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第3章 前夜
2.裕之伸
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歩きはじめたソラは、マウンテンバイクがあったらなあと、おりてきた道をふりかえる。
松林城へ行くのであれば、反対がわへおりたほうが近かったかもしれない。
(尾根の低いところを超えるコースなら、バイクでいけるんじゃない?)
できるだけゆるやかな道を選んで、場所によってはバイクをかついで登る。尾根に出て下りになれば、足で走れば転ぶような道を、なんばいものはやさでおりることができる。
登りにかかる時間と、下りのはやさと、歩くスピードと。
どの方法がいちばん効率よく移動できるかを考えてしまうのは、ソラのくせだった。
(バイクにまたがったまま時の扉に入れば、バイクごとこっちに来られるのかな)
服や持ちものはソラといっしょにタイムスリップしてきているので、できるように思う。 あれこれと考えながら、山ぞいの道を歩いた。
木々のむこうがわには痩せた田畑がかわらずに続く。
すこしすると、屋敷林にかこまれた大きなかやぶき屋根の家が見えた。
(ここは治助さんのとこの隣村だから、あの家は隣村の庄屋さんとかかな)
そう思ったときだった。
足が、パキンという音とともに地面を踏みぬく。
とたん、落下する浮遊感におそわれた。
(うそっ、穴!? どうして!)
「いったあーー!」
穴の底に顔面からつっこんだりすることはなかった。とはいえ、落ちたときについた手を、軽くねんざしたかもしれない。
「もう、どういうこと!」
手首をおさえながら見あげると、すっぽりと丸く切りとられた空。
ソラの身長ふたり分くらいの深い穴で、格子状に組まれた細い枝が、折れてぶら下がっている。
(これって、もしかして、落とし穴ってやつ?)
掘ったばかりなのか、土がやわらかい。おかげで、たいした怪我もなかった。
よっこらせ、と立ちあがって、手やお尻についた土をはらったとき、頭上でチャキッ、とききなれない音がした。
ふたたび見あげて、ソラは硬直する。
穴の上から、銃口がソラに向けられていた。
ツンとした火薬の臭いが鼻をつく。
まばたきもできず、冷や汗がせなかをつたう。
「ソラ、ソラ! どうした!」
ソラの異常を感じたのか、セイがさわぐ。けれどソラは、人形を取りだすことも答えることもできなかった。
と、ふいっと銃口がそらされる。
「なんだ、おめは。ヒトか? けったいなかっこうしやがって」
ふってきたのは少年の声だった。
ソラは、へなへなと座りこむ。
「おおーい、どうしたあ。なにか、かかったんかあー」
遠くで別の声がして、少年がふり返って「おお」と答える。
ソラは、まずい、とあせる。
「あああ、あの、おねがい、あたしのこと、だまってて! ほかの人に、言わないで!」
「はあ?」
少年は片眉を上げる。
ソラは、おねがい! と両手を合わせて拝むように頭をさげた。
「……たぶん、シシだあ。うまく天井が落ちなくて、逃げられたみてえだあ。罠、なおしてくからよお」
すこし間をおいてから、少年はなかまに向かってそうさけんだ。
「あ、ありがとう……」
ソラは、ほっと胸をなでおろす。
「すこし、待ってろ。みんながよそへいったら、出してやっから」
「え、行っちゃうの!?」
言ってから、ソラは口をおさえた。あわてて手をふる。
「いや、いまの、ナシ。はい、待ってます。だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「……おとなしくしてろよ」
穴の上から少年の姿が消えた。
「ソラ、だいじょうぶ、だよな? だれかと話してたよな」
あ、と思ってソラは人形を取りだした。声がうわずる。
「うん、へ、へいき、かな。落とし穴が……」
「おい」
「ひゃあ!」
穴の上から声をかけられて、またまた飛びあがりそうになる。
少年がのぞきこんでいた。
「おめ、ひとりでしゃべってんのか? ……ほれ」
少年は、小さなブドウのようなものを投げてよこす。おとなしくしてろよ、と念をおして、こんどこそ行ってしまった。
「なんだろ、これ」
ブドウのデラウエアよりもずっと小粒で、濃い紫色をしている。ヤマブドウというやつだろうか。
ひとつぶ、おそるおそる口にいれてみる。
固い皮がプチっとはじけて、甘酸っぱい汁が舌にしみた。
なんだかほっとして、力がぬける。
「あのね、歩いてたら……」
落とし穴のことを、人形に向かって話しはじめた。
しばらくして、少年はおとなの腕くらいの太さの丸太を持って戻ってきた。それを穴のなかに投げいれる。
「それを立てかけて、足場にすんだよ」
「あ、そういうことか」
丸太を足場に背伸びしたソラを、少年は引っぱり上げてくれた。
(うわ、セイよりもやせて見えるのに、すごい力)
「あの、ありがとう。助けてくれたり、だまっててくれたり」
あらためて少年を見ると、ソラやセイとそうかわらない年に見えた。
髪は総髪で、頭の高いところで無雑作に藁で結ばれていた。
すそのすりきれた、つぎはぎだらけの灰色の着物を着ている。
少年も、ソラをながめまわした。
「見たこともねえかっこうだな。異国の者か?」
「へ?」
ああ、とソラはじぶんの姿を見た。
「そうだよね、イオリさん以外の人に会うつもりなかったから、動きやすい服で来ちゃった。浴衣とか、法被着てきたほうがよかったかなあ」
少年は、何を言っているかわからない、という顔をして、あたりを見まわす。
「そんなかっこうだから、人に見られたくねえんだろ。ついてこい」
「あ、はい。おねがいします」
少年の背には、銃が下げられていた。火縄銃という、古い鉄砲だ。
つきつけられた銃口を思いだして身ぶるいしたものの、ソラはすなおに少年のあとをついていった。
「ここ、オレのまたぎ小屋だ。めったに人来ねえからよ」
少年が連れていってくれたのは、森のなかにある小さな小屋だった。
「またぎ小屋……?」
「狩りに使う小屋だ。お師匠からゆずってもらったんだ」
「狩りに、お師匠さまいるんだ」
「ん。すげえ名人だっただぞ。ほら、手え見してみな。痛いんだろ」
少年が気づいていたことに、ソラはおどろく。
言葉はぶっきらぼうだけれど、ヤマブドウをくれたことといい、少年は優しい。この時代の農民というと、言葉づかいなど、みんなこんなものかもしれない。
「腫れるまえに湿布しときゃだいじょうぶだろ」
少年は、小屋のまわりで草を摘んできてすり鉢でつぶしはじめた。灰を混ぜて軟膏をつくるという。
ソラはすることもなく、すりこぎを使う少年の浅黒く日焼けした、土で汚れた横顔をながめていた。
長いまつげと、丸い鼻先、ひきしめがちな口もとが、だれかに似ている気がする。
軟膏を桑の葉にのせてソラの手首にあて、藁で縛ってくれた。スウっと冷たい湿布がきもちいい。
「ありがとう。あたし、ソラ」
少年は照れたように目をそらす。
「おれは、裕之伸。みんなは、裕ってよぶ」
「え?」
シアター映像のなかで、「ゆう!」「おゆうちゃーん!」と口々にさけぶ人々の声が、ソラの耳によみがえる。同時に浮かんだのは、はにかんだ笑顔の高橋さんの横顔だった。
そうだ。この子、高橋さんに似てるんだ!
「裕之伸だから、ゆう。……もしかして、高橋、ゆう?」
裕の目が丸くなり、つぎに険しくなった。
「おめ、オレのこと知ってんのか? おめ、だれだ。村に、なんの用だ。用があるくせに人に見つかりたくねえなんて、城の役人の手先じゃねえだろうな」
「ち、ちがうよ、あたしは…… あたしは、王念岳から、この地を見守り続けてきた神さまのようなもの……なのだ!」
ソラの口からとっさに出てきたのは、神様ホルンちゃんのようなセリフだった。
「……はあ? おめえが、神さまだってえ?」
裕はあきれた声をだす。
ええい! とソラは半分ヤケになって立ちあがり、できるだけ威厳が出るように胸を張って、おへその上あたりで両手を重ねた。
「えーと、正確には、王念岳の神さまの、お使いなのである。王念坊主さんは、いつも里を見守り、心配しているのだ。あたしには、王念岳のレイゲンがついているのだ」
「はあ。神さまのお使いが、落とし罠にはまったりすんのか」
ソラはカアッと頬を赤らめた。
「お使いっていったって、あたしはフツーの人間なの。あたしは、神さまのお使いとして、未来から……!」
言いかけて、ソラははっと口をつぐむ。未来から来たという説明は、世界の秘密を漏らすことにはならないだろうか。
胸ポケットから「異国の未熟者って言え!」とセイがさけぶ。セイの声は、裕には聞こえない。
「異国から来た、未熟者だから、しょうがないのじゃ!」
ソラは胸を張りなおした。
「たとえば、きみが、王念岳の神さまに選ばれて、地球の裏がわに行ってこいって言われて、行ったとするでしょ。きみは、神さまのお使いってことになるけど、人間のままだし、お使い初心者でしょ。知らない場所を歩いてたら、落とし穴にはまることだって、あるかもしれないでしょ。つまり、そーゆーこと」
「……おめえ、おもしれえこと言うな。わけわかんねえけど」
裕は、しばらくソラを見つめたあと、ニカっと笑った。
「ま、落とし穴にはまるマヌケが、村をかぎまわるお役人なわけねえわな。それに、おめはわるいやつにゃ見えねえ」
笑う裕に、ほっとする。
ほっとしたら、おなかがすいてきた。
クウ、とおなかが鳴って、あわてておさえる。けれど、そのなんばいも大きな音が、グウウ、と裕のおなかからひびいた。
「あは、おなかすいたね。そうだ、これあげる。さっきの、えーと、甘酸っぱい実の、おかえし」
ソラは、ナップザックからゼリー飲料をふたつ取りだした。水分補給と栄養補給が同時にできるので、バイクの練習には欠かせない。
「な、なんだ、その光る包みは。コガネムシの羽みてえだ」
「ふふふふん。これこそが、異国の証よ。神さまの証、でもいいけど」
ソラは、ゼリー飲料を飲んでみせる。もうひとつのキャップをあけて、裕にわたした。
ソラをまねて吸い口をくわえとたん、裕の目と鼻が丸くふくらんだ。
ジュルルル、とものすごい勢いでアルミ袋がしぼみ、ソラはあっけにとられる。
「甘ぇ! うめえ! こんなん、初めてだ。これが、菓子ってやつか?」
「ううん。だからそれが、みら……じゃなくて異国の食べもので……」
言いかけたソラに、裕は顔を輝かせる。
「異国の証ってやつか!」
「そのとーり!」
そうかあ、と裕は感心しつつ、納得している。
ソラは、旅行先で現地の人となかよくなるには、おなじものを食べるのがいい、となにかで見たのを思いだす。
食べもの、偉大。ありがとう、ゼリー飲料。
「よかったら、もういっこあるよ」
ソラがもうひとつわたそうとすると、裕は「だめだ」とソラの手を押しかえした。
「それはよ、王念岳さまがソラのためにくれた、とっておきなんだろ。そんなだいじなもん、オレなんかにくれてよ。あんがとな。でも、じぶんのもんはちゃんとじぶんで食っとかねえと、死ぬぞ。……マサの母ちゃんみたいに」
「え……?」
固まるソラに、裕はつづける。
「マサの母ちゃん、じぶんはちょっとしか食わなかった。したら乳が出なくなって、赤子が死んでよ。マサたちまで死なしちゃなんねえって、じぶんの分をぜーんぶ子どもにやるようになってよ。そんで、飢えて死んだ」
そうだった。ここは、凶作による飢饉と、ひどく重い年貢に苦しんでいる時代だった。
食っとかねえと、死ぬ。こんなに重い言葉が、ふつうの会話で出てくるほどの。
「……あのさ。きみは……裕は。ちゃんと、ごはん食べてるの?」
「うちは、めぐまれてるほうだからな。オレも、たまには獲物とるし」
はぐらかしたような答えだ。
さっきの食べかたを見れば、おなかがペコペコなのはわかる。それなのに、裕は。
「ごめん、ごめんね。裕も、おなかすいてたのに、ブドウ、わけてくれた……」
落とし穴のなかのソラは、さも不安そうな、情けない顔をしていたにちがいない。あのブドウのおかげで、どれくらいほっとしたか。
「ゴ、ゴンスケなんて、たいしたもんじゃねえからよ。おめえの、ソラの食いもんのほうが、よっぽどすげえよ」
ソラは、えへ、と笑った。
「ううん、あたしにしたら、あのブドウ……ゴンスケっていうの? あっちのほうがすごいよ。ほんとに、魔法の実だった」
裕も、照れわらいで鼻をかく。
「ゴンスケはな、山で見っけて、とっとくんだ。いろいろ、役にたつから。また、やっからさ。泣くなよ」
「な、泣いてないよ。……でもありがと」
おたがいにもじもじと下をむいたあと、裕は「よっし」とひざをたたいて立ちあがった。
「ソラはここにいろ。きょうはだいじな会合の日なんだ。よそもんがうろついてたら、どんな目にあうかわかんねえからな。オレも、お父から見まわりしろっていわれてる」
「そうなんだ。なんか、物騒だね」
とはいえ、この小屋でじっとしていても仕方ない。正直、ひとりになるのも心細い。
「あの、じゃましないから、あたしもついていっていい?」
裕は、目をしばたたかせた。
松林城へ行くのであれば、反対がわへおりたほうが近かったかもしれない。
(尾根の低いところを超えるコースなら、バイクでいけるんじゃない?)
できるだけゆるやかな道を選んで、場所によってはバイクをかついで登る。尾根に出て下りになれば、足で走れば転ぶような道を、なんばいものはやさでおりることができる。
登りにかかる時間と、下りのはやさと、歩くスピードと。
どの方法がいちばん効率よく移動できるかを考えてしまうのは、ソラのくせだった。
(バイクにまたがったまま時の扉に入れば、バイクごとこっちに来られるのかな)
服や持ちものはソラといっしょにタイムスリップしてきているので、できるように思う。 あれこれと考えながら、山ぞいの道を歩いた。
木々のむこうがわには痩せた田畑がかわらずに続く。
すこしすると、屋敷林にかこまれた大きなかやぶき屋根の家が見えた。
(ここは治助さんのとこの隣村だから、あの家は隣村の庄屋さんとかかな)
そう思ったときだった。
足が、パキンという音とともに地面を踏みぬく。
とたん、落下する浮遊感におそわれた。
(うそっ、穴!? どうして!)
「いったあーー!」
穴の底に顔面からつっこんだりすることはなかった。とはいえ、落ちたときについた手を、軽くねんざしたかもしれない。
「もう、どういうこと!」
手首をおさえながら見あげると、すっぽりと丸く切りとられた空。
ソラの身長ふたり分くらいの深い穴で、格子状に組まれた細い枝が、折れてぶら下がっている。
(これって、もしかして、落とし穴ってやつ?)
掘ったばかりなのか、土がやわらかい。おかげで、たいした怪我もなかった。
よっこらせ、と立ちあがって、手やお尻についた土をはらったとき、頭上でチャキッ、とききなれない音がした。
ふたたび見あげて、ソラは硬直する。
穴の上から、銃口がソラに向けられていた。
ツンとした火薬の臭いが鼻をつく。
まばたきもできず、冷や汗がせなかをつたう。
「ソラ、ソラ! どうした!」
ソラの異常を感じたのか、セイがさわぐ。けれどソラは、人形を取りだすことも答えることもできなかった。
と、ふいっと銃口がそらされる。
「なんだ、おめは。ヒトか? けったいなかっこうしやがって」
ふってきたのは少年の声だった。
ソラは、へなへなと座りこむ。
「おおーい、どうしたあ。なにか、かかったんかあー」
遠くで別の声がして、少年がふり返って「おお」と答える。
ソラは、まずい、とあせる。
「あああ、あの、おねがい、あたしのこと、だまってて! ほかの人に、言わないで!」
「はあ?」
少年は片眉を上げる。
ソラは、おねがい! と両手を合わせて拝むように頭をさげた。
「……たぶん、シシだあ。うまく天井が落ちなくて、逃げられたみてえだあ。罠、なおしてくからよお」
すこし間をおいてから、少年はなかまに向かってそうさけんだ。
「あ、ありがとう……」
ソラは、ほっと胸をなでおろす。
「すこし、待ってろ。みんながよそへいったら、出してやっから」
「え、行っちゃうの!?」
言ってから、ソラは口をおさえた。あわてて手をふる。
「いや、いまの、ナシ。はい、待ってます。だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「……おとなしくしてろよ」
穴の上から少年の姿が消えた。
「ソラ、だいじょうぶ、だよな? だれかと話してたよな」
あ、と思ってソラは人形を取りだした。声がうわずる。
「うん、へ、へいき、かな。落とし穴が……」
「おい」
「ひゃあ!」
穴の上から声をかけられて、またまた飛びあがりそうになる。
少年がのぞきこんでいた。
「おめ、ひとりでしゃべってんのか? ……ほれ」
少年は、小さなブドウのようなものを投げてよこす。おとなしくしてろよ、と念をおして、こんどこそ行ってしまった。
「なんだろ、これ」
ブドウのデラウエアよりもずっと小粒で、濃い紫色をしている。ヤマブドウというやつだろうか。
ひとつぶ、おそるおそる口にいれてみる。
固い皮がプチっとはじけて、甘酸っぱい汁が舌にしみた。
なんだかほっとして、力がぬける。
「あのね、歩いてたら……」
落とし穴のことを、人形に向かって話しはじめた。
しばらくして、少年はおとなの腕くらいの太さの丸太を持って戻ってきた。それを穴のなかに投げいれる。
「それを立てかけて、足場にすんだよ」
「あ、そういうことか」
丸太を足場に背伸びしたソラを、少年は引っぱり上げてくれた。
(うわ、セイよりもやせて見えるのに、すごい力)
「あの、ありがとう。助けてくれたり、だまっててくれたり」
あらためて少年を見ると、ソラやセイとそうかわらない年に見えた。
髪は総髪で、頭の高いところで無雑作に藁で結ばれていた。
すそのすりきれた、つぎはぎだらけの灰色の着物を着ている。
少年も、ソラをながめまわした。
「見たこともねえかっこうだな。異国の者か?」
「へ?」
ああ、とソラはじぶんの姿を見た。
「そうだよね、イオリさん以外の人に会うつもりなかったから、動きやすい服で来ちゃった。浴衣とか、法被着てきたほうがよかったかなあ」
少年は、何を言っているかわからない、という顔をして、あたりを見まわす。
「そんなかっこうだから、人に見られたくねえんだろ。ついてこい」
「あ、はい。おねがいします」
少年の背には、銃が下げられていた。火縄銃という、古い鉄砲だ。
つきつけられた銃口を思いだして身ぶるいしたものの、ソラはすなおに少年のあとをついていった。
「ここ、オレのまたぎ小屋だ。めったに人来ねえからよ」
少年が連れていってくれたのは、森のなかにある小さな小屋だった。
「またぎ小屋……?」
「狩りに使う小屋だ。お師匠からゆずってもらったんだ」
「狩りに、お師匠さまいるんだ」
「ん。すげえ名人だっただぞ。ほら、手え見してみな。痛いんだろ」
少年が気づいていたことに、ソラはおどろく。
言葉はぶっきらぼうだけれど、ヤマブドウをくれたことといい、少年は優しい。この時代の農民というと、言葉づかいなど、みんなこんなものかもしれない。
「腫れるまえに湿布しときゃだいじょうぶだろ」
少年は、小屋のまわりで草を摘んできてすり鉢でつぶしはじめた。灰を混ぜて軟膏をつくるという。
ソラはすることもなく、すりこぎを使う少年の浅黒く日焼けした、土で汚れた横顔をながめていた。
長いまつげと、丸い鼻先、ひきしめがちな口もとが、だれかに似ている気がする。
軟膏を桑の葉にのせてソラの手首にあて、藁で縛ってくれた。スウっと冷たい湿布がきもちいい。
「ありがとう。あたし、ソラ」
少年は照れたように目をそらす。
「おれは、裕之伸。みんなは、裕ってよぶ」
「え?」
シアター映像のなかで、「ゆう!」「おゆうちゃーん!」と口々にさけぶ人々の声が、ソラの耳によみがえる。同時に浮かんだのは、はにかんだ笑顔の高橋さんの横顔だった。
そうだ。この子、高橋さんに似てるんだ!
「裕之伸だから、ゆう。……もしかして、高橋、ゆう?」
裕の目が丸くなり、つぎに険しくなった。
「おめ、オレのこと知ってんのか? おめ、だれだ。村に、なんの用だ。用があるくせに人に見つかりたくねえなんて、城の役人の手先じゃねえだろうな」
「ち、ちがうよ、あたしは…… あたしは、王念岳から、この地を見守り続けてきた神さまのようなもの……なのだ!」
ソラの口からとっさに出てきたのは、神様ホルンちゃんのようなセリフだった。
「……はあ? おめえが、神さまだってえ?」
裕はあきれた声をだす。
ええい! とソラは半分ヤケになって立ちあがり、できるだけ威厳が出るように胸を張って、おへその上あたりで両手を重ねた。
「えーと、正確には、王念岳の神さまの、お使いなのである。王念坊主さんは、いつも里を見守り、心配しているのだ。あたしには、王念岳のレイゲンがついているのだ」
「はあ。神さまのお使いが、落とし罠にはまったりすんのか」
ソラはカアッと頬を赤らめた。
「お使いっていったって、あたしはフツーの人間なの。あたしは、神さまのお使いとして、未来から……!」
言いかけて、ソラははっと口をつぐむ。未来から来たという説明は、世界の秘密を漏らすことにはならないだろうか。
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「異国から来た、未熟者だから、しょうがないのじゃ!」
ソラは胸を張りなおした。
「たとえば、きみが、王念岳の神さまに選ばれて、地球の裏がわに行ってこいって言われて、行ったとするでしょ。きみは、神さまのお使いってことになるけど、人間のままだし、お使い初心者でしょ。知らない場所を歩いてたら、落とし穴にはまることだって、あるかもしれないでしょ。つまり、そーゆーこと」
「……おめえ、おもしれえこと言うな。わけわかんねえけど」
裕は、しばらくソラを見つめたあと、ニカっと笑った。
「ま、落とし穴にはまるマヌケが、村をかぎまわるお役人なわけねえわな。それに、おめはわるいやつにゃ見えねえ」
笑う裕に、ほっとする。
ほっとしたら、おなかがすいてきた。
クウ、とおなかが鳴って、あわてておさえる。けれど、そのなんばいも大きな音が、グウウ、と裕のおなかからひびいた。
「あは、おなかすいたね。そうだ、これあげる。さっきの、えーと、甘酸っぱい実の、おかえし」
ソラは、ナップザックからゼリー飲料をふたつ取りだした。水分補給と栄養補給が同時にできるので、バイクの練習には欠かせない。
「な、なんだ、その光る包みは。コガネムシの羽みてえだ」
「ふふふふん。これこそが、異国の証よ。神さまの証、でもいいけど」
ソラは、ゼリー飲料を飲んでみせる。もうひとつのキャップをあけて、裕にわたした。
ソラをまねて吸い口をくわえとたん、裕の目と鼻が丸くふくらんだ。
ジュルルル、とものすごい勢いでアルミ袋がしぼみ、ソラはあっけにとられる。
「甘ぇ! うめえ! こんなん、初めてだ。これが、菓子ってやつか?」
「ううん。だからそれが、みら……じゃなくて異国の食べもので……」
言いかけたソラに、裕は顔を輝かせる。
「異国の証ってやつか!」
「そのとーり!」
そうかあ、と裕は感心しつつ、納得している。
ソラは、旅行先で現地の人となかよくなるには、おなじものを食べるのがいい、となにかで見たのを思いだす。
食べもの、偉大。ありがとう、ゼリー飲料。
「よかったら、もういっこあるよ」
ソラがもうひとつわたそうとすると、裕は「だめだ」とソラの手を押しかえした。
「それはよ、王念岳さまがソラのためにくれた、とっておきなんだろ。そんなだいじなもん、オレなんかにくれてよ。あんがとな。でも、じぶんのもんはちゃんとじぶんで食っとかねえと、死ぬぞ。……マサの母ちゃんみたいに」
「え……?」
固まるソラに、裕はつづける。
「マサの母ちゃん、じぶんはちょっとしか食わなかった。したら乳が出なくなって、赤子が死んでよ。マサたちまで死なしちゃなんねえって、じぶんの分をぜーんぶ子どもにやるようになってよ。そんで、飢えて死んだ」
そうだった。ここは、凶作による飢饉と、ひどく重い年貢に苦しんでいる時代だった。
食っとかねえと、死ぬ。こんなに重い言葉が、ふつうの会話で出てくるほどの。
「……あのさ。きみは……裕は。ちゃんと、ごはん食べてるの?」
「うちは、めぐまれてるほうだからな。オレも、たまには獲物とるし」
はぐらかしたような答えだ。
さっきの食べかたを見れば、おなかがペコペコなのはわかる。それなのに、裕は。
「ごめん、ごめんね。裕も、おなかすいてたのに、ブドウ、わけてくれた……」
落とし穴のなかのソラは、さも不安そうな、情けない顔をしていたにちがいない。あのブドウのおかげで、どれくらいほっとしたか。
「ゴ、ゴンスケなんて、たいしたもんじゃねえからよ。おめえの、ソラの食いもんのほうが、よっぽどすげえよ」
ソラは、えへ、と笑った。
「ううん、あたしにしたら、あのブドウ……ゴンスケっていうの? あっちのほうがすごいよ。ほんとに、魔法の実だった」
裕も、照れわらいで鼻をかく。
「ゴンスケはな、山で見っけて、とっとくんだ。いろいろ、役にたつから。また、やっからさ。泣くなよ」
「な、泣いてないよ。……でもありがと」
おたがいにもじもじと下をむいたあと、裕は「よっし」とひざをたたいて立ちあがった。
「ソラはここにいろ。きょうはだいじな会合の日なんだ。よそもんがうろついてたら、どんな目にあうかわかんねえからな。オレも、お父から見まわりしろっていわれてる」
「そうなんだ。なんか、物騒だね」
とはいえ、この小屋でじっとしていても仕方ない。正直、ひとりになるのも心細い。
「あの、じゃましないから、あたしもついていっていい?」
裕は、目をしばたたかせた。
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思春期に足を踏み入れたばかりの少女が、心の奥底に秘めた想いに気付いてゆく物語です。
【完結】アシュリンと魔法の絵本
秋月一花
児童書・童話
田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。
地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。
ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。
「ほ、本がかってにうごいてるー!」
『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』
と、アシュリンを旅に誘う。
どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。
魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。
アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる!
※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。
※この小説は7万字完結予定の中編です。
※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。
パンダを演じたツキノワグマ:愛されたのは僕ではなく、塗りたくった小麦粉だった
tom_eny
児童書・童話
「なぜ、あいつばかりが愛される?」
山奥の孤独なツキノワグマ・ゴローは、人々に熱狂的に愛される「パンダ」に嫉妬した。
里で見つけた小麦粉を被り、彼は偽りのアイドルへと変貌を遂げる。
人々を熱狂させた「純白の毛並み」。
しかし、真夏の灼熱がその嘘を暴き出す。
脂汗と混じり合い、ドロドロの汚泥となって溶け落ちる自己肯定感。
承認欲求の果てに、孤独な獣が最後に見つけた「本当の自分」の姿とは。
SNS時代の生きづらさを一頭の獣に託して描く、切なくも鋭い現代の寓話。
#AI補助利用
🐈せっかく猫になったのに~病弱な第二王子に身代わりを押し付けられた件
tobe
児童書・童話
吾輩はコドモトビネコである。名前はマダナ。。。。
ちなみに前世は男の子だったと思う。多分。そんな気がする……
王城で大っぴらに魔獣なんて飼えないから僕は”隠された王女”と共に隠されて生きてます。時にはぬいぐるみのフリもするけど十分に楽しい毎日。
でも、隠された王女の秘密を暴くような曲者から逃れるために王女(レーナ)は隣国のアサータへ留学する事になりました。もちろん僕もついて行く所存!!
そこで出会った病弱な王子様に僕は身代わりを押し付けられちゃったんだけど……前世は人類、今世は魔獣。って思ったら今度は王子様?
これは中身が転生者のコドモトリネコである病弱な第二王子の成長記である
【運命】と言われて困っています
桜 花音
児童書・童話
小6のはじまり。
遠山彩花のクラスである6年1組に転校生がやってきた。
男の子なのに、透き通るようにきれいな肌と、お人形さんみたいに、パッチリした茶色い瞳。
あまりにキレイすぎて、思わず教室のみんな、彼に視線が釘付けになった。
そんな彼が彩花にささやいた。
「やっと会えたね」
初めましてだと思うんだけど?
戸惑う彩花に彼はさらに秘密を教えてくれる。
彼は自らの中に“守護石”というものを宿していて、それがあると精霊と関われるようになるんだとか。
しかも、その彼の守護石の欠片を、なぜか彩花が持っているという。
どういうこと⁉
【完結】森の中の白雪姫
佐倉穂波
児童書・童話
城で暮らす美しいブランシュ姫。
ある日、ブランシュは、王妃さまが魔法の鏡に話しかけている姿を目にしました。
「この国で一番美しく可愛いのは誰?」
『この国で一番美しく可愛いのは、ブランシュ姫です』
身の危険を感じて森へと逃げたブランシュは、不思議な小人たちや狩人ライと出会い、楽しい日々を送ります。
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