此処ではない、遠い別の世界で

曼殊沙華

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もう会えないと嘆き、それでも誰かと出会って

高く聳え、その孔内は贖罪の為に

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【1】

「ユウさん!トレイドの奴が捕まっちまった!!」
 人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーの施設、その最奥に構えた部屋に飛び込むガリード。慌てた様子で事実を大声で伝える。予期せぬそれは部屋に居た者を大いに驚かせた。
「ど、如何したの!?いきなり捕まったって・・・」
「トレイドの奴が法と秩序ルガー・デ・メギルの連中に連行されたんスよ!」
 再度の報告に把握した彼女は難しい表情となるが、直ぐにも納得し、諦めるような息を零す。
「そう・・・」
「そう、ってどうするんスか?何かしてやれねぇんスか?」
「彼は法と秩序ルガー・デ・メギルの職務を妨害した上、魔族ヴァレスに関わってしまった。それが事実なら、捕まるのも当然ね」
「当然って、あいつは困ってた誰かを助けただけでしょ?俺等のギルドの理念云々より、あいつは人として正しい事をしたんスよ!?なのに・・・」
「それが法なの。法と秩序ルガー・デ・メギルが考案して施行し、皆が受け入れた法律。それを破れば、当然、ね」
 そう言われればどうしようもない。公布された法に触れ、逮捕されたのなら受け入れるしかない。だが、どうしても納得が出来なかった。誰かを守っただけで捕まるなどは。
「で、でもおかしいっスよ!あいつは魔族ヴァレスを助けただけ、理不尽な暴行から守っただけ!幾らわりぃって言われる魔族ヴァレスでも、何もわりぃ事してねぇ奴を庇っただけで問答無用で捕まるって、おかしくねぇっスか!?」
「・・・それは私も思うわ」
「そうっスよね!?だったら・・・」
「皆が受け入れた、皆が望んだ法。幾ら苦言を唱えた処で無駄なの。皆が、当たり前と考えているから・・・」
「そんなの、良い訳ねぇだろ・・・」
 過去にも否定の声はあったかも知れない。だが、今日まで継続される法律、それこそが総意と言うものだろう。それでもガリードは納得など出来なかった。
「・・・じゃあ、何にも出来ねぇんスか?」
「そうね、此方から減罰を訴えても無理と思うわ。精々、嘆願程度の意見と彼の処遇を尋ねるぐらいしか出来ないでしょうね」
「・・・分かったっス」
 到底納得出来ない様子のガリードは不満の表情のまま立ち去っていく。己の無力よりも理不尽な法律を前に憤り、如何しようもない悔しさで一杯の様子。だが、どうしようもなく、ただ諦めるしかなく。
 騒々しく立ち入った彼が立ち去り、静けさが戻った部屋の中、ユウは難しい表情で思案する。当然、トレイドの事を考えて。
 その胸の内では疎む感情が徐々に生まれつつあった。レインの一件以来から生まれ、今回の騒動で評価と隣在してしまう程に。とは言え、彼自身に害はない。熱心さはやや薄いながらも、人助けや支援には積極的な姿勢から嫌いにはなれない。それでも沸々とトラブルメーカーとして印象が定着しつつあった。
 そう考えつつ、溜息を零した彼女は立ち上がる。その足は先の件、事実の確認と事実ならば処遇について尋ねる為に法と秩序ルガー・デ・メギルへと。

【2】

 時間は流れ、地中に構えられた牢屋は夜を越えて朝を迎える。日射に因る熱が無い其処は昼夜問わずに冷えて。
 何処かで水滴が落ち、その音が耳元で鳴らされたように響く。その他にも衣擦れの音、誰かが動く音、何かしらの物音が微かでも響き渡るほどに沈黙する。
 地下、牢屋を包み込む寒さは罪を犯した者を苛むように。少しずつだが確実に厳しさを増す。そう、罰だと、戒めろと言わんばかりに。
 篝火が灯されていようが薄暗き場所に収監されたトレイド。その彼は苦痛の寝顔で夢に苛まれていた。誰かが助ける事も無く、ただ苦しみ続けて薄い布団の上で悶える。夢の中で繰り返す記憶、罪悪感に。
 そんな彼を救ったのは善意ではなく、職務であった。
 力強く、正義感を漲らせた足音が地下に響き渡り始める。それは階段を下り出した瞬間から響き、徐々に強くなり、降り立った時の足音は隅々まで響き渡るほど。
「時間だ!!直ぐに起きて鉄格子の直前に立て!!もたもたするなッ!!」
 囚人全ての耳孔に行き渡らせんとする若き声。強制的に目覚めさせるには当然の声量であり、芯まで響きかねないそれは当然に喧しく。
 声と共に囚人達は跳ね起き、文句を垂らす。同時にトレイドも目を覚まし、魘された為の息を整え、汗が滲んだ額を拭いながら鉄格子の前に立った。
 囚人の全てが立った事を音で判断したのだろう、訪れた誰かは歩き出す。囚人達の様子を確認した後、罪状に合わせて今日の予定を言い渡していく。
 刑罰について四段階に分かれる。窃盗や恫喝、法と秩序ルガー・デ・メギルに対する威嚇等は軽微と判断され、牢屋での数日の禁錮刑。その者は食事を渡される。
 先の罪に暴力行為が伴えば低、監視下に置かれて数日の奉仕活動に開発や整地活動に参加させられる。その者も同様に食事を渡される。
 公共の場での著しい犯罪行為、即ち武器を用いた致死に至りかねない行為は中、該当する者は高山地帯に続く馬車に乗るように促されて連行される。また、トレイドのように魔族ヴァレスに積極的に関わりを持った者はこれに当て嵌まる。
 最後に高、殺人を始めとする重い罪を犯した者が当て嵌まる。その者は長期に渡る禁錮刑と懲罰或いは極刑となる。その場に該当する者は居らず。
「お前は中だな。外に行き、馬車に乗り込め」
 そう命令され、鉄格子の扉の施錠が開け、やや耳障りな音と共に開かれる。出るように促されたトレイドは待機していた別の職員二人に囲まれ、一階へと歩み出していく。
 階段を上がり、職員に連行されるまま暗い道を進む。表に繋がる通路を使わず、人目を避けるような通路を行けば、重々しそうな扉に到着する。開き、踏み出せば外へと繋がっていた。
 今の時間帯がどれ程か分からないが、少なくとも朝を迎えている事は晴天を見上げれば分かる。その空の下、トレイドの目の前に広がった風景は表の公道ではなかった。建物達に阻まれ、薄暗く、やや湿り気を感じる裏通りであった。
 備品と思しき木箱、ごみと思しき袋が所に目立つ其処へ案内した理由は犯罪者を表に出して近隣住民達を怖がらせない配慮であろう。そして、もう一つ、馬車が停められている事だろう。
 使い古して木造の外見は補修が目立つそれを牽引する為のレイホースも居り、鼻を鳴らして首を振るう様はやや粗野な印象を受ける。
 それらは法と秩序ルガー・デ・メギルが所有する物か、手配したであろう事は、その職員は険しい表情で傍に立っている事から察する。
「漸く来たか、お前で最後だ。昨日も聞いたと思うが、これで高山地帯へ向かう。其処での刑罰は現地で聞いてもらおう。さぁ、乗れ!」
 腕を組む男性は低い声で説明し、最後は威圧して乗り込むように指示する。それには揺るがないトレイドだが、馬車に乗り込む事には抵抗を見せる。
「何をしている?早く乗れ!」
 此処まで連れて来た職員に背を押されてしまう。それで漸く乗り込む事としていた。それでも乗り込もうとした足は止まり、表情を荒まずにはいられなかった。
 苦渋の判断のように乗り込めば、座らされた囚人達の視線に注がれる。形容様々な、最早同類と呼べる彼等を前に、トレイドは憤りを隠し切れなかった。
 胸の内に湧き上がる、正気すらも狂わしかねない激情。憎悪は怒りを生じさせる。それが彼等とは何ら関わりない事でも、犯罪者である事だけで拳を握り締める要因となった。
 だが、いくら憎んだとしても関係の無い人間。傍に居る事さえも我慢ならないと言うのに、隣に座らなければならない事に腸が煮え繰り返る思いに駆られていた。
 その自身をぐっと、奥歯を噛み締めて我慢し、出口付近の僅かな隙間に腰を下ろす。周囲を刺激しないように、自身も刺激しないように、硬く目を閉じて沈黙する。
 もしも、囚人達に誰かが話し掛けたならばどうなる事か。騒動になる事は間違いないだろう。だが、それは杞憂に終わる。馬車の奥、運転席側に監視として職員が居座り、私語すらも許さなかったから。
 全員が乗り込み、合図が送られたのだろう、ゆっくりと馬車が動き出す。直ぐにも車輪を伝って振動が馬車を揺らす。公道を敷き詰める石畳を渡るその振動は実に不快で耐え忍ぶトレイドを腹立たせた。
 外から聞こえる蹄鉄の音、人々の雑踏や会話に加え、犇めいて座る事から馬車内は蒸し暑くて苛立ちは増すばかり。布とは言え、出入り口を仕切られている為、瞬く間に咽る、熱気に満ちる。その嫌気が滲む皆の中で一人だけが激しい憤りに表情を歪めていた。
 それでも心中で業火の如き怒りを必死に抑えて時間の経過を、延いては到着を心待ちにしていた。
 そうして、馬車はセントガルドを後にし、草原地帯を渡って、遠くに高く聳える高山に向かっていくのであった。

【3】

 出発してどれ程時間が経過しただろうか。ほぼ変化の無い馬車内では感覚が鈍ってしまう。乗車直後から静かだった囚人達も退屈さでかなりげんなりとした様子。閉口し、暗い表情で俯く姿が多い。ただ時間が流れるだけの退屈な時間、ガタガタと揺れる馬車内、咽返る空気と不快しか感じないだろう。
 誰かの咳払いが聞こえる中、その場の誰もがかなり悪い居心地に気分を悪くしていただろう。それはトレイドも例外ではない。
 不愉快な思い、激しい憤りが十分に感じる険しき顔で沈黙する。心中はこの時間、犯罪者と隣接する時間が一秒でも早く経過する事だけを望んで。
 そんな思いを嘲笑うかのように不快な時間は続く。戦慄く拳を押さえ、苛立ちの溜息を吐いて自身の抑制を必死に行い続ける。ただでさえ、不当且つ理不尽な理由で罪を言い渡された。魔族ヴァレス問題の解決の糸口すらも掴めないまま、無駄な時間を過ごさなければならない。嫌悪感を伴う怒りとは別の義憤、それを抑える事を務めて。

 それから何の変化も無いまま更に時間が経過した。何時しか変化した振動の感触、付随的騒音が弱まり始めた事に気付く。馬車の速度が緩やかに低下し始めた証拠、軋む車輪の音色は連れて小さくなっていく。
 その変化を気付き、馬車に身体を預けていた囚人達は期待を抱いて小さな反応を見せる。それはトレイドも同じ、少しだけホッとした表情を浮かべ、直ぐにも険しき形相に戻っていた。
 小さくなる蹄鉄の音が止まり、馬車も音を止めて停止する。直後に外から会話が聞こえる。恐らくは手続きや連行してきた者の確認を行っているのだろう。その会話を耳に、囚人達は安堵した溜息を口にしたりと気を緩めて。
 やがて、外を区切る布が勢い良く開かれた。顔を見せたのは若い男性、警戒し、見下すような面で。
「さあ、到着したぞ!早く出てこい!キビキビ動くんだ!!」
 冷静に、それでも苛立ちを感じる声で囚人達に命令する。怒鳴り声ではなくとも、命令の声は大きく、立場の違いを教えるように。 
 その声を受け、重々しく降ろされていた腰が上げられる。ぞろぞろと、漸くかと言わんばかりの態度で立ち去っていく。出入口付近のトレイドはその様子を俯いたまま感じ、最後の一人になる事を見計らって出て行く。
 人の動きで微かに軋む馬車から外に出ると、迫り来るように乱立する木々の群れが視界を覆い尽した。物静かでも生い茂った広葉と針葉樹。様々な形状の枝葉を揺らす傍では、雑草は他に栄養を渡さんと茂り、花々は木陰に隠れるように。
 凝視するまでもなく森林地帯がトレイドの目の前に広がっていた。大体の位置を把握していた彼の耳が驚く声を捉える。それに振り返ると、高き山が聳えていた。
 全容など捉える事のない灰色が目立つ山、山肌が剥き出しで荒々しく。かなりの傾斜が付いて刺々しい為、山肌を伝って登頂する事は困難を極めようか。その頂点は麓で見上げると霞んで見えない。それでも天を穿たんとする、山の如き鋭さを主張していよう。
 地帯は境界線で区切るように環境は急変する。高山の麓、森林地帯との少し広い場所で馬車は停められ、其処に降ろされていた。
 馬車を回り込み、高山に近付くとその連行された理由が明確に示される。そう、看守の宿舎と思しき建物、高山の一部に設けられた関所と門が物語っていたのだ。
 壁の如き山肌の一部に巨大な穴が一つ、木材で補強される其処は坑道である事は想像出来よう。それの前には厳重で破る事は不可能を思わせる鉄格子と鉄網で組まれた鉄門が頑強な錠で閉じられ、今は入る事も出る事も叶わず。
 その傍には看守と認識出来る衣装で身を包みながらも部分を装甲で固め、槍を持って武装する男が二人。付近に建つやや大きな建物は詰所であり、宿舎の機能も果たす。最大の拠点である事を、監視塔としか見えない部分が山側に高く突き出す。
「貴様等、何をもたもたしているんだ!さっさと歩け!!」
 これから自分達が過ごす場所を眺めていた囚人達に対して怒号が発せられた。それは門前に立つ看守が発しており、もう一人は開門の準備を行っていた。
 怒鳴られ、あからさまに不機嫌となる囚人達だが此処まで連行してきた法と秩序ルガー・デ・メギルの職員にも促され、実に渋々と、不愉快な態度で歩き出す。
 最後尾に位置して歩き出そうとしたトレイドは後方から何かの音を聞き取り、何気なく振り返る。発見したのは車輪の音を立てて立ち去っていく馬車。冷たく突き放すようで、当然でもある光景に溜息を一つ零し、再三急かし立てる職員の声に応じて歩き続けていく。
 開け放たれた鉄門、その奥に続く坑道。踏み入るには少し勇気が居る暗き内部。囚人達は臆する事無く入り、トレイドも続く。
 踏み入った中は暗いの一言に尽きる。坑道にはトロッコか何かを乗せる為の線路が敷かれ、緩やかに蛇行しながら奥へと続く。等間隔で木材で補強され、篝火も同様に設置される。その火は、此処か鉱山でもある事を、やや広く円形に伸びている事を映し出していた。
 二人が並んで通行は出来ないほどの狭い洞穴。圧迫感も感じ、不快に思う人は必ず居よう。それを思うよりも先に見える光を目指して歩く事だけを思い、皆はただ歩く。
 終わりまでの道程はそう長くなく、早々に終着点に辿り着く。眩しさに殆どの者が怯んだ。直ぐにも落ち着き、前を見た者達は唐突に飛び込んできた広場に小さく狼狽える。

 到着した場所は開けた空間、大規模に渡る巨大な山の為に納得するに当然の広さ。整地など為されていないが、ある程度平坦な地面とドーム状の広場が存在した。
 山の内部、詳細が分かるのは天井、正しくは山の一部に穴が出来ており、外の光が射しているから。
 その広場、所狭しとかなりの量の道具が揃えられる。そのどれもが炭鉱の為の道具であり、どれもが黒ずむ、或いは色褪せて消耗され、酷使した証が見える。炭鉱である事を際立たせる、運搬具や使い古した鶴嘴、そして何台のトロッコも置かれていた。
 また、至る場所に看守と思しき人物が立つ。理由は道具の管理と監視の為であろうか。よくよく確認すると、広場に入って左右にも看守は立っていた。
 圧倒されて立ち止まる囚人達の耳へ唐突に届く音。静かなその場故に強く響いたそれは足音。重く強い足音は際立って鳴らされ、更には近付いていた。自ずとその方向へ視線を向ける。その先は広場の中央方向。
 すると、接近してくる大きな人影に気付き、囚人達は警戒する。確認して正体が分かってもその思いは変わらず。
 到着した彼等からやや離れた場所で足を止めたその人物は男性。その第一印象は巨大、そう言い表せる。大食漢なのか、太り易い体質なのか、兎に角全体が太く大きかった。元々の大柄な体格を差し引けば、その腹部は目についてしまう程に肥えて。
 その身を包むのは看守同様、動き易さを軽視し、頑丈さを優先したであろうやや光沢のある硬そうな印象の青い制服。装飾品は極端に少なく、機能性も重視したその胸元にはやはり法と秩序ルガー・デ・メギルを象徴する星が縫われる。その下部には金色に輝く勲章に類似した物が釣り下がっていた。
 凶悪な面構えの為、睨まずとも体格も相まって他者を怖気付かせる威圧感を放つ。その雰囲気、後ろに連れる看守の様子から此処の長、差し詰め看守長である事は安易に想像が着いた。
 その傍に紙束を持つ若者が駆け寄る。威風堂々と、囚人達を吟味する看守長に語り掛ける。大方書類と照合しているのだろう。それは直ぐにも済んだようで、補佐を行った若者が一歩下がり、看守長は大きく息を吸い込んだ。
「全員!整列ッ!!」
 大口から発せられたのはその広場を包む空気を揺るがす大声量。届いたそれは全員の耳に痛みを与え、囚人達は堪らず耳を押さえた。
 一方的に命令され、囚人達は不快感を示し、睨み付けるのだが拒否する事無く並ぶ。権力の差、立場を思い知らされて已む無くと言った様子で。
 遅い足取り、あからさまな嫌気に満ちた態度を前に看守達も苛立ちを抱く。それでも急かす言葉無く、顔を険しくさせたまま整列し終わるのを待つ。
「・・・揃ったな。ようこそ、この採掘場へ。私は此処の看守を務めている。同時に法と秩序ルガー・デ・メギルの職員でもある。拠って、逐一本部に報告している。愚かな真似は自粛をするように。最も、しても意味はないが」
 自身を責任者と語る男性は見た目とは異なり、柔らかく優しい声色で挨拶をする。けれども、計り知れない圧力を放って牽制しており、場の空気は自ずと引き締まった。
「皆、様々だが同じ重さの罪を犯して此処に連行されただろう。此処での刑罰は単純、ひたすらに採掘して貰おう。朝から晩までただひたすらに鶴嘴を始めとする道具で掘削して貰う。岩壁の硬さ、掘削時の伝わる衝撃、それに因る痛み、疲労感を延々と感じ、耐え続ける事が皆に与えられた最大の罰だ。それを深く認識し、反省する事が此処での目的である。よって、まず最初にこれからの生活の為、此処の地理を早急に叩き込む。その案内役として・・・君、案内を頼むよ」
 終始、囚人達を威圧する看守長は傍の看守を一任すると重い足取りで立ち去って行った。
 任命された看守は意気込み、去り行く看守長の背に御辞儀を行い、それから囚人達に顔を向けた。その顔は真剣そのもの、穿つような視線で見渡した。
「案内する、着いてこい!」
 先の真面目で優秀な雰囲気とは一変、怒りと不満を包み隠さずに出して怒鳴り付ける若者。犯罪者と関わりたくない思いが全面に表れて。
 急変する態度に囚人達は苛立つも従うしかなく、不快感を示し、悪態を吐く。それでも立場が下、応じるしかなかった。それはトレイドも同じ、表情を荒めて最後尾を続いていった。

【4】

 まず粗雑に案内された場所は寝泊まりする部屋。光が僅かに射し込む岩盤に囲まれた狭苦しい空間、更に圧迫感を感じるのはハンモックを狭い間隔で作っている為に。それは実に寝辛い事に、二段ベッド顔負けの五つも縦に並び、横にも同じ感覚で五つほど並べられる。
 床には心ばかりの薄く汚れた布が敷かれる。部屋の片隅には水を張った桶、ボロボロの机の上、やや薄汚れた布が畳まれていたりと、上の方のハンモックを使う為の梯子等の道具。管理が悪い事は言うまでもなく。
 その場所から共同部屋である事は明確。だが、部屋と呼ぶにはあまりにも質素、劣悪な扱いである事は言うまでもない。誰もが目を細める、大きくするなど不快感と驚きを示す。トレイドもその中の一人。
「次だ」
 不満が募る中、若者は言葉数少なく、口早に案内を続ける。早く済ませたいと言う態度を大いに示す為、囚人達は当然不快感を示して怒りを抱く。それでも続いていくしかなく。
 そうして案内された先は近く、近付いていけば誰もがその場所が何なのか理解する。漂う異臭に鼻を抓んで。
 生活するに当たって、必ず排泄物は出さなければならない。その処理には当然便所は必要不可欠。けれど、実際の其処はただ深く、底が見えないほどの途轍もない深さの穴でしかない。それを区切る為の小部屋に過ぎなかった。
 従って顔を歪める異臭が生じて流れ出てくるのは当然。その場の誰もが表情を歪めずには居られなかった。
 流石に案内役の若者もある程度使付いて場所を指差して口上で軽く説明するのみ。早々に次へ移る。
「此処は食堂だ。此処で食事を摂れ、指定された時間内でな。それ以外では摂る事は出来ない。頭に叩き込んでおけ」
 一旦、道具置き場でしかない広場を経由し、およそ反対側の通路を通った先、やや暗く構えられた空間について淡々と説明する。
 食堂とは名ばかりと思えるほど埃っぽく、小汚かった。自然で出来たような空洞に机と椅子を犇めいて置き、入り混じった匂いが篭る。風通しが悪く、清潔感は言うまでもない。ならば、食材の管理も疑わしいばかり。
 元より期待など出来ない環境、それでも落胆を抱えてしまう。それは囚人達も同様、各々の顔は決して良いものではない。零れる溜息を背に、案内は続く。
 最後に案内された先は尤も重要な場所、罰を受け、罪を贖う場所、此処に連行された目的である、採掘の場である。
 恰も張り巡らされた蟻の巣を思わせる枝分かれを起こす通路。主要の通路はやや太く、線路が引かれて広場を経由して入り口まで続く。その左右に伸びる通路、人が掘り進めたであろうその道は奇妙に曲がりくね、全てが行き止まりであろう。
 それらを眺めて主要の通路を通ると途中で先輩と言える囚人の姿を発見する。鶴嘴を我武者羅に振るい、けたたましい音を立てて壁を掘削する。その身は汗水と掘削した際の小石で泥だらけに。
 長時間、ただひたすらに削岩しているのだろう。疲労は溜まり、投げ出したい思いで一杯の筈。それでも持続するのは罪を償う気持ちがあるのか、逃げられない事を重々承知しているのか。
「再三言うが、今日からお前はこのように延々と採掘する事になる。例え、手が痛くなったとか、道具が使えないとかで理由を述べて休む事は絶対に許さない。規定まで時間まで掘り続けろ」
 見せしめるように、囚人を指差しながら説明を施す。横柄な態度に視線が集う中、その先輩は崩し出された岩や砂が体積した土砂を手押し車に乗せ始める。その作業はシャベルで行い、細かいものは手で掬い、タイヤを歪ませるほどの重力を人力で運び出していく。
 苦難の表情で進める姿、やや危うげに立ち去る姿を横目にして、囚人達は顔を引き締める。その苦行をしなければならないと覚悟して。
「手押し車で運べ、若しくはトロッコ。最低限背負い籠でだ。それらで外へと運び出し、指定した場所で選別をしてもらう。其処での作業はその時誰かに教えてもらえ」
 程々に通称炭鉱窟を見せた後、道を引き返しながら説明を口にする若者。早く離れたいのか、少し早足で。
「ある程度掘り進められたら誰かに報告しろ。そしたら用意した木材と工具を用意する。それで穴を補強していけ。どのような形にするかは、お前等の先輩にでも聞くんだな」
 少々面倒そうに口を走らせる若者。その説明を耳に、横切ったとある通路に目を止める。件の木材での補強が見えたのだ。素人目から見ても丈夫には見えず、命を預けるには心配が募る。
 次々と重なる作業に殆どの者が驚き、不快感を抱いたであろう。これらを自分等がしなければならないのかと、げんなりとして。
 そう思った矢先の事、再び道具置き場である広場に着いた時、若者が振り返った。不愉快極まりないと言った表情に歪める彼は口を開く。数少なく、二言。
「さぁ、やれ」
 実に乱暴で唾を吐き捨てるように言い放った。横柄過ぎる口調に誰しもが憤りを露わにする。その様を見渡す彼はやれやれと溜息を零していた。
「お前等が不満を言える立場か?さっさと道具を持って掘れ!時間なったら連絡してやる、以上だ」
 言い分としては正しい。しかし、態度や口調が囚人を侮蔑し、罵っているものに過ぎない。怒りを買ったとしても当人は平然、恨みを買ったまま足早に立ち去っていった。
 その後ろ姿に誰もが睨み付ける。だが、それは意味もない行為に過ぎない。もう逃げられず、覆したり、抗うなど出来ない。別の看守の怒号を受け、渋々と受け入れていく姿が見られた。溜息、足や後姿に感情を宿しながら。
 皆の様子を最後尾に立つトレイドは終始激しい嫌悪感を、憤怒と憎悪を胸に渦巻かせていた。何故、自分が犯罪者と共にしなければならないのか、その受け入れがたい事態に溜息を吐き捨てて。深々と、嫌気を深く溜め込み、自身の気持ちを誤魔化すように吐く。それでも募り、蝕むだけしかない。
 淀み、強張った表情に後悔を映し、重き足で歩き出していった。

【5】

 此処の構造として、入り口からの長く蛇行する道を突き進めば天上の抜けた道具置き場同然の広場に到着する。
 入り口に続く通路を起点に左の通路は囚人の生活用スペースに続く。就寝時間前になれば途端に騒がしくなる。時折諍いが起こるほどで、度々看守が怒鳴り込んでくる事もあるとか。
 右の通路は食堂に続き、囚人達にとっては数少ない憩いの場ではあるが、正直心を休めるほどでもなく、味もいまいちであった。
 最後に、線路が続く大きく開いた通路は炭鉱窟となる。罪を贖う為の場所である事はもう一度言わなくても良いだろう。
 炭鉱窟と言えば多少は聞こえは良いだろう。実際、掘り出された鉱石等は世間に出回る。だが、囚人達にすれば牢獄である事には変わりなかった。
 今日からトレイドはその場所で過ごさなければならない。想像するだけで怒りに塗れた表情を浮かべる彼。成り行きである為、当然気が進む筈などない。怒りを爆発しかねない自身に心配と不安を抱えて。
 その彼は仕方なく鶴嘴を握り、余計な事を考えないように無心で振るう。いや、面倒事を起こさないよう、巻き込まれないように切に願っていた。散々に遭遇した彼だからこそ強く願って。
 だが、願うだけではそれは叶わない。現実にする為には日々をこなすしかない。握れば痛むような鶴嘴の柄を握り締め、壁に打ち付けるのであった。
 
 初日早々、作業に取り掛かる事となった。その苦しさたるや、誰しもが空腹に我を忘れ、粗末に思える食事を貪った。碌な諍いなど起こす気力など無く、流れるように就寝に至っていた。
 ただ一人、一人だけがこの環境を、犯罪者達に囲まれる事に虫唾が沸くほどに憤る人物が居た。その者は暗闇の中、表情を険しくさせ、必死に胸に来る感情を押さえ込んでいた。

 岩壁が掘られ、周辺に破片が飛び散る。その様は人生を映しているかのよう。立ちはだかる困難を、様々な道具や技術を駆使して真っ直ぐに、まさに押し通していく。途中に差し掛かる困難は一層硬く、掘削する事が出来ないほどの大きさ、そして広さがあって迂回が出来ない。掘り続けていけば手は破れ、血が滲み、流れていく。それでも進まなければならない。例え、どんな辛い出来事に、悲しい惨事に出遭ったとしても、人は立ち止まってはいられない。彼は尚更、進まなければならなかった。
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「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」 気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。 しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。 「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。 だが……一人きりになったとき、俺は気づく。 唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。 出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。 雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。 これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。 裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか―― 運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。 毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります! 期間限定で10時と17時と21時も投稿予定 ※表紙のイラストはAIによるイメージです

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