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第5章 時をこえて
4. メッセージ
しおりを挟む庭先で、コオロギが鳴きはじめてしばらくたつ。そろそろマツムシも鳴きはじめる時刻だろう。
星空ふたごは、二段ベッドの上と下であおむけにねころがっていた。
あけはなした窓からは、茜色の夕日といっしょにさわやかな風が入りこむ。おなかにタオルケットだけかけて、ふたりともただぼんやりしていた。
お昼すぎ、3回めのタイムスリップを終えて家に帰ってきたふたりはそろって熱を出し、動けなくなってしまった。
お母さんはあわてながらも、「まあったく、ひさしぶりに、発熱シンクロしたわね」と、どこかおもしろそうに言った。
喉がはれていないか、痛むところはないかとたしかめたあと、
「きょういちにち寝て、明日になっても熱が下がらなければ病院よ」
とふたりに言いわたした。
お父さんは、ふたりの額を指で弾いた。
「バイクを落としてなくすような、あぶないコースを走った罰だ。まったく、おまえたちときたら……」
そう言いつつも、その顔はちょっとほこらしげで、楽しそうだった。
「うちの親ってさあ、『子どもには冒険』主義だよな。おかげで、たいして怒られもしなかったけど」
「……うん」
ほんの数時間まえのことが、はるか昔におきたことのようだった。
赦免状をうまくわたせたのかもわからない。
わたせたとして、処刑を止められたかどうかもわからない。
懸命に考えて、想いをふりしぼった結果は、けっきょくどうなったかわからないのだ。
ソラがホルンちゃん人形といっしょに現代に戻ってきたとたんに、時の扉はただの木の扉になった。
そして、「ふぁあ、ああああ……」と気の抜けた声を出して、神さまホルンちゃんはホルンちゃん人形といっしょに霞のように消えてしまった。
王念岳の霊験に選ばれて、350年まえの世界に行っていたという証拠は、なにひとつ残っていない。
裕からなにかもらっておけばよかった、とソラは天井板にむかって手をのばす。
ねんざの痛みも、きれいさっぱり消えていた。
(卒業するとき、好きな人の第2ボタンがほしいってやつ、こういうことなのかなあ)
生きるか死ぬかの瀬戸際でまで、ソラの心配をしてくれた裕。
こんなのんきなことしか浮かんでこないのは、あのあと裕がどうなったかをまじめに考えるのが怖いからだ。
(あたしのバカ、あたしのオクビョウモノ)
ソラは、のばした手を、じぶんの額に落とした。
ふたりの熱は夜には下がり、よくじつの月曜日はふつうに登校できた。
登校班の人数も、歩いていく通学路の景色もかわっていない、いつもどおりの朝。
でも、月曜朝の穴あきだらけの下駄箱に、不安になる。
人々が消えてしまうかも、と言った神さまホルンちゃんの言葉が頭をかすめる。
セイも、おなじように不安なのだろう。じぶんのクラスの下駄箱を、神妙な顔で見つめていた。
(まだ登校してない子がいるだけだから)
ソラはそうじぶんに言いきかせて、6年2組の教室へ向かった。
「おっはよーソラ! 顔くらいぞお」
クラスに入るなり、今井菜帆果が飛びはねながらかけよってくる。菜帆果の姿に、ソラは心底ほっとした。
「そんなことないよ!」
ランドセルをしまい、朝礼のために校庭に出る。
そのときになって、ソラは膝が震えはじめた。
先生の顔ぶれも、校庭にならぶ児童の数も、かわらない、とおもう。
だけど、高橋さんだけが、いない。
背の順にならぶと、ソラのまえは高橋さんだ。なのに、高橋さんのひとつまえの野口さんの後ろ姿があるだけだ。
牢のなかの痛々しい裕の姿がまぶたによみがえって、ソラの心は嵐になる。
1時間目がはじまっても、高橋さんの席は空いたままだった。
「ソーラ! 顔、ヤバコワ。だいじょうぶ? あのさあ、バイクの特訓て、きょうもあるの? 先生が、高橋さんちにプリント届けに行けって言うんだけど。いっしょに行こうよ」
「へ……?」
さぞかし、間の抜けた顔と声だったのだろう。菜帆果はきゃらきゃらと笑ってソラの背中をばんばん叩く。
プリント届け係を指名された菜帆果は日直で、高橋さんは家の用事で休んだだけだった。
「あ、あのさ、セイも行きたいと思うんだ。いいよね?」
「セイ? べつにいいけど」
ありがと! とソラは教室を飛びだした。
「高橋さん的には、めちゃおいしいと思うよ」
ほくそ笑んだ菜帆果の言葉は、ソラに聞こえるはずもなかった。
放課後、ソラとセイと菜帆果の三人は、顕彰会館のそばの高橋さんの家へ行った。
「ここが高橋さんの家だったんだあ……」
高橋さんの家は、築100年以上の古民家だった。そして、ざわざわと人の出いりがある。
「あらあら、病欠じゃなかったのに、かえってごめんなさいねえ」
おっとりした雰囲気の高橋さんのお母さんは、「もうすぐおわるから」と招きいれてくれた。
「図書館の近くの古民家カフェなんて、めじゃないねえ」
囲炉裏のある板の間と高い天井を横切る黒光りする立派な梁は、テレビの紀行番組で紹介される宿のようだ。火の入っていない囲炉裏のまわりでは、白タオルでハチマキをしたおじさんたちが、なごやかにお茶を飲んでいた。つづきの土間には、つくりかけの御神輿がある。
家の奥から、「なあーくなうまこおー あんがとよぉー」と囃子唄が聞こえてきた。
こっちにいるのよ、と案内されたのは、庭に面した広い和室だった。
そこに、白い衣装に身を包んだ高橋さんが、榊の枝をかかげて舞っていた。
「うわあ、高橋さん、きっれえ!」
高橋さんを囲むかっぽう着姿のおばさんたちは、「そうでしょう」とほほ笑んでいる。
堂々とした舞い姿は、あのひっこみじあんな高橋さんとはとても思えない。
ソラたちに気づくと高橋さんはおどろいた顔をして、つぎにかあっと赤くなってうつむいた。
いつもの高橋さんの顔に、ソラはほっとする。
よかった。高橋さんは、ちゃんとここにいる。
「氏子さんが来てくれて、衣装を仕立てる日で……。神社の秋祭りの神楽舞、わたしのお役目なんだ」
菜帆果は、目を輝かせて高橋さんを見ている。
「ほんと、きれいだねえ。すごいねえ、うちのほうの神社は、盆踊りだけだよ」
みんなで見にくるからね、と約束した。
高橋さんが着がえてきて、お母さんは「わざわざありがとうね」とまたお礼を言いながらおやつを出してくれた。
漬物とおまんじゅうと緑茶の組みあわせは、秋祭りの準備に来ているおじさん、おばさんたちにもふるまわれたものだろう。
「もしかして神楽舞も祭りの準備も、代々高橋さんの家で……とか、そういうかんじ?」
セイは「あれ」と庭を指す。まさに旧家といった風情の大きな庭に、神社の本殿とそっくりな、古い木造の祠があった。
「神事を担当する家柄なのかなって、思ってさ。ほら、裕……おゆうの、子孫の家だし」
「はあー。やっぱりセイは、気づくところがちがうねえ」
感心する菜帆果に、高橋さんもうなずく。
「お祭りがはじまった300年まえから、お神楽とお供物を奉納するつとめの家なの。うちではね、お祭りの期間、あの祠の扉を開けて、祀ってある馬みたいな神さまに、ナツハゼをお供えするんだよ」
祠のまわりに生えている木が、ナツハゼだそうだ。小さな緑色の実が、ブドウのようになっていた。
うすく色づきはじめた緑色の実の房に、ソラは、ドキンとする。
あれって、もしかして。
「紫色になって、食べられるやつ、だよね。ゴンスケ……」
「天川さん、ゴンスケなんて言い方よく知ってるね。おじいちゃんくらいしか使わない方言だよ。お母さん、祠のなか、見せてもいい?」
高橋さんといっしょに、みんなで庭へ出た。
「秋祭りのころにね、ナツハゼの実が紫色になるんだ。この祠の神さまは、ナツハゼが好きなんだって。おもしろいでしょ。囃子唄のハゼの実って、ナツハゼのことね。それで、ここと、顕彰会館の神社に、おなじ木像が祀ってあるんだけど……」
高橋さんは、祠の扉を開けた。
「「あ……!」」
祠のなかには、かわった形の木彫りの馬がおさめられていた。馬の足は、前あしどうしと後あしどうしがあわさって、車輪になっている。
「おもしろい形の馬でしょ」
(うそ、これって、これって……!)
祠をのぞきこんだ菜帆果が「アハッ」と笑う。
「ねえこれ、マウンテンバイクに乗ってるソラみたい!」
「うん、わたしもそう思って。それで、見せたいなって」
ねえ? と菜帆果と高橋さんがふり返り、ぎょっとする。
ソラは、ぼろぼろに泣いていた。
セイも、赤い目でご神体の車馬を見ている。
「あの、ごめんね、天川さん。悪口言うつもりじゃ、なくて……」
「そ、そうだよ、かっこいいよ、って、言いたかっただけで」
おろおろする高橋さんと菜帆果に、ソラは「ちがうの」泣きながら笑ってみせた。
タイムスリップが成功したと、じぶんに言いきかせてきた。でも、どうしても確信が持てなかった。
ソラの手に、証がなにも残らなかったから。一晩たったら、じぶんが体験した記憶すら夢じゃないかとうたがいそうになっていた。
でも裕は、ちゃんと現代にまで届くメッセージを残してくれていた。
――泣くなよ、ソラ。あんがとな。また、ゴンスケやるからよお――
300年続く、秋祭り。
この地域でうたいつがれている囃子唄は、最後の裕の言葉そのものではないか。
みんな、助かった。夢なんかじゃなく、ほんとうのことだった。
「高橋さん、ありがとう。教えてくれて、伝えてくれて、ありがとう」
ソラは、セイのTシャツの裾をにぎる。セイもうるんだ目でうなずいた。
「うたいたくなっちゃった」
「おれも」
「え?」
目を丸くする高橋さんは、やっぱり裕と似ている。
菜帆果だって、あの時代の、ソラが出会っていないだれかと、似ているにちがいない。
なーくなうまこー、あんがとよー
かけよー、かけよー、やみこえてー
ハゼの実わけてー、わらいましょ
この唄が、時の扉をくぐるまえとかわらずに伝わっていることが、なによりの証拠。
見てる? ホルンちゃん。ことしの秋祭りでも、この唄がうたわれるよ。この唄がうたわれるかぎり、ほんとうの歴史はかわらないってことだよ。
みんな、助かったってことだよ。
わらいましょ
王念岳から、こだまが返った。
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