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黒い月が白くなるまで #8
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第八話 ― 闇の棘(とげ)
3日目の夜友達が殺された日。夏の夜は熱を残したまま、じっとりと重く、空気がまとわりつくようだった。
優は駅前のベンチに座り、冷えたペットボトルの水を額に当てる。
息を整えながら、スマホの画面を見つめる。仁からのメッセージはない。既読も、ない。まさかまた······
胸がチクリと痛む。
たったひとこと、「大丈夫」――それだけでも欲しかった。
でも、彼は返さない。いや、返せないんだ。
あの人はまだ、自分を許していない。誰にも、そしてきっと自分にも。
「……本当、不器用」
そう呟いて、優は立ち上がった。
このまま何もせずにいることが、余計に心をかき乱す。
仁の隠れ場所――人気(ひとけ)のない工場跡地。
以前、偶然見つけたその場所は、彼にとって唯一、孤独になれる場所だった。
⸻
夜の闇に包まれた廃墟の建物。
割れた窓から吹き込む夜風が、乾いた埃を巻き上げる。
優が中に足を踏み入れると、すぐに気配を感じた。
「……お前つけてきたのか」
低く、掠れた声。
奥の暗がりに座っていた仁が、ゆっくりと顔を上げる。
白いTシャツの胸元には汗が滲み、腕には乾いた血の跡があった。
「何があったの? まさか……」
優は仁のそばまで駆け寄ったが、彼は視線を逸らした。
「見なくていい。お前まで巻き込むつもりはねぇ」
仁の声は冷たい。だがその奥に、酷く孤独な震えが潜んでいた。
「巻き込んでるよ、もう。私はあなたが苦しんでるの、見てられない」
優の言葉に、仁の瞳がわずかに揺れる。
「優、お前は……本当に馬鹿だ。こんな俺に、情けなんかかけてんじゃねぇ」
「情けじゃないよ」
優は静かに、けれど確かに言った。
「私はあなたがどんなに汚れていても、傷ついていても、怖くても、見ていたい。あなたの全部を――見たいって思ってる」
仁は、優の顔をまっすぐ見た。
目を逸らさず、逃げずに。
その強さに、彼の中の何かがひび割れた。
「……また、殺しかけた」
吐き出すように言った仁の声は、どこまでも弱かった。
「昔の仲間が、俺の前に現れて……挑発された。笑ってた。俺のこと、まだ“そういう人間”だって思ってるんだ。試すように言われた。“本当はお前、変わってなんかいない”って」
「やり返したの?」
優の声も震えていた。
「ギリギリで……止めた。お前の顔が、浮かんだから」
仁は目を伏せて、拳を握り締める。
「でも、それでも俺は、もうダメかもしれねぇ。変われる人間なんかじゃない」
優はその手を、そっと包み込んだ。
汗と血のにじむその手を、汚れていても拒絶せずに。
「じゃあ、変われるまで、私が隣にいる」
優の声は静かに、けれど真っ直ぐだった。
「たとえ今日、あなたがまた誰かを傷つけそうになったって……私は何度だって止める。だって、あなたは、本当は――」
言いかけて、仁がその手を強く握り返した。
「もう言うな」
そう言って、仁は顔を歪めた。
涙ではなかった。だけど、限界ぎりぎりの、叫びのような感情がそこにはあった。
「こんな俺のために、お前まで壊れんなよ……」
「壊れないよ。あなたがいる限り」
優は微笑んだ。夏の夜風が髪を揺らし、その瞳はまっすぐに彼を見ていた。
その視線から逃げるように、仁は彼女を強く抱きしめた。
何も言わず、ただ――崩れそうな心を預けるように。
外では虫の声が響き、街の音が遠く消えていった。
友達が殺された日友達は無事だった。仁に近づき友達を救うという私のやるべきことは終わった。でも今は仁を救いたい。そう思ってる。
⸻
――彼の闇は、まだ終わらない。
けれどその中に、優の灯りが、確かに差し始めていた。
3日目の夜友達が殺された日。夏の夜は熱を残したまま、じっとりと重く、空気がまとわりつくようだった。
優は駅前のベンチに座り、冷えたペットボトルの水を額に当てる。
息を整えながら、スマホの画面を見つめる。仁からのメッセージはない。既読も、ない。まさかまた······
胸がチクリと痛む。
たったひとこと、「大丈夫」――それだけでも欲しかった。
でも、彼は返さない。いや、返せないんだ。
あの人はまだ、自分を許していない。誰にも、そしてきっと自分にも。
「……本当、不器用」
そう呟いて、優は立ち上がった。
このまま何もせずにいることが、余計に心をかき乱す。
仁の隠れ場所――人気(ひとけ)のない工場跡地。
以前、偶然見つけたその場所は、彼にとって唯一、孤独になれる場所だった。
⸻
夜の闇に包まれた廃墟の建物。
割れた窓から吹き込む夜風が、乾いた埃を巻き上げる。
優が中に足を踏み入れると、すぐに気配を感じた。
「……お前つけてきたのか」
低く、掠れた声。
奥の暗がりに座っていた仁が、ゆっくりと顔を上げる。
白いTシャツの胸元には汗が滲み、腕には乾いた血の跡があった。
「何があったの? まさか……」
優は仁のそばまで駆け寄ったが、彼は視線を逸らした。
「見なくていい。お前まで巻き込むつもりはねぇ」
仁の声は冷たい。だがその奥に、酷く孤独な震えが潜んでいた。
「巻き込んでるよ、もう。私はあなたが苦しんでるの、見てられない」
優の言葉に、仁の瞳がわずかに揺れる。
「優、お前は……本当に馬鹿だ。こんな俺に、情けなんかかけてんじゃねぇ」
「情けじゃないよ」
優は静かに、けれど確かに言った。
「私はあなたがどんなに汚れていても、傷ついていても、怖くても、見ていたい。あなたの全部を――見たいって思ってる」
仁は、優の顔をまっすぐ見た。
目を逸らさず、逃げずに。
その強さに、彼の中の何かがひび割れた。
「……また、殺しかけた」
吐き出すように言った仁の声は、どこまでも弱かった。
「昔の仲間が、俺の前に現れて……挑発された。笑ってた。俺のこと、まだ“そういう人間”だって思ってるんだ。試すように言われた。“本当はお前、変わってなんかいない”って」
「やり返したの?」
優の声も震えていた。
「ギリギリで……止めた。お前の顔が、浮かんだから」
仁は目を伏せて、拳を握り締める。
「でも、それでも俺は、もうダメかもしれねぇ。変われる人間なんかじゃない」
優はその手を、そっと包み込んだ。
汗と血のにじむその手を、汚れていても拒絶せずに。
「じゃあ、変われるまで、私が隣にいる」
優の声は静かに、けれど真っ直ぐだった。
「たとえ今日、あなたがまた誰かを傷つけそうになったって……私は何度だって止める。だって、あなたは、本当は――」
言いかけて、仁がその手を強く握り返した。
「もう言うな」
そう言って、仁は顔を歪めた。
涙ではなかった。だけど、限界ぎりぎりの、叫びのような感情がそこにはあった。
「こんな俺のために、お前まで壊れんなよ……」
「壊れないよ。あなたがいる限り」
優は微笑んだ。夏の夜風が髪を揺らし、その瞳はまっすぐに彼を見ていた。
その視線から逃げるように、仁は彼女を強く抱きしめた。
何も言わず、ただ――崩れそうな心を預けるように。
外では虫の声が響き、街の音が遠く消えていった。
友達が殺された日友達は無事だった。仁に近づき友達を救うという私のやるべきことは終わった。でも今は仁を救いたい。そう思ってる。
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――彼の闇は、まだ終わらない。
けれどその中に、優の灯りが、確かに差し始めていた。
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