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第5章 時をこえて
2.消えた伊織
しおりを挟む保険の先生の質問に答えを出したのか、セイは過去のようすにのめりこむのをやめた。
「裕の伝令から二日後……こっちの火曜日だけど、ほんとうに一揆がおこった。イオリさんもいろいろ対応にかりだされて、町で興奮した農民に殴られちゃったりしてた。聞いてるだけで怖かったよ。でも、処刑日は再来週の日曜日でまちがいないことはわかった」
セイは、当時の人々の怒りや痛みや恐怖といったものを、知らずにいてはいけないと思いつめてしまった、と正直に言った。
それで観察モードを使いすぎて、まいってしまったのだ。
とはいえ、切りかえがはやいのもセイの長所だ。
2、3にちもすると顔色もよくなったし、週末には目の下のくまも消えて、すっきりした顔になった。
さて、お城におしよせた農民たちが、家老たちに丸めこまれてそれぞれの村に帰ってしまうと、役人たちは事後処理の話しばかりになったそうだ。園原伊織が上役に意見しにいき、怒鳴りつけられ、追いかえされたりもした。
「時間決めて、いちにちになん回か観察モードするんだけどさ。人形を外に出してくれないからまわりが見えないし、声が聞こえても難しい話ばっかりだ」
イオリさんは、人形を持ちつづけてくれているらしい。ふところか、袂にでも入れているのだろう。そしていつも動きまわっていて、休んでいるようすがない。
「きっとイオリさん、裕たちを助けようと必死なんだね。それで寝ないではたらいて、疲れて、かんじんなところでたおれちゃうんだ。……だれかさんみたいに」
ソラは、じろっとセイを見る。
「わかってるよ、おれも、もう鼻血出すほどやらないってば」
そうは言っても、そわそわと落ちつかない日がつづき、九日目の夕方。
「イオリさんが、出発したぞ! 隣の領地に出張しているお殿さまのところだ」
治助たちの助命嘆願をしていたがらちがあかず、ソラの『予言』を思いだしたかどうかはわからないけれど、藩主への直談判を決意して出発したのだ。
ところが夜、セイは首をひねった。
観察モードが使えなくなったというのだ。
「人形が見つからないっていうか、こう、電波が届かない感じっていうか……」
「ホルンちゃんのテリトリーから、出ちゃったんじゃない?」
ソラは、呼べばかけつける、と言ってくれた王念坊主のことを思いだしていた。
かけつけられるのは、あそこの山まで。そのむこうは、隣の神さまの土地だから、と。
「そうだ、それだ。ソラ、さえてるなあ。あーくそ、ホルンちゃんの守備範囲って、どこまでだ」
セイはバサッと県内地図を広げた。
隣の藩につづくむかしの街道が、蛍光ペンでなぞってあった。
セイは、過去に行くソラの負担をもうしわけなく思っていたようだったけれどソラは、逆じゃなくてよかった、とつくづく思う。頭脳プレーをまかされていたら、きっと頭が爆発していた。
「イオリさんが戻ってくるのは、処刑の当日だ。この道を帰ってくるはずだけど……」
横から地図をのぞいたソラは、松林平野の境を指さした。
「ここ。王念さんがかけつけられるのは、この山のこっちがわまでって言ってた。イオリさんがここまでくれば、また電波届くんじゃない?」
それならと、セイはそこから処刑場までの距離をはかり、計算をはじめた。そして、パチンと指を鳴らす。
「よし。こんどの日曜日が勝負だ。たのむぞソラ」
「セイこそ、たのむからね。鎖を投げる場所、まちがえないでよ」
右腕どうしを合わせてXをつくる。これをやったのは、4年生のときのマウンテンバイクの大会まえが最後だ。
あのとき、ソラは優勝した。こんどだって、きっとやりとげる。
そして、ついにその日がきた。
ふたりは、朝の5時に家を出て、5時半まえには顕彰会館の神社の本堂に入っていた。
「ああ、ホルンちゃん……ごめんね、もうちょっとだからね」
万歳ポーズのホルンちゃんは、トリカブト帽子の先がソラの胸の高さにまでちぢんでいた。のほほんとした表情で、ふっくらした姿のままなのが救いだ。ほっぺたがこけて眉間にしわが寄っていたら、見ているつらさは倍増だった。
さて、2回目のタイムスリップのときは、朝の9時ころに時の扉をくぐった。時の海の向こうがわに出ると、時刻は午後おそく……たぶん、3時から4時くらいだった。
過去との時差は、約6時間。
「よし。むこうはいま、お昼ころだな」
時計を見てから、セイは目をつぶって精神集中し、すぐに目を開けた。それから、時の扉を開けてなかをうかがう。
「うん、やっぱり、まだなにも感じられない。イオリさんはまだ戻ってきてないけど、そろそろだからな、気をぬかないようにしよう」
処刑が行われたのは夕方。伊織が赦免状を持って松林領内に戻ってくるのは、お昼すぎのはずだ。
伊織がホルンちゃんのテリトリー内に戻ってきて1時間したらそこを目標に飛び、馬がたおれるまえに止める。
そのあとは、裕のときのように、マウンテンバイクで伊織を刑場まで送りとどける計画だ。
「さいあく、あたしが赦免状を預かって、処刑場に乗りこんでやめさせてやるんだ!」
ソラは鼻息も荒く決意を語った。
ともかく、伊織が領内に入るのを見のがさないようにしなければならない。セイは15分おきに、伊織が戻ってきたかどうかをさぐった。
15分、30分。
「うー、緊張してきたあ。はやければはやいほど、よゆうがあるもんね。イオリさん、はやく戻ってきてー。セイも、無理しちゃだめだよ。また鼻血ブーするよ」
「いいから、落ちつけよ」
そわそわと口数のおおいソラをたしなめるセイも、1時間をすぎると表情がかわってくる。
そして2時間がすぎた。処刑が行われる時刻は刻一刻と近づいているというのに、伊織は戻ってこない。
「まさかホルンちゃん人形を、お殿さまのところに置いてきたなんてないよな」
「それ最悪じゃん! いやなこと言わないでよ。あたしはイオリさんを信じる!」
じりじりしながら待って、また30分がすぎる。
「もしかして、だけど。イオリさんはとちゅうでたおれたんじゃなくて、ほんとうにまにあわなかったとしたら……」
セイは険しい顔で扉をにらんでいる。
「どうして、たおれた侍をだれも助けなかったんだって話したろ。伝令で急いでいるようすの侍なら、見てた人たちが無視するのはおかしいって。そもそも、まにあわないところにいたんじゃないか? それで後になって、馬の足が折れたとかイオリさんが気絶したとか、いろいろつけたされて伝説にされたんだったら」
「それじゃあ、処刑を止めるなんて、できないじゃん!」
「うん……でも、なにか方法はあるはずなんだ。そうじゃなきゃ、王念岳の霊験なんてものが、ホルンちゃんになってあらわれるはずない。ここで、こんなにちっこくなってまで、がんばったりしない」
考えろ、考えろ、とセイはひとりごとのようにくりかえして、本堂のなかを歩きまわる。
ソラは、いままであったことをひっしで思いだす。なにか、ヒントになるようなものはないか。それがわかれば、セイがきっと、いい作戦を考えついてくれる。
ホルンちゃんの言葉、王念坊主の言葉、セイとの会話、裕といっしょに見たこと……。
今回のことは、まさに運命だった。おこったこと全部が必要なことだった。過去に行くための鍵が3回分だったのも、選ばれたのがソラとセイだったことも。
(あたしたちにできること、全部やったかな。なにか、忘れてることないかな)
そうだ! と、ソラの心にひらめくものがある。
全部が必要なら、むだになっちゃうものなんか、ないはず。
ソラはホルンちゃんにかけよると、ポシェットをさがす。
「あった! ねえ、この小さいビー玉も、必要なもの、なんじゃない?」
350年もの時の海をこえていくには不十分な力しかない、片道切符の時の鍵。けれど、これも願いの力で生まれたものだ。
セイは、ソラの手ごとビー玉をつかむ。
「そうだ、これだ!これは、ソラが使うんだ。まにあわせるには、これしかない」
え? とソラの目が大きくなった。
「そんなあ、だってあたし、いちども鎖を投げてないんだよ。そんなふうに使うなんて、自信ないよ!」
たじろぐソラに、セイは語気を強める。
「じゃあ、ほかにもっといい方法があるのか? いまはこれしか思いつかない。みんなを助けたいんだろ。なにより、裕を助けたいんだろ!」
そうだけど、としりごみするソラの肩を、セイは荒々しくつかんだ。
「しっかりしろよ。ソラにしかできないんだぞ。裕のこと、好きなんだろ!」
「な、な、な、なんで、なんでそんなこと」
「わかるよ! おれの女子力なめんなよ」
ソラは耳までまっかになって顔をひきつらせる。
「裕を好きなソラにしかできない。ソラのきもちも『必要なこと』だって、信じろ!」
そのとき予感が走って、ふたり同時にハッと扉を見た。
「「イオリさん!」」
ソラにもわかった。園原伊織が、戻ってきた。
ええい! とソラは頭をふる。迷ってなんていられない。やるしかないんだ。
ウエストポーチにビー玉を入れ、ハブステップのついているセイのマウンテンバイクにまたがる。
「いくぞ」
緊張した顔でうなずきかえし、ソラはきゅっとくちびるを結んだ。
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