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寒く凍て付く雪、温もりに厳しさは和らいで
変わる時、歩み寄る時、変われぬ何か 後編
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【4】
道を引き返した筈のトレイドはとある場所に足を運んでいた。其処に目的の人が居ると聞いた為に。
セントガルドを区分する大通りの公道、それに沿って建てられた其処の目印は白き塔であろう。その先端部には鐘が設けられ、美しい音色を出す。それは白い教会の一部、招く者の安寧と安息を願う場所である。
その敷地はギルド、天の加護と導きが使用する。人の救助を主とする其処もまた、銀龍の被害から免れていなかった。
敷地を囲む塀、植林の殆どが倒されて瓦礫となり、運動場に至ってはそうした波に呑まれていた。ギルドを象徴する教会も半壊に至り、音色を響かせる塔も損傷が激しく、災厄の爪痕は深々と刻み込まれていた。しかし、それによる犠牲者が居なかった事は幸いと言えた。
慣れ果ての教会の内部へ、もう見慣れてしまったトレイドは入る。もう機能を果たせない扉を潜れば、足を止めずには居られない光景が広がる。決して目を背けたくなる惨状ではない、だとしても。
吹き曝した天井や壁から光が射し込む其処には両手では数え切れない人が集まる。与えられた毛布に包まり、多くが満足に動けないままに食事を摂る。そうした者達は重傷者、或いは五体の欠損が見受けられる。
そう、此処は満足に動けなくなった者が集められていたのだ。力に為りたくても出来ない、若しくは面倒を見てくれない天涯孤独となった者を受け入れ、拠り所を喪った者達は此処に行き着いていた。
そうした者達を白い修道服を着込んだ、天の加護と導きの者が世話をする。やや忙しない様子であり、子供達も微力ながらも手伝っていた。それでも、戦闘後よりかは随分と落ち着き、手が回り始めているのだ。
足を止めたトレイドは又聞きだが、当時の凄惨な現場を思い返す。聖復術を扱える者を総動員しても負傷者が増える一方、外まで溢れ返り、医療品は圧倒的に足りずに人手も足りない。挙句に、間に合わずに命を落とす人も居たと。
その時の苦悩は推し量れるものではない。ガリードやシャオから聞いたトレイドはそれだけでも悔やんだ、聖復術を使えず、少しの力になれなかった事を。
哀しみを何とか乗り越えた其処は暗き雰囲気が漂えど、笑顔がぽつぽつと見える。患者も職員も挫けず、何とか堪えた事を察する光景を見渡せば、目的の者を複数見掛ける。其処へ、慎重に歩み寄っていく。
「如何だ?セシア」
今し方治療を終えた彼に問い掛ける。声を掛けられて振り返った彼は暗い表情。その傍には妹のティナと長アマーリアが立っていた。彼女はセシアの一件を聞き、心配して此処に来ていた。
「まぁ、傷は治ったが・・・」
傷は消え、痛みはない。だが、理不尽に暴行を受けた事実は消えない。際に抱えた気持ちもまた。それに硬く口を閉ざし、気に病んでいた。
「トレイドさん、また助けて頂いてありがとうございます」
「いや、礼は良い。偶々通り掛かっただけだ。それよりも、話がある」
責任者としてアマーリアは礼を告げて頭を下げる。それを素直に受け取らないトレイドは本題に踏み込む。それに彼女とセシアは顔を引き締める。切り出す様子から重要な事だと察して。
「近々、法の改定の為の場を設ける。その時、アマーリアに出て貰いたいんだ」
「法の、改定?」
「端的に言うと、魔族を陥れる為だけのそれを、撤廃して貰う為の会談だ」
核心を告げた時、アマーリアは顔色を悪くして押し黙る。セシアも息を飲み、顔を俯かせた。それはティナも同じ、良い顔はせず。
魔族ならば当然の反応、実現するならばこの上ないが、真っ先に浮かんだのは不可能だろう。以前から受けた仕打ちに拠る恐怖である事は想像に難くない。
「私、が、参加するのですか?」
「・・・して貰いたい」
不安に満ちた声で聞き返す。息を詰まらせそうな顔からは不安と言うより、恐怖が見えた。
考え得るは、そう、一人と多数。ならば結果は歴然。言い包められるか、それとも承諾と言う名の傀儡と果ててしまうのだろうか。ならば恐れよう。
「それに参加してもらうのは、此処、セントガルドの住民を代表して貰う者、人と人を繋ぐ架け橋、天の導きと加護、赫灼の血、そして、法と秩序の各ギルドの責任者だ。決まれば、追ってその会場に案内する手筈になるだろう」
「そう・・・なんですね・・・」
そう言葉を零して彼女は難しい顔で煩悶する。その傍、兄妹も同様の顔で思い悩む。特に兄セシアの迷いは強く。
逡巡する姿を眺めながらトレイドは静かに待つ。どのような判断を下すにしろ、彼女達の決断、気持ちを尊重する思いで。
「あら?そこに居るのは、トレイドさんですか?」
不意に話し掛けられ、振り返ると歩み寄ってくるアニエスを発見する。職員に二言三言報告や指示を送る彼女、掛けた眼鏡の位置を直しながら少々暗いながらも笑みを見せて。
「アニエス、広場に居なくても良いのか?」
「休憩と此処の様子を見る為に交代してきたの」
「そうだったのか。なら、丁度良い。頼みたい事がある」
手間が省けたとトレイドは目的を語る。要望は簡潔に伝えたのだが、終始彼女は真剣な面持ちで対面して一考する。そして、口を開いた。
「分かりました、参加します」
熟考には至らず、返すまでの間は分にも至らず。まるで最初から考えていたように。
「早いな・・・悪いが、その理由を聞かせて貰っても良いか」
「ええ、正直に胸の内を明かすと、私も魔族に対して良い印象は抱いて居ませんでした。寧ろ、他の人と同じと言えます」
その告白に当人達は表情を更に暗くする。
「ですが、実際に会い、その人間性は素晴らしいものでした。連日に渡っての献身は誰でも出来ません。それに、あの龍が来た時、皆さんは誰かの為に、身を挺して下さいました。もう、疑いの余地もありません」
本心を語る表情は柔らかく、語る口は迷いの無く。そして、三人に向き合うと頭を下げた。それに戸惑って。
「ごめんなさい、知りもしないで私は貴女達を否定してしまいました」
「あ、頭を上げて下さい。私達は気にしていませんから」
慌ててそう述べるとアニエスは小さく笑いを零す。
「本当に、素晴らしい人達ですね。だからこそ、私達は貴女達と、一緒に暮らしていきたいと思っています」
味方、ではなく、共に生きる人として手を取り合いたいと彼女は告げる。その言葉は彼女だけでなく、聞いていた他の職員も同じ。そして、負傷する者達も同意の声を貰う。そう此処に居る者達は知っている、魔族の事を、その人間性を。
アニエスの、皆の反応を見て、魔族の三人の表情に明るみが差す。元気付けられるように、温かな歓迎を受けたように感動して。
「・・・私も、参加します。少しでも、私達を知って貰う為に、助け合いたい、為に・・・!」
彼女の宣言を受け、多少なりとも勇気を貰ったのだろう。迷いを残しながらもアマーリアは了承を口にした。それにセシアは否定を述べず、ティナは賛同する声を出して。
「・・・分かった。この旨は俺から伝える。決まり次第、連絡しに来る。無理をさせて、悪かった」
「いえ!そんな事はありません。寧ろ、トレイドさんを始め、皆さんには迷惑を掛けてばかりですから、少しでもお役に立って、役に立たせてください。それに、私達の事でも、ありますから」
「何時までも、悪いままで放置するのは得策ではありません。その折りは宜しくお願いするわ」
二人の女性の決意を受け、礼を残してトレイドはその場を後にしていく。気を引き締め、戦いに挑む心境で臨む。彼女達の決意と勇気を背に、力強く。抱えた不安を掻き消すように。
【5】
トレイドとユウの奮起は実を結ぶ。説得と改善を望む心から、翌日に会談が実現する。これほどの早期の開催は驚くべき事であり、其処には努力の苦労の結晶とも言える。そうユウの粘り強い交渉に拠って実現したのだ。
頼む事に関しては簡単なもの。けれど、実現させる為には不参加は許されない。加え、対象は他人、思考が違える者達。待っていたと言わんばかりにすんなりと了承してくれた者が居る傍、頑なに拒む姿勢を見せ付けられていた。特に、ある男性を説き伏せるのは骨を折っていた。最後に折れたのは、補佐の存在があったのは彼女しか知らず。
ともあれ、開催を迎えられた事にトレイドは一先ず安心する。けれど、喜んでばかりでは居られない。結果は当事者に拠って左右され、最悪の方向へ転がりかねない。依然として、気の抜けない状況は続いていると、集中して。
会場は状況故、それなりの場所を確保出来る訳がない。結果、比較的広く、復旧がまだ届いていない場所に残された建物に決められた。
其処は天井が崩落、ほぼ半壊していた。爪痕は室内に深々と残されており、この日の為に急遽瓦礫撤去を行ったが、不安定な雰囲気は残り、こびり付く不安感は隠し切れなかった。
中央に、掘り出した机と椅子を置く。会場とするならばそれは必須。歪んで壊れそうなそれは急増の程が過ぎて。
会議する会場としては決して相応しくない其処。けれど、将来に響く事を決める場、空気は重苦しく沈み、遠くから響く復旧の音も寄せ付けないほどに静かに。重き静寂は次第に近付く足音で破られる。様々な足取りを以て、此処に合計十人が踏み入った。
入り口など最早無く、様々な方向から入室する彼等。それぞれが抱く思惑に表情を変える。言葉を発さず、顕著な感情を示さぬまま、まるでスポットライトのように照らされた机に向かい、歪んだ椅子に腰掛ける。踏み入った順番から近いそれへと。
この間、誰もが黙する為、重く沈んだ空気は尚も流れ続けていた。
住民の支援、協力と同時に探索を手掛けるギルド人と人を繋ぐ架け橋のリア、檸檬色の頭髪は多少曲がりくねった癖毛を有する。部分的に装甲を施した戦闘服で飾り、多大な武器を携えて、ステインは座する。その佇まい、重圧の中でも自身の調子を保ち、冷静沈着として集まった者を静かに観察する。
隣にはユウ。有事に際して必ず装着する朱色の鎧と武器で武装し、凛然と佇む。今日は進行役として此処に立って。
この世界の基盤となる、秩序を築く為の法律を定め、それに基づいて取り締まり、罰を執行するギルド法と秩序の言わば統帥。やや長い黒髪を流し、喪服を彷彿とさせるスーツ姿で静かに佇む。胸の位置には星を見立てた模様を宿す。彼、アイゼンは変わらずの無表情、興味無げに参加する。
彼の隣には魔族と一触即発に成り掛けた時に諫めた、補佐と思しき中年の男性が立つ。姿勢良く、礼節を律する佇まいは主を立てるように。黒と灰色が入り混じった頭髪を後方へ固め、整えられた口髭は佇まいと合わせて執事を思わせる。その名前はシャトー。
治癒の力、聖復術を有する者が集う、怪我人救助と身寄りの無い子供達を養うと言った、慈善を主とする宗教的ギルド天の導きと加護の責任者。白を基調とした、青の縁取りの修道服は制服と言えよう。眼鏡を掛け、赤い長髪の知性深き婦人はアニエス。神妙な面持ち、緊張した様子で椅子に座って。
女性だけで構成された、多少異彩を放ちながらも圧倒的な戦闘力を誇る、魔物討伐を生業としたギルド赫灼の血。その頂点に立っているのだろう、若き女性が退屈そうに佇む。濃い茶色の短髪で少々小柄。けれど、ステインと負けず劣らない武器で武装する。頬杖を突いたり、踏ん反り返って実に暇を持て余して。
セントガルド城下町の住民を代表するのは御老人。白髪交じりの頭髪、腰が少し曲がり、痩せ細ってしまった彼はかなり心優しげな雰囲気で腰を下ろす。見据える先には別の種族の顔。その面は内心を探る様に、睨むように見えて。
拒否する者から遠ざかるように座るのは魔族。黒い長髪を流す、糸目の温和な妙齢の女性。覗く、黒の瞳には小さく、丸みを帯びた十字の模様が描かれる。重苦しく、息が詰まりそうな中でも彼女、アマーリアは気持ちを落ち着かせて皆と対面する。
その後ろには補佐のようにセシアが立つ。その場の重圧が少々苦しいのか、顔を少し歪め、周りの人間を警戒して眺めていた。
主となる者は六人、決定権はその六人にあり、机を介して面を合わせていた。
息が詰まりそうな、気が遠くなりそうな空気が立ち込める。目を合わせるとそれぞれが微小ながらも反応を示す。其処に穏やかな笑顔は浮かばず。
静寂は尚も包み込んでいた。何処かで掘削音、撤去の際の雑音等、誰かの呼び声が遠く聞こえている筈なのに。
皆が揃っても沈黙が続くのは互いを探り合っている為か。そう、魔族を勘繰り、訝しんでいる為なのか。
その面々からやや離れ、建物と外との境界近くでトレイドが立つ。予断を許さないと神経を張り詰める彼は傍聴者であり、証人と言う名目で強引にも其処に居た。
歴史に残るような会談が、始まろうとしていた。
【6】
凍て付いたような時の中、一人が小さく動く。小さく息を吐いた後、口を開いたのはユウであった。
「皆さん集まった事を確認しましたので、始めたいと思います」
全員を牽制し、気を引き締めるように開口する。彼女の声はその場に酷く響き、皆の視線が集められた。
「此処に足を運んでもらった者には既に通知はしていますが、今一度お伝えします。今日の集まりは、魔族と人族の関係に根差すもの。そう、主な目的は法に携わる事です。ですので、私情を挟む事無く・・・」
「・・・やはり、下らないな」
「アイゼン殿」
進行しようとした矢先、その言葉を誰かが遮った。その直後に窘める声が駆けられる。口にした者は誰か、言うまでも無い。彼はアマーリアを、セシアを、魔族を敵視して。
「・・・アイゼン、何故、如何して、どんな思いでそんな事を言う?情は、いやそれ以前に礼儀はないのか?」
下らないと断じた彼を、ステインは憤りを僅かに示して問う。当人は変わらない態度で口を動かす。
「魔族は混乱を招く。持つ力は容易く他者を傷付ける・・・危険でしかない。それは過去から見て、明らかとなっている。この世界に住む全ての者が知っている。なのに、そんな者達と和解するだと?それどころか、法の改正など、承服出来ない」
最初から歩み寄る姿勢など示さない。それに空気は更に重くなった。それを少しだけ緩めたのは執事の位置を変える靴音。
「アイゼン殿。最近はそうではありません。寧ろ、私達と協力し、復旧に尽力してくれています。その事を加味しても良いかと」
「尽力だと?何か企んでいるに過ぎん。取り繕うとしているだけだ、信用に値しない」
声を荒げずに淡々と述べる。現状を確認され、説得されたとしても信じられないと切り捨てた。徹底的に魔族を信じられない姿勢を崩さない。
「アイゼン、命を賭けてくれた者達に、今も協力してくれる者達に、如何してそのような事が言える。見た筈だ、それでもそんな事を言うのか?」
「見たとも。だが、ただ数日の姿を見せ付けられた処で、如何して今迄が覆ると言うんだ?」
彼の主張にステインは反論し、真っ向からの抗戦が行われ、激化した舌戦へと変わる。場の空気は更に重苦しくなる。それは武器を引き抜きかねない状態にまでに。
その空気の中、件に上げられた二人は顔を歪ますしかない。止めようとするユウやアニエスの声は届かず、赫灼の血の人間は依然退屈そうにして。
「魔族の・・・」
不意に声が出された。騒がしくなった中、その場の最高齢である住民代表の老人が口を開いたのだ。しゃがれた声によって舌戦は中断し、二人の会話に意識が集められた。
「は、はい、アマーリアと申します。何でしょうか?」
皺くちゃになった顔、双眸から放たれる鋭き眼光、睨みの利かせた真剣な表情に彼女はたじろぐ。凄まじく緊張して身構える様は怯えた小鹿のようで。
「連日の働き、いや、協力、真に感謝しておる。御主達の助力が無ければ・・・儂等は、無事に今日まで生きていなかったやも知れぬ」
口を開いた瞬間に表情は和らぐ。それは本心であり、魔族に向けて頭を下げてみせた。その緩急の差と感謝の言葉にアマーリアは少し戸惑った。
「そ、そんな事はありません。私達は、これと言って、特別な事をした訳ではありません。復旧も私達は助力しているに過ぎません・・・全ては、皆の、皆さんの頑張りがあってこそ、です」
その返答は謙遜ではない。緊張からそれが漏れた訳でもなく、彼女が感じる所感や思考からであった。自分達は特別ではなく、足りないからこそ、助け合っていると言う、そんな思いが強く。
この思いはセシアも同意しており、小さな笑みは物陰で零れて。
「いやいや、中々素晴らしい姿勢じゃな。好感を持てる。後ろの青年共々、慈愛と情を持っている者達と見受けるのう」
「褒められる、事ではありません。こんな時だからこそ、助け合いたいのです。悲しいまま、見ているだけは、出来ませんから・・・」
賞賛を受けても彼女は己が考えを述べる。それは最近喪った悲しみ、見捨てて涙を増やしたくないと言う思いが全員に在ったから。だからこそ、あの行動が出来たのだと、少なくとも彼女はそう考えていた。
和やかとなる空気の外、やや不穏な様子が示される。それはただ一人。
話が一旦切れた時、穏やかな表情を見せていた老人の気配が変わる。真顔となり、アマーリアとセシアを見る。それに二人は再び緊張、しかし逸らさずに向き合った。
「儂はの、ずっと思って居ったんじゃ。君達、そう魔族に会う時に聞こうとな。この集まりの事を聞き、良い機会でな、参加させて貰った」
「・・・それは、何でしょうか」
一呼吸を置いてアマーリアが問う。受けた老人も一呼吸を置いて口を開いた。
「過去に、多大な犠牲者を出す事件が起きた。全身を焼かれて身元すら分からなくなった者、何かに貫かれ、切り刻まれた者・・・それはもう、酷く、惨たらしい遺体が、多く・・・それは一瞬の出来事じゃったと、耳にした。儂は見とりはせん上、又聞きの為、事実は全くとも分からん。だが、分かる事は、その犯人は今も捕まっておらん事、そして、御主達の使う奇妙な術を使っておったと、のぅ・・・」
重く口を開いた言葉はその間に響く。その時、気付く者は居なかったのだが一人が小さな反応を見せた。僅かに見せた、甚大なる感情は肉を裂くほどに。
「操魔術・・・」
それを扱える身、大体の予測は着いてしまっていた。故に、表情は強張り、冷や汗が何処かで滲み、伝った。
「・・・直接聞くのは気が引けておった。御主達のような、心優しき者達が到底、そのような非情を為すとは思えない。じゃが、しなければのぅ・・・」
遺恨を残さまいと、けれど躊躇いがちに口を閉ざす。息を漏らした後、再び顔を合わせて言葉を続けた。
「・・・お主達が関与していないと、断言出来るのか?」
「・・・はい。私達は、一切、関与しておりません・・・!」
言い切ってみせた、断言してみせた。重圧は凄まじく、今にも卒倒しそうな空気の中、まるで責め立てられているような苦しさの中で、アマーリアは一瞬たりとも目を逸らさず、言葉を濁さずに言い切ってみせた。その姿に虚偽は全くない。誠心誠意を示し、魔族の潔白を証明せんとして。それは後ろのセシアとて同じ。
暫く視線が交わされていた。真意を見極めるように黙して。その間、アマーリアとセシアは生きた心地がしなかっただろう。やがて、老人が微笑んだ事で緊張は緩んだ。
「よろしい、儂は君達を、いや、魔族を信じよう。そして、儂から皆に注意し、伝えておこう。蔑視するような事をしないように、そして同じ場所に住む者だと」
住民を代表する者が歩み寄りを見せた。その事に二人は、陰で見守るトレイドが喜ぶ。その矢先、騒々しく起立する音が響いた。
「何故だっ!?如何してそうも簡単に信じられる?受け入れられる!?貴方とて、魔族を憎んでいた筈!!」
信じられないとアイゼンが気を荒立たせて異論を唱える。それに、老人は至って平静に応じた。
「何故も何も、彼女の、そして彼の瞳、十字の紋様に嘘や誤魔化しの色が全く見えておらん。一度も目を逸らさず、発する声は少しも揺れなかった。無論、儂自身の年の功から来る経験じゃがな」
「それだけで・・・」
「そうだとも。それとは別に、魔族は儂等住民が己の事だけを模索している時にその身を投げ打ってくれた。あの、龍に対しても、此度の復旧に対しても、然りじゃな。命を惜しまずにそうしてくれた、その献身、賞賛され、称えるべきじゃ。そうであろう?」
「だが、貴方は、御子息を・・・」
「それとは別じゃ!・・・関連付けられん」
老人の一喝が響く。それにアイゼンは押し黙り、已む無く腰を下ろす。老人の事情は大よそ察する。憎しみの程も大よそに。けれど、それすらも抑えるのは見極める理性と、直接会して得た魔族への信用か。
一度静けさが訪れた後、老人は再びアマーリアとセシアに顔を向けて微笑んだ。
「儂は改正に賛成じゃ。過去の事とは言え、魔族が原因であろうと、善人悪人が居るように、それだけで魔族全体を咎める事にはならない。記憶についても、儂自身のものではない。それを判断材料にするにはあまりにも曖昧じゃからの・・・何時か清算はするにしても、何時までも拘っていると互いに進めはせんよ。良い機会じゃ、見つめ直そうではないか」
優しく微笑む老人の言葉にアマーリアは顔を押さえる。優しき声に、歩み寄ってくれる意思に涙腺が緩んだのか。その彼女にセシアが近寄り、慰める言葉を掛けて。
「私も、賛成です。魔族の方々には、既に多くの手助けをしてもらいました。謂れも無い禍根、それに拘っていては確かに進めません。考えを改め、共に歩いていく良い機会と思います」
間髪入れずにアニエスが賛同する。彼女は最初から同意する積もりで此処に赴いており、面識のある二人に微笑み掛けて。それは孤児に向ける時の、傷の治療を終えた時の優しき笑み。それが更に涙を誘って。
「・・・エリナ、君は如何なの?」
ユウが意思を示さない彼女に問う。終始退屈そうな彼女はそれに反応するのだが、やる気は無く。
「良いんじゃない?私は最初から気にしていないわ、私の部下達もね。それに、操魔術は前々から興味があったし」
赫灼の血を率いるとされる彼女、エリナは随分といい加減な言葉で了承する。けれど、発言通りそれに対しては純粋に興味が湧くのだろう。少々好戦的な笑みが物語って。
「相変わらずね、貴女は」
「そうだな」
苦笑するユウの言葉にステインは同意する。続いた彼の反応には異なる反応を示すのだが気付かれずに。
大層不服な態度で押し黙るアイゼンを、その主を心配げに眺めるシャトーを横目にステインは口を開く。
「賛成が三人、反対が一人か。勿論、俺も賛成だ。もとより、嫌とも思ってない。寧ろ、今回の事で尊敬すらしている。身を呈して誰かを守り、町の復旧に尽力する。当然の事、瞭然であって、明々白々な感想がそれだ。拠って、賛成が四人となる。多数決で言えば、これで決定の流れだが・・・これ以上何か良いたい人は居るか?」
「言うまでも無いッ!如何してそうも簡単に受け入れられる!?得体の知れない人間を受け入れたなら、如何なるのか分からないのだぞ!?寝首を掻かれる事も有り得る!如何してなんだ!?」
「アイゼン殿!貴方も現実を見るべきです!彼女達の何が悪いと言うのです!?あの巨大な龍が来襲した時、率先して命を助けようとした事実から目を逸らしてはいけません!」
承服出来ない、その思考が理解出来ないと訴え掛ける彼を、腹心のシャトーが諫める。それを想像出来なかったのか、不審の視線で睨み付けていた。
「シャトー!貴様、如何言う積もりだ。私の決定に不服なのか!?」
「私は、人道に反する事はしたくありません。恩には礼を、誠心には感謝を示すべきかと」
腹心の意見、場に統一された意見にアイゼンは悔しき顔で黙り込む。その胸、根強く、根深い魔族に対する異様な憎悪の念を抱いているようであった。けれど、少なからず認めている部分もあるのか、話を聞かずに一蹴する事はせず。
「・・・もとより、そもそも、かねてから、それは俺達全員に言えてしまう事だ。互いに気持ちが分かり合えない。得体が知れないのは誰しもだ。それでも俺達は今まで協力して、そして、今の今まで生きてきた。その点なら、魔族だって変わらない筈。それに今、セントガルドに居る彼女達の誰かが事件を齎した証拠すらない。逆に、俺達人族が起こした弾劾や誹謗中傷に、報復もせずに耐えている。痛みを背負い、傷を負わされても・・・殺められた人の復讐をする事もせずに、だ。それでも、それでもお前はまだ傷付けるのか?謂れも無い理由で悲しむ人を、まだ悲しませるのか?」
静かに怒りを溜め込みながらも変わらぬ口調で問い掛ける。まだ納得の出来ない様子だが、更なる反論は口にせず。
「アイゼン殿・・・これ以上、人を蔑ろにする法を振りかざすのは止めるするべきかと。何時か、私達の信用が失われ、人が遠退きかねないかと」
「・・・確かに、そうだな」
私怨で目的を見失っていたと認めるように、シャトーの言葉に応じる。けれど、その様は妥協を許したようには見えず。
「・・・アイゼン、お前が魔族を憎む理由を教えてくれないか?」
「断る」
其処に誤解が、原因の源があると尋ねるもはっきりと切り捨てられた。様子、声の強さから明かす気がない事を悟ったステインは僅かな間、瞼を閉ざす。次に開くと皆を見渡してから再びアイゼンを捉えた。
「では、承認する、で良いんだな?」
「・・・ああ」
眉間に皺を寄せ、かなり間を置いて渋々と承諾の言葉を口にした。
「今を以って、法改正は決定致しました。皆さん、この旨を確りと胸に刻んでください」
「アイゼン、法の改正を至急行ってくれ。以前までのそれは撤廃、二種族の迫害や差別等の行為を一切禁ずる。発覚した際、当然罪として捕縛、処罰する。詰まり、本当に、俺達は共に暮らすと言う事になるんだ。過去の非に関しては後日、俺達の暮らしが安定した頃に論議する。それまでは心惜しくとも、後回しにする」
可決した直後にステインが言い渡す。厳粛な姿勢で放ったそれはその場の全員の胸に突き刺さるように。
「・・・これで解散となりますが皆さんは今日決まった事を皆に伝達してください。くれぐれも誤報無く、正確に伝えるように。正式な調書はなくとも、会談に関しては正式なものですから」
「その通りだ。ステイン、先の事に抵触する事態が発生したら・・・厳密に取り締まってくれ、良いな?」
「・・・了解した」
苦渋の判断を選択するようにアイゼンは了承する。見えぬ位置で拳を握り、諦め切れない様子ながらも。その反応に、シャトーはホッと胸を撫で下ろしている様であった。
此処に、法改定が決定された。実質、先に交わした約束も解除され、正式に居住権も得られる事にもなる。これらは関係改善の確実な一歩となろう。
その嬉しさを篭めて、アマーリアやセシアは皆に感謝を述べる。どのような反応をされようと、賛同してくれた者達に何度も頭を下げ、感謝を全身で示していた。
魔族の二人、そしてトレイドは感銘を受けていた。漸く、自分達の思いが報われると。故人の無念が漸く果たされると、影に立つ彼は目に涙を溜め込むほどに喜んでいた。
崩れ、哀れな姿の建物を、会議の場となった其処を、皆はそれぞれのタイミングで立ち去る。各々が思いを広げた事であろう。或いは葛藤し、逡巡したに違いない。それでも歩み去る姿に否定は見えなかった。
「今日は、本当にありがとうございます。皆さんのお陰です」
「ああ、漸く変わりそうだ。ありがとう」
見送った後、自分達もと立ち去ろうとした三人に向けてアマーリアとセシアが今一度感謝を述べる。
「礼を、感謝を、恩として感じなくても良い。これが当然の事だからな。それに、俺は最後の手助けをしただけに過ぎない、他の者に言うんだな」
「私も特に何もしていないわ。主に頑張ったのはトレイドよ」
「俺も、大した事は出来ていない。だから、礼は良い」
「そんな事はありません。立場が悪くなると言うのに私達を助けて頂き、保護して下さった上に今日の事まで・・・感謝してもし切れません」
三人が同じような、謙虚に感じる対応に、魔族の二人は心の底から感謝を述べる。受けた男二人は似たような反応を示し、ユウだけは朗らかに微笑み返していた。
未来へ、人の思いが歩み出そうとしている傍、先の建物にて二人が残っていた。射し込む光によって、ボロボロの机の隣に立つ姿が薄らと照らし出されていた。
苦渋の表情に歪む。感情を荒げ、物に当たる事は無いが、それでも並々ならぬ憎悪が感じ取れる。その面、俯く顔に陰が差し込んでいようと、その感情は隠し切れず。
何かを思い返す彼の傍、腹心は憂う表情で佇む。姿勢を律して立つ彼も何を思想しているのか。分からぬまま、時は流されていった。
道を引き返した筈のトレイドはとある場所に足を運んでいた。其処に目的の人が居ると聞いた為に。
セントガルドを区分する大通りの公道、それに沿って建てられた其処の目印は白き塔であろう。その先端部には鐘が設けられ、美しい音色を出す。それは白い教会の一部、招く者の安寧と安息を願う場所である。
その敷地はギルド、天の加護と導きが使用する。人の救助を主とする其処もまた、銀龍の被害から免れていなかった。
敷地を囲む塀、植林の殆どが倒されて瓦礫となり、運動場に至ってはそうした波に呑まれていた。ギルドを象徴する教会も半壊に至り、音色を響かせる塔も損傷が激しく、災厄の爪痕は深々と刻み込まれていた。しかし、それによる犠牲者が居なかった事は幸いと言えた。
慣れ果ての教会の内部へ、もう見慣れてしまったトレイドは入る。もう機能を果たせない扉を潜れば、足を止めずには居られない光景が広がる。決して目を背けたくなる惨状ではない、だとしても。
吹き曝した天井や壁から光が射し込む其処には両手では数え切れない人が集まる。与えられた毛布に包まり、多くが満足に動けないままに食事を摂る。そうした者達は重傷者、或いは五体の欠損が見受けられる。
そう、此処は満足に動けなくなった者が集められていたのだ。力に為りたくても出来ない、若しくは面倒を見てくれない天涯孤独となった者を受け入れ、拠り所を喪った者達は此処に行き着いていた。
そうした者達を白い修道服を着込んだ、天の加護と導きの者が世話をする。やや忙しない様子であり、子供達も微力ながらも手伝っていた。それでも、戦闘後よりかは随分と落ち着き、手が回り始めているのだ。
足を止めたトレイドは又聞きだが、当時の凄惨な現場を思い返す。聖復術を扱える者を総動員しても負傷者が増える一方、外まで溢れ返り、医療品は圧倒的に足りずに人手も足りない。挙句に、間に合わずに命を落とす人も居たと。
その時の苦悩は推し量れるものではない。ガリードやシャオから聞いたトレイドはそれだけでも悔やんだ、聖復術を使えず、少しの力になれなかった事を。
哀しみを何とか乗り越えた其処は暗き雰囲気が漂えど、笑顔がぽつぽつと見える。患者も職員も挫けず、何とか堪えた事を察する光景を見渡せば、目的の者を複数見掛ける。其処へ、慎重に歩み寄っていく。
「如何だ?セシア」
今し方治療を終えた彼に問い掛ける。声を掛けられて振り返った彼は暗い表情。その傍には妹のティナと長アマーリアが立っていた。彼女はセシアの一件を聞き、心配して此処に来ていた。
「まぁ、傷は治ったが・・・」
傷は消え、痛みはない。だが、理不尽に暴行を受けた事実は消えない。際に抱えた気持ちもまた。それに硬く口を閉ざし、気に病んでいた。
「トレイドさん、また助けて頂いてありがとうございます」
「いや、礼は良い。偶々通り掛かっただけだ。それよりも、話がある」
責任者としてアマーリアは礼を告げて頭を下げる。それを素直に受け取らないトレイドは本題に踏み込む。それに彼女とセシアは顔を引き締める。切り出す様子から重要な事だと察して。
「近々、法の改定の為の場を設ける。その時、アマーリアに出て貰いたいんだ」
「法の、改定?」
「端的に言うと、魔族を陥れる為だけのそれを、撤廃して貰う為の会談だ」
核心を告げた時、アマーリアは顔色を悪くして押し黙る。セシアも息を飲み、顔を俯かせた。それはティナも同じ、良い顔はせず。
魔族ならば当然の反応、実現するならばこの上ないが、真っ先に浮かんだのは不可能だろう。以前から受けた仕打ちに拠る恐怖である事は想像に難くない。
「私、が、参加するのですか?」
「・・・して貰いたい」
不安に満ちた声で聞き返す。息を詰まらせそうな顔からは不安と言うより、恐怖が見えた。
考え得るは、そう、一人と多数。ならば結果は歴然。言い包められるか、それとも承諾と言う名の傀儡と果ててしまうのだろうか。ならば恐れよう。
「それに参加してもらうのは、此処、セントガルドの住民を代表して貰う者、人と人を繋ぐ架け橋、天の導きと加護、赫灼の血、そして、法と秩序の各ギルドの責任者だ。決まれば、追ってその会場に案内する手筈になるだろう」
「そう・・・なんですね・・・」
そう言葉を零して彼女は難しい顔で煩悶する。その傍、兄妹も同様の顔で思い悩む。特に兄セシアの迷いは強く。
逡巡する姿を眺めながらトレイドは静かに待つ。どのような判断を下すにしろ、彼女達の決断、気持ちを尊重する思いで。
「あら?そこに居るのは、トレイドさんですか?」
不意に話し掛けられ、振り返ると歩み寄ってくるアニエスを発見する。職員に二言三言報告や指示を送る彼女、掛けた眼鏡の位置を直しながら少々暗いながらも笑みを見せて。
「アニエス、広場に居なくても良いのか?」
「休憩と此処の様子を見る為に交代してきたの」
「そうだったのか。なら、丁度良い。頼みたい事がある」
手間が省けたとトレイドは目的を語る。要望は簡潔に伝えたのだが、終始彼女は真剣な面持ちで対面して一考する。そして、口を開いた。
「分かりました、参加します」
熟考には至らず、返すまでの間は分にも至らず。まるで最初から考えていたように。
「早いな・・・悪いが、その理由を聞かせて貰っても良いか」
「ええ、正直に胸の内を明かすと、私も魔族に対して良い印象は抱いて居ませんでした。寧ろ、他の人と同じと言えます」
その告白に当人達は表情を更に暗くする。
「ですが、実際に会い、その人間性は素晴らしいものでした。連日に渡っての献身は誰でも出来ません。それに、あの龍が来た時、皆さんは誰かの為に、身を挺して下さいました。もう、疑いの余地もありません」
本心を語る表情は柔らかく、語る口は迷いの無く。そして、三人に向き合うと頭を下げた。それに戸惑って。
「ごめんなさい、知りもしないで私は貴女達を否定してしまいました」
「あ、頭を上げて下さい。私達は気にしていませんから」
慌ててそう述べるとアニエスは小さく笑いを零す。
「本当に、素晴らしい人達ですね。だからこそ、私達は貴女達と、一緒に暮らしていきたいと思っています」
味方、ではなく、共に生きる人として手を取り合いたいと彼女は告げる。その言葉は彼女だけでなく、聞いていた他の職員も同じ。そして、負傷する者達も同意の声を貰う。そう此処に居る者達は知っている、魔族の事を、その人間性を。
アニエスの、皆の反応を見て、魔族の三人の表情に明るみが差す。元気付けられるように、温かな歓迎を受けたように感動して。
「・・・私も、参加します。少しでも、私達を知って貰う為に、助け合いたい、為に・・・!」
彼女の宣言を受け、多少なりとも勇気を貰ったのだろう。迷いを残しながらもアマーリアは了承を口にした。それにセシアは否定を述べず、ティナは賛同する声を出して。
「・・・分かった。この旨は俺から伝える。決まり次第、連絡しに来る。無理をさせて、悪かった」
「いえ!そんな事はありません。寧ろ、トレイドさんを始め、皆さんには迷惑を掛けてばかりですから、少しでもお役に立って、役に立たせてください。それに、私達の事でも、ありますから」
「何時までも、悪いままで放置するのは得策ではありません。その折りは宜しくお願いするわ」
二人の女性の決意を受け、礼を残してトレイドはその場を後にしていく。気を引き締め、戦いに挑む心境で臨む。彼女達の決意と勇気を背に、力強く。抱えた不安を掻き消すように。
【5】
トレイドとユウの奮起は実を結ぶ。説得と改善を望む心から、翌日に会談が実現する。これほどの早期の開催は驚くべき事であり、其処には努力の苦労の結晶とも言える。そうユウの粘り強い交渉に拠って実現したのだ。
頼む事に関しては簡単なもの。けれど、実現させる為には不参加は許されない。加え、対象は他人、思考が違える者達。待っていたと言わんばかりにすんなりと了承してくれた者が居る傍、頑なに拒む姿勢を見せ付けられていた。特に、ある男性を説き伏せるのは骨を折っていた。最後に折れたのは、補佐の存在があったのは彼女しか知らず。
ともあれ、開催を迎えられた事にトレイドは一先ず安心する。けれど、喜んでばかりでは居られない。結果は当事者に拠って左右され、最悪の方向へ転がりかねない。依然として、気の抜けない状況は続いていると、集中して。
会場は状況故、それなりの場所を確保出来る訳がない。結果、比較的広く、復旧がまだ届いていない場所に残された建物に決められた。
其処は天井が崩落、ほぼ半壊していた。爪痕は室内に深々と残されており、この日の為に急遽瓦礫撤去を行ったが、不安定な雰囲気は残り、こびり付く不安感は隠し切れなかった。
中央に、掘り出した机と椅子を置く。会場とするならばそれは必須。歪んで壊れそうなそれは急増の程が過ぎて。
会議する会場としては決して相応しくない其処。けれど、将来に響く事を決める場、空気は重苦しく沈み、遠くから響く復旧の音も寄せ付けないほどに静かに。重き静寂は次第に近付く足音で破られる。様々な足取りを以て、此処に合計十人が踏み入った。
入り口など最早無く、様々な方向から入室する彼等。それぞれが抱く思惑に表情を変える。言葉を発さず、顕著な感情を示さぬまま、まるでスポットライトのように照らされた机に向かい、歪んだ椅子に腰掛ける。踏み入った順番から近いそれへと。
この間、誰もが黙する為、重く沈んだ空気は尚も流れ続けていた。
住民の支援、協力と同時に探索を手掛けるギルド人と人を繋ぐ架け橋のリア、檸檬色の頭髪は多少曲がりくねった癖毛を有する。部分的に装甲を施した戦闘服で飾り、多大な武器を携えて、ステインは座する。その佇まい、重圧の中でも自身の調子を保ち、冷静沈着として集まった者を静かに観察する。
隣にはユウ。有事に際して必ず装着する朱色の鎧と武器で武装し、凛然と佇む。今日は進行役として此処に立って。
この世界の基盤となる、秩序を築く為の法律を定め、それに基づいて取り締まり、罰を執行するギルド法と秩序の言わば統帥。やや長い黒髪を流し、喪服を彷彿とさせるスーツ姿で静かに佇む。胸の位置には星を見立てた模様を宿す。彼、アイゼンは変わらずの無表情、興味無げに参加する。
彼の隣には魔族と一触即発に成り掛けた時に諫めた、補佐と思しき中年の男性が立つ。姿勢良く、礼節を律する佇まいは主を立てるように。黒と灰色が入り混じった頭髪を後方へ固め、整えられた口髭は佇まいと合わせて執事を思わせる。その名前はシャトー。
治癒の力、聖復術を有する者が集う、怪我人救助と身寄りの無い子供達を養うと言った、慈善を主とする宗教的ギルド天の導きと加護の責任者。白を基調とした、青の縁取りの修道服は制服と言えよう。眼鏡を掛け、赤い長髪の知性深き婦人はアニエス。神妙な面持ち、緊張した様子で椅子に座って。
女性だけで構成された、多少異彩を放ちながらも圧倒的な戦闘力を誇る、魔物討伐を生業としたギルド赫灼の血。その頂点に立っているのだろう、若き女性が退屈そうに佇む。濃い茶色の短髪で少々小柄。けれど、ステインと負けず劣らない武器で武装する。頬杖を突いたり、踏ん反り返って実に暇を持て余して。
セントガルド城下町の住民を代表するのは御老人。白髪交じりの頭髪、腰が少し曲がり、痩せ細ってしまった彼はかなり心優しげな雰囲気で腰を下ろす。見据える先には別の種族の顔。その面は内心を探る様に、睨むように見えて。
拒否する者から遠ざかるように座るのは魔族。黒い長髪を流す、糸目の温和な妙齢の女性。覗く、黒の瞳には小さく、丸みを帯びた十字の模様が描かれる。重苦しく、息が詰まりそうな中でも彼女、アマーリアは気持ちを落ち着かせて皆と対面する。
その後ろには補佐のようにセシアが立つ。その場の重圧が少々苦しいのか、顔を少し歪め、周りの人間を警戒して眺めていた。
主となる者は六人、決定権はその六人にあり、机を介して面を合わせていた。
息が詰まりそうな、気が遠くなりそうな空気が立ち込める。目を合わせるとそれぞれが微小ながらも反応を示す。其処に穏やかな笑顔は浮かばず。
静寂は尚も包み込んでいた。何処かで掘削音、撤去の際の雑音等、誰かの呼び声が遠く聞こえている筈なのに。
皆が揃っても沈黙が続くのは互いを探り合っている為か。そう、魔族を勘繰り、訝しんでいる為なのか。
その面々からやや離れ、建物と外との境界近くでトレイドが立つ。予断を許さないと神経を張り詰める彼は傍聴者であり、証人と言う名目で強引にも其処に居た。
歴史に残るような会談が、始まろうとしていた。
【6】
凍て付いたような時の中、一人が小さく動く。小さく息を吐いた後、口を開いたのはユウであった。
「皆さん集まった事を確認しましたので、始めたいと思います」
全員を牽制し、気を引き締めるように開口する。彼女の声はその場に酷く響き、皆の視線が集められた。
「此処に足を運んでもらった者には既に通知はしていますが、今一度お伝えします。今日の集まりは、魔族と人族の関係に根差すもの。そう、主な目的は法に携わる事です。ですので、私情を挟む事無く・・・」
「・・・やはり、下らないな」
「アイゼン殿」
進行しようとした矢先、その言葉を誰かが遮った。その直後に窘める声が駆けられる。口にした者は誰か、言うまでも無い。彼はアマーリアを、セシアを、魔族を敵視して。
「・・・アイゼン、何故、如何して、どんな思いでそんな事を言う?情は、いやそれ以前に礼儀はないのか?」
下らないと断じた彼を、ステインは憤りを僅かに示して問う。当人は変わらない態度で口を動かす。
「魔族は混乱を招く。持つ力は容易く他者を傷付ける・・・危険でしかない。それは過去から見て、明らかとなっている。この世界に住む全ての者が知っている。なのに、そんな者達と和解するだと?それどころか、法の改正など、承服出来ない」
最初から歩み寄る姿勢など示さない。それに空気は更に重くなった。それを少しだけ緩めたのは執事の位置を変える靴音。
「アイゼン殿。最近はそうではありません。寧ろ、私達と協力し、復旧に尽力してくれています。その事を加味しても良いかと」
「尽力だと?何か企んでいるに過ぎん。取り繕うとしているだけだ、信用に値しない」
声を荒げずに淡々と述べる。現状を確認され、説得されたとしても信じられないと切り捨てた。徹底的に魔族を信じられない姿勢を崩さない。
「アイゼン、命を賭けてくれた者達に、今も協力してくれる者達に、如何してそのような事が言える。見た筈だ、それでもそんな事を言うのか?」
「見たとも。だが、ただ数日の姿を見せ付けられた処で、如何して今迄が覆ると言うんだ?」
彼の主張にステインは反論し、真っ向からの抗戦が行われ、激化した舌戦へと変わる。場の空気は更に重苦しくなる。それは武器を引き抜きかねない状態にまでに。
その空気の中、件に上げられた二人は顔を歪ますしかない。止めようとするユウやアニエスの声は届かず、赫灼の血の人間は依然退屈そうにして。
「魔族の・・・」
不意に声が出された。騒がしくなった中、その場の最高齢である住民代表の老人が口を開いたのだ。しゃがれた声によって舌戦は中断し、二人の会話に意識が集められた。
「は、はい、アマーリアと申します。何でしょうか?」
皺くちゃになった顔、双眸から放たれる鋭き眼光、睨みの利かせた真剣な表情に彼女はたじろぐ。凄まじく緊張して身構える様は怯えた小鹿のようで。
「連日の働き、いや、協力、真に感謝しておる。御主達の助力が無ければ・・・儂等は、無事に今日まで生きていなかったやも知れぬ」
口を開いた瞬間に表情は和らぐ。それは本心であり、魔族に向けて頭を下げてみせた。その緩急の差と感謝の言葉にアマーリアは少し戸惑った。
「そ、そんな事はありません。私達は、これと言って、特別な事をした訳ではありません。復旧も私達は助力しているに過ぎません・・・全ては、皆の、皆さんの頑張りがあってこそ、です」
その返答は謙遜ではない。緊張からそれが漏れた訳でもなく、彼女が感じる所感や思考からであった。自分達は特別ではなく、足りないからこそ、助け合っていると言う、そんな思いが強く。
この思いはセシアも同意しており、小さな笑みは物陰で零れて。
「いやいや、中々素晴らしい姿勢じゃな。好感を持てる。後ろの青年共々、慈愛と情を持っている者達と見受けるのう」
「褒められる、事ではありません。こんな時だからこそ、助け合いたいのです。悲しいまま、見ているだけは、出来ませんから・・・」
賞賛を受けても彼女は己が考えを述べる。それは最近喪った悲しみ、見捨てて涙を増やしたくないと言う思いが全員に在ったから。だからこそ、あの行動が出来たのだと、少なくとも彼女はそう考えていた。
和やかとなる空気の外、やや不穏な様子が示される。それはただ一人。
話が一旦切れた時、穏やかな表情を見せていた老人の気配が変わる。真顔となり、アマーリアとセシアを見る。それに二人は再び緊張、しかし逸らさずに向き合った。
「儂はの、ずっと思って居ったんじゃ。君達、そう魔族に会う時に聞こうとな。この集まりの事を聞き、良い機会でな、参加させて貰った」
「・・・それは、何でしょうか」
一呼吸を置いてアマーリアが問う。受けた老人も一呼吸を置いて口を開いた。
「過去に、多大な犠牲者を出す事件が起きた。全身を焼かれて身元すら分からなくなった者、何かに貫かれ、切り刻まれた者・・・それはもう、酷く、惨たらしい遺体が、多く・・・それは一瞬の出来事じゃったと、耳にした。儂は見とりはせん上、又聞きの為、事実は全くとも分からん。だが、分かる事は、その犯人は今も捕まっておらん事、そして、御主達の使う奇妙な術を使っておったと、のぅ・・・」
重く口を開いた言葉はその間に響く。その時、気付く者は居なかったのだが一人が小さな反応を見せた。僅かに見せた、甚大なる感情は肉を裂くほどに。
「操魔術・・・」
それを扱える身、大体の予測は着いてしまっていた。故に、表情は強張り、冷や汗が何処かで滲み、伝った。
「・・・直接聞くのは気が引けておった。御主達のような、心優しき者達が到底、そのような非情を為すとは思えない。じゃが、しなければのぅ・・・」
遺恨を残さまいと、けれど躊躇いがちに口を閉ざす。息を漏らした後、再び顔を合わせて言葉を続けた。
「・・・お主達が関与していないと、断言出来るのか?」
「・・・はい。私達は、一切、関与しておりません・・・!」
言い切ってみせた、断言してみせた。重圧は凄まじく、今にも卒倒しそうな空気の中、まるで責め立てられているような苦しさの中で、アマーリアは一瞬たりとも目を逸らさず、言葉を濁さずに言い切ってみせた。その姿に虚偽は全くない。誠心誠意を示し、魔族の潔白を証明せんとして。それは後ろのセシアとて同じ。
暫く視線が交わされていた。真意を見極めるように黙して。その間、アマーリアとセシアは生きた心地がしなかっただろう。やがて、老人が微笑んだ事で緊張は緩んだ。
「よろしい、儂は君達を、いや、魔族を信じよう。そして、儂から皆に注意し、伝えておこう。蔑視するような事をしないように、そして同じ場所に住む者だと」
住民を代表する者が歩み寄りを見せた。その事に二人は、陰で見守るトレイドが喜ぶ。その矢先、騒々しく起立する音が響いた。
「何故だっ!?如何してそうも簡単に信じられる?受け入れられる!?貴方とて、魔族を憎んでいた筈!!」
信じられないとアイゼンが気を荒立たせて異論を唱える。それに、老人は至って平静に応じた。
「何故も何も、彼女の、そして彼の瞳、十字の紋様に嘘や誤魔化しの色が全く見えておらん。一度も目を逸らさず、発する声は少しも揺れなかった。無論、儂自身の年の功から来る経験じゃがな」
「それだけで・・・」
「そうだとも。それとは別に、魔族は儂等住民が己の事だけを模索している時にその身を投げ打ってくれた。あの、龍に対しても、此度の復旧に対しても、然りじゃな。命を惜しまずにそうしてくれた、その献身、賞賛され、称えるべきじゃ。そうであろう?」
「だが、貴方は、御子息を・・・」
「それとは別じゃ!・・・関連付けられん」
老人の一喝が響く。それにアイゼンは押し黙り、已む無く腰を下ろす。老人の事情は大よそ察する。憎しみの程も大よそに。けれど、それすらも抑えるのは見極める理性と、直接会して得た魔族への信用か。
一度静けさが訪れた後、老人は再びアマーリアとセシアに顔を向けて微笑んだ。
「儂は改正に賛成じゃ。過去の事とは言え、魔族が原因であろうと、善人悪人が居るように、それだけで魔族全体を咎める事にはならない。記憶についても、儂自身のものではない。それを判断材料にするにはあまりにも曖昧じゃからの・・・何時か清算はするにしても、何時までも拘っていると互いに進めはせんよ。良い機会じゃ、見つめ直そうではないか」
優しく微笑む老人の言葉にアマーリアは顔を押さえる。優しき声に、歩み寄ってくれる意思に涙腺が緩んだのか。その彼女にセシアが近寄り、慰める言葉を掛けて。
「私も、賛成です。魔族の方々には、既に多くの手助けをしてもらいました。謂れも無い禍根、それに拘っていては確かに進めません。考えを改め、共に歩いていく良い機会と思います」
間髪入れずにアニエスが賛同する。彼女は最初から同意する積もりで此処に赴いており、面識のある二人に微笑み掛けて。それは孤児に向ける時の、傷の治療を終えた時の優しき笑み。それが更に涙を誘って。
「・・・エリナ、君は如何なの?」
ユウが意思を示さない彼女に問う。終始退屈そうな彼女はそれに反応するのだが、やる気は無く。
「良いんじゃない?私は最初から気にしていないわ、私の部下達もね。それに、操魔術は前々から興味があったし」
赫灼の血を率いるとされる彼女、エリナは随分といい加減な言葉で了承する。けれど、発言通りそれに対しては純粋に興味が湧くのだろう。少々好戦的な笑みが物語って。
「相変わらずね、貴女は」
「そうだな」
苦笑するユウの言葉にステインは同意する。続いた彼の反応には異なる反応を示すのだが気付かれずに。
大層不服な態度で押し黙るアイゼンを、その主を心配げに眺めるシャトーを横目にステインは口を開く。
「賛成が三人、反対が一人か。勿論、俺も賛成だ。もとより、嫌とも思ってない。寧ろ、今回の事で尊敬すらしている。身を呈して誰かを守り、町の復旧に尽力する。当然の事、瞭然であって、明々白々な感想がそれだ。拠って、賛成が四人となる。多数決で言えば、これで決定の流れだが・・・これ以上何か良いたい人は居るか?」
「言うまでも無いッ!如何してそうも簡単に受け入れられる!?得体の知れない人間を受け入れたなら、如何なるのか分からないのだぞ!?寝首を掻かれる事も有り得る!如何してなんだ!?」
「アイゼン殿!貴方も現実を見るべきです!彼女達の何が悪いと言うのです!?あの巨大な龍が来襲した時、率先して命を助けようとした事実から目を逸らしてはいけません!」
承服出来ない、その思考が理解出来ないと訴え掛ける彼を、腹心のシャトーが諫める。それを想像出来なかったのか、不審の視線で睨み付けていた。
「シャトー!貴様、如何言う積もりだ。私の決定に不服なのか!?」
「私は、人道に反する事はしたくありません。恩には礼を、誠心には感謝を示すべきかと」
腹心の意見、場に統一された意見にアイゼンは悔しき顔で黙り込む。その胸、根強く、根深い魔族に対する異様な憎悪の念を抱いているようであった。けれど、少なからず認めている部分もあるのか、話を聞かずに一蹴する事はせず。
「・・・もとより、そもそも、かねてから、それは俺達全員に言えてしまう事だ。互いに気持ちが分かり合えない。得体が知れないのは誰しもだ。それでも俺達は今まで協力して、そして、今の今まで生きてきた。その点なら、魔族だって変わらない筈。それに今、セントガルドに居る彼女達の誰かが事件を齎した証拠すらない。逆に、俺達人族が起こした弾劾や誹謗中傷に、報復もせずに耐えている。痛みを背負い、傷を負わされても・・・殺められた人の復讐をする事もせずに、だ。それでも、それでもお前はまだ傷付けるのか?謂れも無い理由で悲しむ人を、まだ悲しませるのか?」
静かに怒りを溜め込みながらも変わらぬ口調で問い掛ける。まだ納得の出来ない様子だが、更なる反論は口にせず。
「アイゼン殿・・・これ以上、人を蔑ろにする法を振りかざすのは止めるするべきかと。何時か、私達の信用が失われ、人が遠退きかねないかと」
「・・・確かに、そうだな」
私怨で目的を見失っていたと認めるように、シャトーの言葉に応じる。けれど、その様は妥協を許したようには見えず。
「・・・アイゼン、お前が魔族を憎む理由を教えてくれないか?」
「断る」
其処に誤解が、原因の源があると尋ねるもはっきりと切り捨てられた。様子、声の強さから明かす気がない事を悟ったステインは僅かな間、瞼を閉ざす。次に開くと皆を見渡してから再びアイゼンを捉えた。
「では、承認する、で良いんだな?」
「・・・ああ」
眉間に皺を寄せ、かなり間を置いて渋々と承諾の言葉を口にした。
「今を以って、法改正は決定致しました。皆さん、この旨を確りと胸に刻んでください」
「アイゼン、法の改正を至急行ってくれ。以前までのそれは撤廃、二種族の迫害や差別等の行為を一切禁ずる。発覚した際、当然罪として捕縛、処罰する。詰まり、本当に、俺達は共に暮らすと言う事になるんだ。過去の非に関しては後日、俺達の暮らしが安定した頃に論議する。それまでは心惜しくとも、後回しにする」
可決した直後にステインが言い渡す。厳粛な姿勢で放ったそれはその場の全員の胸に突き刺さるように。
「・・・これで解散となりますが皆さんは今日決まった事を皆に伝達してください。くれぐれも誤報無く、正確に伝えるように。正式な調書はなくとも、会談に関しては正式なものですから」
「その通りだ。ステイン、先の事に抵触する事態が発生したら・・・厳密に取り締まってくれ、良いな?」
「・・・了解した」
苦渋の判断を選択するようにアイゼンは了承する。見えぬ位置で拳を握り、諦め切れない様子ながらも。その反応に、シャトーはホッと胸を撫で下ろしている様であった。
此処に、法改定が決定された。実質、先に交わした約束も解除され、正式に居住権も得られる事にもなる。これらは関係改善の確実な一歩となろう。
その嬉しさを篭めて、アマーリアやセシアは皆に感謝を述べる。どのような反応をされようと、賛同してくれた者達に何度も頭を下げ、感謝を全身で示していた。
魔族の二人、そしてトレイドは感銘を受けていた。漸く、自分達の思いが報われると。故人の無念が漸く果たされると、影に立つ彼は目に涙を溜め込むほどに喜んでいた。
崩れ、哀れな姿の建物を、会議の場となった其処を、皆はそれぞれのタイミングで立ち去る。各々が思いを広げた事であろう。或いは葛藤し、逡巡したに違いない。それでも歩み去る姿に否定は見えなかった。
「今日は、本当にありがとうございます。皆さんのお陰です」
「ああ、漸く変わりそうだ。ありがとう」
見送った後、自分達もと立ち去ろうとした三人に向けてアマーリアとセシアが今一度感謝を述べる。
「礼を、感謝を、恩として感じなくても良い。これが当然の事だからな。それに、俺は最後の手助けをしただけに過ぎない、他の者に言うんだな」
「私も特に何もしていないわ。主に頑張ったのはトレイドよ」
「俺も、大した事は出来ていない。だから、礼は良い」
「そんな事はありません。立場が悪くなると言うのに私達を助けて頂き、保護して下さった上に今日の事まで・・・感謝してもし切れません」
三人が同じような、謙虚に感じる対応に、魔族の二人は心の底から感謝を述べる。受けた男二人は似たような反応を示し、ユウだけは朗らかに微笑み返していた。
未来へ、人の思いが歩み出そうとしている傍、先の建物にて二人が残っていた。射し込む光によって、ボロボロの机の隣に立つ姿が薄らと照らし出されていた。
苦渋の表情に歪む。感情を荒げ、物に当たる事は無いが、それでも並々ならぬ憎悪が感じ取れる。その面、俯く顔に陰が差し込んでいようと、その感情は隠し切れず。
何かを思い返す彼の傍、腹心は憂う表情で佇む。姿勢を律して立つ彼も何を思想しているのか。分からぬまま、時は流されていった。
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「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
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※表紙のイラストはAIによるイメージです
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