Accarezzevole

秋村

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Ⅱ嘆きの塔と君の影

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 時は少々遡る。

 ソロは律王スコアモナルクの閨番の為、護衛の準備を整えて王の近衛兵たちと巡回経路の最終確認を行っていた。

 四律将カルテット・シュバリエの仕事の一つに、王の閨番――夜間警護の任がある。四交代制で、四律将が中心となって近衛兵とともに任務に当たる重要な仕事だ。原則として代替は認められない。唯一別の四律将が任に就く場合に限り、これを許可されていた。

 四律将とはいっても我の強い者たちばかりだ。仲間意識など到底なく、特にソロは王の盾と呼ばれる四律将とは非常に仲が悪かった。次期律王へ、今代より直々に任命されてからは特に顕著だ。口も利かねば目も合わせない。

「ここにいたか、ソロ。話がある」

 打ち合わせの最中、突如部屋へ現れた幼い少年。慌てて近衛兵たちが椅子を立ち上がる彼もまた、四律将の一人である。史上最年少で四律将の一人になった実力はソロも一目置いている。が、いかせん幼さが目立つ。自分が未熟なのを知らずによく喧嘩を吹っ掛けてくるので、面倒くさいことこの上なかった。幼いからこそソロに喧嘩を売ってくるのだが、なんとなく憎めないのがまた気にくわない。

「エレジーか。何用だ。さっき帰ったばかりだろう」
「貴様のペットに会ってきたぞ」

 奏人のことを言っているのだと分かり、ソロがエレジーを見遣る。

 確かに奴から奏人の気配がした。が、濃くはない。手を出したわけではなさそうだ。そもそも短種のエレジーが、奏人を抱けるわけがない。オモチャにしようにも、その許可をソロが出していない以上は条約違反になる。

 人間を取り巻く条約は、すべて歴代の律王が定めたものだ。厳罰を科しているものも少なくなく、特に厳しいのが人間を二人以上所有すること。滅多に落ちてこない人間を所有したがる者は多い。所有しているだけで力の象徴になる人間は、顕示欲の強い者たちにとって希少価値といい申し分ない一級品であった。

 だからこそ、律王たちはきつく禁じた。争いの種になるからだ。これを破れば、例え四律将であっても地位をはく奪された上、更なる厳罰が待っている。そしてこれに匹敵するのが、人間の所有権譲渡と借用であった。後者において、所有者の許可なしに人間を移動させることは固く禁じられている。

 ただしそれ相応の対価を支払うことで、第三者が一時自由にすることが横行していた。というのも所有者が支払われた対価に気を良くし、連れ出したことを許すパターンが多いからだ。厳密には許されていないので、これは暗黙の了解に近い。

 ソロは近衛兵たちを退出させると、改めてエレジーを見た。彼は席にはつかず、相変わらず偉そうな態度でそこに立っている。

「あやつとは勝負がついておらんからな、我は何もしておらん。が、……屋敷にフエテが来た」

「フエテが?」

 ソロやエレジーと同じく、四律将に身を置く男の名。ニコニコと柔和な印象が強いが、その実非常に腹黒い。相手をいたぶって性的快感を得る特殊な性癖を持っており、度の過ぎた行いに審議会の者たちを密かに動かしている。

「嫌な予感がするぞ」

 その言葉に、ソロは眉根を寄せた。エレジーは治癒師だ。律界において、治癒を扱う者の予感は予言に等しい。エレジーは治癒師の中でも群を抜いて優秀な男。四律将になる実力は、律王に認められている。そのエレジーが、嫌な予感がすると言った。これを鼻で笑って捨てるほど、ソロは愚かではない。

 意識を集中させ、奏人に繋げた八重の吐息の気配を追う。フエテフォルツァの仕業か、いくつか邪魔が入った。それをかわしつつ意識を潜り込ませ、忌々しげに舌を打つ。

「移動させられておるのか?」

 ソロは答えない。その通りだったからだ。しかもフエテフォルツァの屋敷の方ではなく、奴が所有する塔の方向だ。あそこの噂は悪いものばかりで、見目美しい短種の死骸が森にゴロゴロしていることでも有名だった。審議会の連中を動かしたのも、だからだ。

 フエテフォルツァのことだ。情報は入手しているだろう。自信があるのか動じた様子はない。相手は腐っても四律将。噂ばかりで中々尻尾を出さない。噂だけでは、どうにもできない。世界全体の裁きを司るソロであるが、何かと別の案件が続いてつい後回しにしていた。そのツケがここにきた。

「ほぅ、苛立っておるな。これは面白い」

 本気で面白がっている様子のエレジーをひと睨みし、席を立つ。後ろの窓から夜空を見上げ、奏人の気配を更に追った。フエテフォルツァの術が働いている森の中。上手く探れない。それでもソロは神経を研ぎ澄ませ、奏人に繋げた魂の鎖を追い続けた。

「……、っ」
 
 一瞬、流れ込んできた奏人の鋭い感情。
 無意識に体へ力が入る。

 あれは紛れもなく、恐怖。
 泣き叫ぶ声が聞こえたような気がした。

 ざわざわと、ソロの中で何かが波打つ。こんなことは久方ぶりだ。

 ソロの所有物を勝手に殺すことはないだろうが、人間はひどく繊細な生き物だ。律界人とは違い、心の傷を癒す術がない。律界人は生命球に入ってリセットすればそれで済むが、人間ではそうもいかない。

 しかしフエテフォルツァのことだ。それ相応の対価を支払う準備が既にあるはず。一晩目を瞑れば、とりあえずは奏人は帰ってくる。体の傷も癒された状態で返還されるに違いない。

 またフエテフォルツァのところには、見目の良い短種が数多い。その中でも最上級のものを数名寄越してくることだろう。でなければ、どこか眺めの良い場所にある別荘か、いで湯のある土地か。もしくは、希少価値の高い宝玉類。何にせよ、損はしない。

 そう。損はしないのだ。一晩貸せばいい。それだけで人間も戻れば、対価も支払われる。何も問題はない。

 天秤にかけてみて。簡単に傾いてしまった器の中身に、燻っていたものへ火がついた。おかしい。何故そちらに傾くのか。

「……」

 左目に手をやる。ここが痛むのは、術を施されたあの日以来のこと。

 たった一瞬。ほんの一瞬。聞こえただけの奏人の悲鳴に、腹の底から湧き出る……冷たい憤怒。

 何故だ。
 何故。
 何がこんなにも、面白くない。

(……いや。そうだな)

 それでは、面白くないのだ。

 あれを泣かせていいのは、自分だけだ。抱いていいのも自分だけ。
 それなのにフエテフォルツァが横やりを入れてきた。
 そんなこと、あっていいはずがない。
 あれは、そのすべてがソロのものであって、例外などはない。

「代わってやっても、よいぞ」
「……何?」
「勿論これは貸しだがな」

 エレジーに借りを作るなど、ソロの沽券に関わる。だが閨番である以上、この男の手を取るしか方法がない。プライドとあれとの間で揺れた。額を押さえる。まったく、自分の選択が信じられない。

 小さく鼻を鳴らし、偉そうに踏ん反り返るエレジーの隣をすり抜け部屋を出た。

 エレジーが近衛兵たちを呼び戻す。それへ背を向けたまま、ソロは中庭へ向かった。中庭から飛び立ち、急ぎ屋敷へ戻る。するとそこでは、気を失っているシンとフォニックをコードの指示によりどうにか起こそうと屋敷の者たちが奮闘していた。しかしフエテフォルツァの術を解くことができずに、至難しているようだ。

「我が君っ?」
「コード。屋敷を任せるぞ」
「え? ぁ、っ、はい。お任せください」

 察した様子のコードが、深く腰を折って承知した。すぐに術を解いて二人を起こし、付いてくるように命じる。奏人がどういう状況か分からない以上、シンを連れて行く必要があった。

 ソロの配下の中で、シンは一番の治癒師だ。しかし残念ながら飛ぶのが苦手で、ひどく遅い。それをカバーさせるためにフォニックを付ける。

「急げ」

 何、と言わずとも理解している二人を置いて、彼らが気配を追える速さで飛び立った。フォニックもシンも己らの失態を挽回するため、必死に追いかけてくる。

 奏人の気配を追い、森へと入る頃には黄金色の月がかなり高い位置まで昇っていた。それだけ遠かったのもあるが、フエテフォルツァが巧みに施した術が邪魔で位置を特定するのに時間がかかってしまった。認めたくはないが、ソロは焦っていた。

 繋いだ魂の鎖から、近づけば近づくほど奏人の感情が流れ込んでくる。ソロの中へ直接。胸が痛いほどの激情。

 恐怖。
 
 苦痛。

 絶望。

「おのれ……っ」

 一瞬、目の前が真っ赤になったような気がして動きを止める。いや。それよりも、声を荒げるとは何事か。何をそんなに焦る必要がある。所詮は人間。希少価値が高いとはいえ、オモチャに過ぎない。

 確かに気に入ってはいる。あれは面白い。愛らしい顔をしておきながら、本気で平均以下だと思い込んでいるのがよい。抱くとすぐに蕩けるくせに、それまでは真っ赤な顔をして全身で拒むのもいい。その一方で、誰が主だと分かっているのか、そっぽを向いて嫌だと逃げ隠れし、これっぽっちも素直でない。滅多に笑わないのも腹立たしいし、シンとフォニックへ自分よりも信を置いているのも許せない。

 そうだ。わざわざ自分が出向かずとも、使いを走らせればいい。あんな人間一人のことより、まずは任務だ。今からでも王城へ戻り、閨番に付くべきだろう。律王への忠誠はどうでもいいが、やらねばならない仕事が増えるのは後々面倒だ。

 ―シャララ……ッ。

 細い鎖の鳴る音。恐怖に咽ぶ声に似た音。

 腹が立つ。苛立たしいことこの上ない。
 どうして、体が動かない。それをどうこう考えるのも不愉快だ。
 大きく息を吸い込んで、深く吐き出した。

 ようやく追いついてきた二人を瞬く間に引き離し、ソロはじきに見えてきた石の塔に奥歯を噛み締めた。

 フエテフォルツァへそうと分かるように塔全体へ波動を叩きつけ、怒りのままに森に掛けられている術を解く。これでフエテフォルツァが気付かぬわけがない。そのまま下へ降り、壁を崩して中へ入った。幾人か警護に当たっていた者が出てきたが、ソロの顔を見た途端青ざめて跪いた。彼らの横を通り過ぎ、上へ向けて中央から穴を開けようとする。

 やめた。 

 ソロが来たことを察したフエテフォルツァがあれから離れていた場合、脆弱な体を守る術がない。

 仕方なく回廊を飛び、気配を追って上にあがる。近い。だが、やけに魂の波動が低い。こうも弱々しいのは何故なのか。
 
 苛立ちが隠せない。これを焦りだと認めるのは癪で、しかし見つからない小さなその姿にソロは舌を打つ。そこへ警護長の男が追いかけてきた。フエテフォルツァを呼んでくるので少し待てと申し出る。それを一喝して下がらせ、先を急いだ。

 薄暗い塔の中。回廊の向こう。見えてきたのは、両膝を突いている人影。八重の吐息の繋ぐ先、ようやく見つけた目的の青年に、ソロは胸を撫で下ろす。

「っ?」

 手元で何かが光った。小さな体が大きく傾く。息を呑んだ。あれは刃。考えるより先に体が動いていた。

 狙い定めた通りにナイフを弾き飛ばし、倒れてきた華奢な体を支える。

「――……え」

 ひどく驚いた顔。どれだけ泣いたのか、目は真っ赤だ。額は傷つけられており、血が垂れ流れていた。
 凛と気高い眼差しはなく、血の気は失せ、森から連れ戻した時の奏人とはまるで別人である。

「この、馬鹿が……」
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