時駆け! 星空ふたごは歴史をかえてみせます

涼・麦穂

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第3章 前夜

4.会合

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 日がれたころ、村境むらざかいにある毘沙門堂びしゃもんどうに、近隣きんりん庄屋しょうや世話役せわやくたちがひとり、またひとりと集まってくる。おどうをかこむ雑木林ぞうきばやしは、出入りする者たちを黒々とした影でかくしていた。
 ゆうは、毘沙門堂の境内けいだいのすみで見はりに立つ。ソラは、そばのしげみにかくれていた。
 虫やカエルの声が、現代よりもなん倍も大きく感じられる。

「赤茶のかすりの羽織はおりの人が、治助じすけさまだ。りっぱなお方なんだ」

 裕にとっても、治助は尊敬そんけい対象たいしょうなのだろう。ソラがきくより先に教えてくれた。

(あれが、治助さんか)

 ソラが想像そうぞうしていたより、ずっと小柄こがらだった。
 提灯ちょうちんに照らされた顔は、四角くてごつごつしていて、岩のようにけわしい。

 この集まりが、一揆いっきの計画と賛同さんどうを得るための会合かいごうではないかと気づいたのはセイだった。顕彰会館けんしょうかいかんのシアター映像は、お堂で治助たちが密談みつだんする場面から始まる。
 大勢で城におしよせるまえに、まずは治助たち数人で城へじか訴状そじょうを届ける「越訴おっそ」をしようというのだ。
 いまから、その密談がはじまるにちがいない。
 村人たちが、ピリピリするはずだ。

 小屋でひとりぼっちでいるよりは、と裕についてきてしまったが、ソラができることも役に立てそうなこともない。
 それよりもと、あたりを見まわした。
 電気がない世界は、日が暮れるとこんなにも暗いものなのか。
 雑木林の大木たいぼくに月の光はさえぎられ、虫やカエルの声ばかりがやみを包む。秘密ひみつ会議かいぎをするのに、うってつけの場所に思えた。

(あたしも、秘密の会議しようかな)

 なにもやることがないなら、残りの時間をどう使うかセイと相談したい。
 そっと裕に声をかける。

「セイと話すから、あっちの方にいるね」
「わかった。でも、あんまりはなれるなよ。だれかに見つかんねえようにな」
 うん、とうなずいて、そっと移動した。

 ゆっくり、できるだけ音を立てないように歩く。これだけのまっ暗闇くらやみを歩くのは、はじめてだ。
 懐中電灯かいちゅうでんとうを使いたいところだが、目立ちそうなのでがまんする。

(このあたりなら、大丈夫かな)

 コオロギは、絶好調ぜっこうちょうとばかりに鳴いている。人形にむかって話すていどなら、コオロギの声にかき消されてだれかに聞かれることもないだろう。

「セイ、聞こえる? ちょっと、作戦会議さくせんかいぎしよう」
「そうだな。あ、でもわるい、ちょっと待ってて。トイレ行きたい」

 ホルンちゃん人形からセイの気配けはいが消える。

 セイを待つあいだ、なんとなくそばの木に近よったときだった。
 人形を持っていた手を、とつぜん、だれかにつかまれる。

「きゃっ!」

 はがいじめにされて口をふさがれた。

「んー!」
 ひっしでふりほどこうとするけれど、びくともしない。心臓しんぞうがバクバクして、足がふるえる。目だけできょろきょろしても、暗闇があるばかりだ。

「すまぬ、なにもせぬ。さわぎはこまるのだ。……わかるか?」

 はがいじめにしてきた人物から、そうささやかれる。その声は、なぜかソラにとって耳になじむ声だった。

 すこしだけ、冷静れいせいになる。

 あばれるのをやめると、相手も力をゆるめてくれた。

「わかってくれたか。手をはなす。大きな声を出さんでくれよ」

 ソラがうんうんと首をたてにふると、口をふさいでいた手がゆっくりとはなれた。
 けれど、うしろにがっちりつかまれたままで、相手のようすはまったくわからない。

「ん? なにやらかわった人形だな。……まあよい。このまま、すこしむこうのほうまで歩くぞ。さわいでくれるなよ」
 暴力ぼうりょくをふるわれるような感じではなかったけれど、ソラはまたどきどきしてくる。

 どうしよう。だれだろう。あたしのこと、どうするつもりなんだろう。

 そう考えはじめたら、冷や汗が出てきた。でも、まだ絶体絶命ぜったいぜつめいのピンチ、とまでは言えない気がする。

 この人は危険な人ではない、というかんだ。
 なぞの人物にうながされて歩きながら、勘が当たっていますように、と願っていた。

「おまたせ。いま毘沙門堂って言ったよな。場所を調べてみたんだけど……ソラ?」

 トイレから戻ったのか、セイが話しかけてくる。もちろん、ソラはそれどころではない。

「ソラ。おーい、どうした? ……だいじょうぶ、か?」

 返事がないことに異常いじょうを感じたのか、セイの声が低くなる。 

 現代に戻して、とさけんでみるべきだろうか。
 それとも、勘を信じてもうすこしがまんしてみるべきだろうか。

 よし、とはらを決めて、わざとつまづく。人物は、「おっと」とソラをささえた。
「あ、だいじょうぶ! です。まずいときは、悲鳴ひめいあげちゃうから」
「? そうか。あしもとに、気をつけるのだぞ」

 セイは、じぶんに向けられた言葉だとわかったようだった。
 人物の言葉どおり、すこし歩いて、境内のすみの小さなほこらのまえまできた。そこだけ大木の影が切れて、月明かりがあたりを照らしていた。

「おどろかせて、すまなんだの。わたしは……」

 人物がそう言いかけたとき、チャキ、と金属きんぞくの鳴る音がした。

「動くんじゃねえ。あたまふっ飛ばすぞ」

 裕の低い声。さいしょのソラの悲鳴が聞こえていたのだろう。

「ソラをはなせ! でなきゃ、大声だしてみなを呼ぶぞ」

 火薬かやくのにおいがただよう。人物が手をはなしたので、ソラはそろりとふりかえった。
 月明かりのなかに見える人物は、菅笠すげがさに黒っぽい羽織はおりに……2本の刀。

「さ、さむらい……?」

 なぜ、こんなところに侍が。
 その侍の頭に、裕はうしろから銃口じゅうこうをつきつけていた。

「オレたちのようすをかぎまわってたんだろ。お城に報告されちゃたまんねえ」
「ま、まて。わたしは、話しができる者はおらぬかとさがしておったのだ。治助どのかだれか……もののわかるものを、ここへ呼ぶことはできまいか?」
「信じられるか! そうやって、上のもんをつかまえるかるかするつもりだろう。おまえらの魂胆こんたんなんか、わかってんだぞ」

 すんなりソラを信じてくれた裕が、侍の言葉には耳をさない。

 資料館しりょうかんで見たかぎり、この時代の松林藩まつばやしはん武士ぶしは、農民に対してひどいしうちばかりするやつらばかりだった。裕が信じないのもむりはない。

「聞いてくれ。わたしは、あらごとにならずにことをおさめたいのだ。そのために、そなたらのたばやくと話しをしたい。わたしは城の勘定衆かんじょうしゅうで、園原そのはら伊織いおりと申す」

(え? ソノハラ、イオリ。あのイオリさん?)

 ソラは耳をうたがう。この人が、まさか。

「城の役人なんて、だれでもおなじだ」

 聞く耳を持たず、裕は銃をかまえなおす。身の危険を感じたのか、伊織と名乗った侍の手がそろりと腰の刀にのびる。

「ダメ!」

 ソラは、がばっと伊織に抱きつき、その手をおさえた。

「ふたりとも、まって。味方どうしでケンカしちゃだめだよ!」

 いっしゅんの沈黙ちんもくのあと、裕と伊織は同時に「は?」と声を上げた。

「むすめ、わたしを知っているのか?」
「この侍が、味方だっていうのか?」

 同時にきかれて、ソラはひっしでうったえた。

「そう。ふたりとも、味方。あたしのいちばんの目的は、イオリさんを助けること。あたし、イオリさんにがんばってもらうために、そのために来たんだよ!」
 こうなったら、これからおこることを話すしかない。

 一揆が半分は成功すること、でも加藤かとう治助じすけはじめ、大勢の人が処刑しょけいされてしまうこと。
 さすがに、処刑される人々のなかに裕がふくまれていることは言えなかった。
 伊織に銃口を向けたまま、裕はだまってソラの話を聞いていた。

「ソラは、オレたちのくわだてを、知ってたんだな」
「うん。学校で……あ、いや、王念おうねんさんから、教えてもらったの。大勢んじゃうかもなんて、言いたくなくて」

 そうか、やっぱりおとうたちは……と裕はつぶやいた。

「でも、治助さまもお父も、斬首ざんしゅ覚悟かくごのうえだ。越訴すんだ、それくらいわかってら。そんでも、やらなきゃいけねえ。いまのままじゃ、農民はぜんぶ侍どもにころされちまう」

 裕はとりみださない。計画をりつづけていた加藤かとう治助や父親の覚悟を知っているのだ。
 しかし、と伊織が口をはさむ。

「むすめよ、話が大きすぎるぞ。この者も言うておるだろう、画策かくさくしているのは数人による越訴であるぞ。たとえ多数による一揆になったとて、そうそう大勢を処刑したりはせぬ。そのような話を吹聴ふいちょうして大ごとにしようというのであれば、容赦ようしゃせぬぞ」

「いまは、信じられなくてもしょうがないよ。でもこのあと、あたしが言ったとおりになれば、イオリさんも信じるしかなくなる。治助さんたちにその気がなくても、なん万人もの農民はお城におしよせるし、家老かろうたちは、治助さんたちにウソの約束をする。そうやって一揆をおさめて、お殿とのさまには都合つごうのいい報告をするの。じぶんたちがした悪いことはみーんなかくして、治助さんたちだけを悪者わるものにして、はりつけにしようとするんだから!」

「まてソラ。は、磔だって……? だから、王念岳おうねんだけさまは、心配しなすって……」

 月明かりの下でもわかるほど、裕の顔がまっさおになっていた。
 処刑される覚悟があっても、磔はあまりに残酷ざんこくだ。柱にしばりつけてやり串刺くしざしにする磔刑たっけいは、恐怖きょうふも苦しさも、斬首刑と比べものにならない。

「くそ、城の役人どもは、見せしめにそんなことまでしやがるのか、チクショウ!」 

 裕は顔をゆがめて伊織の後頭部こうとうぶねらいをさだめた。

「やめて、やめて、裕! そうならないために、イオリさんを助けるの。イオリさんはね、治助さんたちの刑がひどすぎるって、お殿さまにかけあってくれるの。それで、処刑をやめさせる命令を出してもらうんだよ。イオリさんは侍だけど、裕たちの味方をしてくれる人だよ!」
「な、なんだとう……」

 裕のかまえる銃身じゅうしんがふるえる。

「それがしごときが、殿に……!?」

 ソラは力いっぱいうなずいてみせたが、伊織は首をふる。

「おそれおおいにもほどがあろう。それよりも、荒ごととせずにおさめるほうがよほど肝心かんじん犠牲ぎせいはなくなる」

「じゃあイオリさん、ここで治助さんを説得せっとくできたとするでしょ。でも、家老たちをかえることはできるの? たぶん、むり。ぎゃくに、イオリさんが処罰しょばつされちゃって、ひどい命令はそのまんま。そうしたら、重すぎる年貢ねんぐで大勢の人がにしちゃう」

 伊織が返事につまったそのときだった。

「そのむすめの言うとおりだ」

 くらがりから、すこししゃがれた重い声がした。

 じゃり、と小石をんで月明かりのもとへ出てきたのは、四角い岩のような顔……加藤治助だった。

「荒ごとにせず事をおさめるには、双方そうほうがゆずりあわねばならぬ。だが、わしらがゆずっても、城方しろかたはゆずられた以上に押すだけよ。長年ながねん、庄屋をしてきて身にしみた。藩の横暴おうぼう限度げんどを知らぬ」

 気づけば、大勢が祠のまわりを取りかこんでいるようだった。

「しかし、治助殿……」
「園原さま、むだにございますぞ」

 なにか言おうとした伊織を、治助はぴしゃりとさえぎった。

「勘定方にまともな方がおられると、聞きおよびもうしておりまする。その、ご尽力じんりょくのほども。しかしそのご尽力、通ったことがありますかな?」

 伊織が、くやしげに顔をしかめる。

「ならばこたびのわれらの覚悟、お目こぼしくだされよ。それこそが、我らのためとなりもうす。……お引きとりを」

 このまま帰してよいのか、と暗闇にかくれる人々がいきりたつ。けれど、「野蛮やばんはならぬ」という治助のひとことで静まりかえった。

 治助のうしろから、もうひとり進みでてきた。

「やめよ、裕之伸ゆうのしん
 裕は渋々しぶしぶと銃口を下げる。裕の父、高橋たかはし善太郎ぜんたろうだった。

 伊織は菅笠を深くかぶりなおすと、だまってやみに消えた。

「して、裕之伸。そのむすめ、どこから来た何者なにものだ。我らの企てを知っているうえに、奇妙きみょうさきゆきを申しておるようだが……」

 治助に水を向けられて、ソラは固まる。

――ソラ!
 頭のなかにセイの声がひびき、空から青いくさりが一直線に飛んできてソラの足元にさる。

「ごめんね、裕」

 天からのびる青い鎖は、おそらくだれにも見えていない。
 つかんだとたん、ソラの体はちゅうに引きあげられて、虹色にじいろがうねる空間に包まれた。
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