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知らない地、異なる世界
雨続く地、赤き巨獣 前編
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【1】
山崎、そしてガリードが恵みの村、フェリスから戻り、一日が経過した。朝が迎えられたセントガルドの空は変わらず晴れ渡り、空を過ぎ去る小鳥は優雅に心地良さそうに。
数日経とうと、昼夜問わず閑寂に包まれた、人と人を繋ぐ架け橋の施設。朝とは言え、光の届かぬ場所には火が灯されておらず、変わらず薄暗く佇む。
起床した彼等は各々の部屋を後にし、正面玄関の広場に介していた。二人の前にはレインが立ち、これからの予定を話さんとする。
「集まってくれて、ありがとうね。それに僕よりも早く集まってくれて」
「良いっスよ!レインさんより早く来ないといけないっスもんね!」
調子の良い、好感を与えるような口振りと台詞を吐くガリード。その隣に立つ山崎は厳しい視線を浴びせる。ベッドの中で涎を垂らして熟睡していた所を、暴力を以って漸く起こした事を思い出して。
「何事にも真摯に、やる気を出すのは良い事だね。そう言う人は僕は好きだよ」
「本当っスか!?俺、頑張りますよ!!」
煽てられ、調子に乗った彼は興奮して喜ぶ。その姿にやれやれと溜息が吐き捨てられていた。
「さて、二人はまだ、この世界に来て日が浅し、セントガルド城下町の生活も慣れてないでしょ?」
この世界に来て間も無くにフェリスに移って一週間を過ごしたのだ、陽が浅いのは当たり前であり、慣れていないのも当たり前であった。
「だから、雑務をこなして仕事に慣れつつ、此処の生活に慣れる・・・」
「レインさん、良いっスか?」
「何?」
大まかな予定を語っていた途中、話し出した頃からずっと暗い面持ちのガリードが口を挟む。声色は低く、その面に陽気さ、気軽さは無い。
真剣な面持ちで遮られたレインも相応の面で対応する。気を荒げる事無く、一呼吸を置いてから穏やかに。
「・・・沼地地帯の探索に、出ても良いっスか?」
その告白にレインの面はより深刻さを際立たせる。隣に立つ山崎も心中を察して眉を寄せた。
「レインさんやフーさん、先輩達の事を疑っている訳じゃないっス。まだ、経過って聞きました。でも、俺、信じられないんスよ、如何しても・・・如何しても、母さんが、見付かんねぇ・・・なんて。だから・・・その・・・」
告げられてからずっと考えていたのだろう、悩まされていたのだろう。葛藤は遂に痺れを切らし、行動に移させようとしている。己が目で確認しなければ納得出来ない事は間違いない。その思いが鬩ぎ、如何しても強くは言えずに口篭もって。
「それは・・・」
「俺からも、お願いします」
悩むレインに、山崎が頭を下げて嘆願する。偏に、友人の思いに応えたい思いで動いていた。引き裂かれるような思いを抱え、気付けばそう口にして頼み込んでいた。
その姿に、ガリードは泣き出しそうな面で小さく感謝の言葉を口にした。込み上げる感情を噛み締めながら。
「・・・そうだね、分かった。行って来ても良いよ」
悩んだ結果、彼は了承を告げた。そう口にした面は柔らかく。
許可を受けたガリードは打ち震えるほどの嬉しさを抱く。
「でも、二人だけで行かせるのは不安が尽きないんだよ、まだ日が浅いしね」
その懸念は、当人も頷けるものであった。まだまだ新人であり、素人と断言されても仕方のない身。その二人だけを送り出すのも憚れよう。
「なら、誰かを付けてくれるのか?」
「そこなんだけどね・・・僕が一緒に行ってあげたいけど、これから用事があるんだ。フーやユウも出払っちゃっているし・・・そうだね・・・」
深く考え込み、空いた部下が居ないかどうかを思い出そうとする。その姿に期待は出来ず、山崎は無理かと溜息を零してしまう。
「う~ん・・・あっ!一人居た。マーティンだ!マーティンと一緒に行って貰うから」
「マーティン・・・」
彼の名が挙げられた瞬間、山崎は不快感を示した。感情を隠さず、睨む面は実に険しく、蛇蝎するように。
「・・・正直に言って、あの男は嫌いだ」
断言するその言葉は直球過ぎた。歯に衣を着せぬほどに、心底から嫌っている事は紛れも無かった。
あまりもの素直な感想を受け、レインは固まってしまう。ガリードも珍しい光景を目の当たりにしたと瞬きを繰り返す。
「そりゃあ、お前・・・分かるけどさぁ・・・」
しかし、山崎が嫌悪し、怒るのは真っ当と言える。出会いは最悪そのもので、下手をすれば命が失いかねなかった行為をされたのだ。その不可解な行為は鮮明に記憶に焼き付けられ、簡単に受け入れ、許せる事は出来なかったのだ。思わずレインを睨むほどに心中は荒んで。
握る剣から僅かに音を出し、面に出るほどの怒りを受け、レインは表情を一瞬曇らせた。和やかな気分は消え、憂う思いに囚われてしまう。多少言い淀んでいるのか、視線が微かに移動して。
「試すと言いながら真剣で斬り掛かる、あれは正気とは思えない。全員が全員、ああいった手合いでない筈だが、とてもあいつとは相容れない。それでも、手を取り合えと?」
激しい怒りが再燃した山崎は拒絶の意を示す。猜疑し、嫌悪するには十分過ぎる、不可解な行動で不快であったのだ。
また、そのような人物が仲間である事に対しても疑問を抱き、その疑心のままに吐き付けていた。
言葉を受け、否定出来ないレインは険しい面で黙する。間に挟まれてしまったガリードは如何にか鎮めようとし、如何にも出来ずにわたわたとして。
「・・・マーティンのあの時の行為は不快に、なるよね」
渋く険しい表情で俯き、怒りは尤もと答える。その所作に山崎は怒りを僅かに抑える。
「・・・でも、あの事はマーティンに厳しく注意している。あれは、確かに許せないからね・・・」
振り返り、部屋が構えられた二階を眺める姿に憤りを感じる。その点に関して真っ当に叱責し、尚も怒りが残っている事が読み取れた。
「・・・仮に、この阿呆の言う通り、殺意はなかったとしても、あの行為は容認出来る訳がない。未だに釈明も無い。今更釈明されても、信用・・・出来るか」
「マーティンも反省してて、今度会ったら謝罪するって言ってくれた。だから、信用してくれないかな?」
「謝罪だけで解決する事じゃないだろ!あれが、その程度で終わらせて良いのか!?お前は、それで許したのか!?」
遂には我慢の限界に達し、怒鳴り散らしてしまう。例え、恩人の顔を見立ててくれと言ったとしても許しはしないだろう。
「良いじゃねぇかよ、お前がそんなに怒んなって。俺は気にしてねぇし、お前は根に持ち過ぎだぞ?」
二人の間にガリードが割って入る。言葉通り、気に留めておらず、彼の怒りを鎮めようと取り持とうとしたのだろう。だが、その態度に山崎は更に怒りを抱く。
「お前は狙われたんだろうが!何でそんな悠長に構えていられる!?簡単に許せる事じゃ・・・」
「だから、俺は気にしてねぇって言ってんだろ?反省してるんだったらそれで良いし、謝ってくれたら忘れるしよ。お前だって、ムキになってやり返してたじゃねぇか。はっきり言って、お前もお前で酷かったぞ?どっちもどっちだろうが」
「それは・・・」
狙われた当人が擁護するような台詞に怒るのだが、冷静に言い返されて返答に詰まらせてしまう。それは事実であり、難しい顔で俯く。
「どっちにしたって、手が空いてんのはマーティンで、俺は行きてぇから良いけどよ、お前は無理に着いて来る事はねぇんだぜ?」
呆れるような表情で選択に迫られる。そう、嫌悪し、同行したくないのならしない事も一つの手。心が定まらない内に無理に和解に向かおうとしても軋轢を生むだけだ。
「・・・」
選択を前に山崎は険しき面で沈黙する。零す溜息には嫌気が滲み、もやもやとした気分を抱え込む事は見て取れる。
「・・・兎に角、マーティンを読んでくるね。まずは謝らせないと」
同行の是非はさて置き、させなければならない事を優先する。その為にレインは二階に向けて歩き出す。彼の背を呼び止める事はされなかった。
「思うんだけど、あっちが謝るんだったら、お前も謝らなきゃ駄目だよな?結構、打ち返してたし」
軽い気持ちでぼ指摘に山崎は眉を寄せて更に黙り込む。それは言われてみればと思い返すように。
反論はなく、広場には静けさが戻っていた。いや、遠くから微かに会話が聞こえる。恐らくはレインとマーティンであろう。直ぐにも足音と思しき音が聞こえ始め、階段の上部から人影が映り始めた。
「・・・お久し振りです、山崎さんに新藤さん。いや、今はガリード、さんですね」
改めて二人の前に立ち、一呼吸を置いて口を開いたマーティン。丁寧に挨拶をするだが直後の笑みは不敵に映った。その為、図らずとも怒りを煽ってしまう。
態度は変わらず、他者を見下すような姿勢。知的であり、何かと他者を評価しかねない無礼さが垣間見えた。
その恰好は初対面の時と同じく白で埋め尽くし、紳士服のように気品と優美さを纏う衣装で包む。白で埋めるのは拒絶の意か、己が意思の真っ当さを示してか。
「そうっスよ、マーティンさん。今日は宜しくっスね!」
「マーティン、で構いません。同い年、ですので気さくに接してくれるならば幸いです」
「そう?じゃあ、宜しくな!マーティン!」
「ええ、宜しく」
早くも打ち解ける二人。初対面の時の事など一切気にせず、気さくに話し掛けて仲良くなれるのは、小事と捉える豪胆さか、水に流せる懐の広さか、単に物事を考えていないか。
彼等の隣、山崎は無表情に近い面で一部始終を睨む。その内心は再燃した怒りを燻らせ、今にも殴り掛かりかねない。それほどに根に持つ事であったと言える。
「お前・・・!?」
我慢し切れず、怒鳴り付けようとした矢先であった。一歩引いたと思いきや、正しき姿勢で頭を下げたのだ。何の躊躇もなく、腰を直角に曲げるほど綺麗に素早く。
思わぬ行動を前にして、出鼻を挫かれた山崎は小さく怯む。
「あの時は、軽率且つ危険な真似をし、二人に不快な思いをさせて申し訳ありません。深く反省し、謝罪を申し上げます」
続く台詞も丁寧に、声色にも相応の思いが篭っている様に感じる。だが、事前に台詞を考えていたようにも思え、誠意が希薄に感じ取れてしまう言葉であった。
素早く身体を起こし、二人と顔を合わせるマーティン。その面には反省の色は見えず、堂々と立ち尽くす。毅然、ではなく、厚顔無恥に。
「気にしてねぇから。仲良くやろうぜ、マーティン」
直後にガリードが彼の肩を叩く。実に気さくで寛大な心意気であろう、言葉通りに歩み寄りを見せる。
それにマーティンは笑みを浮かべ、ガリードに利き手を差し出す。歩み寄りの第一歩である握手を求めたのだ。それに間髪入れずに握り返す姿があった。
「・・・こっちも悪かったな。あの時、お前の行為に腹を立てたが、俺もお前に容赦なく打ち返した。状況を悪化させる要因は俺にもある」
友人に諭され、目の前の姿を見て、思い返したのだろう。山崎もまた自分の非を認め、謝罪して頭を下げる。その面にはまだ不服と取る感情が滲めども、前進は見られた。
「・・・そんな事は有りません。あのような事をされれば憤慨するのは当然です。ですから、山崎さん、貴方に非は有りません」
素直さが今一つ感じられない態度から謝罪の言葉を受け、山崎は多少違和感を抱くが黙していた。だが、続けられた言葉に憤りを抱く。
「私は、お二人に警告をしたかっただけです。危険が溢れている世界なのだと」
「・・・そうか。良く分かった。次からは、口で言ってくれたら有り難い」
罵倒した思いをぐっと抑え、注意だけに終わらせる。余計な波紋を生まぬようにした配慮であろうか。
この遣り取りは歩み寄り、和解の兆候とも言えた。その実、再び瓦解しかねない危うさが滞在していた。それでも互いの非を認め、許しを受け入れるには違いない。確かな姿を前に、レインは嬉しそうに笑みを零していた。
「さて、仲直りした所で、マーティン、後は頼んでも良いかな?」
これから何かしらの仕事に向かうのだろう、頃合いと見計らってレインが口を挟む。
「ええ、任せて下さい。まず、ガストールさんの所に寄って防具を頂いてから、レイホースと馬車を借り、草原地帯、森林地帯と経由して、最近発見された沼地地帯の探索をする、で宜しかったですね」
「うん。その間の案内と二人の手伝いをしてね。和也とガリードも、充分注意してね」
「分かっている。十分気を付けるさ」
「頑張ってきますから!」
二人の返答を受けたレインは笑顔を浮かべ、施設の奥へと立ち去っていく。一件落着と喜ぶように。
「では、行きましょう。先ずはガストールさんの所です。レインさん曰く、お二人の防具の用意が出来たとの事です」
「ガストールさんの所か、分かった」
彼の期待に応えんと意気込み、陽気を振る舞う後姿にはこわばりが僅かに。
確かな足取りで施設を後にしていく三人。先輩でもあるマーティンを先頭に構えて。
山崎の内、確執は無くなったと思われたが、完全に消え去った訳ではなかった。確かにマーティンの行為は愚かと言えた。けれども非であったと認め、謝罪したのだ。嫌悪感の氷解は出来た筈であった。
しかし、彼等はあの時の事について踏み込まなかった。試すとしたその真意を。そして、彼もまたその真意を話さなかったのだ。後ろめたさが有るのか、或いは。
如何であれ、真意を明かさない事は確執を生み、大きな隔たりに至る恐れがある。それを意識してか、マーティンは何処か距離を置くように構え、山崎も彼に対する嫌悪感を消し切れなかった。
【2】
人と人を繋ぐ架け橋の施設を出て、直ぐに迎えた朝の景色は城下町のほんの一部。それでも十分に、穏やかな光景が広がり、平和であると実感する美景が視界を埋める。
立ち並ぶ建物一つ一つに歴史が感じられる。浅い、深いの是非は兎も角、暖かき人が住む為か、陽とは異なる温もりに包まれていた。
その中で、吹き抜けていく風はやや冷たく感じ、包み込む空気は清々しく澄み切っているかのよう。
視界に映る人々の大体が元気で明るく振る舞う。擦れ違う人々の表情は笑顔一色。見るだけで心が和むだろう。
「聞こえたでしょうが、確認も兼ねてもう一度申し上げます。これから、ガストールさんの鍛冶場に向かって防具を頂き、レイホースと馬車を借り、森林地帯に向かいます。それから、沼地地帯に向かい、探索を行います」
最初の目的地に向かいつつ再確認を行う。これが普段の態度なのだろう、言葉遣いは丁寧だが少々高飛車に。規律正しく歩むがやや先を陣取るように。
「・・・着いたら、どれ程滞在出来るんだ?」
彼の態度に苛立ちを抱くが、それを抑える山崎が尋ねた。それにちらりと確認する仕草は見下すように。恐らくは気分が作用してそう見えたか。
「レインさんからは期間を設定されておりませんが・・・そうですね、何も無ければ一週間、と言う所でしょうか」
「マーティンは先の探索には加わったのか?」
「はい、途中で任務を言い渡されて離脱しましたが。それでも多少は知っていますね。無人ですが、みすぼらしい村と思しき場所が複数個所発見されている、程度ですが」
「・・・なら、人が見付かったとかは・・・聞いてねぇよな」
僅かに抱く期待、希望を尋ねようとして諦めが覗く。最後は独り言のように小さくなって。
マーティンはそれを聞き逃さず、同情を映しつつも厳しい面で見直した。
「・・・あまり、過度な期待を抱くのは好ましくないですね。いざと言う時、取り乱してしまいますよ?」
「おい、事情を知って言っているのか?それは」
厳しい忠告とも言える発言に山崎が反応する。直ぐにも喧嘩腰となるのは言わずもがな。
「聞き及んでいますとも、御母堂を探していると言う事は。ですので、助言をと・・・」
「助言にしては、親を想う気持ちを否定するような口振りだったが?」
怒りを膨らませていく山崎の発言を受け、マーティンはガリードを確認する。思い詰めた面持ちを前にし、僅かに動揺を見せた。
「・・・いえ、申し訳ありません。決して、不快にさせる積もりは有りませんでした。ただ、気を強く持って貰いたかったのですが、間違った台詞を選んでしまいました」
「・・・だよな。いや、確かに、そうだよな。悪ぃな、心配させちまってよ」
直ぐにも訂正し、謝罪を口にする。遠回しな思い遣りに気付いたガリードは笑って許す。その為、山崎はそれ以上の追及をせず、溜息を吐きながら前に向き直していた。
許され、小さく頭を下げたマーティンも再び正面を見据える。その面は僅かに険しく。不器用な性格であり、少々面倒臭い人格である事がそれから見えて。
しかし、山崎の視線は厳しいものであった。そう簡単には人を信じる事は出来ない。そう、最初の印象が最悪であれば、簡単に印象を改める事など出来なかった。
少々、空気が淀みつつも、ガリードが間を取り繕うように振る舞い、辛うじて温和な雰囲気が保たれたまま、ガストールの元へと足は運ばれていった。
人の往来の嵩が増えつつある公道を進み、集客と購買の意欲の熱が上がりつつあるのを実感しながら移動した工業区。
絶え間なく響く作業音の大半が金属を加工する際の副産物。匠の意欲が迸る炎のように。
音と建物の合間を抜けて目的地に辿り着く。他と比べて大きな建物であり、その入り口は隠されているのか発見出来ず。受付であろう、小さな小窓が設けられた壁側にはちょっとした広場が存在する。
「おう、来たな。おお?マーティンも居やがるのか、久し振りだな!そうか、今回はお前が新人共を連れて来た訳か」
到着した時、その広場には大柄な人物が立っていた。足元の何かの存在を霞ませるほど、隆々とした体格で縦にも横にも広く大きく、相応に存在感が強く。
来訪を喜び、豪快に笑うのは鍛冶師ガストールである。人生苦を想像する強面で体格は他人を圧倒し、威圧する迫力を纏う。鍛冶を行う際、大層有利に働く膨れた筋力を有しながらも、でっぷりと太った腹部がだらしなく、人間らしさが見えた。
「久方振りです、ガストールさん。公私共に忙しく、挨拶もままならなかった為、何卒、御了承を」
「相っ変わらずだな、その言い回し!もうちょっとは簡単な言葉で素直に言えねぇかな、この坊ちゃんは」
マーティンの言葉遣いに多少苛立ったのか、力任せに彼の頭を掴むと頭髪をぐちゃぐちゃにするほどの力で撫で回す。当人は大層痛がり、離れようとしたのだが抜け出せずに涙目になるまで撫でられていた。
「久し振りっス!俺の大剣、こんなに立派に直してくれてありがとうございます!」
邪魔をするようにガリードが上機嫌に感謝を告げる。それが彼の手を止めた。
「おう、そいつは何よりだ!どうだ!?使いこなせそうか?」
良い仕事が出来たと喜び、愉快だと笑い出す。絡みが止んだ事で当人は顰め面で身嗜みを整える。
「まだまだきついっスけど、使いこなせるようにならないとっスね!」
「元はお前のものだ、そうなるのが当たり前だからな。頑張れよ」
彼のごつごつとした手がガリードの頭を撫でる。手荒い歓迎を受け、顔を引き攣らせつつも励みとする。
「で、まだ鞘は抜けてねぇようだな」
「そうだな。この状態で手荒く扱っているんだが、傷すらも付いていないな」
「そいつは残念だ!」
封印された中身には興味が尽きないのだろう。まだ解放されていない事に落胆の色が強く、それ以上に怒りを露わにしていた。
その点に関しては山崎とて同じ。解かれない事を恨むと同時に、何故か安心も抱いて。
「そろそろ、これを渡さねぇとな」
閑話は程々にと彼は本題に踏み込んだ。
壁に立て掛けるように、そして乱雑に置かれるのは数々の防具。数点の鎧から始まり、兜、腕甲、腰当、鉄靴と数種類の防具が固められる。それが件の防具であろう。
「これを貰っても良いんスか!?」
真っ先に反応したのはガリード。大袈裟なほど歓喜して駆け寄る。
「おう、代金についてはレインの方から預かっているからな」
「そうか、後々で返さないとな」
「だな」
借りを返す事を目標の一つとして、二人は山積した防具を確認する。
フルフェイスで防護する兜から頭部だけもの、身体全体を守る鎧から胴体だけの胸甲、腕を一頻り包む形状から手の部分だけの手甲、腰当は守り重視か動き易さ重視、下肢を守る脚甲から足を保護する鉄靴と広く。数、種類は少なく、所謂、試着に近いものか。
「どれが良いか分かんねぇな」
「・・・俺は、動きを制限する物は嫌いだがな」
「ちなみに、私の服装も防具です。特注ですね」
選んでいる中、聞かれてもいないのにマーティンが告げる。自慢か、後々の推薦か。
「えっ!?作ってくれるんスか!?」
「そりゃ、要望がありゃあ作ってくれんだろ。金次第だがな」
「そうっスよね」
「まずは自分に見合った防具を見付けないとな」
当たり前の事に笑いを零し、山崎に釘を刺されて再考する。
山崎は比較的早く決まったのだが、ガリードは長考を重ねた上で決定していた。
山崎の防具の基調は暗い銀色、縁は淡い銀色で統一される。穏やかな曲線を描き、攻撃を受け流すであろう胸甲。前腕を守る手甲に下腿を守る脚甲は表側だけが装甲となったもの。守りと動き易さのバランスを取った形である。
ガリードは鈍い黄土色の防具を選んでいた。厚い鉄板を重ねたようなごつごつとした、ロリカ・セグメンタタに類似した鎧、利き腕は鎧と同系統の手甲で固め、多少不安を残す薄さの脚甲で下腿を守る。上体を厚く、その重さを補うように下体を軽くした形である。
早速、二人は装備したのだが、ただの衣服の上から、或いは羽織った為に少々不恰好に映ろう。それは追々見合うようにすれば良いだけの事。今は防御面を向上させ、その重さになれる事を優先していた。
「おお、ちょっとは様になっているじゃねぇか」
「ええ、馬子にも衣裳とは良く言ったものです。見違えましたよ」
抱いた感想はそのまま口に出される。マーティンに至っては余計な言葉が混じっているのだが二人は気にしておらず。
それよりも、初めて装着した筈の防具に妙な安心感を抱く。あるべき姿、本来の自身を取り戻したかのような万能感に包まれていた。奇妙な感覚にマーティンの台詞は届いていなかった。
「如何だ?安物だが、れっきとした防具だからな。役には立つだろうよ」
「・・・しっくりくるな、コレ」
「・・・確かにな。悪いな、手間を掛けて」
やや薄くとも反応を返す。それにガストールは成果を得たと頷く。
「さて、準備は済みましたね。それでは沼地地帯に出発しましょう」
用事の一つを完了したと見做して早々に指示する。久し振りに会った知人と親交を深めようなどとは思わないのだろう。
述べたマーティンは服を翻して立ち去ろうとする、新人二人の反応を待たずに。二人は少々戸惑うが、仕方ないと後に続いていく。確りと別れの挨拶を掛けて。
「もう行くのか、相変わらず仕事熱心な奴だな。まぁ、良い。また来いよ、お前等。特にマーティン、偶には顔を出せよ。武器に防具は定期的に手入れしなきゃなんねぇからよ」
「・・・ええ、存じています。その時は、遠慮なくお頼みしますので」
見送りの言葉に彼は立ち止まって返答する。その台詞は形式上の言葉のようで、心が篭っていなかった。
野太く、力強い言葉で送られながら彼等は外に続く門へと向かう。レイホースと馬車を借りる為に。
【3】
レイホースと馬車を借り、目的地に向けて三人は繰り出す。マーティンが先導を買って出て、山崎とガリードは馬車に乗って。
その道中、マーティンとガリードは和気藹々と会話を行っていた。少々偉そうな、相手の揚げ足を取るような話し方に対し、ガリードは全く気にしなかった事が円満な会話を成立させたのだろう。
しかし、山崎との会話は無かった。双方とも話し掛けようとしなかった事が原因。特に、山崎は最初の出来事を根に持っており、如何しても不快感が拭い切れずに。
「しっかし、変な感覚だよな。俺、つい最近まで学生だったんだぜ?それが、鎧だの、剣だの、魔物だの、頭が追い付かねぇよ」
「何も考えていないだろ、お前は」
不意に零された言動を厳しく切り捨てるのだが、頭には印象深く焼き付いていた。道中でうっすらと思い出し、時間の流れの速さに僅かばかり恨ましく感じていた。
それからも長い行路を進み、森林地帯付近に着く頃には紅時であった。まだ早いながらも野宿の準備が行われ、何の問題も起きずに終了し、その日の歩みは完全に止まる。
ガリードが賑やかす食事時は滞りなく進み、歓談が行われる事無く、就寝は早くに訪れる。ガリードが渋ったものの、いの一番に眠りに就いていた。誰よりも捜索を望み、覚悟しての事。
彼に続くように山崎も眠りに就く。その時、マーティンが気に障る事を呟き、苛立ったのだが指摘せずに横になっていた。無暗に諍いを生まない為に冷静にあしらって。
その二人の姿を見て、マーティンは意味深な表情を浮かべつつも、同じように横となり、次の日を迎えていた。
朝支度を済ました後、三人は森林地帯へ踏み込む。静けさに包まれ、それ故に風の音と枝葉のざわめきが繊細に届く。
木の葉散る中に朝焼けの光が射し込む。まだ薄暗き景色を前にしても抵抗なく進まれる。音を殺して奇襲を仕掛けてくる魔物が居る事を考慮し、周辺に警戒して。
「このまま沼地地帯に直行しますので」
馬車の運転席に座ったマーティンがレイホースを繰りながら示す。前方に続く道を睨みながらのそれは、気晴らしに並んで歩く二人の耳に届く。
「フェリスには行かねぇんだな」
「行く必要がないからな」
率直な疑問は静かに切り捨てられる。その声に力があまり篭っておらず。
「そう言や、沼地地帯には魔物が居るよな?やっぱり」
「生息していると思いますが、私は遭遇しませんでしたね」
「って事は、あまり居ねぇって事か」
「それは分かりませんが、運が良かっただけでしょう。生息していた筈です、しないように願っていて下さい」
それに付いて記憶がないようで二人して首を捻る。レイホースの動きに連動して馬車が揺れ動いた為、その動きは強調されて。
「・・・そうだな。代表的な魔物はグレディルだな。湿気の多い地帯を好んで生息し、真紅の体毛に巨大な体躯を有している。かなりの凶暴さで恐れられているな。ただでさえ獰猛なのだが、非常に気性が荒い上、飢餓状態になればもう手が付けられないほどだ。出来るだけ遭遇は避けたいな。次に・・・」
「おい、如何した?何でそんなに知っているんだ?」
「ずっと上の空のようでしたのに、突然語り始めて驚きましたよ」
唐突につらつらと説明し始めた事に戸惑う二人に指摘され、山崎自身も戸惑ってしまう。知らぬ知識を得ている事に恐怖するが、その感覚は直ぐにも薄れてしまう。
「・・・さぁな。何故か知っていた」
訝しげに眺められ、説明が出来ない為に逃げるように打ち切る。とは言っても、心当たりは薄くともあった。
「そうですか、情報提供、ありがとうございます」
「どっちにしたって、何か居るって事だな」
皮肉交じりに聞こえる感謝と納得の声を傍に、山崎は難しき表情で物耽っていた。これから向かう場所、沼地地帯の一番の特色について長考が続かれていた。
思考を広げる事で薄れているのだが、初めて身に着けた防具を取り付けた心地は上々であった。重さは当然、衣服とは異なる硬質な鎧等で動きは多少阻害される。だが、武装している事が自然であるかのように、身体に馴染んでいた。それは、剣を手にする状態と同じように。
それに付いてはガリードも同じであろう。寧ろ、何か物足りなさそうな素振りを見せていた。身体を動かす中、自身を守る防具を眺めて不満そうな表情を示したのが証拠か。それでも納得するように前を見据えていた。
一刻も早く身体に慣れさせるように、そして、新たな地帯の探索を行う為に三人は進み続けていく。次第に空は明け、森の中に射し込む光は強くなる。それでも薄暗く、徐々に生物の声や小動物の姿が見え始めた景色を前に、足音を響かせていった。
「もぉ~、だりぃし、疲れちまったよ。動きたくねぇ・・・あと、どれぐらいになったら着くんだ?」
森林地帯に踏み入って数時間が経過した。途中で休憩を挟みつつ歩き続け、馬車の中で休みつつ目的地を目指した三人。その周りに劇的な環境変化はなく、外敵に襲われる事も無く、周囲の景色は静かなものであった。
その為、疲労以前に退屈を覚えたガリードが駄々を捏ね始めた始末。こうなってしまうと子供のような無邪気さが無い分、執拗で五月蠅く面倒でしかない。
「・・・お前は、我慢を覚えろ。そして、忍耐する事を学べ」
辟易とした溜息を吐き、厳しく突き放す。もう見慣れてしまった態度を前に、一々相手をする事も面倒であるが故に。
「そうであれば馬車で休めば良いでしょう。沼地地帯についても、私の記憶が正しければもうじき到着する筈ですよ」
「んな事、言ったって、全然着かねぇじゃねぇか」
「私の記憶を辿るのみですので御勘弁を。まだ、地図等が完成されておらず、未完でも持ち合わせていませんので」
「あ~も~、疲れた!まだかぁ!?」
駄々を捏ねる姿はとても親を探す為とは思えない。邪な思いで見れば、気晴らしに向かっている様にしか見えない。だが、尚も歩みを緩めず、前に進む意欲が一時たりとも途切れない事から、駄々こそが気晴らしと思えて。
文句を垂れる姿に、彼を良く知らないマーティンも困った表情を浮かべて言葉を詰まらせてしまう。後輩とは言え、同年代。気軽いとは言え、まだ知り合って日数も少ない。扱いに困るのは普通だろう。
「・・・悪いな、この阿呆が面倒を掛けて」
「貴方の気苦労をお察ししますよ」
皮肉を返すように素直な感想が返される。同情され、複雑な表情を浮かべるしかなく、傍の五月蠅さを無視して、延々と続く道に沿って歩み続けていく。
途中で道は分岐する。人工的なそれは藪を掻き分けて突き進むように伸びる。立て札も無く、一度も通行した筈が無い為、何方も行く末を知る筈がない。それでも片方はフェリスに続く確信があった。
その思いを抱く中、マーティンは迷いなく、フェリスとは別の方向に進ませる。その先に沼地地帯がある事は想像するに易く。
分岐した道を進み始めた頃にはガリードは駄々を捏ねる事はしなくなった。口を閉ざし、真剣な面で黙々と歩き続ける。次第に近付きつつある事を認識し、胸の内で迷いと決心が鬩いでいるのか。
黙した彼を見て、気持ちを察したのか、マーティンは話し掛けず、レイホースの操縦に集中していた。山崎もまた、警戒を続けながら歩みを続けていた。
風と枝葉の囁きしか聞こえない時間が続く。道中は順調に進んでいると思われた。その直後の事であった。
唐突にレイホースが立ち止まった。怯え、嫌がるように首を振るい、足を地に固定させてしまった。
「あれ、如何したのです?早く進みなさい」
命令して手綱を振るうのだが、首を振るって地団駄踏むのみ。鼻を鳴らし、逃げ出そうとする仕草に映る。
「如何した?急に」
「いえ、分かりませんが・・・」
原因の分からない様子に困惑するマーティンとガリード。それでも進もうと思案し、手綱を振るわれる。その作業に集中している最中、何処からか、何かの音が鳴り渡った。
「魔物!?」
確かな気配を感じ、三人は周辺を警戒する。広がり、植物が乱立した彼方を睨む。だが、特異な点は見当たらず。
警戒を解いた瞬間、付近で騒音が鳴り響いた。再び緊張が高められ、視線を移した直後、彼等の直ぐ隣で破砕音が轟いた。同時にレイホースの絶叫が響き渡った。
地面が僅かに揺れた中、大小様々な破片が周辺に散乱した。その物音に混じり、断末魔の如き呻きが滲んだ。喉を絞められ、絞り出すようなそれはレイホースのもの。
またもや振り返る。その先に展開された光景に、山崎とガリードは目を疑った。気付いた時、漸くそれの息遣いを感じ取れた。
巨大な相貌が彼等を見下していた。赤き眼光を光らせ、鼻頭に浮かばせる血管は脈々と。溢れそうなほどの憤怒を刻み込んだ顔は見る全てを硬直させよう。
その巨躯は目を疑うほどに大きかった。何人も乗れる馬車よりも幅のある胴体、大木の如き四肢、身の均衡を保つ尾でさえも人の身では及ばぬ太さを有する。
膂力は身から想像出来る通り、人の身で造った馬車を粉砕して直立する。体重もまた同様に、下敷きにした馬車を炉辺の草木を踏み躙るかのように粉々にして。
肥満を一切感じさせない巨躯は赤に染められる。体毛が赤いだけだが、何故か濡れており、血を全身に浴びたかのように悍ましき姿と映った。
その存在はグレディルである事は間違いなかった。特徴が一致しているのだ。けれど、その個体は記憶に合致しなかった。あまりにも掛け離れた体格であるのだ、一回りも二回りも巨大であり、同時により強力であると悟る。何よりも、些細な事だが、周囲の枝葉を歯牙に掛けず、圧し折っている姿が恐れを煽った。
当然、纏う空気が他と比べ物にならない。正しく強者、他を寄せ付けぬ覇気を纏って君臨していると言っても過言では無い。逃げる事は出来ないと悟るしかなく。
「・・・っ!」
言葉を疑わずには居られないだろう。あまりにも巨大な身、他の存在を餌としか見做さない視線。何より、先述の凶暴さを示すように、赤が滲む鋭き牙を並べた両顎がレイホースの首を刺す。歯茎を剥き出しにし、レイホースの身を容易く貫いて立つ。今にも噛み千切りそうに。
圧倒的な力を誇る存在を前に、山崎、ガリードの二人は硬直してしまう。明らかな敵を前に、恐怖して足が竦んでしまったのだ。
幾ら、魔物と戦った事があるとは言え、本能で怖気を抱くほどの存在とは出会っていない。故に、それは当然の摂理とも言えた。
見定めているのか、何故か沈黙する赤き巨獣を眺めているだけの山崎であったが、とある事実を思い出す。それはマーティンの安否であった。
彼は馬車の運転席に座っていた。咄嗟に飛び出す姿も無かった。なら、巻き込まれてしまった恐れがある。
拘束されたかのように鈍った身を動かして視線を移す。散乱する、馬車であった破片の中、巨獣の足元に人の姿を確認した。白き衣に身を包んだ、マーティンである。
巨体の下に居る為、その生死は判断する事が出来ない。生きている事を望むしかなく、眺める者は気持ちを逸らせようか。
巨獣は手を付ける事はしない。眼中に無いのか、先ずは食い応えのあるレイホースを優先したのか。時間の問題であるとともに、猶予がある事を推察し、山崎は気力を奮起させていた。
静かに剣を、黒い柄を握り締めた。僅かな希望に縋り付くように強く、歯を食い縛り、ゆっくりと構えていった。
【4】
「ガリード、俺が惹き付ける。その間にマーティンを回収してくれ」
「!?お前、あんなのを相手にする気か!?」
勝利する光景を想像させない相手を前にして、決意に満ちた発言にガリードは驚き返る。耳を疑い、発言した友人を即座に確認する。
「するしかないだろ、頼むぞ」
至極真面目に、冗談の類なく言い放つ。その目は既に立ちはだかるグレディルを睨み、構え行く剣を握る拳の固さが意思の固さを物語る。
「・・・おう、任せろ」
一片の曇りのない気迫の篭った面を前に、ガリードも直ぐにも心が定め、相応の面で返答する。背負う大剣を引き抜き、怖気を跳ね除ける戦意を漲らせた。
小さな存在の確かな敵意を前にした赤き巨獣の顎が動く。咬合により、肉と血が弾け飛んだ。音が聞こえるほど強く、レイホースの亡骸は地面に散らされた。
赤染まった下を見ず、下顎や頬を鮮血で染め上げながらも咀嚼の動きはない。敵意を見せる存在を前に食欲は失せてしまったのか。
「やる気のようだな・・・上等だ!」
既に恐怖は消え失せたガリードは反抗心を漲らせて全身に力を篭める。山崎もまた、静かに戦意を漲らせて戦闘態勢を取った。
とは言え、内心では不安が根付く。巨大な生物を前に、勝利する未来が見えない。そう、まともに対峙すれば十中八九、死に至るだろう。だが、遭遇してしまった以上、逃げる事は叶わず、腹を括るしかない。その不安が戦意に掻き消されず、小さく燻っていた。
奮起させた戦意を示すように、引き抜かれた大剣が豪快に振り下ろされた。力のまま振られたそれは土を抉り、飛び散らせる。それが戦いの火蓋を切る事となった。
隙と見做したのか、思いが定まったのか、赤き巨獣グレディルは二人を見下したまま身体を低くしていく。
確かな動き二人は警戒し、互いの距離を開けながら距離を徐々に縮める。一時の油断は許さず、僅かでも視線を逸らせないままに。
彼等の動きを眺めながら赤き巨獣は息を息を吸い込み、間髪入れずに大口を開けた。巨大な舌を震わせた直後であった。
周辺の空間が震え立った。大口から衝撃波が生じ、広範囲に渡って僅かな衝撃を伴って伸展、彼方に向けて響く。だが、それは副産物。要は、発破音に匹敵する轟音である。そう、それは単なる咆哮に過ぎなかった。
しかし、体格から想像出来る肺活量から繰り出された発声は武器に成り得る。実際、間近で浴びせられた二人は苦しむ事となる。
突発的な両耳孔に生じた激痛に身を屈んでしまう。苦痛の呻きを漏らした所で、強く耳を押え付けた所で逃れられない。音は身体を伝わり、容赦なく彼等を苦しめた。
だが、それは一瞬の出来事。瞬く間に轟音は衝撃と共に突き抜けて消える。その僅かな間、小刻みに震えた衣服の内で振動した感覚すらも味わって。
音が消えたとしても痛みは彼等の内に焼き付けられた。それ故に頭痛に悩まされ、轟音の影響で耳鳴りも相まって聴覚が麻痺してしまった。
痛みに顔を歪ませる山崎だが懸命に顔を上げて周囲を、赤き巨獣を確認しようと足掻く。彼の近くのガリードも同じように敵を確認せんともがいて。
前方を確認した直後、彼等の身に怖気が走った。周辺に舞う木の葉、落下する枝など些細な事。それを生じさせる原因が問題であった。
目前には、巨体が立ちはだかっていた。近過ぎて胸元しか見えず、緑の天井を貫いて前腕を振り上げていた。路傍の何かなど気に留める必要さえない。関心などなく、ただ目の前の存在に集中して。
「何時の間に・・・」
思わず驚きが声になるのだが自身の耳には届かない。耳鳴りと聴覚の不調の為、接近や攻撃にも気付けなかった事が遅れを取った。
反射的に動き出す二人。静寂に染まった視界は、逆立つ真紅の前足が振り下ろされつつある。遅く映ったとしても体躯と見合った膂力から繰り出された速度は単なる距離感の錯覚である。
その前腕は人を踏み潰すには十分な大きさであり、対処の遅れは死を意味する。転倒等の失敗は以ての外。
深慮も必要ない。努める事は回避、目の当たりにした二人は即座に専念する。瞬きよりも速く、確実に避けられる方向へ蹴り出す。結果、分断されるように反対方向に前転を行った。
そこで防具を装着した利点が現れた。腕甲や鎧を利用して衝撃を緩和すると同時に回転をスムーズにし、着地と起立に停滞を挟まなかった。
距離を稼ぎ、動向を観察せんと地を蹴り出す山崎。その直後、踏み止まって旋回する。彼の視界に映り込んだ巨獣は、別行動に移るガリードを睨み下げていた。マーティンの保護に向かう彼を狙い、腕を上げんとしていたのだ。
まだ身中に残る震動を振り切るように掛け、隙だらけの巨獣に接近し、力の限りに剣を振るった。両手で握り、力の限りに叩き込んだ。確かな手応えと同時に、反発する感覚と感触から一筋縄ではいかない事を理解した。
赤き体毛に包まれた脚は精錬されつくされたかのように硬質化していた。湿っても尚硬き体毛の内、皮膚すらも並みの刃では通さないだろう。筋肉は鋼を折り合わせたように、骨はまさしく金属だろう。たった一撃と言えど、認知するには十分過ぎた。
その一撃は単に隙を衝いただけではない。救助に向かうガリードの行く手を阻む巨獣の意識を逸らし、意識を自身に集める為であったのだ。
びくともしない赤き巨獣だが、怒りを含んだ唸り声を滲ませてゆっくりと振り返る。その所作からも強者を匂わせ、対面する者に力の差を植え付けようか。
僅かに体毛を逆立たせた巨獣は腕を上げ、鬱陶しい山崎に向けて振り抜く。ただただ振り下ろしただけのそれは命を奪うには十分であり、雑な攻撃を躱すには容易いものであった。
単純な体格差故、回避には手間取るものの間一髪で避けられる。冷や汗を掻く山崎の後退する視界、端ではマーティンに駆け寄るガリードの姿が映る。直ぐにも生死が確認された。
「山崎!大丈夫だ、息してる!でも、起きねぇぞ!?」
生存は確かめられた。だが、気絶している事は悪き状況を続かせた。悪く言えば枷が出来てしまったのだ。
「っ!お前はそいつを連れて逃げろ!」
「逃げろって、何処に・・・」
「兎に角逃げろッ!!」
まだしがみ付く耳鳴り、鼓膜に伝わる痛みすら喝を入れるように怒号する。命を何よりも優先させる為に、迷いを払拭させる為に。
「・・・分かった、頼むからな!」
彼の剣幕に押され、信頼を置いて避難に応じる。気絶したマーティンを抱えるようにし、所構わずに駆け出す。重き物を背負い、人を抱えている状態で小走り程の速度で走って。
必死の形相で逃げるガリードの存在に、赤き巨獣は面を移動させる。標的とするのはその場で一番に弱った生物、或いは動きの鈍い生物であろうか。視界に、耳に入ったならば見逃さないだろう。格好の餌食であれば尚更に。
「ガリード、狙われているぞ!注意しろ!!」
「早速、俺からかよ!」
身体を旋回させ、追撃せんとする姿を前に注意を喚起する。その間も巨獣に向けて全力で駆ける。
それに文句を垂れ、必死に逃げようとするが獣の脚力には敵わず。彼の苦しさを嘲笑うかのように、四肢の脚力を用いて跳躍、逃走方向へ立ちはだかった。
地を震わし、風を巻き上げて着地した赤き巨獣は呻きを零して前腕を振り被る。眼下で蠢くガリードに狙いを定めて。
「ッ!」
危機感に彼は咄嗟に木陰へ隠れようとする。だが、障害にしようとした木は頼りげなく生えて。
膂力のまま腕を振り下ろさんとしたグレディルだが、直前で何かに気付いて軌道を変える。その眼前には宙に浮く山崎の姿があった。剣を振り被り、前方の顔だけを睨んで。
事前に駆け出し、己が脚力と付近に生えた木を利用して跳躍する事で彼は間に合って見せた。しかし、同時に自身を危機に陥らせてもいた。
鬱陶しい存在を払う為、直前で軌道を変えた巨腕。小さな山崎を狙らった赤き腕は軽い衝撃を経て、空を叩き払った。その通過した空間にはまだ、彼は居て。
接触する寸前、巧みに身体を翻して擦れ擦れで躱し、通過する一瞬の内に逆に利用して蹴り、更に前へと進む。
尚も叩き払おうとするのだが遅く、山崎の渾身の一撃が鼻頭付近に叩き込まれた。
確かな手応えを腕に、落下していく山崎の目が捉えたのは顔を打たれて怯む姿。馬車を砕かれ、レイホースを犠牲にされ、マーティンに危害を加えられ、その一矢を報いたと言えようか。
だが、単純な体格差による頑丈さを示される。山崎が着地する寸前、巨体が動く、巨腕が振るわれたのだ。それは感情の赴くままに、激情に駆られるように。
声を漏らす暇もなく、悪寒に襲われた山崎は一心に回避に努める。脳内では手段を巡らせていた。跳躍で飛び越える、下を潜り抜ける、横へ躱す、或いはと。考えが定まる前に彼の身体は動く。
空気を震わせて振り抜かれる巨腕、叩き砕く為の手や引き裂く為の爪が火花を散らす。耳を劈く音と共に煌く破片が舞う。そこに赤は無く。
「っ!ガ、ガリード・・・ッ!」
強き衝撃を受け、地面に転がされた山崎は呻き声を漏らす。横へ逃げようとした身は大きく弾き飛ばされ、強く身体を打ち付けてしまった。腕を守る腕甲には痛々しい爪痕が刻まれて。
それでも彼は友人を心配する。巨腕の射程距離に入っていた為に。
動作の音か、山崎が打たれた音なのか、直前で何かを察知したのだろう、ガリードは急遽反転する。マーティンを脇に抱えたまま剣を地面に突き刺し、歯を食い縛り、全身に力を篭め、剣に身を傾けて踏ん張った。
逃げられないと即座に判断し、対抗するように防御態勢を取った彼に巨腕が接触した。
太く、使い込まれた真紅の爪を生やす手の平が彼の身を隠す。その瞬間を目の当たりにした途端、山崎は錯覚に襲われる。光景の流れが急激に鈍化、極限に遅くなったのだ。
その中で、手が大剣を叩き、腕力に任せて彼の身体を叩き上げられる。抗い切れず、足は地から離れていく。そして、巨大な手が振り抜かれるまでの間、山崎はただただ見てるだけしか出来なかった。
巨腕が通過し、間も無く付近で物音が鳴らされた。その結果は分かり切っていても、山崎は事実を信じられずに目で追って確認した。
木々が生え並び、植物が鬱蒼と茂らせる地に横たわる二つの人影。力無く倒れ、傍らには所持する大剣も転がる。防御ごと打ち砕かれた彼が無残にも転がされ、巻き添えとなったマーティンも傍に転がる。
現実を目の前にした時、山崎の胸中で怒りが湧くと同時に鼓動の高まりを感じた。目を見開き、呼吸は途切れ出す。脳裏には嫌な予感、想像したくない映像が過ぎった。
泥水で汚れた身体、ダラリと力無く垂れた腕、意識は無く横に向いた顔、その口から流れ出る血、命が尽きてしまった姿。記憶と重なるそれが浮かび、思考は蒙昧とし始める。
「頼むから、生きていてくれよ。頼むから・・・!」
今すぐにでも駆け寄りたい衝動が生まれる。だが、向かうには障害があまりにも大きく、焦った所で無視出来ない存在であった。なら、そうなっていない事を願うしかなく。
不安が刻まれた顔は怒りが上塗りされ、歯を食い縛って剣を構える。二度と失いたくない、その思いに支配されながら。
多少手を焼かされたものの獲物を仕留めたと余韻に浸るように赤き巨獣は旋回する。確実に捕食出来る存在に向け、巨大な四肢を動かす。
付近の山崎を視界から外し、唯我独尊を体現して進み出す。それを前に、焦りと怒りを抱いた彼は駆け出す。生死が分からずとも阻止だけを頭に、全力で足を動かす。
駆ける速度は加速度に上がる。前進に、脚部に過度な力が加わっている感覚を抱いても緩ませる事など有り得ない。視界を支配し続ける赤き巨獣は振り向く素振りも無く、呆気ないほどに接近する事に成功する。
後足に接近すると、勢いのまま剣を両手で握り込み、力のままに振り下ろす。
樹木と相違ない太き足に接触するが、鈍く、重き感触が腕へ痺れ渡る。接触部は体毛が移動しただけで詳細は分からず。全力なれど鞘に納められる剣、鈍器と相違ない。真剣でない事を大いに悔やまれた。
攻撃を受け、再度山崎の存在を認識した赤き巨獣グレディルが振り返った。邪魔された事に憤怒しているのだろう、まさに怒髪天を衝く。濡れているにも関わらず、全身の体毛が逆立ち、唸り声を響かせた。
発せられた殺意を前に僅かばかり怯む山崎。その僅かな間に、巨体が唐突に宙へ舞い上がった。意識の変動を縫うように、赤く染まった後足が急速に膨張、反発音に似た跳躍音を残して。
周辺の植物など意に介さず、宙で身体を翻して旋回、一瞬反応に遅れた山崎を飛び越えて着地する。激しい落下音を響かし、地を僅かに揺さぶり、土煙が舞い上がる。煙に乗じるように、間髪入れず振るわれた前足が砂塵を切り裂く。
霞む土煙を突き抜ける前足、爪は音を唸らせるが感触は伝わらず。その上部に軽き重みが加わった。其処には山崎が立ち、其処から前に向けて飛び出さんとしていた。
驚いたとは言え、巨躯から想像出来る身体能力に対しては動揺はなく、遅れたものの対応は追い付いていた。本気で跳躍すれば辛うじて振り抜かれた足を越え、乗る事にも成功した。
次なる攻撃を、反撃を与えんとして飛んだ直後であった。グレディルとて、複数の展開を考えていたのだろう、対処は早く、山崎は死を覚悟した。
巨大な口内、赤く滲む牙が乱立する。一つ一つが人の武器に匹敵、或いは凌駕し、啜った命の数が数え切れない淀んだ照りを見せる。
放たれる生臭い獣臭はまさしく死臭だろう。目の当たりにし、接近すれば冷や汗が噴き出すほどに理解して。
鈍い眼光は山崎を捉えていない。それでも確実に彼を仕留める為に、巨大な口が際限なく開く。互いの軌道は接触し、一方的に飲み込まれる事は明白であった。それでも山崎は手を考える、起死回生の一手を。
巡らせ、順じて身体が動きつつある時、怒号が響き渡った。
「この、ボケがァッ!!」
それは罵倒であり、今の感情の全てが篭められていた。それが両者の耳に届くやいなや、巨体が唐突に傾いた。
直下、赤き巨獣の足元にはガリードが立つ。怒りを宿した面で、あの巨大な剣を振り抜いた姿勢で立っていたのだ。正しく、力の限りに武器を振るい、体格差も関係なく強引に振り抜いていた。
この一撃が山崎の窮地を救うと同時に好機を生み出した。唐突の衝撃と痛みに怯み、開かれた口が狭まり、確認の為に顔が動く。それが山崎の行動に邪魔がなくなり、隙となった。
唐突な展開よりもガリードの生存を知り、内心打ち震えるほどに喜びを抱いた山崎。だが、今は目の前に集中し続ける。間近になりつつある巨大な眼光に意識を尖らせて。
剣を両手で持ち替え、刀身を下方に向けて振り被る。己が動きに自重を乗せて接近する。まさに目前にした時、強烈且つ熾烈な視線が注がれた。殺気の根幹を体感するが関係なく、回避が始まっても逃さず、全力全身を使って剣を振り下ろした。
赤い眼球は柔らかく、大した力を入れずとも沈み込む。込めた為に根元まで深々と沈んだ。瞬時に引き抜かれた栓に続くように真紅の液体が噴き出す。眼球を構成する赤き液体が周辺に飛散した。
同時に激痛は駆け巡ろう。巨躯が暴れ出した事がその証拠。顔を押さえ、のた打ち回る。周辺環境への被害は尋常ではなく。
苦しみもがく姿の付近で、腕を赤く染めた山崎が降り立つ。丁度傍にはガリードが立っており、まだ怒りが顔に刻まれていた。
「ガリード、逃げるぞ!」
「・・・おう!!」
一瞬、不服そうにするも依然状況が優位でない事を判断し、反論なく受け入れられていた。
脱兎の如く、怒りで痛みが麻痺するガリードと共にマーティンの元へ駆け寄る。ガリードに移動させられたであろう彼は木に凭れており、苦しそうな表情を浮かべる。その目は開かれ、気絶から復帰していた。
「生きているな、マーティン!」
「ええ、しぶとく生きていますよ」
苦しそうな声で皮肉を吐く。それだけ余裕が残っており、安心を抱いた山崎はガリードと共に彼の脇に腕を回す。挟んで担ぐようにし、そのまま走り出していく。
「手荒になるが、我慢しろ」
「まだ、苦しまなければならないのですね」
「悪ぃな!」
苦痛の表情を浮かべる者の文句に、苦痛を抱く者が雑に謝る。その遣り取りの最中でも足を止める事は無い。
彼等が向かう先は続く道ではなく、獣道すらも存在しない藪の中。だが、一々避けて進んでは埒が明かないと構わず突き進む。それが功を奏すのかは分からず、今は逃げる事だけに念頭に置いて。
ふと、後方を確認した山崎。木々で狭まる視界に赤は存在せず、追っていない事を理解する。けれどもその胸には安心はなく、再度前に向いて足を動かしていった。
彼等が逃走した後、赤き巨獣は苦痛と憤怒の中に沈んでいた。
小さくひ弱な餌共。敵と見做しても少しでも攻撃すれば蹴散らせる弱者。だが、奴等を喰らう処か、返り討ちに遭った。それに打ちひしがれ、痛みに、苦しみに苦痛で彩られた呻きを鳴らす。
自身への不甲斐無さはあるだろう。だが、それよりもまず、彼等に対する怒りが身を焦がしていた。その炎はやがて身を突き破る。
自身すらも燃やす感情は言葉で表現される。虚しく響くだけで払拭などされず、当然、憤怒は治まる気配すらない。それでも吼える、屈辱にただ吼える。痛みに苦しみ、地面を抉り続け、痛覚が麻痺を起こすまで耐え続けるしかなく。
憤怒と憎悪に塗れ、その身を猛る大火の如く、身を包む毛を赤く逆立てたグレディルが再び動き出すのは、もう少し後の事であった。
山崎、そしてガリードが恵みの村、フェリスから戻り、一日が経過した。朝が迎えられたセントガルドの空は変わらず晴れ渡り、空を過ぎ去る小鳥は優雅に心地良さそうに。
数日経とうと、昼夜問わず閑寂に包まれた、人と人を繋ぐ架け橋の施設。朝とは言え、光の届かぬ場所には火が灯されておらず、変わらず薄暗く佇む。
起床した彼等は各々の部屋を後にし、正面玄関の広場に介していた。二人の前にはレインが立ち、これからの予定を話さんとする。
「集まってくれて、ありがとうね。それに僕よりも早く集まってくれて」
「良いっスよ!レインさんより早く来ないといけないっスもんね!」
調子の良い、好感を与えるような口振りと台詞を吐くガリード。その隣に立つ山崎は厳しい視線を浴びせる。ベッドの中で涎を垂らして熟睡していた所を、暴力を以って漸く起こした事を思い出して。
「何事にも真摯に、やる気を出すのは良い事だね。そう言う人は僕は好きだよ」
「本当っスか!?俺、頑張りますよ!!」
煽てられ、調子に乗った彼は興奮して喜ぶ。その姿にやれやれと溜息が吐き捨てられていた。
「さて、二人はまだ、この世界に来て日が浅し、セントガルド城下町の生活も慣れてないでしょ?」
この世界に来て間も無くにフェリスに移って一週間を過ごしたのだ、陽が浅いのは当たり前であり、慣れていないのも当たり前であった。
「だから、雑務をこなして仕事に慣れつつ、此処の生活に慣れる・・・」
「レインさん、良いっスか?」
「何?」
大まかな予定を語っていた途中、話し出した頃からずっと暗い面持ちのガリードが口を挟む。声色は低く、その面に陽気さ、気軽さは無い。
真剣な面持ちで遮られたレインも相応の面で対応する。気を荒げる事無く、一呼吸を置いてから穏やかに。
「・・・沼地地帯の探索に、出ても良いっスか?」
その告白にレインの面はより深刻さを際立たせる。隣に立つ山崎も心中を察して眉を寄せた。
「レインさんやフーさん、先輩達の事を疑っている訳じゃないっス。まだ、経過って聞きました。でも、俺、信じられないんスよ、如何しても・・・如何しても、母さんが、見付かんねぇ・・・なんて。だから・・・その・・・」
告げられてからずっと考えていたのだろう、悩まされていたのだろう。葛藤は遂に痺れを切らし、行動に移させようとしている。己が目で確認しなければ納得出来ない事は間違いない。その思いが鬩ぎ、如何しても強くは言えずに口篭もって。
「それは・・・」
「俺からも、お願いします」
悩むレインに、山崎が頭を下げて嘆願する。偏に、友人の思いに応えたい思いで動いていた。引き裂かれるような思いを抱え、気付けばそう口にして頼み込んでいた。
その姿に、ガリードは泣き出しそうな面で小さく感謝の言葉を口にした。込み上げる感情を噛み締めながら。
「・・・そうだね、分かった。行って来ても良いよ」
悩んだ結果、彼は了承を告げた。そう口にした面は柔らかく。
許可を受けたガリードは打ち震えるほどの嬉しさを抱く。
「でも、二人だけで行かせるのは不安が尽きないんだよ、まだ日が浅いしね」
その懸念は、当人も頷けるものであった。まだまだ新人であり、素人と断言されても仕方のない身。その二人だけを送り出すのも憚れよう。
「なら、誰かを付けてくれるのか?」
「そこなんだけどね・・・僕が一緒に行ってあげたいけど、これから用事があるんだ。フーやユウも出払っちゃっているし・・・そうだね・・・」
深く考え込み、空いた部下が居ないかどうかを思い出そうとする。その姿に期待は出来ず、山崎は無理かと溜息を零してしまう。
「う~ん・・・あっ!一人居た。マーティンだ!マーティンと一緒に行って貰うから」
「マーティン・・・」
彼の名が挙げられた瞬間、山崎は不快感を示した。感情を隠さず、睨む面は実に険しく、蛇蝎するように。
「・・・正直に言って、あの男は嫌いだ」
断言するその言葉は直球過ぎた。歯に衣を着せぬほどに、心底から嫌っている事は紛れも無かった。
あまりもの素直な感想を受け、レインは固まってしまう。ガリードも珍しい光景を目の当たりにしたと瞬きを繰り返す。
「そりゃあ、お前・・・分かるけどさぁ・・・」
しかし、山崎が嫌悪し、怒るのは真っ当と言える。出会いは最悪そのもので、下手をすれば命が失いかねなかった行為をされたのだ。その不可解な行為は鮮明に記憶に焼き付けられ、簡単に受け入れ、許せる事は出来なかったのだ。思わずレインを睨むほどに心中は荒んで。
握る剣から僅かに音を出し、面に出るほどの怒りを受け、レインは表情を一瞬曇らせた。和やかな気分は消え、憂う思いに囚われてしまう。多少言い淀んでいるのか、視線が微かに移動して。
「試すと言いながら真剣で斬り掛かる、あれは正気とは思えない。全員が全員、ああいった手合いでない筈だが、とてもあいつとは相容れない。それでも、手を取り合えと?」
激しい怒りが再燃した山崎は拒絶の意を示す。猜疑し、嫌悪するには十分過ぎる、不可解な行動で不快であったのだ。
また、そのような人物が仲間である事に対しても疑問を抱き、その疑心のままに吐き付けていた。
言葉を受け、否定出来ないレインは険しい面で黙する。間に挟まれてしまったガリードは如何にか鎮めようとし、如何にも出来ずにわたわたとして。
「・・・マーティンのあの時の行為は不快に、なるよね」
渋く険しい表情で俯き、怒りは尤もと答える。その所作に山崎は怒りを僅かに抑える。
「・・・でも、あの事はマーティンに厳しく注意している。あれは、確かに許せないからね・・・」
振り返り、部屋が構えられた二階を眺める姿に憤りを感じる。その点に関して真っ当に叱責し、尚も怒りが残っている事が読み取れた。
「・・・仮に、この阿呆の言う通り、殺意はなかったとしても、あの行為は容認出来る訳がない。未だに釈明も無い。今更釈明されても、信用・・・出来るか」
「マーティンも反省してて、今度会ったら謝罪するって言ってくれた。だから、信用してくれないかな?」
「謝罪だけで解決する事じゃないだろ!あれが、その程度で終わらせて良いのか!?お前は、それで許したのか!?」
遂には我慢の限界に達し、怒鳴り散らしてしまう。例え、恩人の顔を見立ててくれと言ったとしても許しはしないだろう。
「良いじゃねぇかよ、お前がそんなに怒んなって。俺は気にしてねぇし、お前は根に持ち過ぎだぞ?」
二人の間にガリードが割って入る。言葉通り、気に留めておらず、彼の怒りを鎮めようと取り持とうとしたのだろう。だが、その態度に山崎は更に怒りを抱く。
「お前は狙われたんだろうが!何でそんな悠長に構えていられる!?簡単に許せる事じゃ・・・」
「だから、俺は気にしてねぇって言ってんだろ?反省してるんだったらそれで良いし、謝ってくれたら忘れるしよ。お前だって、ムキになってやり返してたじゃねぇか。はっきり言って、お前もお前で酷かったぞ?どっちもどっちだろうが」
「それは・・・」
狙われた当人が擁護するような台詞に怒るのだが、冷静に言い返されて返答に詰まらせてしまう。それは事実であり、難しい顔で俯く。
「どっちにしたって、手が空いてんのはマーティンで、俺は行きてぇから良いけどよ、お前は無理に着いて来る事はねぇんだぜ?」
呆れるような表情で選択に迫られる。そう、嫌悪し、同行したくないのならしない事も一つの手。心が定まらない内に無理に和解に向かおうとしても軋轢を生むだけだ。
「・・・」
選択を前に山崎は険しき面で沈黙する。零す溜息には嫌気が滲み、もやもやとした気分を抱え込む事は見て取れる。
「・・・兎に角、マーティンを読んでくるね。まずは謝らせないと」
同行の是非はさて置き、させなければならない事を優先する。その為にレインは二階に向けて歩き出す。彼の背を呼び止める事はされなかった。
「思うんだけど、あっちが謝るんだったら、お前も謝らなきゃ駄目だよな?結構、打ち返してたし」
軽い気持ちでぼ指摘に山崎は眉を寄せて更に黙り込む。それは言われてみればと思い返すように。
反論はなく、広場には静けさが戻っていた。いや、遠くから微かに会話が聞こえる。恐らくはレインとマーティンであろう。直ぐにも足音と思しき音が聞こえ始め、階段の上部から人影が映り始めた。
「・・・お久し振りです、山崎さんに新藤さん。いや、今はガリード、さんですね」
改めて二人の前に立ち、一呼吸を置いて口を開いたマーティン。丁寧に挨拶をするだが直後の笑みは不敵に映った。その為、図らずとも怒りを煽ってしまう。
態度は変わらず、他者を見下すような姿勢。知的であり、何かと他者を評価しかねない無礼さが垣間見えた。
その恰好は初対面の時と同じく白で埋め尽くし、紳士服のように気品と優美さを纏う衣装で包む。白で埋めるのは拒絶の意か、己が意思の真っ当さを示してか。
「そうっスよ、マーティンさん。今日は宜しくっスね!」
「マーティン、で構いません。同い年、ですので気さくに接してくれるならば幸いです」
「そう?じゃあ、宜しくな!マーティン!」
「ええ、宜しく」
早くも打ち解ける二人。初対面の時の事など一切気にせず、気さくに話し掛けて仲良くなれるのは、小事と捉える豪胆さか、水に流せる懐の広さか、単に物事を考えていないか。
彼等の隣、山崎は無表情に近い面で一部始終を睨む。その内心は再燃した怒りを燻らせ、今にも殴り掛かりかねない。それほどに根に持つ事であったと言える。
「お前・・・!?」
我慢し切れず、怒鳴り付けようとした矢先であった。一歩引いたと思いきや、正しき姿勢で頭を下げたのだ。何の躊躇もなく、腰を直角に曲げるほど綺麗に素早く。
思わぬ行動を前にして、出鼻を挫かれた山崎は小さく怯む。
「あの時は、軽率且つ危険な真似をし、二人に不快な思いをさせて申し訳ありません。深く反省し、謝罪を申し上げます」
続く台詞も丁寧に、声色にも相応の思いが篭っている様に感じる。だが、事前に台詞を考えていたようにも思え、誠意が希薄に感じ取れてしまう言葉であった。
素早く身体を起こし、二人と顔を合わせるマーティン。その面には反省の色は見えず、堂々と立ち尽くす。毅然、ではなく、厚顔無恥に。
「気にしてねぇから。仲良くやろうぜ、マーティン」
直後にガリードが彼の肩を叩く。実に気さくで寛大な心意気であろう、言葉通りに歩み寄りを見せる。
それにマーティンは笑みを浮かべ、ガリードに利き手を差し出す。歩み寄りの第一歩である握手を求めたのだ。それに間髪入れずに握り返す姿があった。
「・・・こっちも悪かったな。あの時、お前の行為に腹を立てたが、俺もお前に容赦なく打ち返した。状況を悪化させる要因は俺にもある」
友人に諭され、目の前の姿を見て、思い返したのだろう。山崎もまた自分の非を認め、謝罪して頭を下げる。その面にはまだ不服と取る感情が滲めども、前進は見られた。
「・・・そんな事は有りません。あのような事をされれば憤慨するのは当然です。ですから、山崎さん、貴方に非は有りません」
素直さが今一つ感じられない態度から謝罪の言葉を受け、山崎は多少違和感を抱くが黙していた。だが、続けられた言葉に憤りを抱く。
「私は、お二人に警告をしたかっただけです。危険が溢れている世界なのだと」
「・・・そうか。良く分かった。次からは、口で言ってくれたら有り難い」
罵倒した思いをぐっと抑え、注意だけに終わらせる。余計な波紋を生まぬようにした配慮であろうか。
この遣り取りは歩み寄り、和解の兆候とも言えた。その実、再び瓦解しかねない危うさが滞在していた。それでも互いの非を認め、許しを受け入れるには違いない。確かな姿を前に、レインは嬉しそうに笑みを零していた。
「さて、仲直りした所で、マーティン、後は頼んでも良いかな?」
これから何かしらの仕事に向かうのだろう、頃合いと見計らってレインが口を挟む。
「ええ、任せて下さい。まず、ガストールさんの所に寄って防具を頂いてから、レイホースと馬車を借り、草原地帯、森林地帯と経由して、最近発見された沼地地帯の探索をする、で宜しかったですね」
「うん。その間の案内と二人の手伝いをしてね。和也とガリードも、充分注意してね」
「分かっている。十分気を付けるさ」
「頑張ってきますから!」
二人の返答を受けたレインは笑顔を浮かべ、施設の奥へと立ち去っていく。一件落着と喜ぶように。
「では、行きましょう。先ずはガストールさんの所です。レインさん曰く、お二人の防具の用意が出来たとの事です」
「ガストールさんの所か、分かった」
彼の期待に応えんと意気込み、陽気を振る舞う後姿にはこわばりが僅かに。
確かな足取りで施設を後にしていく三人。先輩でもあるマーティンを先頭に構えて。
山崎の内、確執は無くなったと思われたが、完全に消え去った訳ではなかった。確かにマーティンの行為は愚かと言えた。けれども非であったと認め、謝罪したのだ。嫌悪感の氷解は出来た筈であった。
しかし、彼等はあの時の事について踏み込まなかった。試すとしたその真意を。そして、彼もまたその真意を話さなかったのだ。後ろめたさが有るのか、或いは。
如何であれ、真意を明かさない事は確執を生み、大きな隔たりに至る恐れがある。それを意識してか、マーティンは何処か距離を置くように構え、山崎も彼に対する嫌悪感を消し切れなかった。
【2】
人と人を繋ぐ架け橋の施設を出て、直ぐに迎えた朝の景色は城下町のほんの一部。それでも十分に、穏やかな光景が広がり、平和であると実感する美景が視界を埋める。
立ち並ぶ建物一つ一つに歴史が感じられる。浅い、深いの是非は兎も角、暖かき人が住む為か、陽とは異なる温もりに包まれていた。
その中で、吹き抜けていく風はやや冷たく感じ、包み込む空気は清々しく澄み切っているかのよう。
視界に映る人々の大体が元気で明るく振る舞う。擦れ違う人々の表情は笑顔一色。見るだけで心が和むだろう。
「聞こえたでしょうが、確認も兼ねてもう一度申し上げます。これから、ガストールさんの鍛冶場に向かって防具を頂き、レイホースと馬車を借り、森林地帯に向かいます。それから、沼地地帯に向かい、探索を行います」
最初の目的地に向かいつつ再確認を行う。これが普段の態度なのだろう、言葉遣いは丁寧だが少々高飛車に。規律正しく歩むがやや先を陣取るように。
「・・・着いたら、どれ程滞在出来るんだ?」
彼の態度に苛立ちを抱くが、それを抑える山崎が尋ねた。それにちらりと確認する仕草は見下すように。恐らくは気分が作用してそう見えたか。
「レインさんからは期間を設定されておりませんが・・・そうですね、何も無ければ一週間、と言う所でしょうか」
「マーティンは先の探索には加わったのか?」
「はい、途中で任務を言い渡されて離脱しましたが。それでも多少は知っていますね。無人ですが、みすぼらしい村と思しき場所が複数個所発見されている、程度ですが」
「・・・なら、人が見付かったとかは・・・聞いてねぇよな」
僅かに抱く期待、希望を尋ねようとして諦めが覗く。最後は独り言のように小さくなって。
マーティンはそれを聞き逃さず、同情を映しつつも厳しい面で見直した。
「・・・あまり、過度な期待を抱くのは好ましくないですね。いざと言う時、取り乱してしまいますよ?」
「おい、事情を知って言っているのか?それは」
厳しい忠告とも言える発言に山崎が反応する。直ぐにも喧嘩腰となるのは言わずもがな。
「聞き及んでいますとも、御母堂を探していると言う事は。ですので、助言をと・・・」
「助言にしては、親を想う気持ちを否定するような口振りだったが?」
怒りを膨らませていく山崎の発言を受け、マーティンはガリードを確認する。思い詰めた面持ちを前にし、僅かに動揺を見せた。
「・・・いえ、申し訳ありません。決して、不快にさせる積もりは有りませんでした。ただ、気を強く持って貰いたかったのですが、間違った台詞を選んでしまいました」
「・・・だよな。いや、確かに、そうだよな。悪ぃな、心配させちまってよ」
直ぐにも訂正し、謝罪を口にする。遠回しな思い遣りに気付いたガリードは笑って許す。その為、山崎はそれ以上の追及をせず、溜息を吐きながら前に向き直していた。
許され、小さく頭を下げたマーティンも再び正面を見据える。その面は僅かに険しく。不器用な性格であり、少々面倒臭い人格である事がそれから見えて。
しかし、山崎の視線は厳しいものであった。そう簡単には人を信じる事は出来ない。そう、最初の印象が最悪であれば、簡単に印象を改める事など出来なかった。
少々、空気が淀みつつも、ガリードが間を取り繕うように振る舞い、辛うじて温和な雰囲気が保たれたまま、ガストールの元へと足は運ばれていった。
人の往来の嵩が増えつつある公道を進み、集客と購買の意欲の熱が上がりつつあるのを実感しながら移動した工業区。
絶え間なく響く作業音の大半が金属を加工する際の副産物。匠の意欲が迸る炎のように。
音と建物の合間を抜けて目的地に辿り着く。他と比べて大きな建物であり、その入り口は隠されているのか発見出来ず。受付であろう、小さな小窓が設けられた壁側にはちょっとした広場が存在する。
「おう、来たな。おお?マーティンも居やがるのか、久し振りだな!そうか、今回はお前が新人共を連れて来た訳か」
到着した時、その広場には大柄な人物が立っていた。足元の何かの存在を霞ませるほど、隆々とした体格で縦にも横にも広く大きく、相応に存在感が強く。
来訪を喜び、豪快に笑うのは鍛冶師ガストールである。人生苦を想像する強面で体格は他人を圧倒し、威圧する迫力を纏う。鍛冶を行う際、大層有利に働く膨れた筋力を有しながらも、でっぷりと太った腹部がだらしなく、人間らしさが見えた。
「久方振りです、ガストールさん。公私共に忙しく、挨拶もままならなかった為、何卒、御了承を」
「相っ変わらずだな、その言い回し!もうちょっとは簡単な言葉で素直に言えねぇかな、この坊ちゃんは」
マーティンの言葉遣いに多少苛立ったのか、力任せに彼の頭を掴むと頭髪をぐちゃぐちゃにするほどの力で撫で回す。当人は大層痛がり、離れようとしたのだが抜け出せずに涙目になるまで撫でられていた。
「久し振りっス!俺の大剣、こんなに立派に直してくれてありがとうございます!」
邪魔をするようにガリードが上機嫌に感謝を告げる。それが彼の手を止めた。
「おう、そいつは何よりだ!どうだ!?使いこなせそうか?」
良い仕事が出来たと喜び、愉快だと笑い出す。絡みが止んだ事で当人は顰め面で身嗜みを整える。
「まだまだきついっスけど、使いこなせるようにならないとっスね!」
「元はお前のものだ、そうなるのが当たり前だからな。頑張れよ」
彼のごつごつとした手がガリードの頭を撫でる。手荒い歓迎を受け、顔を引き攣らせつつも励みとする。
「で、まだ鞘は抜けてねぇようだな」
「そうだな。この状態で手荒く扱っているんだが、傷すらも付いていないな」
「そいつは残念だ!」
封印された中身には興味が尽きないのだろう。まだ解放されていない事に落胆の色が強く、それ以上に怒りを露わにしていた。
その点に関しては山崎とて同じ。解かれない事を恨むと同時に、何故か安心も抱いて。
「そろそろ、これを渡さねぇとな」
閑話は程々にと彼は本題に踏み込んだ。
壁に立て掛けるように、そして乱雑に置かれるのは数々の防具。数点の鎧から始まり、兜、腕甲、腰当、鉄靴と数種類の防具が固められる。それが件の防具であろう。
「これを貰っても良いんスか!?」
真っ先に反応したのはガリード。大袈裟なほど歓喜して駆け寄る。
「おう、代金についてはレインの方から預かっているからな」
「そうか、後々で返さないとな」
「だな」
借りを返す事を目標の一つとして、二人は山積した防具を確認する。
フルフェイスで防護する兜から頭部だけもの、身体全体を守る鎧から胴体だけの胸甲、腕を一頻り包む形状から手の部分だけの手甲、腰当は守り重視か動き易さ重視、下肢を守る脚甲から足を保護する鉄靴と広く。数、種類は少なく、所謂、試着に近いものか。
「どれが良いか分かんねぇな」
「・・・俺は、動きを制限する物は嫌いだがな」
「ちなみに、私の服装も防具です。特注ですね」
選んでいる中、聞かれてもいないのにマーティンが告げる。自慢か、後々の推薦か。
「えっ!?作ってくれるんスか!?」
「そりゃ、要望がありゃあ作ってくれんだろ。金次第だがな」
「そうっスよね」
「まずは自分に見合った防具を見付けないとな」
当たり前の事に笑いを零し、山崎に釘を刺されて再考する。
山崎は比較的早く決まったのだが、ガリードは長考を重ねた上で決定していた。
山崎の防具の基調は暗い銀色、縁は淡い銀色で統一される。穏やかな曲線を描き、攻撃を受け流すであろう胸甲。前腕を守る手甲に下腿を守る脚甲は表側だけが装甲となったもの。守りと動き易さのバランスを取った形である。
ガリードは鈍い黄土色の防具を選んでいた。厚い鉄板を重ねたようなごつごつとした、ロリカ・セグメンタタに類似した鎧、利き腕は鎧と同系統の手甲で固め、多少不安を残す薄さの脚甲で下腿を守る。上体を厚く、その重さを補うように下体を軽くした形である。
早速、二人は装備したのだが、ただの衣服の上から、或いは羽織った為に少々不恰好に映ろう。それは追々見合うようにすれば良いだけの事。今は防御面を向上させ、その重さになれる事を優先していた。
「おお、ちょっとは様になっているじゃねぇか」
「ええ、馬子にも衣裳とは良く言ったものです。見違えましたよ」
抱いた感想はそのまま口に出される。マーティンに至っては余計な言葉が混じっているのだが二人は気にしておらず。
それよりも、初めて装着した筈の防具に妙な安心感を抱く。あるべき姿、本来の自身を取り戻したかのような万能感に包まれていた。奇妙な感覚にマーティンの台詞は届いていなかった。
「如何だ?安物だが、れっきとした防具だからな。役には立つだろうよ」
「・・・しっくりくるな、コレ」
「・・・確かにな。悪いな、手間を掛けて」
やや薄くとも反応を返す。それにガストールは成果を得たと頷く。
「さて、準備は済みましたね。それでは沼地地帯に出発しましょう」
用事の一つを完了したと見做して早々に指示する。久し振りに会った知人と親交を深めようなどとは思わないのだろう。
述べたマーティンは服を翻して立ち去ろうとする、新人二人の反応を待たずに。二人は少々戸惑うが、仕方ないと後に続いていく。確りと別れの挨拶を掛けて。
「もう行くのか、相変わらず仕事熱心な奴だな。まぁ、良い。また来いよ、お前等。特にマーティン、偶には顔を出せよ。武器に防具は定期的に手入れしなきゃなんねぇからよ」
「・・・ええ、存じています。その時は、遠慮なくお頼みしますので」
見送りの言葉に彼は立ち止まって返答する。その台詞は形式上の言葉のようで、心が篭っていなかった。
野太く、力強い言葉で送られながら彼等は外に続く門へと向かう。レイホースと馬車を借りる為に。
【3】
レイホースと馬車を借り、目的地に向けて三人は繰り出す。マーティンが先導を買って出て、山崎とガリードは馬車に乗って。
その道中、マーティンとガリードは和気藹々と会話を行っていた。少々偉そうな、相手の揚げ足を取るような話し方に対し、ガリードは全く気にしなかった事が円満な会話を成立させたのだろう。
しかし、山崎との会話は無かった。双方とも話し掛けようとしなかった事が原因。特に、山崎は最初の出来事を根に持っており、如何しても不快感が拭い切れずに。
「しっかし、変な感覚だよな。俺、つい最近まで学生だったんだぜ?それが、鎧だの、剣だの、魔物だの、頭が追い付かねぇよ」
「何も考えていないだろ、お前は」
不意に零された言動を厳しく切り捨てるのだが、頭には印象深く焼き付いていた。道中でうっすらと思い出し、時間の流れの速さに僅かばかり恨ましく感じていた。
それからも長い行路を進み、森林地帯付近に着く頃には紅時であった。まだ早いながらも野宿の準備が行われ、何の問題も起きずに終了し、その日の歩みは完全に止まる。
ガリードが賑やかす食事時は滞りなく進み、歓談が行われる事無く、就寝は早くに訪れる。ガリードが渋ったものの、いの一番に眠りに就いていた。誰よりも捜索を望み、覚悟しての事。
彼に続くように山崎も眠りに就く。その時、マーティンが気に障る事を呟き、苛立ったのだが指摘せずに横になっていた。無暗に諍いを生まない為に冷静にあしらって。
その二人の姿を見て、マーティンは意味深な表情を浮かべつつも、同じように横となり、次の日を迎えていた。
朝支度を済ました後、三人は森林地帯へ踏み込む。静けさに包まれ、それ故に風の音と枝葉のざわめきが繊細に届く。
木の葉散る中に朝焼けの光が射し込む。まだ薄暗き景色を前にしても抵抗なく進まれる。音を殺して奇襲を仕掛けてくる魔物が居る事を考慮し、周辺に警戒して。
「このまま沼地地帯に直行しますので」
馬車の運転席に座ったマーティンがレイホースを繰りながら示す。前方に続く道を睨みながらのそれは、気晴らしに並んで歩く二人の耳に届く。
「フェリスには行かねぇんだな」
「行く必要がないからな」
率直な疑問は静かに切り捨てられる。その声に力があまり篭っておらず。
「そう言や、沼地地帯には魔物が居るよな?やっぱり」
「生息していると思いますが、私は遭遇しませんでしたね」
「って事は、あまり居ねぇって事か」
「それは分かりませんが、運が良かっただけでしょう。生息していた筈です、しないように願っていて下さい」
それに付いて記憶がないようで二人して首を捻る。レイホースの動きに連動して馬車が揺れ動いた為、その動きは強調されて。
「・・・そうだな。代表的な魔物はグレディルだな。湿気の多い地帯を好んで生息し、真紅の体毛に巨大な体躯を有している。かなりの凶暴さで恐れられているな。ただでさえ獰猛なのだが、非常に気性が荒い上、飢餓状態になればもう手が付けられないほどだ。出来るだけ遭遇は避けたいな。次に・・・」
「おい、如何した?何でそんなに知っているんだ?」
「ずっと上の空のようでしたのに、突然語り始めて驚きましたよ」
唐突につらつらと説明し始めた事に戸惑う二人に指摘され、山崎自身も戸惑ってしまう。知らぬ知識を得ている事に恐怖するが、その感覚は直ぐにも薄れてしまう。
「・・・さぁな。何故か知っていた」
訝しげに眺められ、説明が出来ない為に逃げるように打ち切る。とは言っても、心当たりは薄くともあった。
「そうですか、情報提供、ありがとうございます」
「どっちにしたって、何か居るって事だな」
皮肉交じりに聞こえる感謝と納得の声を傍に、山崎は難しき表情で物耽っていた。これから向かう場所、沼地地帯の一番の特色について長考が続かれていた。
思考を広げる事で薄れているのだが、初めて身に着けた防具を取り付けた心地は上々であった。重さは当然、衣服とは異なる硬質な鎧等で動きは多少阻害される。だが、武装している事が自然であるかのように、身体に馴染んでいた。それは、剣を手にする状態と同じように。
それに付いてはガリードも同じであろう。寧ろ、何か物足りなさそうな素振りを見せていた。身体を動かす中、自身を守る防具を眺めて不満そうな表情を示したのが証拠か。それでも納得するように前を見据えていた。
一刻も早く身体に慣れさせるように、そして、新たな地帯の探索を行う為に三人は進み続けていく。次第に空は明け、森の中に射し込む光は強くなる。それでも薄暗く、徐々に生物の声や小動物の姿が見え始めた景色を前に、足音を響かせていった。
「もぉ~、だりぃし、疲れちまったよ。動きたくねぇ・・・あと、どれぐらいになったら着くんだ?」
森林地帯に踏み入って数時間が経過した。途中で休憩を挟みつつ歩き続け、馬車の中で休みつつ目的地を目指した三人。その周りに劇的な環境変化はなく、外敵に襲われる事も無く、周囲の景色は静かなものであった。
その為、疲労以前に退屈を覚えたガリードが駄々を捏ね始めた始末。こうなってしまうと子供のような無邪気さが無い分、執拗で五月蠅く面倒でしかない。
「・・・お前は、我慢を覚えろ。そして、忍耐する事を学べ」
辟易とした溜息を吐き、厳しく突き放す。もう見慣れてしまった態度を前に、一々相手をする事も面倒であるが故に。
「そうであれば馬車で休めば良いでしょう。沼地地帯についても、私の記憶が正しければもうじき到着する筈ですよ」
「んな事、言ったって、全然着かねぇじゃねぇか」
「私の記憶を辿るのみですので御勘弁を。まだ、地図等が完成されておらず、未完でも持ち合わせていませんので」
「あ~も~、疲れた!まだかぁ!?」
駄々を捏ねる姿はとても親を探す為とは思えない。邪な思いで見れば、気晴らしに向かっている様にしか見えない。だが、尚も歩みを緩めず、前に進む意欲が一時たりとも途切れない事から、駄々こそが気晴らしと思えて。
文句を垂れる姿に、彼を良く知らないマーティンも困った表情を浮かべて言葉を詰まらせてしまう。後輩とは言え、同年代。気軽いとは言え、まだ知り合って日数も少ない。扱いに困るのは普通だろう。
「・・・悪いな、この阿呆が面倒を掛けて」
「貴方の気苦労をお察ししますよ」
皮肉を返すように素直な感想が返される。同情され、複雑な表情を浮かべるしかなく、傍の五月蠅さを無視して、延々と続く道に沿って歩み続けていく。
途中で道は分岐する。人工的なそれは藪を掻き分けて突き進むように伸びる。立て札も無く、一度も通行した筈が無い為、何方も行く末を知る筈がない。それでも片方はフェリスに続く確信があった。
その思いを抱く中、マーティンは迷いなく、フェリスとは別の方向に進ませる。その先に沼地地帯がある事は想像するに易く。
分岐した道を進み始めた頃にはガリードは駄々を捏ねる事はしなくなった。口を閉ざし、真剣な面で黙々と歩き続ける。次第に近付きつつある事を認識し、胸の内で迷いと決心が鬩いでいるのか。
黙した彼を見て、気持ちを察したのか、マーティンは話し掛けず、レイホースの操縦に集中していた。山崎もまた、警戒を続けながら歩みを続けていた。
風と枝葉の囁きしか聞こえない時間が続く。道中は順調に進んでいると思われた。その直後の事であった。
唐突にレイホースが立ち止まった。怯え、嫌がるように首を振るい、足を地に固定させてしまった。
「あれ、如何したのです?早く進みなさい」
命令して手綱を振るうのだが、首を振るって地団駄踏むのみ。鼻を鳴らし、逃げ出そうとする仕草に映る。
「如何した?急に」
「いえ、分かりませんが・・・」
原因の分からない様子に困惑するマーティンとガリード。それでも進もうと思案し、手綱を振るわれる。その作業に集中している最中、何処からか、何かの音が鳴り渡った。
「魔物!?」
確かな気配を感じ、三人は周辺を警戒する。広がり、植物が乱立した彼方を睨む。だが、特異な点は見当たらず。
警戒を解いた瞬間、付近で騒音が鳴り響いた。再び緊張が高められ、視線を移した直後、彼等の直ぐ隣で破砕音が轟いた。同時にレイホースの絶叫が響き渡った。
地面が僅かに揺れた中、大小様々な破片が周辺に散乱した。その物音に混じり、断末魔の如き呻きが滲んだ。喉を絞められ、絞り出すようなそれはレイホースのもの。
またもや振り返る。その先に展開された光景に、山崎とガリードは目を疑った。気付いた時、漸くそれの息遣いを感じ取れた。
巨大な相貌が彼等を見下していた。赤き眼光を光らせ、鼻頭に浮かばせる血管は脈々と。溢れそうなほどの憤怒を刻み込んだ顔は見る全てを硬直させよう。
その巨躯は目を疑うほどに大きかった。何人も乗れる馬車よりも幅のある胴体、大木の如き四肢、身の均衡を保つ尾でさえも人の身では及ばぬ太さを有する。
膂力は身から想像出来る通り、人の身で造った馬車を粉砕して直立する。体重もまた同様に、下敷きにした馬車を炉辺の草木を踏み躙るかのように粉々にして。
肥満を一切感じさせない巨躯は赤に染められる。体毛が赤いだけだが、何故か濡れており、血を全身に浴びたかのように悍ましき姿と映った。
その存在はグレディルである事は間違いなかった。特徴が一致しているのだ。けれど、その個体は記憶に合致しなかった。あまりにも掛け離れた体格であるのだ、一回りも二回りも巨大であり、同時により強力であると悟る。何よりも、些細な事だが、周囲の枝葉を歯牙に掛けず、圧し折っている姿が恐れを煽った。
当然、纏う空気が他と比べ物にならない。正しく強者、他を寄せ付けぬ覇気を纏って君臨していると言っても過言では無い。逃げる事は出来ないと悟るしかなく。
「・・・っ!」
言葉を疑わずには居られないだろう。あまりにも巨大な身、他の存在を餌としか見做さない視線。何より、先述の凶暴さを示すように、赤が滲む鋭き牙を並べた両顎がレイホースの首を刺す。歯茎を剥き出しにし、レイホースの身を容易く貫いて立つ。今にも噛み千切りそうに。
圧倒的な力を誇る存在を前に、山崎、ガリードの二人は硬直してしまう。明らかな敵を前に、恐怖して足が竦んでしまったのだ。
幾ら、魔物と戦った事があるとは言え、本能で怖気を抱くほどの存在とは出会っていない。故に、それは当然の摂理とも言えた。
見定めているのか、何故か沈黙する赤き巨獣を眺めているだけの山崎であったが、とある事実を思い出す。それはマーティンの安否であった。
彼は馬車の運転席に座っていた。咄嗟に飛び出す姿も無かった。なら、巻き込まれてしまった恐れがある。
拘束されたかのように鈍った身を動かして視線を移す。散乱する、馬車であった破片の中、巨獣の足元に人の姿を確認した。白き衣に身を包んだ、マーティンである。
巨体の下に居る為、その生死は判断する事が出来ない。生きている事を望むしかなく、眺める者は気持ちを逸らせようか。
巨獣は手を付ける事はしない。眼中に無いのか、先ずは食い応えのあるレイホースを優先したのか。時間の問題であるとともに、猶予がある事を推察し、山崎は気力を奮起させていた。
静かに剣を、黒い柄を握り締めた。僅かな希望に縋り付くように強く、歯を食い縛り、ゆっくりと構えていった。
【4】
「ガリード、俺が惹き付ける。その間にマーティンを回収してくれ」
「!?お前、あんなのを相手にする気か!?」
勝利する光景を想像させない相手を前にして、決意に満ちた発言にガリードは驚き返る。耳を疑い、発言した友人を即座に確認する。
「するしかないだろ、頼むぞ」
至極真面目に、冗談の類なく言い放つ。その目は既に立ちはだかるグレディルを睨み、構え行く剣を握る拳の固さが意思の固さを物語る。
「・・・おう、任せろ」
一片の曇りのない気迫の篭った面を前に、ガリードも直ぐにも心が定め、相応の面で返答する。背負う大剣を引き抜き、怖気を跳ね除ける戦意を漲らせた。
小さな存在の確かな敵意を前にした赤き巨獣の顎が動く。咬合により、肉と血が弾け飛んだ。音が聞こえるほど強く、レイホースの亡骸は地面に散らされた。
赤染まった下を見ず、下顎や頬を鮮血で染め上げながらも咀嚼の動きはない。敵意を見せる存在を前に食欲は失せてしまったのか。
「やる気のようだな・・・上等だ!」
既に恐怖は消え失せたガリードは反抗心を漲らせて全身に力を篭める。山崎もまた、静かに戦意を漲らせて戦闘態勢を取った。
とは言え、内心では不安が根付く。巨大な生物を前に、勝利する未来が見えない。そう、まともに対峙すれば十中八九、死に至るだろう。だが、遭遇してしまった以上、逃げる事は叶わず、腹を括るしかない。その不安が戦意に掻き消されず、小さく燻っていた。
奮起させた戦意を示すように、引き抜かれた大剣が豪快に振り下ろされた。力のまま振られたそれは土を抉り、飛び散らせる。それが戦いの火蓋を切る事となった。
隙と見做したのか、思いが定まったのか、赤き巨獣グレディルは二人を見下したまま身体を低くしていく。
確かな動き二人は警戒し、互いの距離を開けながら距離を徐々に縮める。一時の油断は許さず、僅かでも視線を逸らせないままに。
彼等の動きを眺めながら赤き巨獣は息を息を吸い込み、間髪入れずに大口を開けた。巨大な舌を震わせた直後であった。
周辺の空間が震え立った。大口から衝撃波が生じ、広範囲に渡って僅かな衝撃を伴って伸展、彼方に向けて響く。だが、それは副産物。要は、発破音に匹敵する轟音である。そう、それは単なる咆哮に過ぎなかった。
しかし、体格から想像出来る肺活量から繰り出された発声は武器に成り得る。実際、間近で浴びせられた二人は苦しむ事となる。
突発的な両耳孔に生じた激痛に身を屈んでしまう。苦痛の呻きを漏らした所で、強く耳を押え付けた所で逃れられない。音は身体を伝わり、容赦なく彼等を苦しめた。
だが、それは一瞬の出来事。瞬く間に轟音は衝撃と共に突き抜けて消える。その僅かな間、小刻みに震えた衣服の内で振動した感覚すらも味わって。
音が消えたとしても痛みは彼等の内に焼き付けられた。それ故に頭痛に悩まされ、轟音の影響で耳鳴りも相まって聴覚が麻痺してしまった。
痛みに顔を歪ませる山崎だが懸命に顔を上げて周囲を、赤き巨獣を確認しようと足掻く。彼の近くのガリードも同じように敵を確認せんともがいて。
前方を確認した直後、彼等の身に怖気が走った。周辺に舞う木の葉、落下する枝など些細な事。それを生じさせる原因が問題であった。
目前には、巨体が立ちはだかっていた。近過ぎて胸元しか見えず、緑の天井を貫いて前腕を振り上げていた。路傍の何かなど気に留める必要さえない。関心などなく、ただ目の前の存在に集中して。
「何時の間に・・・」
思わず驚きが声になるのだが自身の耳には届かない。耳鳴りと聴覚の不調の為、接近や攻撃にも気付けなかった事が遅れを取った。
反射的に動き出す二人。静寂に染まった視界は、逆立つ真紅の前足が振り下ろされつつある。遅く映ったとしても体躯と見合った膂力から繰り出された速度は単なる距離感の錯覚である。
その前腕は人を踏み潰すには十分な大きさであり、対処の遅れは死を意味する。転倒等の失敗は以ての外。
深慮も必要ない。努める事は回避、目の当たりにした二人は即座に専念する。瞬きよりも速く、確実に避けられる方向へ蹴り出す。結果、分断されるように反対方向に前転を行った。
そこで防具を装着した利点が現れた。腕甲や鎧を利用して衝撃を緩和すると同時に回転をスムーズにし、着地と起立に停滞を挟まなかった。
距離を稼ぎ、動向を観察せんと地を蹴り出す山崎。その直後、踏み止まって旋回する。彼の視界に映り込んだ巨獣は、別行動に移るガリードを睨み下げていた。マーティンの保護に向かう彼を狙い、腕を上げんとしていたのだ。
まだ身中に残る震動を振り切るように掛け、隙だらけの巨獣に接近し、力の限りに剣を振るった。両手で握り、力の限りに叩き込んだ。確かな手応えと同時に、反発する感覚と感触から一筋縄ではいかない事を理解した。
赤き体毛に包まれた脚は精錬されつくされたかのように硬質化していた。湿っても尚硬き体毛の内、皮膚すらも並みの刃では通さないだろう。筋肉は鋼を折り合わせたように、骨はまさしく金属だろう。たった一撃と言えど、認知するには十分過ぎた。
その一撃は単に隙を衝いただけではない。救助に向かうガリードの行く手を阻む巨獣の意識を逸らし、意識を自身に集める為であったのだ。
びくともしない赤き巨獣だが、怒りを含んだ唸り声を滲ませてゆっくりと振り返る。その所作からも強者を匂わせ、対面する者に力の差を植え付けようか。
僅かに体毛を逆立たせた巨獣は腕を上げ、鬱陶しい山崎に向けて振り抜く。ただただ振り下ろしただけのそれは命を奪うには十分であり、雑な攻撃を躱すには容易いものであった。
単純な体格差故、回避には手間取るものの間一髪で避けられる。冷や汗を掻く山崎の後退する視界、端ではマーティンに駆け寄るガリードの姿が映る。直ぐにも生死が確認された。
「山崎!大丈夫だ、息してる!でも、起きねぇぞ!?」
生存は確かめられた。だが、気絶している事は悪き状況を続かせた。悪く言えば枷が出来てしまったのだ。
「っ!お前はそいつを連れて逃げろ!」
「逃げろって、何処に・・・」
「兎に角逃げろッ!!」
まだしがみ付く耳鳴り、鼓膜に伝わる痛みすら喝を入れるように怒号する。命を何よりも優先させる為に、迷いを払拭させる為に。
「・・・分かった、頼むからな!」
彼の剣幕に押され、信頼を置いて避難に応じる。気絶したマーティンを抱えるようにし、所構わずに駆け出す。重き物を背負い、人を抱えている状態で小走り程の速度で走って。
必死の形相で逃げるガリードの存在に、赤き巨獣は面を移動させる。標的とするのはその場で一番に弱った生物、或いは動きの鈍い生物であろうか。視界に、耳に入ったならば見逃さないだろう。格好の餌食であれば尚更に。
「ガリード、狙われているぞ!注意しろ!!」
「早速、俺からかよ!」
身体を旋回させ、追撃せんとする姿を前に注意を喚起する。その間も巨獣に向けて全力で駆ける。
それに文句を垂れ、必死に逃げようとするが獣の脚力には敵わず。彼の苦しさを嘲笑うかのように、四肢の脚力を用いて跳躍、逃走方向へ立ちはだかった。
地を震わし、風を巻き上げて着地した赤き巨獣は呻きを零して前腕を振り被る。眼下で蠢くガリードに狙いを定めて。
「ッ!」
危機感に彼は咄嗟に木陰へ隠れようとする。だが、障害にしようとした木は頼りげなく生えて。
膂力のまま腕を振り下ろさんとしたグレディルだが、直前で何かに気付いて軌道を変える。その眼前には宙に浮く山崎の姿があった。剣を振り被り、前方の顔だけを睨んで。
事前に駆け出し、己が脚力と付近に生えた木を利用して跳躍する事で彼は間に合って見せた。しかし、同時に自身を危機に陥らせてもいた。
鬱陶しい存在を払う為、直前で軌道を変えた巨腕。小さな山崎を狙らった赤き腕は軽い衝撃を経て、空を叩き払った。その通過した空間にはまだ、彼は居て。
接触する寸前、巧みに身体を翻して擦れ擦れで躱し、通過する一瞬の内に逆に利用して蹴り、更に前へと進む。
尚も叩き払おうとするのだが遅く、山崎の渾身の一撃が鼻頭付近に叩き込まれた。
確かな手応えを腕に、落下していく山崎の目が捉えたのは顔を打たれて怯む姿。馬車を砕かれ、レイホースを犠牲にされ、マーティンに危害を加えられ、その一矢を報いたと言えようか。
だが、単純な体格差による頑丈さを示される。山崎が着地する寸前、巨体が動く、巨腕が振るわれたのだ。それは感情の赴くままに、激情に駆られるように。
声を漏らす暇もなく、悪寒に襲われた山崎は一心に回避に努める。脳内では手段を巡らせていた。跳躍で飛び越える、下を潜り抜ける、横へ躱す、或いはと。考えが定まる前に彼の身体は動く。
空気を震わせて振り抜かれる巨腕、叩き砕く為の手や引き裂く為の爪が火花を散らす。耳を劈く音と共に煌く破片が舞う。そこに赤は無く。
「っ!ガ、ガリード・・・ッ!」
強き衝撃を受け、地面に転がされた山崎は呻き声を漏らす。横へ逃げようとした身は大きく弾き飛ばされ、強く身体を打ち付けてしまった。腕を守る腕甲には痛々しい爪痕が刻まれて。
それでも彼は友人を心配する。巨腕の射程距離に入っていた為に。
動作の音か、山崎が打たれた音なのか、直前で何かを察知したのだろう、ガリードは急遽反転する。マーティンを脇に抱えたまま剣を地面に突き刺し、歯を食い縛り、全身に力を篭め、剣に身を傾けて踏ん張った。
逃げられないと即座に判断し、対抗するように防御態勢を取った彼に巨腕が接触した。
太く、使い込まれた真紅の爪を生やす手の平が彼の身を隠す。その瞬間を目の当たりにした途端、山崎は錯覚に襲われる。光景の流れが急激に鈍化、極限に遅くなったのだ。
その中で、手が大剣を叩き、腕力に任せて彼の身体を叩き上げられる。抗い切れず、足は地から離れていく。そして、巨大な手が振り抜かれるまでの間、山崎はただただ見てるだけしか出来なかった。
巨腕が通過し、間も無く付近で物音が鳴らされた。その結果は分かり切っていても、山崎は事実を信じられずに目で追って確認した。
木々が生え並び、植物が鬱蒼と茂らせる地に横たわる二つの人影。力無く倒れ、傍らには所持する大剣も転がる。防御ごと打ち砕かれた彼が無残にも転がされ、巻き添えとなったマーティンも傍に転がる。
現実を目の前にした時、山崎の胸中で怒りが湧くと同時に鼓動の高まりを感じた。目を見開き、呼吸は途切れ出す。脳裏には嫌な予感、想像したくない映像が過ぎった。
泥水で汚れた身体、ダラリと力無く垂れた腕、意識は無く横に向いた顔、その口から流れ出る血、命が尽きてしまった姿。記憶と重なるそれが浮かび、思考は蒙昧とし始める。
「頼むから、生きていてくれよ。頼むから・・・!」
今すぐにでも駆け寄りたい衝動が生まれる。だが、向かうには障害があまりにも大きく、焦った所で無視出来ない存在であった。なら、そうなっていない事を願うしかなく。
不安が刻まれた顔は怒りが上塗りされ、歯を食い縛って剣を構える。二度と失いたくない、その思いに支配されながら。
多少手を焼かされたものの獲物を仕留めたと余韻に浸るように赤き巨獣は旋回する。確実に捕食出来る存在に向け、巨大な四肢を動かす。
付近の山崎を視界から外し、唯我独尊を体現して進み出す。それを前に、焦りと怒りを抱いた彼は駆け出す。生死が分からずとも阻止だけを頭に、全力で足を動かす。
駆ける速度は加速度に上がる。前進に、脚部に過度な力が加わっている感覚を抱いても緩ませる事など有り得ない。視界を支配し続ける赤き巨獣は振り向く素振りも無く、呆気ないほどに接近する事に成功する。
後足に接近すると、勢いのまま剣を両手で握り込み、力のままに振り下ろす。
樹木と相違ない太き足に接触するが、鈍く、重き感触が腕へ痺れ渡る。接触部は体毛が移動しただけで詳細は分からず。全力なれど鞘に納められる剣、鈍器と相違ない。真剣でない事を大いに悔やまれた。
攻撃を受け、再度山崎の存在を認識した赤き巨獣グレディルが振り返った。邪魔された事に憤怒しているのだろう、まさに怒髪天を衝く。濡れているにも関わらず、全身の体毛が逆立ち、唸り声を響かせた。
発せられた殺意を前に僅かばかり怯む山崎。その僅かな間に、巨体が唐突に宙へ舞い上がった。意識の変動を縫うように、赤く染まった後足が急速に膨張、反発音に似た跳躍音を残して。
周辺の植物など意に介さず、宙で身体を翻して旋回、一瞬反応に遅れた山崎を飛び越えて着地する。激しい落下音を響かし、地を僅かに揺さぶり、土煙が舞い上がる。煙に乗じるように、間髪入れず振るわれた前足が砂塵を切り裂く。
霞む土煙を突き抜ける前足、爪は音を唸らせるが感触は伝わらず。その上部に軽き重みが加わった。其処には山崎が立ち、其処から前に向けて飛び出さんとしていた。
驚いたとは言え、巨躯から想像出来る身体能力に対しては動揺はなく、遅れたものの対応は追い付いていた。本気で跳躍すれば辛うじて振り抜かれた足を越え、乗る事にも成功した。
次なる攻撃を、反撃を与えんとして飛んだ直後であった。グレディルとて、複数の展開を考えていたのだろう、対処は早く、山崎は死を覚悟した。
巨大な口内、赤く滲む牙が乱立する。一つ一つが人の武器に匹敵、或いは凌駕し、啜った命の数が数え切れない淀んだ照りを見せる。
放たれる生臭い獣臭はまさしく死臭だろう。目の当たりにし、接近すれば冷や汗が噴き出すほどに理解して。
鈍い眼光は山崎を捉えていない。それでも確実に彼を仕留める為に、巨大な口が際限なく開く。互いの軌道は接触し、一方的に飲み込まれる事は明白であった。それでも山崎は手を考える、起死回生の一手を。
巡らせ、順じて身体が動きつつある時、怒号が響き渡った。
「この、ボケがァッ!!」
それは罵倒であり、今の感情の全てが篭められていた。それが両者の耳に届くやいなや、巨体が唐突に傾いた。
直下、赤き巨獣の足元にはガリードが立つ。怒りを宿した面で、あの巨大な剣を振り抜いた姿勢で立っていたのだ。正しく、力の限りに武器を振るい、体格差も関係なく強引に振り抜いていた。
この一撃が山崎の窮地を救うと同時に好機を生み出した。唐突の衝撃と痛みに怯み、開かれた口が狭まり、確認の為に顔が動く。それが山崎の行動に邪魔がなくなり、隙となった。
唐突な展開よりもガリードの生存を知り、内心打ち震えるほどに喜びを抱いた山崎。だが、今は目の前に集中し続ける。間近になりつつある巨大な眼光に意識を尖らせて。
剣を両手で持ち替え、刀身を下方に向けて振り被る。己が動きに自重を乗せて接近する。まさに目前にした時、強烈且つ熾烈な視線が注がれた。殺気の根幹を体感するが関係なく、回避が始まっても逃さず、全力全身を使って剣を振り下ろした。
赤い眼球は柔らかく、大した力を入れずとも沈み込む。込めた為に根元まで深々と沈んだ。瞬時に引き抜かれた栓に続くように真紅の液体が噴き出す。眼球を構成する赤き液体が周辺に飛散した。
同時に激痛は駆け巡ろう。巨躯が暴れ出した事がその証拠。顔を押さえ、のた打ち回る。周辺環境への被害は尋常ではなく。
苦しみもがく姿の付近で、腕を赤く染めた山崎が降り立つ。丁度傍にはガリードが立っており、まだ怒りが顔に刻まれていた。
「ガリード、逃げるぞ!」
「・・・おう!!」
一瞬、不服そうにするも依然状況が優位でない事を判断し、反論なく受け入れられていた。
脱兎の如く、怒りで痛みが麻痺するガリードと共にマーティンの元へ駆け寄る。ガリードに移動させられたであろう彼は木に凭れており、苦しそうな表情を浮かべる。その目は開かれ、気絶から復帰していた。
「生きているな、マーティン!」
「ええ、しぶとく生きていますよ」
苦しそうな声で皮肉を吐く。それだけ余裕が残っており、安心を抱いた山崎はガリードと共に彼の脇に腕を回す。挟んで担ぐようにし、そのまま走り出していく。
「手荒になるが、我慢しろ」
「まだ、苦しまなければならないのですね」
「悪ぃな!」
苦痛の表情を浮かべる者の文句に、苦痛を抱く者が雑に謝る。その遣り取りの最中でも足を止める事は無い。
彼等が向かう先は続く道ではなく、獣道すらも存在しない藪の中。だが、一々避けて進んでは埒が明かないと構わず突き進む。それが功を奏すのかは分からず、今は逃げる事だけに念頭に置いて。
ふと、後方を確認した山崎。木々で狭まる視界に赤は存在せず、追っていない事を理解する。けれどもその胸には安心はなく、再度前に向いて足を動かしていった。
彼等が逃走した後、赤き巨獣は苦痛と憤怒の中に沈んでいた。
小さくひ弱な餌共。敵と見做しても少しでも攻撃すれば蹴散らせる弱者。だが、奴等を喰らう処か、返り討ちに遭った。それに打ちひしがれ、痛みに、苦しみに苦痛で彩られた呻きを鳴らす。
自身への不甲斐無さはあるだろう。だが、それよりもまず、彼等に対する怒りが身を焦がしていた。その炎はやがて身を突き破る。
自身すらも燃やす感情は言葉で表現される。虚しく響くだけで払拭などされず、当然、憤怒は治まる気配すらない。それでも吼える、屈辱にただ吼える。痛みに苦しみ、地面を抉り続け、痛覚が麻痺を起こすまで耐え続けるしかなく。
憤怒と憎悪に塗れ、その身を猛る大火の如く、身を包む毛を赤く逆立てたグレディルが再び動き出すのは、もう少し後の事であった。
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