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042話:みどり村防衛線
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「矢を撃て!猿どもを近づけるな!」
マルクの怒声が響く中、弓を持つ住人たちはヒエンの異様な行動に浮足立っていた。
障壁はヒエンにとっては見えない壁だ。
彼らの速度で木から飛び込んで衝突すればただでは済まない、命を落とすか、大怪我をするのは分かっている。
それでも、ヒエンたちは次々に激突してはボトボトと落ちていく。
躊躇することなく次々に飛び込んでくる。
異様な光景だった。
戦いが始まった当初はこんな状況ではなかった。
ヒエンが障壁の存在に気が付くと、しばらくは膠着状態が続いていた。
ハンターたちの矢が降り注ぎ、逃げまどうヒエンたち、樹々を飛び交いながら矢を避け、じりじりと後退していた。
しかし、聞いたことも無いような咆哮が轟いた瞬間、態度が急変した。
マナに手痛い攻撃を受けたデモンエイプの絶叫がここまで届き、ヒエンを狂気に駆り立ててしまったのだ。
ハンターたちの矢も飛び込んでくるヒエンを撃ち落としていくが、ヒエンたちに圧倒されて有効打になっているとは言えない。
完全に仕留めない限り、矢が刺さろうが、衝突で骨が折れようがお構いなしに突っ込んでくる。
いくらデモンエイプに恐怖しているとはいえ、あまりにも狂気じみていた。
「狙う必要はない!とにかく撃ちまくれ!猿どもに気おされるんじゃない!」
「一匹残らず酒代に変えてやれ!!」
「矢をよこせ!ビビってる奴は下がれ!邪魔だ!」
ハンターたちが鼓舞、叱咤するが、住人たちの動きは鈍い。
無理もない、ハンターたちでさえ、体の震えを抑えられない。
怒鳴り散らすことでなんとか気力を振り絞っている状態だ。
障壁がある以上安全であることが分かっているのにこれだ。
隙があれば切り込んでかき回してやろうと思っていたが、それどころではない。
ルッツの犬たちも完全に怯えてしまって縮こまっている。
あれでは普段の狩りですら当分使い物にならないだろう。
放っておけば、勝手に自滅していく。
だが、障壁も万全ではないと聞いている。
ヒエンの死体が山となり、崩れて結界内に転がり落ちてきた。
「ひぃっ。」
(マズいな、結界内には、ソンチョー氏の許可なく生きたままの魔物は入ってこれないはずだが・・・もし意識を失っているだけで、死んでいない魔物が入れてしまったとしたら・・・実際、あのオークは運び込まれていたじゃないか。)
頭を振って、今思い浮かんだ不安をかき消す。
(何も考えるな、今は一本でも多く矢を放て。)
自分に言い聞かせる。
しかし・・・
一匹でも多く始末して不安要素は減らしておきたいが、効果が出ているとは思えない。
途切れることなく狂気が押し寄せてくるのだ。
それでもひたすらに矢を放つ。
それくらいしかできないことを悔いながら。
**
デモンエイプの絶叫は、ハンターやヒエンたち以外にも影響を与えた。
「ユーキ君ごめん!あたし、やることあるから!」
軟禁中のグロックを監視するために診療所の玄関で待機していたが、絶叫を聞いたアオイは、診療所の玄関から飛び出して行ってしまった。
「ユーコさん、追ってください。無茶させないように注意してあげて!」
できる限り声を抑えたが、先程のアオイの言葉は聞かれてしまったかもしれない。
緊張感が高まる。
「了解なので~す。」
同じく抑えた声で応えたユーコは、弾丸のように飛び出していった。
まさかとは思うが、アオイをデモンエイプに突っ込ませるわけにはいかない。
ブレーキ役にとユーコを送り出したけれど、その結果監視はユーキだけになってしまった。
一人になってしまったユーキだが、むしろその方がやりやすいと思っていた。
「二人には悪いけど、僕はやっぱりお前たちとの方が落ち着くよ。」
そう言って、クマの頭をなでる。
ユーキには心強い仲間がいる。
アオンとクマとゴン、そしてユーキのコンビネーションはミッチリと鍛えてきた。
プレイヤー相手は初めてだけど、自信はあった。
覚悟もできている。
問題は、その覚悟を現実に実行できるかどうかだ。
イザとなったら、身がすくんでできないかもしれない。
それだけは許されない。
「あのぉ、何かあったんですかぁ?」
グロックがドアの内側から声をかけてきた。
時折ゴブリンたちが彼を狙い、それを住民が追い払うような芝居を演じていたから軟禁されているとは気づいていないように感じる。
演技なのかもしれないが。
マスターの料理のおかげでこれといった不満もなくおとなしくしているが、実際には何かの能力で偵察や情報の伝達をしている可能性もある。
(シンさんは暴れた時に対応すればいいって言っていたけど・・・本当にそれだけでいいのかな。)
少しずつだが、治療も行っていた。
右足の骨折以外は応急処置が完了している状態だ。
そこまでする必要があったのか、と疑問に思ったが、
「肝心なところは手を付けないから。」
というシンの言葉を信じた。
実際、右足の骨折は全く手を付けていない。
しかし、外見からの推測だが、グロックは自己回復も可能なはずだ。
(あっ、そうか、シンさんが少しずつ回復していたのって、勝手に回復させないためでもあったのか?)
スキルや魔法でも治療ができないのなら、自分で直して隠れて活動し、部屋では怪我しているフリしてやり過ごすこともできる。
逆にすぐ回復させてしまえば、部屋に閉じ込めておく口実が無くなる。
気づかれていると悟って暴れ出すか逃走するかされていただろう。
少しずつしか回復できないとなれば、その都度けがの状態をチェックされるので自分で回復できなくなる。
しかも、治療に訪れる時間はわざとランダムにしていたから小細工しづらかっただろう。
(やっぱり、何にも考えてないようで芸が細かいよな、シンさんって。)
すでに戦闘は始まっているのに、全く動く様子の無いグロック。
おかげで余計なことを考え出してしまったようだ。
(ちょっと揺さぶってみた方がいいかな。)
このまま無意味な妄想で注意力が散漫になってはいけない。
自分でも少し動いてみようと決めた。
「ちょっと見てみたんですけど、なにか襲撃されてるみたいなんです。
グロックさんは、僕が命を懸けて守りますから安心してください。
こう見えても、範囲防御だけは得意なんですよ。」
少し声を震わせてみた。
動かずに見てみた、という言葉に、スキルを使ったと思わせる。
(どうだろう、怖がってスキルを使ったように思ってくれるかな?)
「範囲防御、それは心強いです。
でも、それなら近くにいた方が良くないですか?これでもクラフトは得意なんで、壁くらいは作れますよ。」
クマたちに所定の位置に移動するようハンドサインを送ると、音が出ないように軽く深呼吸する。
(よし、やるぞ。)
「ありがとうございます。
でも、僕のゲームはテーブルゲームなんで、トランプをセットしている限りこの建物以外からの侵入、攻撃は一切無効化できるんです。
中から攻撃されたらどうにもならないですけど、この建物周辺は盤石ですから。」
(シンさんから聞いていたテーブルゲーム系の戦闘手法をヒントに、ゲーム中は外から無敵ってのをを装ってみたけど。)
バキン!
鍵をかけていたドアが、ゆっくりと開いていく。
(あぁ、引っかかった・・・心配して損した、やっぱりただのバカみたいだな。)
「すまないね・・・クラフト系ってのは嘘なんだ。」
開いたドアから、ゆっくりとグロックが出てくる。
(知ってるよ、だいたい、クラフト系だっていうくせに何一つ作ってないじゃないか。)
「スティールファンタジアって知ってるかな?知ってるよな、アニメにもなった超有名なバトルRPGだよ。」
(知ってるって、僕も散々やったからね。
君の姿でも何となく想像はついてたけど、まさか今更7作出てるうちの初期作をプレイしてたなんてね、変装でもしてるのかと疑っちゃったよ。)
グロックは手にマチェットを持ち、芝居がかった調子でしゃべりだした。
「なんだ、ガキしか残ってないのかよ。」
そうなるのを待っていたくせによく言うものだ。
「この村の結界を張っているのは誰だ?お前じゃないよな、素直に言ったら助けてやってもいいぞ、おまえだって大人になる前に死にたくないだろ?」
(はぁ・・・こいつマジか?
僕を苛立たせようとしてるのかと思ったけど、そうじゃないな。
僕たちにとって、見た目の印象は意味が無いってことに気が付いてないのか?)
「ボ、僕は知らないです。
村の代表5人の中の誰かだって聞いているけど、誰かまでは知らないですタスケテ。」
(・・・はぁ、自分でも大根っぷりが分かっちゃった、さっきはもうちょっとうまくできたのにな。)
「ちっ、使えねぇ・・・ま、しゃぁねぇか、病人の世話させられてるようじゃ使いっぱだろうしな。」
(お前らと一緒にするなよ!)
「そう言うわけで、とりあえず君、死亡確定だから。」
言い終わるや、グロックはユーキに突進した。
あぁ、そのモーション知ってる。
グロウフラッシュ、主人公の上位スキルだ。
「アオン、クマ、ゴン。」
冷静に3体へ合図を送る。
グロックから見て左の死角に潜んでいたクマが飛び出し、正面からグロックを受け止め、押し返すように弾くと、同時に足を切り裂いた。
「な!」
間髪入れずアオンとゴンが、同時にグロックの左右から襲いかかった。
変装の可能性もあったけれど、グロックの容姿からゲームはスティールファンタジア。
それならば、と思っていた通りの展開だった。
さしたる打ち合わせも無く一瞬で決着がついた。
「てめぇ・・・卑怯だぞ。」
自分を棚に上げてよく言う。
「君さぁ、嘘つくならもっとちゃんとしないとだめだよ、見た目、ほとんどまんまじゃない。
超有名ゲームなんだからモロバレだって、髪色変えるとかさぁ、少しは頑張ってくれないと。
そもそも、自分がだましてるのに相手にだまされてるって疑わないなんて、そこから失格だよね。」
わざとあざけるように、見下ろしながら告げた。
「くそっ・・・ま、まて、ちょっと、マジ死んじまう・・・まいった、降参するから、な?」
アオンの牙が、首から胸までを完全にとらえている。
ゴンも手を自由にさせないように短剣で床に縫い付け、完全に身動きが取れないようにしているし、クマの爪で両足は切断寸前。
放っておけば、確実に出血多量で死ぬだろう。
「スティールファンタジアってさぁ、バトルシーンが横スクロールの格闘RPGだろ?だから、横からの攻撃には対応できないだろうって思ってたんだよね。
防御力も完全に防具頼みだし、魔法は一昔前のアニメみたいにポーズを決めなきゃならないじゃない?なんで形だけでも装備ばっちり固めてこないのさ。
最初から思ってたけどさ、君、頭悪いでしょ。」
すでに反論できないほど、グロックは憔悴している。
ひょっとすると聞こえていないのかもしれない。
「ずっと後悔していたんだ・・・。
あの時、シンさんをすぐ肯定できなかった自分に。
村を出る覚悟までして手を汚してくれたのに、何もできなかった僕がなんてことを言ってしまったんだって。
お前たちみたいな連中がいるなんて、思いたくなかったんだ。
もう迷う気は無いよ。
村を守るために、僕も覚悟を決めた。」
誰に聞かせるでもなくつぶやくと、アオンをどかせた。
すでに意識の無いグロックの前に立つと、ナイフを構える。
震える手を逆の手で押さえる。
そして、グロックの胸に、深々とナイフを突き刺した。
ためらうことなく。
アオンたちが一気にレベルアップして進化可能になり、自分自身もランクアップしたことを知った。
(これが、シンさんを悩ませた高揚感か。)
今なら少しわかる。
この高揚感におぼれてはいけない。
(アオイさんの行った先はなんとなくわかる。
もう一つにはたぶんスロークが行ってるだろうし、やっぱりシンさんのところに行くのが良いか?それともハンターたちのサポートに向かった方がいいだろうか。)
正直、こんなに簡単に決着がつくとは思っていなかったので先のことを考えていなかった。
(とりあえず進化だけさせて、その結果で有効に戦えそうなところに行こう)
そうして、まずはアオンたちの進化を優先させることにした。
**
アオイが飛び込んだのは、シンが作った簡易な鍛冶小屋だった。
(最近あそこに籠って何かに熱中していたみたいだけど・・・。)
ユーコも、中でアオイが何をしているのかまでは知らなかった。
すぐに飛び出してきたアオイは、真っすぐ、わき目もふらずに森へと走り出した。
手には2本の剣のようなものを抱きかかえていた。
「ありゃりゃぁ、やぁっぱりぃ、アオイちゃんったらぁ・・・。」
頬に両手(前足?)を当ててくねくねする猫。
「ピンときちゃったぁ、そっかそっかぁ。」
ゲーム事情には疎いが、アオイと一緒に遊んだことのあるゲームがある。
素人のユーコと対戦するために、裏技を使って隠し武器を出してくれた。
この数日熱心に作っていたものは、きっとその隠し武器に違いない。
「恋する乙女に横やり入れるなんてぇ、ヤボヤボよねぇ・・・。」
あれだけ熱中するくらいなんだから間違いない。
きっと、いつかの勘違いで言い争ったのがきっかけだったんだろう。
その彼に、隠し武器を届けるために飛び出したわけか。
「アオイちゃんが決めたならぁ、私も頑張らなくっちゃぁ。」
そう言うと、すこし考えてから森へ、アオイとは別の方向へ走り出した。
「シンさんとこはちょっと役に立てそうも無いから、マナちゃんとこ行こお~っとぉ。」
**
ソンチョー宅の裏、ゴブリンたちのキャンプには非戦闘員とともにソンチョー、クリフト、マスターがいた。
ソンチョーとクリフトは戦闘手段が無いが、マスターは一応戦闘能力がある。
魔法も範囲系のものがあるのでイザというときは対応できる。
が、最悪なケースは村の放棄、逃走だ。
3人がここにいるのは、そうなったとき村の再建に絶対必要だと判断されたからだ。
最悪のケースを想定して、準備だけは進めていた。
準備を進めることで、最悪のケースが近付いてしまうような気がして躊躇していたが、
「最悪の一歩先を見て準備を進めておくのが本当の危機管理だよ。」
と言っていたシンの言葉を思い出して踏み切った。
「無駄な労力に終わるだろうけど、それでも戦っているみんなに不安を与えないようにしっかり準備を進めよう。
後ろのことは全く気にせず、厳しくなったら無茶せずに逃げ込めるように。
逃走の準備なんて辛いだろうけど、彼らが戻った時、少しでも安心できるように、頑張ろう。」
人もゴブリンも、大人も子供も関係なく、必要最低限の物資を倉庫から出しては荷造りしていく。
冬の逃走劇となれば、ゴブリンたちのテントも必要だ。急ピッチで解体が始まっていた。
この行動が必要になるとは、誰一人思ってはいない。
それでも、おろそかにするものはいなかった。
(後ろのことはなにも気にしないで、どんな結果になっても、必ず守るから。)
荷造りをしながらソンチョーは、誰にともなく誓った。
マルクの怒声が響く中、弓を持つ住人たちはヒエンの異様な行動に浮足立っていた。
障壁はヒエンにとっては見えない壁だ。
彼らの速度で木から飛び込んで衝突すればただでは済まない、命を落とすか、大怪我をするのは分かっている。
それでも、ヒエンたちは次々に激突してはボトボトと落ちていく。
躊躇することなく次々に飛び込んでくる。
異様な光景だった。
戦いが始まった当初はこんな状況ではなかった。
ヒエンが障壁の存在に気が付くと、しばらくは膠着状態が続いていた。
ハンターたちの矢が降り注ぎ、逃げまどうヒエンたち、樹々を飛び交いながら矢を避け、じりじりと後退していた。
しかし、聞いたことも無いような咆哮が轟いた瞬間、態度が急変した。
マナに手痛い攻撃を受けたデモンエイプの絶叫がここまで届き、ヒエンを狂気に駆り立ててしまったのだ。
ハンターたちの矢も飛び込んでくるヒエンを撃ち落としていくが、ヒエンたちに圧倒されて有効打になっているとは言えない。
完全に仕留めない限り、矢が刺さろうが、衝突で骨が折れようがお構いなしに突っ込んでくる。
いくらデモンエイプに恐怖しているとはいえ、あまりにも狂気じみていた。
「狙う必要はない!とにかく撃ちまくれ!猿どもに気おされるんじゃない!」
「一匹残らず酒代に変えてやれ!!」
「矢をよこせ!ビビってる奴は下がれ!邪魔だ!」
ハンターたちが鼓舞、叱咤するが、住人たちの動きは鈍い。
無理もない、ハンターたちでさえ、体の震えを抑えられない。
怒鳴り散らすことでなんとか気力を振り絞っている状態だ。
障壁がある以上安全であることが分かっているのにこれだ。
隙があれば切り込んでかき回してやろうと思っていたが、それどころではない。
ルッツの犬たちも完全に怯えてしまって縮こまっている。
あれでは普段の狩りですら当分使い物にならないだろう。
放っておけば、勝手に自滅していく。
だが、障壁も万全ではないと聞いている。
ヒエンの死体が山となり、崩れて結界内に転がり落ちてきた。
「ひぃっ。」
(マズいな、結界内には、ソンチョー氏の許可なく生きたままの魔物は入ってこれないはずだが・・・もし意識を失っているだけで、死んでいない魔物が入れてしまったとしたら・・・実際、あのオークは運び込まれていたじゃないか。)
頭を振って、今思い浮かんだ不安をかき消す。
(何も考えるな、今は一本でも多く矢を放て。)
自分に言い聞かせる。
しかし・・・
一匹でも多く始末して不安要素は減らしておきたいが、効果が出ているとは思えない。
途切れることなく狂気が押し寄せてくるのだ。
それでもひたすらに矢を放つ。
それくらいしかできないことを悔いながら。
**
デモンエイプの絶叫は、ハンターやヒエンたち以外にも影響を与えた。
「ユーキ君ごめん!あたし、やることあるから!」
軟禁中のグロックを監視するために診療所の玄関で待機していたが、絶叫を聞いたアオイは、診療所の玄関から飛び出して行ってしまった。
「ユーコさん、追ってください。無茶させないように注意してあげて!」
できる限り声を抑えたが、先程のアオイの言葉は聞かれてしまったかもしれない。
緊張感が高まる。
「了解なので~す。」
同じく抑えた声で応えたユーコは、弾丸のように飛び出していった。
まさかとは思うが、アオイをデモンエイプに突っ込ませるわけにはいかない。
ブレーキ役にとユーコを送り出したけれど、その結果監視はユーキだけになってしまった。
一人になってしまったユーキだが、むしろその方がやりやすいと思っていた。
「二人には悪いけど、僕はやっぱりお前たちとの方が落ち着くよ。」
そう言って、クマの頭をなでる。
ユーキには心強い仲間がいる。
アオンとクマとゴン、そしてユーキのコンビネーションはミッチリと鍛えてきた。
プレイヤー相手は初めてだけど、自信はあった。
覚悟もできている。
問題は、その覚悟を現実に実行できるかどうかだ。
イザとなったら、身がすくんでできないかもしれない。
それだけは許されない。
「あのぉ、何かあったんですかぁ?」
グロックがドアの内側から声をかけてきた。
時折ゴブリンたちが彼を狙い、それを住民が追い払うような芝居を演じていたから軟禁されているとは気づいていないように感じる。
演技なのかもしれないが。
マスターの料理のおかげでこれといった不満もなくおとなしくしているが、実際には何かの能力で偵察や情報の伝達をしている可能性もある。
(シンさんは暴れた時に対応すればいいって言っていたけど・・・本当にそれだけでいいのかな。)
少しずつだが、治療も行っていた。
右足の骨折以外は応急処置が完了している状態だ。
そこまでする必要があったのか、と疑問に思ったが、
「肝心なところは手を付けないから。」
というシンの言葉を信じた。
実際、右足の骨折は全く手を付けていない。
しかし、外見からの推測だが、グロックは自己回復も可能なはずだ。
(あっ、そうか、シンさんが少しずつ回復していたのって、勝手に回復させないためでもあったのか?)
スキルや魔法でも治療ができないのなら、自分で直して隠れて活動し、部屋では怪我しているフリしてやり過ごすこともできる。
逆にすぐ回復させてしまえば、部屋に閉じ込めておく口実が無くなる。
気づかれていると悟って暴れ出すか逃走するかされていただろう。
少しずつしか回復できないとなれば、その都度けがの状態をチェックされるので自分で回復できなくなる。
しかも、治療に訪れる時間はわざとランダムにしていたから小細工しづらかっただろう。
(やっぱり、何にも考えてないようで芸が細かいよな、シンさんって。)
すでに戦闘は始まっているのに、全く動く様子の無いグロック。
おかげで余計なことを考え出してしまったようだ。
(ちょっと揺さぶってみた方がいいかな。)
このまま無意味な妄想で注意力が散漫になってはいけない。
自分でも少し動いてみようと決めた。
「ちょっと見てみたんですけど、なにか襲撃されてるみたいなんです。
グロックさんは、僕が命を懸けて守りますから安心してください。
こう見えても、範囲防御だけは得意なんですよ。」
少し声を震わせてみた。
動かずに見てみた、という言葉に、スキルを使ったと思わせる。
(どうだろう、怖がってスキルを使ったように思ってくれるかな?)
「範囲防御、それは心強いです。
でも、それなら近くにいた方が良くないですか?これでもクラフトは得意なんで、壁くらいは作れますよ。」
クマたちに所定の位置に移動するようハンドサインを送ると、音が出ないように軽く深呼吸する。
(よし、やるぞ。)
「ありがとうございます。
でも、僕のゲームはテーブルゲームなんで、トランプをセットしている限りこの建物以外からの侵入、攻撃は一切無効化できるんです。
中から攻撃されたらどうにもならないですけど、この建物周辺は盤石ですから。」
(シンさんから聞いていたテーブルゲーム系の戦闘手法をヒントに、ゲーム中は外から無敵ってのをを装ってみたけど。)
バキン!
鍵をかけていたドアが、ゆっくりと開いていく。
(あぁ、引っかかった・・・心配して損した、やっぱりただのバカみたいだな。)
「すまないね・・・クラフト系ってのは嘘なんだ。」
開いたドアから、ゆっくりとグロックが出てくる。
(知ってるよ、だいたい、クラフト系だっていうくせに何一つ作ってないじゃないか。)
「スティールファンタジアって知ってるかな?知ってるよな、アニメにもなった超有名なバトルRPGだよ。」
(知ってるって、僕も散々やったからね。
君の姿でも何となく想像はついてたけど、まさか今更7作出てるうちの初期作をプレイしてたなんてね、変装でもしてるのかと疑っちゃったよ。)
グロックは手にマチェットを持ち、芝居がかった調子でしゃべりだした。
「なんだ、ガキしか残ってないのかよ。」
そうなるのを待っていたくせによく言うものだ。
「この村の結界を張っているのは誰だ?お前じゃないよな、素直に言ったら助けてやってもいいぞ、おまえだって大人になる前に死にたくないだろ?」
(はぁ・・・こいつマジか?
僕を苛立たせようとしてるのかと思ったけど、そうじゃないな。
僕たちにとって、見た目の印象は意味が無いってことに気が付いてないのか?)
「ボ、僕は知らないです。
村の代表5人の中の誰かだって聞いているけど、誰かまでは知らないですタスケテ。」
(・・・はぁ、自分でも大根っぷりが分かっちゃった、さっきはもうちょっとうまくできたのにな。)
「ちっ、使えねぇ・・・ま、しゃぁねぇか、病人の世話させられてるようじゃ使いっぱだろうしな。」
(お前らと一緒にするなよ!)
「そう言うわけで、とりあえず君、死亡確定だから。」
言い終わるや、グロックはユーキに突進した。
あぁ、そのモーション知ってる。
グロウフラッシュ、主人公の上位スキルだ。
「アオン、クマ、ゴン。」
冷静に3体へ合図を送る。
グロックから見て左の死角に潜んでいたクマが飛び出し、正面からグロックを受け止め、押し返すように弾くと、同時に足を切り裂いた。
「な!」
間髪入れずアオンとゴンが、同時にグロックの左右から襲いかかった。
変装の可能性もあったけれど、グロックの容姿からゲームはスティールファンタジア。
それならば、と思っていた通りの展開だった。
さしたる打ち合わせも無く一瞬で決着がついた。
「てめぇ・・・卑怯だぞ。」
自分を棚に上げてよく言う。
「君さぁ、嘘つくならもっとちゃんとしないとだめだよ、見た目、ほとんどまんまじゃない。
超有名ゲームなんだからモロバレだって、髪色変えるとかさぁ、少しは頑張ってくれないと。
そもそも、自分がだましてるのに相手にだまされてるって疑わないなんて、そこから失格だよね。」
わざとあざけるように、見下ろしながら告げた。
「くそっ・・・ま、まて、ちょっと、マジ死んじまう・・・まいった、降参するから、な?」
アオンの牙が、首から胸までを完全にとらえている。
ゴンも手を自由にさせないように短剣で床に縫い付け、完全に身動きが取れないようにしているし、クマの爪で両足は切断寸前。
放っておけば、確実に出血多量で死ぬだろう。
「スティールファンタジアってさぁ、バトルシーンが横スクロールの格闘RPGだろ?だから、横からの攻撃には対応できないだろうって思ってたんだよね。
防御力も完全に防具頼みだし、魔法は一昔前のアニメみたいにポーズを決めなきゃならないじゃない?なんで形だけでも装備ばっちり固めてこないのさ。
最初から思ってたけどさ、君、頭悪いでしょ。」
すでに反論できないほど、グロックは憔悴している。
ひょっとすると聞こえていないのかもしれない。
「ずっと後悔していたんだ・・・。
あの時、シンさんをすぐ肯定できなかった自分に。
村を出る覚悟までして手を汚してくれたのに、何もできなかった僕がなんてことを言ってしまったんだって。
お前たちみたいな連中がいるなんて、思いたくなかったんだ。
もう迷う気は無いよ。
村を守るために、僕も覚悟を決めた。」
誰に聞かせるでもなくつぶやくと、アオンをどかせた。
すでに意識の無いグロックの前に立つと、ナイフを構える。
震える手を逆の手で押さえる。
そして、グロックの胸に、深々とナイフを突き刺した。
ためらうことなく。
アオンたちが一気にレベルアップして進化可能になり、自分自身もランクアップしたことを知った。
(これが、シンさんを悩ませた高揚感か。)
今なら少しわかる。
この高揚感におぼれてはいけない。
(アオイさんの行った先はなんとなくわかる。
もう一つにはたぶんスロークが行ってるだろうし、やっぱりシンさんのところに行くのが良いか?それともハンターたちのサポートに向かった方がいいだろうか。)
正直、こんなに簡単に決着がつくとは思っていなかったので先のことを考えていなかった。
(とりあえず進化だけさせて、その結果で有効に戦えそうなところに行こう)
そうして、まずはアオンたちの進化を優先させることにした。
**
アオイが飛び込んだのは、シンが作った簡易な鍛冶小屋だった。
(最近あそこに籠って何かに熱中していたみたいだけど・・・。)
ユーコも、中でアオイが何をしているのかまでは知らなかった。
すぐに飛び出してきたアオイは、真っすぐ、わき目もふらずに森へと走り出した。
手には2本の剣のようなものを抱きかかえていた。
「ありゃりゃぁ、やぁっぱりぃ、アオイちゃんったらぁ・・・。」
頬に両手(前足?)を当ててくねくねする猫。
「ピンときちゃったぁ、そっかそっかぁ。」
ゲーム事情には疎いが、アオイと一緒に遊んだことのあるゲームがある。
素人のユーコと対戦するために、裏技を使って隠し武器を出してくれた。
この数日熱心に作っていたものは、きっとその隠し武器に違いない。
「恋する乙女に横やり入れるなんてぇ、ヤボヤボよねぇ・・・。」
あれだけ熱中するくらいなんだから間違いない。
きっと、いつかの勘違いで言い争ったのがきっかけだったんだろう。
その彼に、隠し武器を届けるために飛び出したわけか。
「アオイちゃんが決めたならぁ、私も頑張らなくっちゃぁ。」
そう言うと、すこし考えてから森へ、アオイとは別の方向へ走り出した。
「シンさんとこはちょっと役に立てそうも無いから、マナちゃんとこ行こお~っとぉ。」
**
ソンチョー宅の裏、ゴブリンたちのキャンプには非戦闘員とともにソンチョー、クリフト、マスターがいた。
ソンチョーとクリフトは戦闘手段が無いが、マスターは一応戦闘能力がある。
魔法も範囲系のものがあるのでイザというときは対応できる。
が、最悪なケースは村の放棄、逃走だ。
3人がここにいるのは、そうなったとき村の再建に絶対必要だと判断されたからだ。
最悪のケースを想定して、準備だけは進めていた。
準備を進めることで、最悪のケースが近付いてしまうような気がして躊躇していたが、
「最悪の一歩先を見て準備を進めておくのが本当の危機管理だよ。」
と言っていたシンの言葉を思い出して踏み切った。
「無駄な労力に終わるだろうけど、それでも戦っているみんなに不安を与えないようにしっかり準備を進めよう。
後ろのことは全く気にせず、厳しくなったら無茶せずに逃げ込めるように。
逃走の準備なんて辛いだろうけど、彼らが戻った時、少しでも安心できるように、頑張ろう。」
人もゴブリンも、大人も子供も関係なく、必要最低限の物資を倉庫から出しては荷造りしていく。
冬の逃走劇となれば、ゴブリンたちのテントも必要だ。急ピッチで解体が始まっていた。
この行動が必要になるとは、誰一人思ってはいない。
それでも、おろそかにするものはいなかった。
(後ろのことはなにも気にしないで、どんな結果になっても、必ず守るから。)
荷造りをしながらソンチョーは、誰にともなく誓った。
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