黒い月が白くなるまで

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黒い月が白くなるまで #10

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第十話 ― 触れてしまえば ―

あの夜。
冷たい炭酸水の気泡が弾ける音と、触れた指先の温度が、ずっと消えない。

翌日、優はひとり、街を歩いていた。
誰かといても、ひとりの時のような静けさ。
でも、仁といるときは――少しだけ、胸の奥に灯りがともるような気がする。

(どうしてあの人が気になるのか、わかってる。けど、それは……)

「……まさか好きとか、じゃないよね」
優はポツリと呟き、商店街のショーウィンドウに映る自分と目を合わせた。

相変わらず、モノトーンの服を着た無口そうな女。
でもその中に、揺れがある。



その夜、仁のアパートには行かなかった。
“行かない”と決めたわけじゃない。ただ、怖かった。
踏み込んだら、きっと何かが変わる気がした。

仁も、来るなとは言わなかったけど、来いとも言わなかった。
だから、会わなかった。

でも――
スマホを見てしまうたび、未読のままのトーク履歴が目に飛び込んできて、無性に苦しくなる。

(こんな風になるなんて、思ってなかった)
巻き込まれただけ、だったはずなのに。


コンコン
その夜遅く、窓の外から小さな音がした。

「……ん?」
優は身を起こしてカーテンを開けた。
二階の自室のベランダに、黒いシルエット。

「えっ……!?」

「……開けて」
声は低く、あのままの仁の声だった。

慌てて窓を開けると、仁が入ってくる。黒いTシャツと黒いパンツ、前髪が少し濡れている。
「どうしたの……?」
驚く優に、仁は目をそらして言った。

「お前、もう来ないかと思って」
「……行くよ。会いたかったよ」

その言葉に、仁の目がほんの一瞬、揺れる。

「……ヤバいな」
仁は呟くように言い、ソファに座り込む。

「何が?」
「お前が、俺に踏み込んできて……俺が、こうして逃げ場なくなること」

仁の声はかすれていた。
優はそっと、隣に座る。

「……怖いの?」
「……ああ。何かを好きになると、全部壊す気がして。
昔そうだった。好きになると、壊してしまう。全部、自分のせいで」

「私のことも?」
優は静かに問いかけた。

仁は、言葉を失って、じっと優の瞳を見つめた。
優は、その目から逃げなかった。

「じゃあ、壊してよ。そんなに壊したいなら」
そう言って、優は仁の手を取った。

「でも、壊すよりも、繋いでいく方が難しいよ。仁は、それをしたことないだけでしょ?」
仁の手が、少し震えていた。

「……俺は、ただ、誰かに“愛された”ことがないだけだ」
やっと出てきた言葉は、思っていたよりも弱かった。

その瞬間、優はもう、完全に仁を放っておけなくなっていた。

「じゃあ、私が、するよ」
そう言った声は優しすぎて、自分でも驚いた。
でも、あのとき仁の目は潤んでいた。



でも何も起こらなかった。
ただ、二人で静かに寄り添って、明け方まで何も言わずにいた。
それだけだったのに、世界が少しだけ変わった気がした。

仁の心が少しずつ開いていくその音が、優にはちゃんと聞こえていた。
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