Accarezzevole

秋村

文字の大きさ
8 / 67
Ⅰ閉じ込められた箱庭

7

しおりを挟む
 ほんのわずかでもいい。人間に、興味を持たせることだ。

「こういう状況下、人間に限らず知恵のある生き物は強者に媚び諂うことが多い。ただしそれは、延命のためではない」

「……」

「己に起こり得る恐怖、すなわち苦痛から逃れるためだ。延命はその結果に過ぎない。これは己の命の終わりを知らない場合だ。自身が死ぬ期日を知り、それが早ければ早いほど死への恐怖はあっても、第三者に与えられる苦痛への恐怖は小さい。そうだろう? ――カナト」

 形の良い唇が、初めて名を呼んだ。

 心臓を文字通り鷲掴みにされた苦痛が奏人を襲い、前のめりになって苦悶する。

 痛みと息苦しさが同時に襲い、生理的に涙が滲んだ。これは凄い。痛みを感じた。なんてことだろう。

 彼が何をしたのかは分からないが、何らかの力を発したことだけは確かだ。

 呆気なく殺される現実をすぐそこに見た気分で、されど奏人は笑った。

 奥歯を噛み締めながら顔をあげ、息も絶え絶えに応える。

「……だったら、何だよ、――ソロ」

 視界の端に、金色を見たのは言い終えると同時。刺すような、殺意。

 強烈な憎悪を間近に感じて、瞬間死を意識した。否、死んだとさえ思った。

「私のものに、何をする気だ? コード」

 奏人の首を狙った手刀が、見えない壁に阻まれるようにして止まった。

 ぶつかった反動でコードの手が折れ曲がり、白く美しい肌を貫いて骨が露わになる。

 毛足の長い薄い浅黄色の絨毯を鮮血で濡らし、しかしコードは眉一つ動かすことなく静かに退いた。

「ご無礼致しました。お許しください」

 痛覚が人間のそれと異なっているのかと思ったが、彼の額に脂汗を見てそうでないことを知る。腕が震えていた。当然ながら激痛なのだろう。

 それでも、彼は己の非を詫びるだけだ。ソロを思っての行動であっても、彼が望まないのならば意味はない。義は非となり、非は処される。そこに己の意志は関係ない。

 何の前触れもなく、奏人の体が浮く。驚いてコードからソロへ視線を移せば、ソロが指先一つで招いているのが見えた。何をされるのか警戒する中、彼の膝の上に体を下ろされる。

 すぐそこに、空色の瞳。完成された芸術品のような美貌が迫り、無意識に奏人は体を逃がした。あまりにも整い過ぎていて、底気味悪い。頭の先から足の先まで、この男に欠点などないように思えた。それが、あまりに異様。

「私に心を読み解く力はない。全て仮定の話になるが、お前は死期が近いな。迫る刻限すら分かっている。だからこんな真似ができるし、私たちを怖いと思っても恐れ慄くほどではない。そこで疑問が一つ残る。大人しく迫る死を待てばいいのに、わざとこちらを挑発しているな。それは何故なのか」

 探るような視線が愉しげに奏人を捉え、逸らすことも叶わぬまま続くソロの言葉を待つ。

 強張らせたままの体に、ソロの指先が触れた。冷たい指に頬をなぞられ、否応なく肌が粟立つ。逃げようとする体を利き腕に抱かれ、グッと己の方へ引き寄せられた。心臓の音が大きく、鼓膜を打つ。

 鼻孔をくすぐる仄かなソロの香り。嫌なものではない。むしろ、妙に奏人に馴染んだ。

 顎を掬われる。畏怖すら抱かせる美貌に目を眇めた。

「名前は確か……タクト、だったか」

「っ」

 ふふ、とソロの笑みが深くなった。奏人が人間に興味を持たせようとしたのは、ひとえに拓斗を探してもらうためだ。この世界にいるのなら、彼一人では生き長らえる術を持たないことになる。

 奏人はいい。手元に薬がない以上、どのみち死ぬ。

 彼の口からタクトの名が出たのはいい兆候だと考え、奏人はここぞとばかりに畳みかけた。

「タクトは、美形だよ。すごく綺麗だ」

「ほぅ?」

「声楽部なだけあって歌も上手いし、話し上手だから傍にいると楽しい。手先が器用で、物覚えも早い」

「それで?」

 上機嫌に奏人の髪をクルクルと手指に絡ませて遊びながら、先を促す。

 本当のことだと信じていないのか、反応がイマイチだ。継ぐ言葉に迷っていると、促すように軽く髪を引かれた。

「俺、は」

 もっと、彼を揺り動かすような言葉を。下手に褒めそやしても嘘っぽく聞こえるし、だいたい拓斗はこんな小細工が必要な人間ではない。

「俺は、拓斗を無視できた人間を知らない。羨望、嫉妬、親愛、色んな感情を抱く奴らが拓斗の周りにはいた。でも、拓斗に興味を持たなかった人間は一人もいない」

 ぴたり、ソロの指が動きを止める。真っ直ぐな視線を見つめ返し、奏人は彼の答えを待った。ソロの口元に笑みが点る。その笑みがやけに冷たく見えて、奏人は息を呑んだ。

「お前の思惑に乗ってやろう。……コード」

 ソロに呼ばれ、コードが一歩前に出る。腕は大丈夫かと心配になったが、彼の腕には布が巻かれていた。痛々しかった表情も凛としたものを取り戻し、何事もなかったように控えている。痛くないわけがない。あれだけの怪我だ。

 それなのに彼は表情に出さない。平然としている。胆力の違いが、痛覚の違いなのか。彼らの情報が少なすぎて分からない。分かったことといえば、彼らの血も赤いことだけ。人間と全く違う食べ物を摂取する彼らが、血中にヘモグロビンを含んでいるとは考えにくい。原理が違うはずだ。しかしよくよく見てみても、ソロたちと奏人とでは外見上の差異は見受けられない。

「望み通り、タクトを探してやろう。お前のようにタクトが誰かに拾われていない場合、人間は商人によって競売にかけられる。それを買うのは決まって貴族連中だ」

 頷いて見せたソロの合図で、コードが二つ返事で部屋を出て行った。おそらく競売会場へ行ったのだろう。

「どのくらいの、値段なんだ?」
「そうだな。城が二つ三つ建てられる」
「え……?」

「落ちてきた人間を飼うには、それなりの力がいる。競売に参加するには、身分も必要だ。だからこそ、人間を飼うのはほとんどが貴族だ」

 貴族。まさに人間の身分制度のそれだ。では、統治している誰かがいることになる。

 トップに近ければ近いほど権力を持つのは世の常。ソロがどの辺りの地位に属しているかは知らないが、もっと上の誰かに競り落とされている可能性もあるということだ。

「問題はない。お前は本当に運が良い」

 競売と聞いて顔色を変えた奏人に、ソロが不敵に微笑んだ。冷たい指の背で頬をなぞられ、思わず首を竦める。タクトが会場にいたとして、コードは間に合うだろうか。無事に落札できるのか。気のいい貴族に競り落とされるのならまだいいが、そうでない可能性の方が圧倒的に高い。

「さて、準備ができたようだ」

(準備?)

 ソロが扉の方を見たので、奏人も青い顔をしてそちらへ向ける。いつの間にそこへ立っていたのか、深々と一礼したまま先に出て行ったフォニックが控えていた。ソロは奏人を床に立たせ、背を押すようにして外へ促す。

「行くぞ」
「行くって、どこに?」
「決まってるだろう? 寝室だ」

「………………………………………………………………………………………………………は?」

 さも当然といったソロの微笑みに、奏人はこの世界に来て初めて、ひどく間抜けな返事をした。

 滝のような汗とともに部屋を全速力で逃げ出したのは、この数秒後のこと。



■ ■ ■



 脱兎のごとく逃げ出した奏人に、ソロが可笑しそうに肩を揺らして笑う。

「見たか? 面白い。後ろ手に縛られているのに、あんなに早く走れるのか」

「追いますか?」

 ひとしきり笑うと、ソロは満足したのか首を左右に振った。

「お前はコードを追え。競売会場へ行かせた」

「タクト、ですか?」

 察しのいい侍従に目を細めて、ソロは奏人が逃げた方角へゆったりと歩き出した。

「お言葉ですが、いくら我が君でも条約に反するのは……」

「心配ない」
「と、申しますと?」

 磨き上げられた石造りの床を闊歩しつつ、ソロが言う。

「カナトが、タクトという人間を絶賛した。とても綺麗で歌が上手く、誰もが一目置く存在らしい。だから探す約束をした」

「では、タクトの方をお飼いに?」

 いいや、と楽しそうにソロが笑う。柔らかな調子で、まるで花を一輪摘んで来いと言うように。

 加えて、命じた。

「見つけ次第、殺せ」


 私にタクトとやらは、不要だからな――……。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

まおうさまは勇者が怖くて仕方がない

黒弧 追兎
BL
百年前に現れた魔王によって侵攻が行われたアルキドセ王国。 国土の半分を魔物の支配下とされてしまったアルキドセ王国の国王はやむなく、国土を分断した。 ------------- 百年後、魔王の座は孫へと譲られていた。 「あー、だる……座り心地悪すぎだろ、」 しかし、譲られた孫であるセーレに魔王の素質はなく、百年間城にも攻めに来ない勇者に驕りきっていた。 ------------- その日、魔王城に戦慄が走った。 勇者が魔王城まで攻め入ったのだ。 「ひ、ひっ……!、よ、よくきたなぁ、っゆうしゃ!」 血の滴る剣を持ち、近づく勇者に恐怖で震えるセーレに与えられたのは痛みではなく、獣の皮の温かな感触だった。 「っかわいい……俺のものにする、っ」 「ぁ、ぇひ!やだやだやだっ、ひ、ぃい……」 理解できない勇者の言葉は死に怯えるセーレを混乱させ、失神させた。 ___________________ 魔王に一目惚れで掻っ攫う溺愛勇者       × 言動が理解できない勇者が怖い卑屈な名ばかり魔王 愛をまっすぐ伝える勇者に怯える魔王のすれ違い、らぶらぶストーリー。

氷の檻に閉じ込められた月~兄上のすべては、私のもの~

春野ふぶき
BL
『兄上は私のものだ。魂も、肉体も。永遠に―—』 アーヴェント侯爵家の長男ライカは、妾腹として正妻に虐げられ続けてきた。 唯一の救いは、次期当主を目される異母弟カイエンの存在。 美しく聡明で、氷の騎士と呼ばれる彼だけは、常にライカの味方だった。 だが、その愛情は兄を守るものではなく、深く歪んだ執着だった。 母を排除し、兄を囲い込み、逃げれば鎖で捕らえる。 そしてついに、ライカの心身は限界に追い詰められていく。 ——カイエンが下す「最後の選択」とは。 ふたりが辿る結末は、幸福か、それとも狂気の果てか。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

のろまの矜持 恋人に蔑ろにされすぎて逃げた男の子のお話

月夜の晩に
BL
イケメンエリートの恋人からは、雑な扱いばかり。良い加減嫌気がさして逃げた受けくん。ようやくやばいと青ざめた攻めくん。間に立ち塞がる恋のライバルたち。そんな男の子たちの嫉妬にまみれた4角関係物語です。

黒豹陛下の溺愛生活

月城雪華
BL
アレンは母であるアンナを弑した獣人を探すため、生まれ育ったスラム街から街に出ていた。 しかし唐突な大雨に見舞われ、加えて空腹で正常な判断ができない。 幸い街の近くまで来ていたため、明かりの着いた建物に入ると、安心したのか身体の力が抜けてしまう。 目覚めると不思議な目の色をした獣人がおり、すぐ後に長身でどこか威圧感のある獣人がやってきた。 その男はレオと言い、初めて街に来たアレンに優しく接してくれる。 街での滞在が長くなってきた頃、突然「俺の伴侶になってくれ」と言われ── 優しく(?)兄貴肌の黒豹×幸薄系オオカミが織り成す獣人BL、ここに開幕!

アイドルのマネージャーになったら

はぴたん
BL
大人気5人組アイドル"Noise" ひょんな事からそのマネージャーとして働く事になった冴島咲夜(さえじまさくや)。 Noiseのメンバー達がみんなで住む寮に一緒に住むことになり、一日中メンバーの誰かと共にする毎日。 必死にマネージャー業に専念し徐々にメンバーとの仲も深まってきたけど、、仲深まりすぎたかも!? メンバー5人、だけではなく様々な人を虜にしちゃう総愛され物語。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...