時駆け! 星空ふたごは歴史をかえてみせます

涼・麦穂

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第3章 前夜

3.わかったつもり

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 ゆうは、またぎ小屋に置いてあったみのかさを貸してくれた。
 身につけるだけで、見ためはかなりごまかせる。

「でもよ、ほんとうに大丈夫か? 村のもんはいま、気が立ってる。どこのだれだかちゃんと言えねえと、かばいきれねえかもしれねえぞ」

「あたしのことは気にしないで。この時代をもうちょっと見学したら帰るから。危なくなれば、セイがつれもどしてくれるはずだし。ね、セイ」

 ホルンちゃん人形をぽんと叩くと、すこし間をおいて「そうだけど、気をつけろよ」と返事があった。

 小屋を出ると、空は黄色くなりはじめていた。じきに日暮ひぐれなので、ソラのかっこうもさらに目立たなくなるだろう。

「ほんとはね、もうなんにちかあとに来る予定だったの。そのときに、ぜったいにやりとげなきゃいけないことがあって。あんまりくわしくは話せないけど、でも、裕たちの味方だってことだけは、信じてほしいの」
王念おうねん坊主ぼうずさまに言いつかった仕事があるってことか。うん。オレはソラがわるいやつじゃねえってこと、わかったからよ。ただ、事情じじょうを説明できねえんじゃ、村のもんにゃ会わねえほうがいいのはかわんねえな」
「うん、気をつける。裕がわかってくれれば、それだけでいいよ」

 笑ったソラに、裕の耳が赤くなった。

「と、ところで、その、へんな人形。だいじなもんなんだな。しょっちゅうさわってるし、穴に落ちたときも、話しかけてただろ」

 これ? とホルンちゃん人形を胸ポケットから取りだした。

「これで、セイと話しができるんだ。あ、セイって、あたしのふたごのアニキね。セイの声は、あたしと王念さんにしか聞こえないの」
「へえ、それ、ソラのふたごのにいちゃんか。ぜんぜんてねえなあ」

 ソラは「ぶはっ」ときだした。


 すこし歩くと、ソラが落ちた穴のところへきた。裕がつくりなおしたので、すっかりもとどおりだ。
 落とし穴があることがわかってみれば、そこだけ落ち葉がふりつもっていて不自然ふしぜんに見えないこともない。けれど、知らない人に見ぬけるものでもない。

「かかったあたしが言うのもなんだけど、あぶないよ。ここ、人間が歩く道でしょ」
「そうさ、人間を落とすためだ。ここらのもんで、落ちるやつはいねえよ」
「人間って……村をかぎまわる、役人?」

 裕はうなずく。

「落とし穴のなかに竹やりを立てようって話しもあったんだ。でも、もし村の子どもが落ちたらどうすんだって、やめになった」

 もし、竹やりの立てられた穴に落ちていたら……と、ソラはぞっとした。

 落とし穴のあたりから見える大きな家は、裕の家――高橋たかはし家の家だった。裕の父親、高橋たかはし善太郎ぜんたろう丈原村たけはらむら元庄屋もとしょうやだそうだ。

「役人と協力して、年貢ねんぐを集めるのも庄屋の仕事だろ。でもこの凶作きょうさく続きに、役人はとんでもねえ部上ぶあげ(*増税ぞうぜいのこと)をつきつけてきやがった。お父や治助じすけさまは、……あ、治助さまって、隣村となりむらの元庄屋さまな。そんな年貢はおさめられねえ、農民をころす気か、って役人にたてついたんだ。そしたら、庄屋を首にされた」

 裕は、まばらにしかいねのない田を指す。

「見ろよ、ここ何年も、夏が寒いせいで田んぼはハゲだらけだ。おかげでおさめる米が足りねえから、みんな借金しゃっきん地獄じごくさ。おとうも、治助さまも、村のもん助けるために借金してるけど、もう限界げんかいだ。なのにもっと出せ、もっとおさめろって役人は言う。オレたちに、ねって言ってるんだ」

「え、ちょっと待って。おさめるお米が足りなくて、借金まみれ……って、なに?」

 出せ出せ、と言われたところで、ほんとうに何もなければ出すことはできない。物理的ぶつりてきにむり、というやつだ。

「おさめるだけの米がつくれねえなら、ほかから買うしかねえだろ。買うためには、ぜにがいる」

 あまりのことに、頭がくらくらした。

「すこししか取れないのは、農民のせいじゃないでしょ。だいたい、おさめるために買うなんて……裕たちが食べるお米まで取りあげられちゃうってこと?」

 裕は、きょとんとした。
「米は、おさめるためにつくるんだ。食えるとしたら、よっぽどの豊作ほうさくさ」
「え……じゃあ、裕たちは、なにを食べてるの」

 裕は、なにを言っているのかわからない、という顔をした。
 けれど、ソラもおなじ顔をしていたのだろう。裕は、「それも異国いこくあかしってやつか」とつぶやいた。

アワとか、イモとか、なんでもだ。食えりゃあましさ。このあたりの土は水がすくねえから、稲を育てるのはたいへんなんだ。ソバとか麦をつくれりゃ、おれたちもえて死ぬなんてことはねえよ。でもそれじゃあ年貢をおさめられねえ。しかたねえから、田んぼをやるんだ。役人も、畑つぶして田んぼにしろって言うしな」

 ソラは言葉を失う。

 お城の役人が出したひどい命令、重い年貢。
 短い言葉で省略しょうりゃくされてしまったその中身のひとつひとつを、ソラはわかっていなかった。
 
 ソラはうつむく。
 ハゲた田んぼをの当たりにして、くなったマサの母親の話をきいたところで、ソラには裕たちのほんとうの苦しさやいかりはわからない。

 かりになんにちかいっしょに生活をして苦しい思いをしてみたとしても、それはいつでもけだせる安心があってのことだ。
 ほんとうの苦しみではない。

 だまってしまったソラに、裕はおそるおそるきく。

「あのさ、ソラは、米食ってんのか? まいにち、なに食ってる。あの、うめえ菓子かしか?」

 ソラは、もうしわけない気持ちでいっぱいで、正直しょうじきに言っていいのか迷う。
 けれど、裕の顔はおこっていない。

「うちでは、ほとんどまいにち、お米食べるよ。給食でも出るし……パンとかスパゲティとかしか食べないって家も、あるみたいだけど」

「は? ぱ? すぱ……って、なんだ?」 
 そこからは、裕に質問めにされた。
 パンやスパゲティは小麦粉でつくられていること、まいにち三食ごはんを食べること、肉も魚も野菜も食べられること、お菓子は大好きだけど、食べすぎるとおこられること。

 菜帆果なほかの家の隣の兄弟が、朝晩一升いっしょうずつのごはんをたいらげるという話には、裕は「うらやましいなあ。一升の米か……」とつぶやいた。

「すげえな。ソラの国は、いいところだな。ソラは、ひもじい思いはしたことねえんだな。よかったな。うん。それって、すげえいいことだ」
 裕が心からそう言っているのがわかる。それが、ソラの胸にささる。

 裕って、強い。

 胸ポケットから、セイが言う。
「裕たちがいのちがけでがんばったから、いまの世界があるんだ。おれたちも、がんばらなきゃ。裕を処刑しょけいされてたまるか」

 ソラはうなずき、涙がこぼれそうになるのを、まばたきでがまんした。
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