい? うちの子は、可愛いだろう」
「まだ可愛いというより、怖いです。頼りなさすぎます」
「そうだねぇ。黒曜を抱いてる琥珀の図が可愛いすぎて、わたしは今、最高に幸せを感じているよ」
 パパは、私の前に座って、黒曜を落としても支えられるように、見張ってくれている。
 息子の私が惚れてしまいそうなほど、本当にキレイな顔をしている。なんで、こんな人が母のそばにいるのか、なんで、母はぞんざいに扱っているのか、まったくわからない。恋とは恐ろしいものだ。
「私は、格好良いお兄ちゃんを目指しているので、可愛いと言われると傷付きます」
「ミルクをあげている姿が、勇ましいね?」
「それも、ちょっと違う気がします」
 パパは優しいが、言葉選びは苦手なようだ。
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