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第5章 時をこえて
3.届け!
しおりを挟む虹色のなかをまっすぐにのびる青い鎖の先が、ひとつの泡につながる。終着点にふれる直前に、ソラはふとふりかえる。
(あ、もしかして、あそこに……)
裕が、感じられた気がした。
けれどそれも一瞬で、ソラはマウンテンバイクごと山道に飛びだす。
「うわおっと!」
馬でかける園原伊織のうしろ姿が、すぐ目のまえにあった。
(まずは、タイムスリップ成功)
ソラはフルスロットルでペダルを踏んで追いかける。
「イオリさーん! まってー!」
すぐに追いつき、うしろから声をかける。伊織はぎょっとした顔でふりむいた。
「お、おぬし、いつのまに」
「いま、飛んできた! お願い、話を聞いて。このままじゃ、まにあわない」
しかし、と伊織が迷ったときだった。
馬がとつぜんいなないて跳ねあがり、急停止する。
「どう! うわっ」
伊織は馬をなだめようとするも、バランスをくずして落馬した。
「うわわわわ!」
あわてて急ブレーキをかけたソラも、つんのめって逆だちしたバイクからほうりだされる。
地面にたたきつけられる、と覚悟した瞬間、ぼふ、とだれかに抱きとめられた。バイクだけが山の斜面に投げだされて、ガッシャガッシャとけたたましい音を立てて落ちていく。
「ありゃりゃあ。すまんのう。ちいっと性急に馬を止めすぎたかいのお」
のんきな響きのすこしかすれた老人の声。
「お、王念さん!」
ソラをキャッチしてくれたのは、王念坊主だった。
「困ったときは、かけつける約束じゃろ。こんどはわしの番じゃで。わし、馬からは見えるんじゃ」
王念坊主は落馬した伊織を心配そうに見ていたが、うなりながらも体をおこしたので、ほっほと笑った。
「んむむ、侍さんよ、すまんかったのお。どうしても、この子の話を聞いてほしかったんじゃ。しかしよほど疲れておるのう。目が落ちくぼんどるぞい」
伊織は目をむいてあたりをみまわす。
「それがしは、疲れてなど。な、なんだ、むすめ、ほかにだれかいるのか」
「イオリさん、王念さんの声が聞こえるの?」
ソラとセイのご先祖さまだからだろうか。
伊織に声が聞こえているとわかって、王念坊主はうれしそうにせきばらいした。
「そこな侍よ。わし、王念岳の霊験じゃ。農民たちがおおぜい処刑されてしまうこと、わし許せん。そこでこのむすめをつかわした。このむすめの言うこと、きいてやっとくれ」
王念坊主が両腕をふりあおぐと、演出効果抜群に不自然な風がおこって木々がざわめく。
まさに、と伊織はひれふした。
「このむすめ、ただ者でないことは、わかっておりました。一揆と、その先のことを予言してみせたのです。あなたさまのおよこしくださったものなれば、もはやうたがうべくもございませぬ。この園原伊織、全霊をもって……」
「むずかしいあいさつはいいから! 時間がないの。あ、まずは人形。持っててくれてるんでしょ。ありがとうございました」
おおそうだった、と伊織は袂からホルンちゃん人形を取りだした。
「面妖な人形だが、おかげでおぬしのものとわかった。それに、肌身離さず持っておらねばならぬような、奇妙な予感がしたのだ。それもおそらく、王念岳御霊験のおぼしめであったのだろう」
戻ってきたホルンちゃん人形にほっとして、ソラは胸に抱きしめた。
「ソラ、はやくしろ!」
人形をとおしてセイにせかされ、はっとして伊織と向きあう。
「イオリさん、お殿さまからの処刑取りやめの書状、持ってるよね?」
「うむ、おぬしの言うとおりであった。殿は、治助殿らの処刑はならぬとおっしゃってくだされた。ただし、藩の体面もあるゆえ、表むきは一揆の首謀者を処刑したことにせねばならぬ。しばらくは生活に不自由もあろうが、命は助かる」
懐から、布に包んだ書状をうやうやしく取りだす。
「でも、届かなきゃ意味ないでしょ。もうすぐ、処刑がはじまっちゃう」
伊織の顔色がかわった。
「なんだと? 明朝ではないのか。きょうの日暮れまでにたどりつけば、まにあうと」
「資料館にある藩の日誌には、きょうの夕方って書いてあるの!」
くちびるを白くして、伊織は「家老どもめ、たばかりおったか」とつぶやく。
いや、と伊織は首をふり、凛とした目でま正面からソラを見る。
「すでにこの時刻、この場所。常ならば手おくれである。しかし、おぬしは、まにあわせるというのだな?」
ソラも、きりっと伊織を見かえす。
「ぜったいに、みんなを助ける。いますぐ、刑場にその書状を届ける。届ける方法があるの。お殿さまの署名があるんだもの、書状さえ届けば、時間をかせげるよね? イオリさんは、この書状が本物だってことを、みんなにわからせて」
伊織は「承知いたした」と力強くうなずいた。居住まいを正すと、頭を下げる。
「王念岳御霊験と、そのお使いの女童よ。園原伊織、たしかに、たしかにお申しつけつかまつった」
「うんむ。まかせんしゃい」
王念坊主の返事がおかしかったのか、伊織の背中がせきこむようにゆれる。
「では」ともういちど深々と頭を下げると、馬にまたがりかけていった。
お願いね、イオリさん。あたしたちの、ご先祖さま。
ソラは、去っていく伊織の背に祈る。
「ありがとね、王念さん。こんどは、あたしの番」
ウエストポーチから小さな水色のビー玉を取りだした。
願いの力で7個めにできあがった鍵は、小さかった。でも、おなじ時間のすぐ近くの場所へつなぐことなら、できるはず。
――ソラなら、裕を感じとれる。刑場にいる裕のところへ、書状を届けるんだ。
セイはそう言った。
裕への想いも、全部が必要なことだ、と。
裕のもとへ飛ぶことは、ソラにしかできない。
お殿さまからの書状を刑場に届けることさえできれば、その先は、きっと伊織がなんとかしてくれる。
「ソラ、やるぞ!」
夕方ちかくのくすんだ色の空から、青い鎖がふってくる。
現代へ戻るために時の海に入った瞬間が、勝負だ。
ソラは、鎖をつかむ。
周りが、一瞬にして虹色の世界にかわった。
(裕。どこ、どこにいるの)
さっき、裕の存在を感じとれた気がした。おなじように時の海のなかを見わたそうとしたときだ。
「きゃ……!」
鎖に引っぱられる。ソラは、350年まえにおろされた錨だ。鎖は、錨を引きもどそうと巻きあがる。
「だめ、まだ、もどっちゃダメだってば!」
なにかにしがみつこうと手を伸ばしても、空を切るばかりだ。
「ダメ! 神さま、お願い、神さまー!」
ソラのからだが、ガクンと止まった。
「やれやれ。まかせんしゃい、言うたじゃろ。相談してからやってほしいのお。ま、おぬしらのやろうとしていること、わしお見とおし」
王念坊主の声がして、ソラのからだは時の海のなかでふわりとたゆたう。
「ほれ、わしが鎖のはじっこをおさえとくぞい。はよ、用をすませんか」
「ありがとう、王念さん!」
ソラは目を閉じ、全意識を集中する。
(裕、裕。どこにいるの。あたし、裕に会いたい。もういちどだけ、裕のところへ行きたいんだよ!)
無限に広がる時の海のなかに、ふと、ひとつの想いを感じる。まるで、北が磁石の針を引きよせるように、想いの泡のひとつが、ソラを呼ぶ。
「見つけた」
ソラの放ったビー玉は、青い鎖となって海を突きぬける。
いま、行くからね。そこへ、行くから!
鎖に導かれて、ソラは飛んだ。
ひとつの泡に吸いこまれ、視界が開ける。しかし行きついた先に、ソラは息をのんだ。
せまくうす暗い部屋に、苦しげなうなり声と、すえた臭い。
処刑を目前にした牢は、傷だらけの人々でひしめいていた。
「裕! ……裕っ!」
セイの投げた鎖につながったままのソラのからだは半分、時の海のなかだ。ひっしで裕の姿を目でさがす。
「え、ソラ、ソラか!?」
うずくまる人々のなかから、ひとり立ちあがってソラにかけよる。
「裕……! ひどい、こんな」
裕の顔は赤黒く腫れあがり、着物にも血がにじんでいた。
ひどい、ひどいよ。こんなの、ひどすぎるよ。
泣きそうになりながらも歯を食いしばり、ソラは赦免状を持った手を力いっぱいのばす。
「裕、これを、なんとか、治助さんかお父さんに!」
ソラの体は、現代にむかって引っぱられはじめている。時の海のなかで鎖をおさえて踏んばる王念坊主に、はやくも限界が近づいていた。
「お殿さまからの手紙なの。これで、なんとか……すれ……あとは、イオリさん……」
書状がソラの手から離れた。
「泣くなよ、ソラ! あんがとな、また、ゴンスケやるからよお」
そんなものより、裕に生きてほしいよ!
ソラの声が届いたかはわからない。
虹色に輝く時の海のなかに、ゆう、とさけぶソラの声が流れ星のように尾を引いた。
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