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大学生編
29
ーside 佐倉伊織ー
あいつ、ケイと一晩一緒に過ごして分かった事。
まつげが長いという事。
瞳の色は少し茶色だという事。
細い割りに意外と食べるという事。
うまく笑えないという事。
強がりだという事。
我慢強い。
いや、我慢しかできないという事。
特別何があったかを聞いたわけではない。
と言うよりも聞けなかったから。
「彼氏がいるのか?」
そう聞いたときのあいつの表情。
「原因はそいつか?」
と聞いたときのうつむいたあいつ。
聞けるわけなんてなかった。
俺だってバカじゃねぇし。
原因はそいつで。
あんなに濡れて突っ立ってたわけもそこにあるという事くらいは察しがついた。
自分でもわざとらしいくらいにその話題を避けて会話をする。
聞きたい。
どんなヤツなんだ。
聞けるわけないから余計に聞きたい。
そいつならお前の髪に触れられるのか?
そいつならお前のその肌に指を這わす事ができるのか。
そいつならお前のその唇に口付ける事ができるのか。
見たこともないやつに激しい嫉妬の念がこみ上げる。
自分にもこんなみっともない感情があったのだと初めて知った。
さっき会ったばかりなのに。
こんなにも誰かに触れたいと。
抱きたいと。
愛おしいと。
そう思えるなんて俺は知らなかった。
時間が過ぎる。
夜が明けてしまう。
もうこいつといれなくなってしまう。
外が明るくなっていたのはなんとなく気づいていた。
でもそれを口にしようなんて思わなかった。
会社なんてどうでもよくなってた。
遅刻しようが、上司に怒られようが。
この時間を一分でも長く続けられるならそんなことどうでもいいと思った。
なのに、無情にも終わりを告げたのはその俺の思い人だった。
行かなくてはいけない。
でも離れたくない。
「お前今日もここに来い!」
苦し紛れに出た言葉。
自分でも突然何言ってんだと思う。
でも、遠まわしに言っても仕方ない。
「無理です」「来ません」
否定の言葉を聞くたびに胸が痛む。
こいつにとって俺は一晩だけの話し相手、そう言われてるようで。
耳をふさぐことなど出来ないから逃げるように俺はその場を去った。
最後までケイは「来ない」と言っていた。
でも俺は、賭けようと思う。
来てくれる事に。
その先があるということに。
まだ表面程度しか知らない俺より三つも下の男。
その男にすでに俺は溺れきっているらしい。
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