此処ではない、遠い別の世界で

曼殊沙華

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霧は晴れ、やがてその実態は明かされゆく

繰り返す災、訪れるは何か

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【1】

 時は緩やかに且つ迅速に流れる。流れる様な日常は様子が落ち着けば極端な変化は見受けられなくなる。そうした日々の中、飛び交うのは誰かの幸せそうで、他愛のない会話ばかり。微笑ましく、或いは馬鹿馬鹿しくと言ったものを交わして。
 そうして時間は皆に平等に、そして悪戯にも流されていく。その中で人々は為せる事を次々と、淡々と或いは熱心に行っていった事だろう。
 既にセントガルド城下町に齎された被害は修復され、人々の胸に刻み込まれた痛みも薄れ、忘れつつあった。
 同じ痛み、同じ苦しみ、そして、同じ人間である事を認識、その為人も知り、互いの種族は手を取り合う事を決めた。けれど、完全な共存には遠い。植え込まれた印象は簡単には拭えず、表面上での対応すらも完全な撤廃は出来ていない状況。それを、瘡蓋が傷を塞ぐ道中と見るのか、ただ症状が一時的に治まっているだけと見るのか。今は、まだ経過を見るしかなく。
 経過していく時間の中、一人握りの人間は謎に包まれたこの世界の調査を行っている。新たに発覚し、物議を醸す情報の裏付けをする為に各地へ赴き、文献を始めとする様々な痕跡を求めた。どのようなものでも必ず何か意味が、理由があると。
 だが、新たな情報、予言か、狂言じみたそれを発見して以降、新たな情報は得られぬまま時間は流れてしまった。どれだけ探そうとも、ただ地図の拡大や情報のかさ増しに終わっていた。
 それでも諦める事はせず、調査に赴く者、命じられた者は危険を承知で本日も外へ足を運ぶ。それを命じる者は疲労が溜まった表情でとある施設、設けられた個室にて届けられた書類に目を通していた。
「昨日、前日、先日に報告を受けた資料。やはり、進展は望めない、か・・・」
 今迄集積した情報を纏めた資料と報告書を照らし合わせながら溜息を吐く。半分諦めた様子で零すのはステイン、人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーのリア。支援提供を生業としている一方、各地の調査も担うギルドの責任者である。
 殊更に仕事量が増えてきたと深くなる皺を刻んだ眉間を押さえ、周囲の筋肉を解しながら手にする報告書を置く。
「依然として掴めない・・・何故、情報がこんなにも少ない?散在している処か、現状、城の、あの個室から続く地下室にしか存在しない・・・何故だ?ただの妄想と、言うのか?」
 あまりにも情報が少なく、特定の場所から発見されていない事から不安に満ちた推察が生まれる。
「いや、それにしては、現状に当て嵌まる事が多い・・・まだ、決定、断定、決断するには早計か・・・」
 纏めた書類を一通り眺めながら思い直す。それを置くと席を立つ。
「・・・そうだな。まだ、決め付けるには早い。あの地下室をもう少し調査し、他の調査を待っても遅くはない」
 そう決定し、リアの個室を、人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーの施設を後にしていった。

 晴れやかに一日は始まり、セントガルド城下町が一個の生命のように感じる、溢れ返った人波を横目に、以前と遜色のない町並みを横切ってステインはセントガルド城に到着していた。
 王室から続く地下室に向かう最中、数人の部下と会話を、経過を尋ねて振るわない事を知って表情を険しくする。向かう途中でも様々な事に関して思考を巡らせていた。
 そうする内に暗く沈んだ一室へ辿り着き、持ち込んだ蝋燭に火を灯して照らし出す。人の往来と調査の為に黴臭さと埃っぽさは薄れ、荒らされ、整頓された地下室を眺めて息を吐く。
 次に続く扉も無く、棚や机、日記や書物で閉塞感と誰かの不安が染みついた部屋を、今一度捜索しようとする。その足が止められる。彼の視線は部屋の真ん中に置かれた机の上に留まっていた。それは事の発端と言える日記。それを取り、思考が巡らされた。
『黒日の園、これが言った何処を表しているのか分からない。地名、形用なのかも分からない。そして、王となった【彼の者】、目星を付けているものの、それがそうとは限らない。加えて、驚異的な自然現象を意のままに行い、世界を作り替える事が出来る。それが、暗躍していると言うのなら、その目的は?明確に人々に敵意があるなら・・・いや、全て憶測の域を出ない、か・・・』
 思考を巡らすのだが判断材料が少な過ぎると止め、この地下室の調査を再開する。書物の中に隠された内容があるかも知れないと、更に隠された部屋があるかも知れないと。
 しかし、その思いは淡い望みで終わってしまう。都合良く、望み通りの展開になる事は無く、悪戯に時間は流されるしかなかった。

「・・・一旦、取り敢えず、差し当たり、区切りを着けるか」
 身体の節々に小さな痛みを感じ始めた、少し身体が固まってきたように感じた頃、身体を伸ばしながら休憩を挟む事とする。また、空腹も感じた為、区切りが良いと決めて地下室から立ち去っていく。
 外へ出て主道に向かっていくステインは足を止め、振り返って見上げる。蒼と白、光を帯びて輝かしく存在する城を。今のようなやや不安定ながらも争いの無い平和、それを見守るような其処を重い顔で睨んでいる。
「・・・王、か」
 人を、国を統治する存在。それとなった謎の者。それは果たして人であったのか、人として統治していたのか。そんな考えが過ぎる。同時に思い浮かんだのは過去の人物の顔を。既にこの世を去ったその者はまさに王であったと、ああ言った人物が玉座に座っていたのではないか、そう考えて。
 僅かな想像は直ぐにも捨てられ、直ぐにも彼は歩みを再開させていく。彼方に、不穏な風雲が訪れつつある事も知らずに。そして、それは突然であった。
 人の波と同化するように進んでいたステイン。不意に気付く。推察と憶測を巡らせ、同時にギルドの仕事も考えていた為に、見逃すところであった。けれど、感じ取ればそれは明確な危機と感知した。
「全員、建物から離れて道の真ん中に集まれ!!そして、屈むんだッ!!」
 唐突の警告を響かせた。当然、それは周囲の者の目を丸くさせたであろう。何を言っているのだと思わせただろう。ステイン自身も衝動的に叫び、確定していないにも関わらず、行動を起こしていた。
 それは僅かな揺れであった。地面から伝わるもの、それは微震であり、予兆。そう、地震だ。この時、彼は本能的に察した。それは、世界の形を変える、言わば累異転殻震カスティルロウではないと。本物の地震であると。確信は無くとも、既に呼び掛け、行動を起こしていた。
 その直後、全員が彼の世迷言ではない事を思い知った。小さな揺れはやがて大きな振動を引き連れてきた。同時に記憶が鮮明に呼び覚まされてしまう。悪夢が、甦る事となった。
 急速に強くなるそれに誰もが疑っただろう、信じたくなかっただろう。その思いは明確な振動、態勢を崩すほどの強烈さに脆く打ち砕かれていた。
 町は、セントガルド城下町全体で悲鳴が、絶叫が響く。呼び覚まされた恐怖に堪らず、瞬く間に人々は混乱に巻き込まれる。それすらも薙ぎ倒す強烈な揺れとなって、地震は不安な者達に襲い掛かった。
 激動は物体に負荷を掛け、耐え切れない存在は崩壊するのみ。家々を軋ませ、轟々と絶望を抱かせる音を当てて崩れていく。地震は実災害を齎す。立つ瀬も無く、全て、何もかもを本当に震撼させた。
 至る所で悲鳴は崩壊と地震の音に呑み込まれ、それに気付けぬまま、生きたい者達は恐怖の中で地面に薙ぎ倒され、転がされるしか出来なかった。避難を呼び掛け、無理矢理にでも動かそうとしたステインも例外なく倒され、転がされる感触と痛みに現実と認識し、せめて被害者が一人でも少ない事を祈っていた。
 四面から響いていた絶叫は次第に治まっていく。体力の消耗するだけに過ぎないと分かったのか、上げる暇、余裕すらも無くなったのか。確実なのは、崩壊に巻き込まれないように祈るしかないと言う事。
 やがて、地震は弱まり、そして治まる。体感で何時間も続いたかのようなそれは十分にも満たない短い期間。それでも、絶望を与え、混乱を深めるには十分の衝撃と威力であった。

【2】

 揺れが遠退き、振動による僅かな酔いも遠退き、まともに立つ事が出来るようになった頃、町の中は混乱の只中となった。
 誰もが経験した恐怖を思い出し、惨状の再来かと震え上がった。多くの者が再び悲鳴を上げ、逃げ惑う。忘れそうになった記憶を呼び覚まされた時、人は大よそ正気には居られない。
「全員、戸惑うな!!冷静に動け!!怪我人を崩壊の恐れの無い場所へ一時避難!動ける者は怪我人、被災者の救護に当たれ!!まだ再度起こる恐れもある!!城下町の外へ避難するんだッ!!」
 誰よりも冷静を保っていたステインが大声で指示する。明確なそれは周囲の者の足を止め、正気に戻させた。それでもパニック状態に陥った者も居るのだが、それほどに彼の声は良く響き渡っていた。
 だとしても、不安は、恐れは身を縛る。混乱に陥った状況では簡単に冷静な行動はし難いもの。
「近くにギルドに所属、従事、在職している者は居るか!?」
 一人では限界があると周囲に呼び掛ける。その声はやはり周囲に良く響き、悲鳴で包まれたその場でも的確に耳に届けていた。
「ステインさん!無事だったんですね!」
 応じた数人が駆け寄り、安心を浮かべる。その多くが人と人を繋ぐ架け橋ライラ・フィーダーの職員。けれど、安堵出来る状況ではない事は笑顔を零さない様子が示す。
「言わなくても分かっているだろうが、直ぐにも住民の避難誘導を実行するんだ!開けた場所に誘導、余震が無い事を確認して外へと送れ!その後、被災者の救助だ!!多くの者に協力を仰げ、良いな!?」
「はい!!」
 指示を受けた数人は即座に行動を開始する。四散し、方々に協力を仰ぐと同時に混乱した住民を宥め、避難誘導に勤める。そうした動きが少しずつ事態を治めていく。
 多くの住民の立ち直りは思ったより早かった。それは先の惨劇を経験し、それを教訓とした為なのか。落ち着けば素直に従い、外へと早足で向かう。中には、だからこそ安心など出来ないと逃げ惑う者も居る。そうした者もやや力尽くで従わせ、二次災害を引き起こさせないように努めていた。
「余震は、ないな・・・被害は・・・」
 ステインもまた迅速に動き、率先して避難誘導や救助に勤めながら現状を確認し、情報を整理していく。次なる災害の予兆は感じられず、しかし被害は広範囲。被害自体は深刻なものではなく、それが幸いか。復旧作業で多くの建物が建て直され、頑丈に修復した為か、多くの建造物が形を保っていた。
 それでも、多くの建物が半開程度の被害を受け、その崩壊に巻き込まれた者も多数存在する。次なる地震に備えている以上、容易には近付けない為に歯痒く。
「・・・中、と言った処、か。道は塞がれていない、主要の建物も被害は軽微。屋内は分からないが・・・」
 主道に多少の破壊が見られるものの通行には問題なく、瓦礫で塞がれている事は無い。これなら避難は順調に進む。そう思案しながら動いていた時であった。
「ッ!?」
 不意に感じた圧力。得体の知れないそれは生物が発したとは思えぬものであった。
 全身に行き交う血の気は引き、凍り付いたかのように体温が冷める。同時に金縛りにあったかのように身が硬直、だと言うのに逃げ出したくなる衝動に駆られた。
 それを感じたのはステインだけであり、途端に切れる呼吸と霞んだ意識を定めて、混乱した光景の向こうを捉える。圧力を感じ取る方向を定め、抵抗する身を強引に動かして急行していった。

 その存在はセントガルドを一望出来る位置にて、不快感と退屈さを示す。思い通りにならない事への苛立ちに息を吐き捨てていた
 自身を眺めて、形ではなく、己を確かめ、巨大な壁など意味を為していないと示す位置で憮然たる面持ちで見下す。観察するのは地震に見舞われた町中を、慌てふためく者達を。
「忌々しいものよな。元来とはいかなくとも、それなりに馴染んできた筈だと言うのに、まだ斯様な場所すらも崩せんとはな」
 自己の経過を確認し、想像以上に滞っている事に不満を示す。
「・・・まぁ、良い。それなりに退屈凌ぎにはなったからな」
 不測の事態に見舞われた人々、苦しみもがく姿や助かろうと逃げる姿、人々の惨憺に幸災楽禍とするその存在は口辺を僅かに吊り上げていた。
 多少の暇潰しになったと労うように呟いた後、その場を後にせんとした時であった。何かに気付き、念じながら緩やかに位置を変えた。
「ッ!!」
 唸り上げる様な突風が地面から宙に向けて吹き抜けた。それは姿なき刃を構築、湾曲して波打つように襲撃者を襲い掛かった。だが、襲撃者は不意の反撃に対応、正面から切り伏せていた。その一撃は謎の存在を倒す為のものではあったのだが、迎撃として扱われ、見事に弾いていた。
 襲撃者の一撃は高高度から地面へ急加速するように過ぎ去った。城下町を包む巨壁を越える高さから落下し、五点着地して衝撃を和らげたその者は全身の痛みを堪えながら見上げる。その顔、圧倒され、今にも倒れそうな顔色に。だが、微塵の油断は出来ないとする緊張感で臨戦態勢を取っていた。
「ほう、多少は勘の良い奴も居ようか。しかし、それだけだな」
 急襲されたにも関わらず、難なく気配を察知し、不意打ちを躱しながら反撃を繰り出した存在は僅かな賞賛を送る。
 受けたのはステイン、普段の様子からは想像出来ない表情を浮かべて、謎の存在を望む。唯一、存在を察知し、気配に引き寄せられるように駆け付けた彼は道具を駆使して宙へ飛び上がって奇襲を仕掛けていた。一切の手加減など、寧ろ殺す気で挑んでいた。
 それに疑問点、負い目など抱く事はなかった。本能的に、その存在が元凶と察し、誤解と言う考えなど度外視した衝動的に攻撃を繰り出していた。形振りなど構う事無く。だが、それは容易に回避されてしまった。それに力量差を感じ取り、身体を刺すような悪寒と意識が混濁しそうな緊張感に囚われてしまう。それでも臆することなく対面する。
 厚手の衣装、それは各地を巡る旅人のような服装に見える。そうした意匠、奇妙な靄状の何かが正体を霞ませていた。その靄が益々に緊張感と恐怖を齎していた。
「さっきの地震はお前の仕業だな!望み、目的、本懐は何だッ!!」
 窒息し、気を失いそうな圧力に抗い、圧倒的な力量差を感じさせる存在に問いを投げる。その声に、滞空する存在は不快感を示す。見下す顔の一部からは冷たいでは表現出来ない迫力を醸して。
「喚くな、取るに足らん者の一部の分際で。余程、命が惜しくないと見える」
 煩わしい、その感情しか感じ取れない台詞を吐き捨てると、ゆっくりと腕を振り上げた。その所作に汗が噴き出すほどの危機を察したステインはその場から飛び出した。
 瞬間、金属音に似た切削音が彼の背後に刻み込まれた。一瞥した先、巨大な壁の一面に傷が刻み込まれていた。それは巨大生物の爪痕を思わせる、切傷。その原因は、吹き荒れる風圧から鎌鼬、詰まり圧縮した風圧に拠ってだと推察した。
 息を飲み込むのを忘れるほどの脅威を前に、ステインは最大の緊張と警戒を以って身構える。あの銀龍、インファントヴァルムをも凌駕すると。だからこそ、対峙しなければと身を固める様々な武器に手を伸ばしていった。
 幾多に攻撃を回避し、力差を把握しながらも意志に僅かばかりに興味を抱いたのか、謎の存在はやる気無げでも小さく構えていった。

【3】

 対峙し、数時間を思わせる空白が生まれる。遥か上空を見上げ、出方を窺うステイン。一糸、砂粒程の隙や油断も抱けないと全身全霊で挑む。
『・・・誰も、連れてこなかったのは間違いだったな。一人では対処どころか、持ち堪えられるかどうかも・・・』
 決め手に欠ける処か、戦う手法も乏しく、それが通用するとも思えない。逃げの一手であろうと捌き切れるかどうかも。
 また、貴重な戦力が外に出払っている事も痛手に思う。主要であり、一人でも魔物モンスターと戦える戦力は調査の為に外へと、中でも目覚ましい成果を上げるトレイドは森林地帯へ、ガリードは沼地地帯のローレルに縛られている。次に浮かんだのはユウ。だが、彼女も地震の対処で手一杯に違いない。詰まり、増援は望めなかった。
「ぐっ!」
 思考を巡らす中、隙も示さなかった彼に脅威が迫る。それを肌、感覚で感じ取ると即座に鉤爪を備えた縄に手を伸ばした。
 直後、彼を包み込む爆発が生じた。空間の捻じれ、急激に大気の熱が上昇、起こされた膨脹は火炎も伴って解放されたのだ。
 轟音を伴ったそれは大気を振動させ、巻き込んだ何もかもに痛みを刻む。草地は吹き飛んで窪み、燃焼した跡が壁に刻み込まれる。其処に、ステインの姿は無かった。
「ほう・・・」
 心の無い賞賛を篭めた声を零す謎の存在。その視線の先、空中で明確な殺意を以って弓を引き絞るステインを捕捉する。彼は爆発に巻き込まれる前に鉤爪を備えた縄を投擲、壁に引っ掛けて跳躍と引く腕力で壁へ逃げ、駆け上がって回避していた。それでも完全には避けられず、身体の至る所に焼け跡と煙を纏い、けれど活動に支障はなく。
 それらに怯みもしない彼は落下しながらも狙いを定めて矢を射出、素早く矢を番えて弦を引き絞って解き放つ。その早打ちを四本分繰り出した。それだけでは留めず、弓を戻すと同時に脇部分に備えていた短剣三本を指に挟み、全力で投擲していた。
 幾多の連撃を目の当たりにした謎の存在は手を、いや指を下方へ下ろす。その動作に連動するように突風が生じた。それが七つの攻撃の全てを撃ち落とした。それだけには終わらせず、反撃に転じさせ、着地直後のステインに降り注いだ。
 着地したと同時に抜剣、火花を散らして弾き飛ばしていく。防御の動作に織り交ぜて背に携えていた槍を、全力で宙で見下す敵に投擲した。最後の短剣を弾いたそれは敵へ一切逸れずに伸び行く。
 確認した謎の存在は次なる一手を、水を形成させる。念じる事で生み出したそれは鏃状に構成され、槍を迎え撃った。射出されたそれは容易く槍を弾き、射線上のステインを強襲する。
 液体が散る、赤い飛沫。鋭い痛みと共に、防御姿勢を取ったステインは顔を歪ませる。その頬には小さな傷。血を流す彼の直下には、小さな穴が。防いだ両腕は力負けしていたものの、辛うじて防いでいた。
 連撃を終え、改めて計り知れない存在だと思い知って緊張は高まる。だが、それを呑み込む戦意を迸らせた。其処に疑念に惑う様子はなく、一切の手加減も容赦も排除し、混じり気の無い殺意を放った。
「多少は出来る様だ。なら、これは如何だ?」
 雑兵ではないと見極めたのか、更に弄んでやろうかと意欲を示す。そして、さも試練を与えるかのように攻撃を繰り出した。
「!」
 次なる攻撃はステインの周囲から幾多の物量であった。それは籠を描くように、彼の足元の地面が急激に隆起、湾曲して歪に先端を尖らせて襲い掛かる。包み込むようなその先端が交差した。それらは同化するように、だが互いを破壊するように接触、破片を散らして留まった。その交差点に彼の姿はなく。
 寸でで回避、防具に深い傷を刻んだ彼が宙へ跳躍していた。その目は、咄嗟に見上げた先に差し迫る脅威を捉えていた。
 どのような物質で構成したと言うのか。土塊と鉱物を乱雑に混ぜて構成されたように映るそれは剣を模る。だが、剣とは言い得ぬほど歪な刀身を為し、不自然なほどに太く厚く大きく。鈍器、いやそうと見える物体としか見えないそれは人の身を遥かに超えていた。
 宙に浮かされたそれは既に振り下ろされていた。逃げた先に降ろされており、回避は間に合わないと悟る。その手は迅速にメイスと手斧に持ち替えており、襲い来る凶器に向けて全力で振るった。
 二つの物体は火花と劈く音を齎す。顔を歪ませるほどの全力の二撃はほんの僅かでも軌道を逸らす事に成功させ、同時に打ち付けた衝撃を回避にも転用させて身体を逸らしていた。
 背筋が凍る一撃、巨大な物体が地面に突き刺さり、直後その形は砕け散っていた。耐久自体は然程でもないようで、周囲に巨大な欠片として散らされた。それで危機が止んだ訳ではなかった。
 何とか往なし、体勢を整えようとしたステインの上空、局部だが赤く染め上げる程の熱量と明るさを放つ焔が渦を巻いていた。それは謎の存在の手の平から噴出させられ、回避に努めるしかない彼に向けて渦は高速に回転する。
「次から次へとッ!!」
 休む間もないと愚痴を零しながらステインは鎖鎌と鉤爪を備えた縄を、付近に転がった土と鉱石の欠片に巻き付ける。即座にそれを上空へ振り上げ、渦巻く焔にぶつけていた。
 接触した事で焔を分散、遅延させる。しかし、それだけでは阻止する事は出来ない。それを承知するように彼はその場からの退避する。結果、やや焼かれながらも命を保って距離を開ける事に成功する。
 攻撃は止み、互いの同行を窺う僅かな空白が生まれる。一瞬の油断を許されないステインは戦闘体勢を保ち、謎の存在に僅かばかりの変化を示される。
「中々に耐えるではないか。良いぞ、その調子だ。それなら、これは・・・」
 僅かばかり興が乗ってきたと戦意が昂らせた時であった。意欲を示した謎の存在の動作が突如として制止させた。
「・・・興覚めだな」
 そう吐き捨てて途端に戦意を萎縮させていた。気付いたのだ、大勢の人間が接近しつつある事を。武装したその者達はこの場に駆け付けようとしていた。大方、戦闘音を聞き付けたのだろう。
 それを知り、水を差されると分かった謎の存在は戦意を損ねていたのだ。突然の心変わりに、ステインは罠かと疑って少し意識が揺れる。
「多少は楽しめたぞ。お前の曲芸に免じ、此処は引いてやろう。咽び喜ぶと良い」
 報酬と言わんばかりに告げる。その意図を計り知れないステインは黙したまま睨んで身構える。次なる手を模索しようとした寸前、上方からの衝撃に襲われた。
 予兆など感じられなかった。唐突に生じた衝撃の正体は轟風。轟かせるそれは地面を窪ませるほどの風圧を有し、ステインは避け切れずに正面から受け止めてしまった。
「・・・ぐっ」
 地面に押し潰されそうな圧を受けたが何とか堪え、幾多の裂創で血だらけとなりながらも身体を起こして上空を眺める。その先に、謎の存在の姿は無かった。撤退、いや帰還したのだろう。もう、身を竦ませ、絶望を抱かせる圧迫感は消え去っていた。
「奴は・・・」
 血を拭い、全身を包み込む激痛に耐えながらも警戒は続ける。台詞をそのままに受け止められないとして。
「何かあったの・・・ステインさん!これは!?」
 数人がその場に駆け付け、戦闘の跡を刻み込んだ現場に、負傷したステインを見て驚愕を示す。ただ事ではない事は即座に察して。
 困惑した声を耳にする彼は其処で漸く緊張を解く。意欲を損ね、帰還した理由を察した為に。激しき疲労感、倒れそうな脱力感に溜息を零す。
「いや、気にしなくてもいい。終わった事だ。それより、それよりも、それはそうと、お前達の用事は何だ?避難や救助は済んでいないだろう」
「で、ですが・・・いえ、分かりました」
 異論を唱えようとするのだが、当人の有無を言わせぬ様子に躊躇いながらも説明に移る。
「余震は無く、広範囲に被害は及んでいますが軽微なものが多いですね」
「ですが、被災者は多数。主に屋内の怪我が、家具を始めとした者の転倒に巻き込まれた傾向ですね」
「避難も滞りなく行われ、手が空けば再度の復旧作業に移っています。救助も順調に行われていますね」
「ですが・・・一部で暴動じみた動きが見られます。私達人と人を繋ぐ架け橋ラファー法と秩序メギルの者達が宥めていますが・・・」
「不安や恐怖、先の災害による記憶が甦って抑え切れていないと」
 報告を受け、外に出る前に抱いた主観からの情報を合わせて大方を把握したステイン。懲りないと言った様子で辟易と言った様子を示す。
「傷の処置をしたら参加する。今はまず戻って暴動寸前の住民を宥めろ。戻り次第、抑制に努める」
「分かりました」
 一斉に返事を行うと駆け足でセントガルド城下町に戻っていく。離れていく部下の優秀な姿を眺めて溜息を零していた。
 町の被害や人への被害は仕方ないとしても、まだ褪せるには早い、忌々しい記憶に縛られている。住民達も不満を口にし、その発散先を求めるのも無理も無いと。だとしても、それを行う状況ではないと落胆を示して。
 しかし、それを放置する事は出来ないと懐からフェレストレの塗り薬を取り出し、負傷部に塗布しながら彼も向かう。
 その折りに抱いた。あの存在が世界を変えた元凶であると。強大な力、不遜な態度、他をまるで実験材料の一つとしか見ない価値観。判断材料は少ないが、抱いた圧力と本能的にそう考察を立てていた。
 姿を視認出来ず、服装だけでは素性も何処に潜伏しているのか全く分からない。第一、あの存在がそうだとも言い切れない部分がある。ただ、明確な敵、対するべき存在が居ると認識し、それに備えなければならない、その危機感を抱きながら町へと早足で向かっていった。

 主要と言えるセントガルド城下町の騒動は早々に治められる。数人の一喝、説得によって住民達の様子は宥められ、加えて更なる被害が及ばなかった事が促進させた。
 多くの者が負傷者の治療、被害が及んだ場所の対処に勤しむ。再度の災害を前に、人々の立ち直りは早いもの。先より被害は圧倒的に少なく、銀龍のような乱入も無く、それらを経た教訓が活きた事もあった為に。
 復旧は想像以上に済む、そう思わせる人々の動きには成長し、向上していく力を感じ取れる。しかし、上手くいくのは其処だけとは限らないのだ。
 例え、悲劇が起ころうとも晴天を保ち続ける草原地帯。爽やかな空気が常時流れるその場は別の場所に冷たい何かが迫ろうとしていた。遠く、鳴り続けるそれは満たされた水に湿潤の音色を奏でるように。
 そして、別の箇所でも人の温もりを捨てた地下にて、音が漏れ出していた。誰かの苦しみが、悲しみが、憎しみが滲んだそれは地上には出ず、何時か解放される事を切に願う呻きは地中を澱ませていた。
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