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黒い月が白くなるまで #11
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第十一話 ― 境界線 ―
扇風機の風が弱く回る音だけが、部屋の静けさをかき混ぜていた。
カーテン越しに、街灯のオレンジが滲んでいる。
仁はソファにもたれたまま、どこか遠くを見ていた。
優はその隣に静かに座りながら、缶の結露を指でなぞっていた。
「……ねえ」
ぽつんと優が言う。
「ん?」
「私がさ、あのとき……あの場所にいた意味って、なんだと思う?」
仁はゆっくり優を見た。
「意味?」
「だって、もしあのとき、私が見てなかったら、声をかけなかったら……あなたは、止まってなかったと思うから」
沈黙が落ちた。
仁は視線を外し、指を組むようにしてうつむいた。
「それが、お前のせいになると思うか?」
「違うよ。でも……あなたを見てしまったことで、私の中にも何か残ってる」
優は苦しげに眉を寄せた。
「怖かったし、許せなかった。でも……逃げなかった自分もいて……そのあと、あなたを探してた」
仁の喉が、かすかに動いた。
言葉にならない何かが、胸の奥で軋んでいる。
「……普通の人間は逃げる」
仁がぽつりと言った。
「関わらない。見なかったことにする。俺みたいなやつに踏み込むなんて、誰もしない」
「じゃあ私が“普通じゃない”なら、?仁もそうなんでしょ?」
ふっと、仁が笑った。
皮肉でも冷笑でもない。
ほんの少し、安心したような、やわらかい笑みだった。
「……そうだな」
と、仁は言った。
一瞬、時間が止まる。
お互いを見つめる視線が、まるで触れ合っているみたいに熱を持っていた。
「優」
仁が呼ぶ。
「……なに」
「……お前、危なっかしいくらいまっすぐだな」
低く、かすれた声。
「壊したくなる」
「……壊していいよ、少しだけ」
優は震える声でそう言った。
「あなたが……誰にも壊されたくないって思ってくれるなら、それでいい」
その瞬間、仁が優の頬に触れた。
優は目を閉じた。
何かが始まりそうだった。でも――
ピピピ、と炊飯器のタイマーが鳴った。
まるで、それを止めるために鳴らされたみたいに。
ふたりは同時に動きを止め、見つめ合って――そして、そっと目をそらした。
「……メシ、炊けたな」
仁が言うと、優は小さく笑った。
「炊飯器に助けられたかも」
「逆じゃねぇの?」
「んー、どうだろう」
冗談みたいに笑いながらも、体は熱を持ったままだった。
それ以上進まなかった。
でも、心はもう境界線を越えかけていた。
扇風機の風が弱く回る音だけが、部屋の静けさをかき混ぜていた。
カーテン越しに、街灯のオレンジが滲んでいる。
仁はソファにもたれたまま、どこか遠くを見ていた。
優はその隣に静かに座りながら、缶の結露を指でなぞっていた。
「……ねえ」
ぽつんと優が言う。
「ん?」
「私がさ、あのとき……あの場所にいた意味って、なんだと思う?」
仁はゆっくり優を見た。
「意味?」
「だって、もしあのとき、私が見てなかったら、声をかけなかったら……あなたは、止まってなかったと思うから」
沈黙が落ちた。
仁は視線を外し、指を組むようにしてうつむいた。
「それが、お前のせいになると思うか?」
「違うよ。でも……あなたを見てしまったことで、私の中にも何か残ってる」
優は苦しげに眉を寄せた。
「怖かったし、許せなかった。でも……逃げなかった自分もいて……そのあと、あなたを探してた」
仁の喉が、かすかに動いた。
言葉にならない何かが、胸の奥で軋んでいる。
「……普通の人間は逃げる」
仁がぽつりと言った。
「関わらない。見なかったことにする。俺みたいなやつに踏み込むなんて、誰もしない」
「じゃあ私が“普通じゃない”なら、?仁もそうなんでしょ?」
ふっと、仁が笑った。
皮肉でも冷笑でもない。
ほんの少し、安心したような、やわらかい笑みだった。
「……そうだな」
と、仁は言った。
一瞬、時間が止まる。
お互いを見つめる視線が、まるで触れ合っているみたいに熱を持っていた。
「優」
仁が呼ぶ。
「……なに」
「……お前、危なっかしいくらいまっすぐだな」
低く、かすれた声。
「壊したくなる」
「……壊していいよ、少しだけ」
優は震える声でそう言った。
「あなたが……誰にも壊されたくないって思ってくれるなら、それでいい」
その瞬間、仁が優の頬に触れた。
優は目を閉じた。
何かが始まりそうだった。でも――
ピピピ、と炊飯器のタイマーが鳴った。
まるで、それを止めるために鳴らされたみたいに。
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「……メシ、炊けたな」
仁が言うと、優は小さく笑った。
「炊飯器に助けられたかも」
「逆じゃねぇの?」
「んー、どうだろう」
冗談みたいに笑いながらも、体は熱を持ったままだった。
それ以上進まなかった。
でも、心はもう境界線を越えかけていた。
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