時駆け! 星空ふたごは歴史をかえてみせます

涼・麦穂

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第3章 前夜

2.裕之伸

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 歩きはじめたソラは、マウンテンバイクがあったらなあと、おりてきた道をふりかえる。
 松林城まつばやしじょうへ行くのであれば、反対がわへおりたほうが近かったかもしれない。

尾根おねの低いところをえるコースなら、バイクでいけるんじゃない?)

 できるだけゆるやかな道を選んで、場所によってはバイクをかついで登る。尾根に出て下りになれば、足で走れば転ぶような道を、なんばいものはやさでおりることができる。

 登りにかかる時間と、下りのはやさと、歩くスピードと。
 どの方法がいちばん効率こうりつよく移動できるかを考えてしまうのは、ソラのくせだった。

(バイクにまたがったまま時の扉に入れば、バイクごとこっちに来られるのかな)

 服や持ちものはソラといっしょにタイムスリップしてきているので、できるように思う。 あれこれと考えながら、山ぞいの道を歩いた。

 木々のむこうがわにはやせせた田畑がかわらずに続く。
 すこしすると、屋敷林やしきりんにかこまれた大きなかやぶき屋根の家が見えた。

(ここは治助じすけさんのとこの隣村となりむらだから、あの家は隣村の庄屋しょうやさんとかかな)

 そう思ったときだった。
 足が、パキンという音とともに地面をみぬく。
 とたん、落下する浮遊感ふゆうかんにおそわれた。

(うそっ、あな!? どうして!)
 
「いったあーー!」

 穴の底に顔面がんめんからつっこんだりすることはなかった。とはいえ、落ちたときについた手を、軽くねんざしたかもしれない。

「もう、どういうこと!」

 手首をおさえながら見あげると、すっぽりと丸く切りとられた空。

 ソラの身長ふたり分くらいの深い穴で、格子状こうしじょうに組まれた細い枝が、折れてぶら下がっている。
(これって、もしかして、落とし穴ってやつ?) 
 掘ったばかりなのか、土がやわらかい。おかげで、たいした怪我けがもなかった。

 よっこらせ、と立ちあがって、手やおしりについた土をはらったとき、頭上でチャキッ、とききなれない音がした。

 ふたたび見あげて、ソラは硬直こうちょくする。
 穴の上から、銃口じゅうこうがソラに向けられていた。
 ツンとした火薬かやくの臭いが鼻をつく。
 まばたきもできず、冷や汗がせなかをつたう。

「ソラ、ソラ! どうした!」

 ソラの異常いじょうを感じたのか、セイがさわぐ。けれどソラは、人形を取りだすことも答えることもできなかった。
 
 と、ふいっと銃口がそらされる。

「なんだ、おめは。ヒトか? けったいなかっこうしやがって」

 ふってきたのは少年の声だった。
 ソラは、へなへなと座りこむ。

「おおーい、どうしたあ。なにか、かかったんかあー」
 遠くで別の声がして、少年がふり返って「おお」と答える。
 ソラは、まずい、とあせる。

「あああ、あの、おねがい、あたしのこと、だまってて! ほかの人に、言わないで!」
「はあ?」
 少年は片眉かたまゆを上げる。
 ソラは、おねがい! と両手を合わせておがむように頭をさげた。

「……たぶん、シシだあ。うまく天井てんじょうが落ちなくて、逃げられたみてえだあ。わな、なおしてくからよお」
 すこしをおいてから、少年はなかまに向かってそうさけんだ。

「あ、ありがとう……」
 ソラは、ほっと胸をなでおろす。

「すこし、待ってろ。みんながよそへいったら、出してやっから」
「え、行っちゃうの!?」
 言ってから、ソラは口をおさえた。あわてて手をふる。
「いや、いまの、ナシ。はい、待ってます。だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「……おとなしくしてろよ」

 穴の上から少年の姿が消えた。

「ソラ、だいじょうぶ、だよな? だれかと話してたよな」

 あ、と思ってソラは人形を取りだした。声がうわずる。

「うん、へ、へいき、かな。落とし穴が……」
「おい」
「ひゃあ!」

 穴の上から声をかけられて、またまた飛びあがりそうになる。
 少年がのぞきこんでいた。

「おめ、ひとりでしゃべってんのか? ……ほれ」
 少年は、小さなブドウのようなものを投げてよこす。おとなしくしてろよ、とねんをおして、こんどこそ行ってしまった。

「なんだろ、これ」

 ブドウのデラウエアよりもずっと小粒こつぶで、濃い紫色むらさきいろをしている。ヤマブドウというやつだろうか。

 ひとつぶ、おそるおそる口にいれてみる。
 固い皮がプチっとはじけて、甘酸あまずっぱいしるが舌にしみた。
 なんだかほっとして、力がぬける。

「あのね、歩いてたら……」
 落とし穴のことを、人形に向かって話しはじめた。
 


 しばらくして、少年はおとなのうでくらいの太さの丸太まるたを持って戻ってきた。それを穴のなかに投げいれる。

「それを立てかけて、足場あしばにすんだよ」
「あ、そういうことか」

 丸太を足場に背伸せのびしたソラを、少年は引っぱり上げてくれた。

(うわ、セイよりもやせて見えるのに、すごい力)

「あの、ありがとう。助けてくれたり、だまっててくれたり」

 あらためて少年を見ると、ソラやセイとそうかわらない年に見えた。
 かみ総髪そうはつで、頭の高いところで無雑作むぞうさわらで結ばれていた。
 すそのすりきれた、つぎはぎだらけの灰色の着物を着ている。
 少年も、ソラをながめまわした。

「見たこともねえかっこうだな。異国いこくの者か?」
「へ?」

 ああ、とソラはじぶんの姿を見た。
「そうだよね、イオリさん以外の人に会うつもりなかったから、動きやすい服で来ちゃった。浴衣ゆかたとか、法被はっぴ着てきたほうがよかったかなあ」

 少年は、何を言っているかわからない、という顔をして、あたりを見まわす。

「そんなかっこうだから、人に見られたくねえんだろ。ついてこい」
「あ、はい。おねがいします」

 少年の背には、じゅうが下げられていた。火縄銃ひなわじゅうという、古い鉄砲てっぽうだ。
 つきつけられた銃口を思いだして身ぶるいしたものの、ソラはすなおに少年のあとをついていった。
 

「ここ、オレのまたぎ小屋だ。めったに人来ねえからよ」
 少年が連れていってくれたのは、森のなかにある小さな小屋だった。

「またぎ小屋……?」
「狩りに使う小屋だ。お師匠ししょうからゆずってもらったんだ」
「狩りに、お師匠さまいるんだ」
「ん。すげえ名人めいじんだっただぞ。ほら、手え見してみな。痛いんだろ」

 少年が気づいていたことに、ソラはおどろく。
 言葉はぶっきらぼうだけれど、ヤマブドウをくれたことといい、少年は優しい。この時代の農民というと、言葉づかいなど、みんなこんなものかもしれない。

れるまえに湿布しっぷしときゃだいじょうぶだろ」

 少年は、小屋のまわりで草をんできてすりばちでつぶしはじめた。はいを混ぜて軟膏なんこうをつくるという。
 ソラはすることもなく、すりこぎを使う少年の浅黒あさぐろく日焼けした、土で汚れた横顔をながめていた。
 長いまつげと、丸い鼻先、ひきしめがちな口もとが、だれかに似ている気がする。

 軟膏をくわの葉にのせてソラの手首にあて、藁でしばってくれた。スウっと冷たい湿布がきもちいい。

「ありがとう。あたし、ソラ」

 少年は照れたように目をそらす。

「おれは、裕之伸ゆうのしん。みんなは、ゆうってよぶ」
「え?」

 シアター映像えいぞうのなかで、「ゆう!」「おゆうちゃーん!」と口々にさけぶ人々の声が、ソラの耳によみがえる。同時に浮かんだのは、はにかんだ笑顔の高橋たかはしさんの横顔だった。

 そうだ。この子、高橋さんに似てるんだ!

「裕之伸だから、ゆう。……もしかして、高橋、ゆう?」

 裕の目が丸くなり、つぎに険しくなった。

「おめ、オレのこと知ってんのか? おめ、だれだ。村に、なんの用だ。用があるくせに人に見つかりたくねえなんて、城の役人の手先じゃねえだろうな」

「ち、ちがうよ、あたしは…… あたしは、王念岳おうねんだけから、この地を見守り続けてきた神さまのようなもの……なのだ!」

 ソラの口からとっさに出てきたのは、神様ホルンちゃんのようなセリフだった。

「……はあ? おめえが、神さまだってえ?」
 裕はあきれた声をだす。
 ええい! とソラは半分ヤケになって立ちあがり、できるだけ威厳いげんが出るように胸を張って、おへその上あたりで両手を重ねた。

「えーと、正確には、王念岳の神さまの、お使いなのである。王念坊主おうねんぼうずさんは、いつも里を見守り、心配しているのだ。あたしには、王念岳のレイゲンがついているのだ」
「はあ。神さまのお使いが、落とし罠にはまったりすんのか」

 ソラはカアッとほおを赤らめた。
「お使いっていったって、あたしはフツーの人間なの。あたしは、神さまのお使いとして、未来から……!」

 言いかけて、ソラははっと口をつぐむ。未来から来たという説明は、世界の秘密ひみつらすことにはならないだろうか。
 胸ポケットから「異国の未熟者みじゅくものって言え!」とセイがさけぶ。セイの声は、裕には聞こえない。

「異国から来た、未熟者だから、しょうがないのじゃ!」

 ソラは胸を張りなおした。
「たとえば、きみが、王念岳の神さまに選ばれて、地球のうらがわに行ってこいって言われて、行ったとするでしょ。きみは、神さまのお使いってことになるけど、人間のままだし、お使い初心者しょしんしゃでしょ。知らない場所を歩いてたら、落とし穴にはまることだって、あるかもしれないでしょ。つまり、そーゆーこと」

「……おめえ、おもしれえこと言うな。わけわかんねえけど」

 裕は、しばらくソラを見つめたあと、ニカっと笑った。
「ま、落とし穴にはまるマヌケが、村をかぎまわるお役人なわけねえわな。それに、おめはわるいやつにゃ見えねえ」

 笑う裕に、ほっとする。
 ほっとしたら、おなかがすいてきた。
 クウ、とおなかが鳴って、あわてておさえる。けれど、そのなんばいも大きな音が、グウウ、と裕のおなかからひびいた。

「あは、おなかすいたね。そうだ、これあげる。さっきの、えーと、甘酸っぱい実の、おかえし」

 ソラは、ナップザックからゼリー飲料いんりょうをふたつ取りだした。水分補給ほきゅうと栄養補給が同時にできるので、バイクの練習には欠かせない。

「な、なんだ、その光る包みは。コガネムシのはねみてえだ」
「ふふふふん。これこそが、異国のあかしよ。神さまの証、でもいいけど」

 ソラは、ゼリー飲料を飲んでみせる。もうひとつのキャップをあけて、裕にわたした。
 ソラをまねてい口をくわえとたん、裕の目と鼻が丸くふくらんだ。
 ジュルルル、とものすごい勢いでアルミ袋がしぼみ、ソラはあっけにとられる。

あめぇ! うめえ! こんなん、初めてだ。これが、菓子かしってやつか?」
「ううん。だからそれが、みら……じゃなくて異国の食べもので……」

 言いかけたソラに、裕は顔をかがやかせる。
「異国の証ってやつか!」
「そのとーり!」

 そうかあ、と裕は感心かんしんしつつ、納得なっとくしている。
 ソラは、旅行先りょこうさき現地げんちの人となかよくなるには、おなじものを食べるのがいい、となにかで見たのを思いだす。

 食べもの、偉大いだい。ありがとう、ゼリー飲料。

「よかったら、もういっこあるよ」

 ソラがもうひとつわたそうとすると、裕は「だめだ」とソラの手をしかえした。

「それはよ、王念岳さまがソラのためにくれた、とっておきなんだろ。そんなだいじなもん、オレなんかにくれてよ。あんがとな。でも、じぶんのもんはちゃんとじぶんでっとかねえと、ぬぞ。……マサのかあちゃんみたいに」
「え……?」
 固まるソラに、裕はつづける。

「マサの母ちゃん、じぶんはちょっとしか食わなかった。したらちちが出なくなって、赤子あかごが死んでよ。マサたちまで死なしちゃなんねえって、じぶんの分をぜーんぶ子どもにやるようになってよ。そんで、えて死んだ」

 そうだった。ここは、凶作きょうさくによる飢饉ききんと、ひどく重い年貢ねんぐに苦しんでいる時代だった。

 食っとかねえと、死ぬ。こんなに重い言葉が、ふつうの会話で出てくるほどの。

「……あのさ。きみは……裕は。ちゃんと、ごはん食べてるの?」

「うちは、めぐまれてるほうだからな。オレも、たまには獲物えものとるし」

 はぐらかしたような答えだ。
 さっきの食べかたを見れば、おなかがペコペコなのはわかる。それなのに、裕は。

「ごめん、ごめんね。裕も、おなかすいてたのに、ブドウ、わけてくれた……」

 落とし穴のなかのソラは、さも不安そうな、なさけない顔をしていたにちがいない。あのブドウのおかげで、どれくらいほっとしたか。

「ゴ、ゴンスケなんて、たいしたもんじゃねえからよ。おめえの、ソラの食いもんのほうが、よっぽどすげえよ」

 ソラは、えへ、と笑った。
「ううん、あたしにしたら、あのブドウ……ゴンスケっていうの? あっちのほうがすごいよ。ほんとに、魔法まほうの実だった」

 裕も、れわらいで鼻をかく。
「ゴンスケはな、山で見っけて、とっとくんだ。いろいろ、役にたつから。また、やっからさ。泣くなよ」
「な、泣いてないよ。……でもありがと」

 おたがいにもじもじと下をむいたあと、裕は「よっし」とひざをたたいて立ちあがった。

「ソラはここにいろ。きょうはだいじな会合かいごうの日なんだ。よそもんがうろついてたら、どんな目にあうかわかんねえからな。オレも、おとうから見まわりしろっていわれてる」
「そうなんだ。なんか、物騒ぶっそうだね」

 とはいえ、この小屋でじっとしていても仕方ない。正直しょうじき、ひとりになるのも心細い。

「あの、じゃましないから、あたしもついていっていい?」

 裕は、目をしばたたかせた。
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