Accarezzevole

秋村

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小話・コード

小話/コードの場合

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「き……貴様、これを昼寝用にしているのか」

「うん、ソロがこれを使えって」

 フォニックが侍従統括に戻って三日。今日はソロの補佐として、王城に上がっている。シンもエレジーが極まれに開いている講義を聞きに行くとかで、屋敷にいなかった。そのため、新しく奏人付に命じられたコードが今日は一人で奏人に付いている。

 仕事があるのでずっと相手をしているわけにはいかないが、コードから見ても案外奏人は大人しくしていた。もっぱら部屋で最近覚えたばかりの文字を駆使し、本を読んでいることが多い。存外頭は悪くないのか、覚えは早い。自分でメモを取り字の練習もしているようだ。

 奏人の一日はエレジーが現れるまで非常に適当だったが、彼の持つ人間に関する書物から幾つか変更がなされた。

 その一つがこの昼寝だ。地球より律界の一日は長い。食事はソロが与えるブレスのお陰で摂る必要はないが、睡眠は別となる。昼寝をしないと睡眠不足から、体調を崩してしまうらしい。

 確かに何度か、奏人が眠りから目覚めないことがあった。その度にシンが大慌てで診察し、結局寝不足だったわけだが、今回それを知ったソロが奏人に昼寝を義務付けた。

 その為の場所が、このコテージである。奏人が昼寝をするためだけにソロが用意した。本人はそんなこと露ほども知らないが、ソロの屋敷の中でも群を抜いて厳重な警備網が敷かれている。

 このコテージの周辺にはソロ自らがトラップを仕込み、出入りした人物が分かるようにしてあった。更にコードが張った結界にソロが手を加えて、緊急時には奏人をソロの元へ転移させる仕様になっている。

 これだけでも相当なものなのに、フォニックがフエテフォルツァの件を受けてまだ心配だとソロに進言したため、最悪の場合にのみエレジーをここへ召喚できるようになっていた。あのエレジーが承諾するわけないと思っていたが、何がどうなっているのか彼はアッサリと承諾した。テストまで終えている状態だ。

 しかも、エレジーがソロに人間の体内時計のなんたるかを教えたこともあって、奏人が眠る際は日差しが完全に遮断されるようになっている。と同時に、このコテージは人間の奏人が心地よい温度に常時保たれていた。これはコテージだけではない。既に奏人が住む離れにも同じ設定が施されている。

(こ、こいつ、僕より好待遇なんじゃ……)

 フォニックが先の一件で侍従統括を自ら退いてからは、統括補佐だったコードが屋敷を回していた。コードなりに必死にやってきたつもりだ。短期間ではあるが、ソロからお褒めの言葉も頂き自信もついていた。フォニックが統括に戻ったことに不満はまったくないものの、奏人との待遇差は少々遺憾だ。

 何せ、物が物である。火妖獣の毛を詰めた抱き枕、ヴァイヒ。風妖獣の毛で形成された大型のクッション、アッグラデーヴォレ。水妖獣の毛を編み込んだ薄布、カルマート。いわばお昼寝三点セット。すべてソロが買い与えたものだ。

 奏人は不思議そうな顔をしているが、ソロが奏人に与えたものはとんでもない品ばかりだ。火妖獣の中でも特に希少な虹火鳥の羽が詰め込まれたヴァイヒ。これだけで律界では巨大な屋敷が建つ。奏人はたかがクッションだと思っているようだが、例えていうのなら希少価値の高い柔らかなダイヤモンドをこれでもかと詰め込んだような一品だ。

 更に恐ろしいのが、アッグラデーヴォレである。これほど上質なアッグラデーヴォレをコードは見たことがない。価値を問うのも恐ろしい。それはカルマートとて同じで、コードたちが一生働いても買えない品の上に奏人は大あくびで寝そべっていた。

 出発前、フォニックが奏人の持ち物はくれぐれも丁重に扱えと言っていたが、今ようやく理解をした。

 何も知らずに昼寝をしようとしている奏人。拳骨の一つでもお見舞いしたいが、ここで奏人に手を上げればソロに筒抜けだ。命は惜しい。そうでなくとも一度彼を攻撃して腕を折ったことがある。別段それはいいのだけれど、主の信用を損なうことだけは避けねばならない。

「おい貴様、眠る前にトニックを飲め」

「えー」

「僕も貴様なんぞのために茶を淹れるのは面倒だ。が、我が君の御指示だ。諦めろ」

「いいよ、別に。飲んだってことにするから」

「それで貴様に何かあったら僕の責任になるだろうが、阿呆め」

 そう不満を口にすれば、仕方なさそうに奏人が起き上がった。

 昼寝の前にはトニックを取らせる。これもエレジーの指示だ。トニックには人間の睡眠を質の良いものにする作用があるようで、飲むのと飲まないのとでは体調に差が出てくるらしい。

 奏人が自ら茶器を用意してお茶を淹れようとしたので、コードは渋々それを取り上げた。瞬間、目を瞠る。なんだ。これは。冗談か何かか。

 ソロに命じられた以上、自身の仕事はきちんと全うするつもりだ。人間相手でも、多少のことは目を瞑る。とはいえ、手にしている物がいささか信じられない。

「……これも、我が君からの品なのか?」

「この茶器? ん、そう。トニックを飲む時は、絶対にこれを使えって。シンもフォニックもこれじゃないとお茶淹れてくれないし、他で飲むとなんかスゲー怒るんだ。怖ぇの」

 それはそうだろう。これは、光妖獣の角。人間の目にはただの陶器に見えるだろうが、どんなに微量の毒でも感知し浄化してしまう代物だ。人間と律界人では有害になるものが違うが、これにかかればそれすら関係なくなる。初めて触れた者の体に合わせて、有害無害を定めるからだ。光妖獣の特性によるものだが、そのため職人は加工から装飾まで特別な術を施して当たる。

 この棚すべてが光妖獣の角からできているのだとしたら、ヴァイヒやアッグラデーヴォレなどとは到底比べ物にならない。

(……眩暈がしてきた)

 お茶を淹れる手が震えそうだ。それでも立派に職務を果たそうとしている自分は、本当に偉いと思う。

「くぅぅっ」

「何。今度はどうしたの」

 取り出したトニックの茶葉。奏人を睨む。怪訝そうな顔をしている人間から視線を移し、もう一度茶筒の中の茶葉を確認した。間違いない。これは、イーデル。トニックの中でも最高級の茶葉である。

 貴族の中でも上位の者にしか出回らない。まず色が違う。風味も香りも別物だ。普通、トニックの茶葉は青みがかった茶色だが、イーデルは白っぽく全体的に色味が鮮やかだ。主へ何度も淹れていたので知っていた。間違いなく、これはイーデル・トニックだ。

「貴様……、毎日これを飲んでいるのか?」

「まぁ、それしかほとんど口にできないし」

「~~~~~っっ」

「こ、コード?」

「ずるいぞっ、貴様ぁ!」

 奏人は知らないだろうが、そもそもトニック自体が高級品なのだ。それを毎日当たり前のように飲ませてもらっている奏人に反発する屋敷の者もいる。中身がイーデルだと知れば、怒り心頭であろう。コードとてずるいと思うくらいだ。

「え、っと……。じゃあ、一緒に飲む? 沢山あるし、カップもあるからさ」

「……え?」

「あ、そうだ。エレジーがこの前、これなら口に入れても大丈夫だって持ってきてくれたんだ。えーと……確か、ここに。あった、これこれ」

 そう言って差し出した木箱の中身は、エクランタンと呼ばれる菓子であった。赤く丸い小さなそれは、まるで宝石のように美しく輝いている。

「十日に一度のペースなら、支障ないから食べていいって。コードも一緒に食べようよ」

「貴様、我が君に飽き足らず、エレジー様にまで貢がせているのか……」

 エクランタンといえば、上級貴族の贈答品になる最高級菓子だ。どうやら超高級品なら人間の体でも消化ができるらしい。なんと贅沢な体だろう。忌々しい。

 コテージの端にあるテーブルとソファ。そこに腰掛け直して、奏人がエクランタンをコードに箱ごと差し出す。

「この飴、美味しいからさ」

「飴……」

 エクランタンを地球の菓子に例えるのはどうかと思ったが、実際似たようなものだ。

 差し出されたものに迷いつつも、手を伸ばす。口に放ると、驚くほど繊細で甘美な味がした。うっとり味に酔い痴れる。だがすぐにハッとして、トニックを淹れる準備に取り掛かった。

 室内に広がる芳醇な香り。一言に昼寝用とはいっても、コテージの中は広い。テーブルやソファもあれば、お茶を淹れるための設備も整っている。奏人が眠れない時のために、生命球から出てきたばかりの者が読む本も数多く揃えられていた。ここはまさに、奏人が心地よく過ごせるようにソロが用意した場所。ここを見るだけで、いかに主がこの人間を気に入っているかが分かってしまう。

 後ろを振り返る。眠そうに欠伸をしている奏人。

 それを見て急いでお茶を淹れ、奏人に飲ませた。コードも勧められたので、仕方なくお茶を共にした。決して飲んでみたかったなどという、浅はかな欲望からではない。

「あ、俺が洗うよ」
「いい。お前は横になれ」

 茶器を洗おうとした奏人を制し、アッグラデーヴォレへ促した。

 奏人は基本的になんでも自分でやりたがる。当然だろう。向こうでは成人した男性だ。湯あみも一人で済ませるし、身支度も自身でやる。とはいえ、ここは律界だ。できないことばかりであるし、できることがあまりにも少ない。律力も持たない非力者。飛べない、癒せない、結界も張れない。生命球から出てきたばかりの者でもそのくらいできるのに、人間とは本当に非力なものだ。そのくせ口は達者でそれなりに知恵も回る。小賢しい限りだ。

(だいたいシンやフォニックのみならず、何故エレジー様まで……)

 この男に甘いのか。何がそこまでさせるのだろう。コードにはサッパリ分からない。たかが人間ではないか。小憎らしい厄介な存在が、こうも大切に扱われる理由は一体どこにあるのだろう。

 シンはああいう性格なので仕方ないとして、フォニックも例の一件で奏人に命を救われたことになるから理由は分かる。分からないのは四律将の二人だ。四律将ほどの地位にあると、コードには理解不能な価値観を抱くのだろうか。さほど美しくも愛らしくもない人間なのに、心底不思議でならなかった。

(僕は甘くないぞ。こんなどうでもいいヤツに尽くしてたまるか。何かしてやろうだなんて、微塵も思わない)

「ぶふぇぇぇーっっくしょんッ」

「貴様ぁ何をしているっ? 肌寒いのならさっさとカルマートをかけろっ。まさか風邪じゃないだろうな? ふざけるなよ。寝ろ。さっさと横になれ。気温はこれでいいのか? 寒いんじゃないだろうなっ?」

「い、いや、くしゃみしただけで」

「くしゃみは万病のもとだと人間界でも言うだろう!」

「言わないような……」

「何か言ったかっ?」

「言ってません」

 コードはブツブツ文句を言いながらヴァイヒを奏人に抱かせ、アッグラデーヴォレの上に深く寝かせるとカルマートをかけた。茶器を片付け終えると照明を寝やすいように調節し、空調を整える。

「ん?」

 コテージ内を軽く片付けてから、奥の棚にある楽器が無造作に置いてあるのが見えた。竪琴だ。面白いことに、人間界も律界も楽器の形だけはほとんど同じであった。使い方も音色も基本は一緒だ。違うのは呼び名だけ。これはシンのものだろう。あれで案外上手い演奏をする男だ。

 コードが手に取り弦をつま弾くと、とても綺麗な音が響いた。

「コードも弾けるの?」

「僕を誰だと思っているんだ。王城で開かれる演奏会に招かれたこともあるんだぞ」

「そういえば、フォニックがコードの演奏は見事だって言ってたっけ」

「……今なんと言った?」

「ん?」

「いや、その……。フォニックが、なんて……?」

「凄く綺麗だって言ってたよ」

「綺麗っ?」

 思わず小脇に抱えた竪琴を落としそうになる。

 顔がみるみる赤くなり、ぎゅぅぅぅっと竪琴を抱き締めた。

「コード……?」

 奏人の呼び声にハッと我へ返る。

「ふ、フン。あいつがそこまで言うのなら、仕方がないな。少しだけ聞かせてやる」

「え、いいの? ありがとう!」

 嬉しそうな奏人の声に悪い気はしない。さっきの誓いはあれだが、機嫌がいいので良しとした。

 姿勢を整え、息を短く吐いて指を添えた。

 竪琴を優しく爪弾き始める。律界ではスタンダードな狂詩曲だ。

 ゆったりとしたメロディーを奏でながら、フォニックは一体どんな曲を気に入ってくれたのだろうと考えた。自分は楽師ではないが、暇がある時に愛用の竪琴を手に庭先で弾くことも多い。今度、どんな曲が好きなのか聞いてみようか。そんな風に考えていると、あっという間に一曲奏で終わってしまった。

 どうだったかと感想を聞こうとして、苦笑した。無意識に零れたものだ。聞こえてきたのは、穏やかな寝息。どうやら人間には高尚過ぎたらしい。竪琴を元の場所に仕舞い、体が冷えてしまわぬようカルマートをかけ直す。

 自らは仕事へ戻るため、静かにコテージを出た。

「コード」

 外に出るなり名を呼ばれ、驚く。

「フォニック……っ?」

「今日は一人だと聞いてな、念のために様子を見に来たんだ」

「……え」 

 それは自分が信用できなかったということか。

 主に命じられた以上、職務は全うする。それを信じてもらえないことが悔しくて、唇を噛んだ。顔を背け、視線を落とす。長く彼の補佐として精一杯やってきたのに、信用されていないことに落胆が隠せない。

「だが問題なかったな。やはり君は頼りになる」

「……っ、頼り?」

「さっきも、カナトさんのために竪琴を弾いていたんだろう? 素晴らしい音色だった」

「べっ、別にお前が褒めたからではないぞっ?」

「? あぁ、お前の演奏が美しいのは今更だからな」

「美しい……」

「私はそう思うが。……あ、すまない、少し抜けて来ただけなんだ。そろそろ戻らないと」

「……。そんなに、あの人間のことが心配だったのか」

「もちろんだ。カナトさんは、私にとって我が君に匹敵する主。とても大切なお方だ」

 嬉しそうに顔を綻ばせるフォニックに、何とも言えない気持ちになる。弾んでいたはずのものが、急速にしぼんでゆく。鼻の奥がツンとした。 

 立ち去ろうとするフォニックに顔を背けたまま無言でいると、また彼から声をかけられた。 

「そうだ、今度は私もお前の演奏を聞かせてくれないか?」

「っ……、そ、それは、構わない……が」

「そうか、良かった。ありがとう」

 眩しい笑顔で去って行くフォニックを今度はちゃんと見送って、コードは熱い頬を両手で覆った。

 信じられない。夢じゃないだろうか。あんな約束をしたのは初めてだ。にやけそうになる顔を咳払いで整え、しかし足取り軽く自室へ向かった。日頃から手入れを怠っていない、愛用の竪琴を取り出す。

 ついつい、綻ぶ顔。人間の世話をすることになって周囲から深く哀れまれたが、思ったほど悪くもないのかもしれない。コードは軽やかに黄金色の弦を爪弾きながら、幸せそうに微笑んだ。

 
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