17 / 21
第十五話─羽化─
しおりを挟む
それはなんの前触れもなく、突然起こった。
その日は本当に普通の日だった。朝、いつも通りに起きて、用意をして、大学に行く。
そこで、結弦にたまたま会って、挨拶をして、一緒に教室へ行って、講義を受ける。
そんな、当たり前の一日。
に、なるはずだった。
講義が終わり、その日は凛翔さん(あの第二図書館での出来事から、二人きりのときはそう呼ぶように言われた。)と食事の約束をしていたから、その用意をするため、早々に家に帰ろうとしていた。
「雪麗、今日この後ランチしましょうよ」
「ごめん、結弦。今日は約束があるから」
凛翔さんとのランチのことは、結弦にも伝えておいたはずなのだけれど忘れてしまったのか、結弦がランチに誘ってくる。
「あら、そうだったかしら?」
「.........うん。ほら、明堂院さんと」
「.........」
私がそう告げると、結弦は奇妙な笑顔をうかべたまま黙ってしまった。
.........。どうにもおかしい。普段、結弦は私が言ったことを忘れてしまうような人ではないはずなのに。なんだか、わざとわすれたふりをしているような胡散臭さを感じて、私は背筋が寒くなるのを感じた。
「じゃあ......ね。また、今度ランチしよう?」
「ふふっ、そうねぇ.........」
結弦は意味深な笑顔をうかべたまま動こうとしない。まるで、何かをまちかまえているように。
「結弦.........?」
私は急に怖くなった。
今まで結弦に対して感じていた不信感が一気にぶり返してきたようだ。結弦がなにか企んでいるのではないかと勘ぐってしまう。ここにきて、私は初めて後悔する。結弦に対して感じていた違和感を見過ごすんじゃなかった。私はとんでもない過ちを冒してしまったのではないかと、脳が警鐘を鳴らす。怖くなって、必死にそれを否定したくて、もう一度、結弦を真っ直ぐに見つめるけど、結弦はあの嫌な笑顔をうかべたまま首をかしげるばかり。
あぁ、無視するんじゃなかった。結弦ときちんと向き合っておけばよかった。
私は、まだ何も起きていないのに、そんなことを考えていた。
もう、手遅れだ、と。結弦を止めることは出来ないと思った。
(弱気になってどうするの)
だったら、私が邪魔しないと。結弦がしようとしていることを、実行させてはいけない。これは、私の罪でもある。もしかしたら、結弦がこうなる前に止められたかもしれないのだ。それを私は見過ごした。だから、私が、何としてでも止めないと。
私は気づかなかった
それが、どんなに愚かしい考えかなんて
覚悟を決めてしまった結弦を、まだフラフラした状態の、中途半端な私が止められるはずもなかったのに。
私がひっそりと使命感に燃えていたその時だ。ゆったりとした足音が近づいてきた。
「.........雪麗」
私の名前を紡ぐその声は、うっとりするぐらいに美しい。
「明堂院さん」
振り返ると、そこには凛翔さんがいた。
「約束していましたが、雪麗の姿を見かけたので、思わず声をかけてしまいました」
蕩けそうな笑顔を向けながらそう告げられて、私は自分の顔が赤くなるのを感じる。最近の凛翔さんは、すぐに私を甘やかすのようなことを言うから困る。
「恥ずかしいから、そういうこと言うの.........辞めてください。」
「おや。喜んではくれないのですか?」
「.........ぅ、れしいです。.........けど」
彼の顔を見たら、結弦の存在など忘れてしまっていた。私たち二人を、結弦がどんな顔で見ていたかなんて気にもとめなかった。
.........。それが、いけなかったのだろうか?
だらしなく頬を緩ませる私の横を、結弦がふらっと通り過ぎる。
(? .........結弦?)
疑問に思ったときには遅かった。凛翔さんと結弦の体がドンッとぶつかったかと思えば、次の瞬間に凛翔がどさりと倒れる。
「っ! りひとさんっ!!」
私は余裕をなくて、彼を凛翔さんと呼んでしまっていた。でも、そんなのどうでもよかった。
だって、ちが、りひとさんのからだから、ちがでてる。
やだ、やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ。
りひとさんが、しんじゃう。だれか、だれかたすけて。
「あはっ! アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
ざまぁみろ! ざまぁみろっ! 私から愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい雪麗を奪おうとするから、お前は死ぬんダヨォォお!」
涙を流して、凛翔さんにすがりつく私の横で、結弦が狂ったように、何かを言っている。
でも、結弦が何を言っているのか、私はわからなかった。
あたりは騒然としている。当たり前だろう。
大量の血を流して倒れる明堂院 凛翔。その腹にはナイフが刺さっている。その明堂院に縋りつきながら、涙を流して謝罪を繰り返す私。そして、狂ったように笑い続けながら、明堂院を罵倒し続ける結弦。
私は焦った。このままでは、本当に凛翔さんが死んでしまう。だから、
「お願い! 誰か救急車を呼んでっ!!」
声の限りに私は叫んだ。その声にハッとしたように、周りの人達は消防に電話をかけたり、人を呼んだり、助けを求めたりしてくれる。
「大丈夫ですからね、凛翔さん。凛翔さんは死にません。私と一緒に生きるんです。だから死なないで! お願い、凛翔さん。生きて、お願い、お願い.........!!」
私の声が届いたのか、凛翔さんがうっすらと目を開ける。
「だ、ぃじょう.........ぶ。しな、な.........ぃ....よ。.........だ...から、そ.........ん.....な、かぉ、しな.........ぃで?」
そう言って私に笑いかけてから、凛翔さんは意識を失った。
その日は本当に普通の日だった。朝、いつも通りに起きて、用意をして、大学に行く。
そこで、結弦にたまたま会って、挨拶をして、一緒に教室へ行って、講義を受ける。
そんな、当たり前の一日。
に、なるはずだった。
講義が終わり、その日は凛翔さん(あの第二図書館での出来事から、二人きりのときはそう呼ぶように言われた。)と食事の約束をしていたから、その用意をするため、早々に家に帰ろうとしていた。
「雪麗、今日この後ランチしましょうよ」
「ごめん、結弦。今日は約束があるから」
凛翔さんとのランチのことは、結弦にも伝えておいたはずなのだけれど忘れてしまったのか、結弦がランチに誘ってくる。
「あら、そうだったかしら?」
「.........うん。ほら、明堂院さんと」
「.........」
私がそう告げると、結弦は奇妙な笑顔をうかべたまま黙ってしまった。
.........。どうにもおかしい。普段、結弦は私が言ったことを忘れてしまうような人ではないはずなのに。なんだか、わざとわすれたふりをしているような胡散臭さを感じて、私は背筋が寒くなるのを感じた。
「じゃあ......ね。また、今度ランチしよう?」
「ふふっ、そうねぇ.........」
結弦は意味深な笑顔をうかべたまま動こうとしない。まるで、何かをまちかまえているように。
「結弦.........?」
私は急に怖くなった。
今まで結弦に対して感じていた不信感が一気にぶり返してきたようだ。結弦がなにか企んでいるのではないかと勘ぐってしまう。ここにきて、私は初めて後悔する。結弦に対して感じていた違和感を見過ごすんじゃなかった。私はとんでもない過ちを冒してしまったのではないかと、脳が警鐘を鳴らす。怖くなって、必死にそれを否定したくて、もう一度、結弦を真っ直ぐに見つめるけど、結弦はあの嫌な笑顔をうかべたまま首をかしげるばかり。
あぁ、無視するんじゃなかった。結弦ときちんと向き合っておけばよかった。
私は、まだ何も起きていないのに、そんなことを考えていた。
もう、手遅れだ、と。結弦を止めることは出来ないと思った。
(弱気になってどうするの)
だったら、私が邪魔しないと。結弦がしようとしていることを、実行させてはいけない。これは、私の罪でもある。もしかしたら、結弦がこうなる前に止められたかもしれないのだ。それを私は見過ごした。だから、私が、何としてでも止めないと。
私は気づかなかった
それが、どんなに愚かしい考えかなんて
覚悟を決めてしまった結弦を、まだフラフラした状態の、中途半端な私が止められるはずもなかったのに。
私がひっそりと使命感に燃えていたその時だ。ゆったりとした足音が近づいてきた。
「.........雪麗」
私の名前を紡ぐその声は、うっとりするぐらいに美しい。
「明堂院さん」
振り返ると、そこには凛翔さんがいた。
「約束していましたが、雪麗の姿を見かけたので、思わず声をかけてしまいました」
蕩けそうな笑顔を向けながらそう告げられて、私は自分の顔が赤くなるのを感じる。最近の凛翔さんは、すぐに私を甘やかすのようなことを言うから困る。
「恥ずかしいから、そういうこと言うの.........辞めてください。」
「おや。喜んではくれないのですか?」
「.........ぅ、れしいです。.........けど」
彼の顔を見たら、結弦の存在など忘れてしまっていた。私たち二人を、結弦がどんな顔で見ていたかなんて気にもとめなかった。
.........。それが、いけなかったのだろうか?
だらしなく頬を緩ませる私の横を、結弦がふらっと通り過ぎる。
(? .........結弦?)
疑問に思ったときには遅かった。凛翔さんと結弦の体がドンッとぶつかったかと思えば、次の瞬間に凛翔がどさりと倒れる。
「っ! りひとさんっ!!」
私は余裕をなくて、彼を凛翔さんと呼んでしまっていた。でも、そんなのどうでもよかった。
だって、ちが、りひとさんのからだから、ちがでてる。
やだ、やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ。
りひとさんが、しんじゃう。だれか、だれかたすけて。
「あはっ! アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
ざまぁみろ! ざまぁみろっ! 私から愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい雪麗を奪おうとするから、お前は死ぬんダヨォォお!」
涙を流して、凛翔さんにすがりつく私の横で、結弦が狂ったように、何かを言っている。
でも、結弦が何を言っているのか、私はわからなかった。
あたりは騒然としている。当たり前だろう。
大量の血を流して倒れる明堂院 凛翔。その腹にはナイフが刺さっている。その明堂院に縋りつきながら、涙を流して謝罪を繰り返す私。そして、狂ったように笑い続けながら、明堂院を罵倒し続ける結弦。
私は焦った。このままでは、本当に凛翔さんが死んでしまう。だから、
「お願い! 誰か救急車を呼んでっ!!」
声の限りに私は叫んだ。その声にハッとしたように、周りの人達は消防に電話をかけたり、人を呼んだり、助けを求めたりしてくれる。
「大丈夫ですからね、凛翔さん。凛翔さんは死にません。私と一緒に生きるんです。だから死なないで! お願い、凛翔さん。生きて、お願い、お願い.........!!」
私の声が届いたのか、凛翔さんがうっすらと目を開ける。
「だ、ぃじょう.........ぶ。しな、な.........ぃ....よ。.........だ...から、そ.........ん.....な、かぉ、しな.........ぃで?」
そう言って私に笑いかけてから、凛翔さんは意識を失った。
0
あなたにおすすめの小説
Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】
remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。
本宮 のい。新社会人1年目。
永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。
なんだけど。
青井 奏。
高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、
和泉 碧。
初恋の相手らしき人も現れた。
幸せの青い鳥は一体どこに。
【完結】 ありがとうございました‼︎
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?
水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。
私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
うっかり結婚を承諾したら……。
翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」
なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。
相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。
白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。
実際は思った感じではなくて──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる