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067話:元凶
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なぜ俺たちはこの世界に連れてこられたのか。
まだ推測の域を出ないけれど、俺がクソ悪魔と丸悪魔から聞き出した話と、ノエルさんの知る過去の事実を元に、何となく推測できてきた。
まだまだ矛盾点も多いけれど、やっと全体像が見えてきた気がする。
全ての始まりは2000年も前、欲にまみれた一人の王から始まったことだった。
かつて、この世界には強大な力と尊大な欲望を持った王がいた。
名をガイゼルベルグ・マトロフ・グリトゥーラ。
グリトゥーラ王国国王にして偉大な魔導師。
彼は政治家としても非常に優秀だった。
側室の子、王位継承権15位という、本来であれば王座とは無縁に近い存在だったガイゼルベルグだったが、あらゆる手段をもって上位の存在を蹴落としてゆき、ついには王に即位する。
即位するとすぐに汚職にまみれた貴族や官僚たちの粛清が始まった。
搾取する側の貴族たちの罪が次々と明かされ、処断されてゆく様に、ガイゼルベルグこそ民の味方、英雄だと、民たちは歓喜に沸いた。
粛清されたものは、ガイゼルベルグの側近だった者も含め、貴族、官僚全体の7割にも及ぶほど徹底的で苛烈だった。
粛清対象となった貴族は、即日裁判により結審後、一族郎党のみならず、働いていたメイドや下働き、その家族、親族までもが処刑された。
その苛烈さから、人々からは殺戮王とまで呼ばれ、貴族や官僚を震え上がらせたという。
ここからはノエルさんの推測も含まれるけれど、この時粛清された貴族の中には無実の者も少なくなかったという。
自らの側近をも処断するほど苛烈な粛清の嵐は、ガイゼルベルグに反抗的な貴族達を排除するための偽装で、冤罪を訴えるものが出ないよう一族どころか働いていた関係者までも徹底的な処刑が執行されたのだと。
王の残虐性に国民が気づいた時には、すでに王の周囲には逆らえる者はいなかった。
王に意見する者を排除し、次いで行ったことは国内の犯罪者の徹底排除だった。
軽微な犯罪であっても次々に処刑してゆく王に、人々は恐怖で支配されていった。
そうして恐怖による完全な支配体形を構築することに成功した王の治世は、表面上は犯罪も無く平和だった。
発展をつづけ、グリトゥーラはやがて人口500万を超える国家となる。
ガイゼルベルグを脅威と捉えた周辺国が共闘し、連合軍が戦争を仕掛けてきたこともあったが、すでにガイゼルベルグの軍は、王を頂点とする魔導学会が開発した秘薬で、一兵卒であっても人外の域に達しており、10倍以上の兵力差も軽々と覆し圧倒した。
その時のガイゼルベルグ軍死傷者0に対して、連合軍は誰一人、生きて祖国の地を踏めた者はいなかった。
完全無欠とも思える王だったが、ただ一つ老いを恐れていた。
ガイゼルベルグには、この当時で50人の妻と200人を超える子供と、その孫たちがいた。
ノエルさんは、ガイゼルベルグの子の一人だったという。
まだ幼かったノエルさんは、王宮には暮らしていたが父であるガイゼルベルグとは合うことも無く過ごしていた。
ノエルさんが生まれた頃、ガイゼルベルグは高度な魔法技術と錬金術の集大成ともいえる秘薬の使用によって300歳を超えてなお現役ではあった。
が、それでも限界は訪れる。
子供や孫たちを実験台に、若返りや不老不死の研究を繰り返していた。
ノエルさんは数少ない成功例で、5歳で投薬を受けると、以後成長が極端に遅くなったそうだ。
王は歓喜してその薬を自らに用いたが、若返る効果はなかった。
王はゆっくりと老いる自分を恐れ、さらに若返りや寿命を延ばすことに固執するようになっていった。
400歳を迎えるころには、王は誰が見ても高齢の老人、ノエルさんも、外見的には15~16歳くらいに成長していた。
王はすでに、どのような秘薬を用いても深く刻まれた皺一本消すことができなくなっていた。
この時期、突然大規模な取り締まりが行われ、下層階級に当たる市民の中から一万人もの人々が処断されたという。
ノエルさんが後に調査して判明した事らしいが、王は、捕らえた1万の下層階級市民を贄に、異世界より悪魔を召喚したのだ。
おそらく、ほぼすべての者が冤罪であっただろうという。
そうまでして願ったのは、自身の不老不死。
それを知った時、ノエルさんは怒りに震えたという。
呼び出した悪魔との交渉の末、不死は不可能だと拒絶された。
しかし、この世界の未来と引き換えにすれば、不老の願いは可能であると告げられ、悩むことなく受け入れたらしい。
悪魔は異世界との境界に穴をあけ、この世界には存在しなかった魔素を招き入れた。
その魔素を直接浴びたガイゼルベルグは、その本質がヒトとは違う何かへと代わっていったという。
この時の余波で、ガイゼルベルグの居城から周囲100Kmに存在していたあらゆる生物に大きな影響が起こった。
これは、ガイゼルベルグの治めるグリトゥーラ王国の国土面積ととほぼ一致した。
多くの小動物は死に絶え、大型の動物たちは狂暴化した。
人には外見上の変化はあまり起こらなかったが、耳の上端が伸び、先端がとがった。
そして、数年後に初めて認識されることになったのだが、最も大きな変化があった。
最初に魔素を浴びた瞬間から、それ以上老化しなくなったのだ。
ガイゼルベルグが受けた恩寵の一端が、国民にも分け与えられたようだ。
老化は止まったが、成長は普通にしたので、当時子供だった者たちは20歳前後までは成長を続けた。
秘薬の実験で成長が極端に遅くなっていたノエルさんも同様で、以降の5年ほどは普通に成長はしたが、20歳程の身体になると以後老いることは無くなったという。
ガイゼルベルグとその国の人々を変えた魔素は、勢いこそ弱まりながらも世界に流れ込み続けていた。
魔素は広がり続けたが、不老の恩恵を受けるものはその後現れなかった。
最初の一瞬に広がった、強烈なまでの魔素を浴びた者だけが不老の恩恵を受けたらしい。
悪魔がその時だけ、老化を止めるように何かしたのかもしれない。
老いから開放された国民たちは、その素晴らしき恩恵の裏に一万人もの犠牲者がいたことなど知る由もなかった。
不老ではあっても、ケガや病気で命を落とすことはある。
しかし、この時すでにガイゼルベルグは比類なき力の持ち主だった。
当時彼を害せる存在は無く、不老である限り不死も同然。
結果に満足していた王だったが、境界に開けられた穴からは依然魔素がどんどん流れ込み、世界の隅々まで広がりその濃度を高めていった。
50年ほどすると、王の宮殿より遠く離れた地域に生息する動物たちが変死するという報告が出始める。
しかし、あまりにも遠くで起きた異変だったので魔素と関連付けるものはおらず、危機感を覚える人々もまだ少数で、異変の情報は王の元には伝わらなかった。
100年後、最初に異変があった地で、濃縮した魔素から異形の生物が生まれた。
異形の生物は動物たちを襲い、肉を食らうと、変化していった。
(これは恐らく、洞窟の魔物と同じ現象じゃないかと思う。
魔素から生まれた100%フレッシュ魔素な魔物は、この世界の生物を捕食することで完全に実体化するっていうアレだ。)
肉体を持った異形の生物は、やがて魔素の影響を受けても生き残っていたこの世界の動物たちと交配し始める。
生まれたのは、全てが異形の生物だった。
そうして徐々に、王の宮殿より遠く離れた地域に暮らす人々に犠牲者が出始めたが、まだ数は多くなかった。
なぜ、魔素が薄いと思われる遠い地で始まったのかは定かではない。
情報が錯綜していたし、ずいぶん後になって知ることになったノエルさんも、正確な時期や位置を把握できなかったそうだ。
王をはじめ多くの者が遠い地での異変だと歯牙にもかけなかったが、ノエルさんは漠然とした不安を感じ、伝わってくる情報だけではだめだと、独自で調査団を組織して調査を始めようと活動を始めた。
とはいえ、ノエルさんに協力する者はほとんど無く、この時は実態を知ることができなかったという。
さらに100年後、世界中のあらゆるものが魔素の影響を受け、食事には耐えがたいほどのエグみが、遠い地では人ですら変調をきたし始めた。
その状況になっても、王は関心すら示さない。
しかし、この異変に危機感を感じた者が現れ始め、ノエルさんの協力者がすこしずつ増えていった。
10年の月日をかけて徐々に協力者を増やし、情報を集め、ついにノエルさんは過去に起こった出来事を知る。
そして、遠く離れた地で起こる異変に、異世界より流れ込み続ける魔素が大きく影響していることも。
ノエルさんは父親であるガイゼルベルグとの初対面を決意した。
苦労して、極短い謁見を勝ち取ると、王へ現状の打開を訴えた。
結果は、歯牙にもかけられなかった。
幸いだったのは、王は一応ノエルさんに好印象を抱いていたことだ。
数少ない非検体の成功者としてだが。
そう言った意味で謁見を許可したが、自らが不老となった以上はノエルさんにはいくばくかの感慨も持ってはいなかった。
王にとっては、ただの”実験成功の証”程度でしかない存在だった。
必死の進言も、たわいもない戯言と一笑に付した。
歯牙にもかけなかったから、次の瞬間には忘れていた。
そのおかげでノエルさんに協力した者たちも咎められることがなく済み、王の治世に脅え、不満を持つ者たちの中から、少しずつ協力を申し出る者が増えるようになっっていった。
王は娘の言を歯牙にもかけず、協力者がいるなどと言うことを気にもしなかっただけなのだが、王を恐れて不満を口にできなかった者たちには、ノエルさんは王から協力者を守り切った実力者、と写ったようだ。
その後必死の調査にもかかわらず、変調をきたす人々は増え続け、ついには魔物化した。
魔物化した人々によって各地で氾濫がおこり、いくつもの国が滅びた。
所詮は他国。
王にとって、どうなろうと興味はない。
むしろ、他国の滅亡や疲弊を歓迎した。
積極的に侵略を繰り返し、王の国は飛躍的に拡大していく。
不老の存在となって500年を過ぎたころ、世界には国と呼べるのは王の収める地だけになっていた。
各地にはまだ、魔物に抵抗する小さな集団が無数にあったが、組織とすら呼べないような荒くれ者の集まりに過ぎなかった。
ガイゼルベルグは、世界に唯一の国家の王なった。
しかしついに、支配する地域にも魔物化する者が現れた。
侵略によって奪った地で、王宮とは遠く離れてはいたが。
報告を受けた王は、所詮は侵略した国の民だと無視した。
彼にとっては奴隷も同然の存在だ。
王の民は数千万を超えており、間引きする手間が省けると放置した。
ノエルは何度も王に謁見し訴えたが、王はいつものように話を聞かず、うっとおしそうに追い払う。
王の力は一人で軍にも相当するほど強大なものとなっており、訴え続ける以上のことができなかった。
そしてとうとう、不老となっていた王の国の民にまで魔物化する者が現れた。
この段階になってようやく王は重い腰を上げた。
ノエルの進言などは頭に入っていなかったが、魔物化した住民を確保、解体することで魔素による変異であると理解したためだ。
ノエルの戦いは意味の無いものであった。
王は再び異世界より悪魔を召喚し、それ以上の魔素の流入を止めさせた。
さらに、一族と家臣が魔素に耐性を持つように指示する。
しかし、悪魔は判別できないという理由で人種すべてに耐性を持たせるなら叶えられると提案してきた。
一言でウソだと分かる理由だったが、王は考えることも無く許諾した。
この時の対価となった贄は1000万を超えたが、彼にとっては侵略によって奴隷として扱っている者たちだ、どれだけ消費されようとも気にはならなかっただろう。
むしろ、これであのうるさい子供(ノエル)も少しは大人しくなるだろう、程度には思ったかもしれない。
こうして、人種は魔素への耐性を持つに至った。
すでに魔物化していた者たちは元には戻らず、やがて人型の魔物、オーガやゴブリンなどの原型として繁殖していくことになる。
また、魔物化していなくても魔素の影響を大きく受け魔物化直前まで浸食されていた者たちも、完全に人には戻らずに獣人や亜人の祖になった。
ノエルさんが自らをエルフの祖先のようなもの、と言ったのは、この時生まれた亜人の中にエルフ種もいたからだ。
王は、悪魔からヒト種が耐性を持てても完全ではないと告げられていた。
長く生き続けて魔素を取り込み続ければいずれは魔物化してしまうとも。
つまり、不老の一族の行く末は魔物。
王は部下に命じて魔素の研究を始めた。
そして、魔素が下へ下へと濃くなってゆくことを突き止めると、三度(みたび)悪魔を召喚しようとした。
それを察したノエルが決死の覚悟で王へ直訴する。
謁見は拒否されたが、協力者たちの力を借りて王の居室へ。
その結果、ノエルは国はずれの塔に軟禁されることになってしまった。
後に聞かされたことだが、協力者たちは皆拘束され、即日処刑されていた。
彼は、彼の王国ごと大地を天空へと浮かび上がらせろと悪魔に願った。
より魔素の低い場所へと。
1000万もの命を贄に、悪魔は承諾した。
ただし、大地そのものを作り替えなければならないと10年の月日を要求した。
軟禁される塔で、父のしでかしたことへの恐怖と怒り、世界のあらゆる生き物たちへの懺悔の念を抱き、何とか止める方法が無いかとできうる限りの行動を起こしてきたが、何一つ実にはならなかった。
そして、関わった者すべてが悲惨な末路をたどったと知ると、やがてノエル自身も絶望に押しつぶされ、行動することを諦めてしまった。
昼夜問わぬ劣悪な環視の中、自ら命を絶つことすら不可能と悟った彼女は、次第に感情を失ってゆく。
転機は、大地が天空へと飛び立つ直前の激しい振動だった。
老朽化していた棟の一部が崩れ、監視の目が緩むと、ノエルさんは崩れた塔から飛び出した。
そのまま走り続け、たどり着いた森に身を潜めた。
大地が天空へと飛び上がってゆく様子を見送ると、安全な地を求めて世界を渡り歩き、やがてこの森にたどり着いたという。
そのころにはすでに体の変調を感じていたノエルさんは、この森であれば、たとえ魔物化してしまったとしても人々に迷惑はかけないだろうと、定住を決意した。
森での生活は苦難も多かったが、幸いにも巨大な魔素の結晶、魔石を入手することができた。
そこで、この地へ至るまでに見つけていた希少な鉱石、ヘダルアトルを用いて魔素の無い空間を作る魔道具を作ることに成功した。
軟禁される直前まで魔素の研究を続けてきた成果だった。
希少な鉱石と巨大な魔石を使ってようやく、ごくわずかな土地を魔素の無い空間に出来た。
ノエルさんは、自分の無力さを痛感したそうだ。
彼女が途方もない時間と、多くの仲間の犠牲のもとに完成した成果は、彼女一人が暮らす空間を作ることしかできなかったのだ。
しかも、完全に魔素の無い空間は、中心地に当たる家の中だけ。
庭には極わずかだが魔素が漂っている。
失意のままこのわずかな空間に住み着き、ゴーレムたちと共に暮らしてきたのだという。
王の追手と、自らの魔物化に怯えながら。
**
それから1000年がすぎた。
ここからは完全に推測になるが、おそらく、ついに天空に逃げた者たちにも魔物化が始まったのだろう。
王は四度(よたび)悪魔を召喚したに違いない。
世界から魔素を無くせと。
それは不可能か、対価が足りずに断られたのだろう。
それでも王は引き下がらず、こうして俺たちが召喚された。
魔素を減らすための清浄機代わりに。
あの悪魔ならおそらく、他にもやりようはあったはずだ。
それなのに、こんな回りくどい方法を取ったのはなぜか。
たぶん、王を苦しめるためだろう。
より長く。
そうやって楽しんでいるのだろう。
悪魔とはそう言う存在らしい。
魔素を無くす、という手段を講じることは、俺たちが一人でも生き残っている限りは、一応かなえている事になる。
対価が少ないならば、より長く恐怖に、苦悩に苦しむ王の心をむさぼる気だろう。
それが、ノエルさんの悪魔に対する見解だった。
悪魔は契約については嘘をつかない。
ただし、自分の思うように誘導し、隠し、知らぬふりをする。
そして、契約外、特に自分が楽しむためなら当たり前のように嘘を吐く。
黒く丸い悪魔とは、一人分の命で契約していたから、奴の言葉に嘘は無いのだろう。
でも、クソ悪魔とは契約が無い。
奴の話には嘘もあった。
ということか。
そうなると、クソ悪魔と丸悪魔の話に矛盾があったのも納得できる。
結局、すべてはガイゼルベルグとかいうアホ王と、それを利用したクソ悪魔のせいってことなんだな。
まだ推測の域を出ないけれど、俺がクソ悪魔と丸悪魔から聞き出した話と、ノエルさんの知る過去の事実を元に、何となく推測できてきた。
まだまだ矛盾点も多いけれど、やっと全体像が見えてきた気がする。
全ての始まりは2000年も前、欲にまみれた一人の王から始まったことだった。
かつて、この世界には強大な力と尊大な欲望を持った王がいた。
名をガイゼルベルグ・マトロフ・グリトゥーラ。
グリトゥーラ王国国王にして偉大な魔導師。
彼は政治家としても非常に優秀だった。
側室の子、王位継承権15位という、本来であれば王座とは無縁に近い存在だったガイゼルベルグだったが、あらゆる手段をもって上位の存在を蹴落としてゆき、ついには王に即位する。
即位するとすぐに汚職にまみれた貴族や官僚たちの粛清が始まった。
搾取する側の貴族たちの罪が次々と明かされ、処断されてゆく様に、ガイゼルベルグこそ民の味方、英雄だと、民たちは歓喜に沸いた。
粛清されたものは、ガイゼルベルグの側近だった者も含め、貴族、官僚全体の7割にも及ぶほど徹底的で苛烈だった。
粛清対象となった貴族は、即日裁判により結審後、一族郎党のみならず、働いていたメイドや下働き、その家族、親族までもが処刑された。
その苛烈さから、人々からは殺戮王とまで呼ばれ、貴族や官僚を震え上がらせたという。
ここからはノエルさんの推測も含まれるけれど、この時粛清された貴族の中には無実の者も少なくなかったという。
自らの側近をも処断するほど苛烈な粛清の嵐は、ガイゼルベルグに反抗的な貴族達を排除するための偽装で、冤罪を訴えるものが出ないよう一族どころか働いていた関係者までも徹底的な処刑が執行されたのだと。
王の残虐性に国民が気づいた時には、すでに王の周囲には逆らえる者はいなかった。
王に意見する者を排除し、次いで行ったことは国内の犯罪者の徹底排除だった。
軽微な犯罪であっても次々に処刑してゆく王に、人々は恐怖で支配されていった。
そうして恐怖による完全な支配体形を構築することに成功した王の治世は、表面上は犯罪も無く平和だった。
発展をつづけ、グリトゥーラはやがて人口500万を超える国家となる。
ガイゼルベルグを脅威と捉えた周辺国が共闘し、連合軍が戦争を仕掛けてきたこともあったが、すでにガイゼルベルグの軍は、王を頂点とする魔導学会が開発した秘薬で、一兵卒であっても人外の域に達しており、10倍以上の兵力差も軽々と覆し圧倒した。
その時のガイゼルベルグ軍死傷者0に対して、連合軍は誰一人、生きて祖国の地を踏めた者はいなかった。
完全無欠とも思える王だったが、ただ一つ老いを恐れていた。
ガイゼルベルグには、この当時で50人の妻と200人を超える子供と、その孫たちがいた。
ノエルさんは、ガイゼルベルグの子の一人だったという。
まだ幼かったノエルさんは、王宮には暮らしていたが父であるガイゼルベルグとは合うことも無く過ごしていた。
ノエルさんが生まれた頃、ガイゼルベルグは高度な魔法技術と錬金術の集大成ともいえる秘薬の使用によって300歳を超えてなお現役ではあった。
が、それでも限界は訪れる。
子供や孫たちを実験台に、若返りや不老不死の研究を繰り返していた。
ノエルさんは数少ない成功例で、5歳で投薬を受けると、以後成長が極端に遅くなったそうだ。
王は歓喜してその薬を自らに用いたが、若返る効果はなかった。
王はゆっくりと老いる自分を恐れ、さらに若返りや寿命を延ばすことに固執するようになっていった。
400歳を迎えるころには、王は誰が見ても高齢の老人、ノエルさんも、外見的には15~16歳くらいに成長していた。
王はすでに、どのような秘薬を用いても深く刻まれた皺一本消すことができなくなっていた。
この時期、突然大規模な取り締まりが行われ、下層階級に当たる市民の中から一万人もの人々が処断されたという。
ノエルさんが後に調査して判明した事らしいが、王は、捕らえた1万の下層階級市民を贄に、異世界より悪魔を召喚したのだ。
おそらく、ほぼすべての者が冤罪であっただろうという。
そうまでして願ったのは、自身の不老不死。
それを知った時、ノエルさんは怒りに震えたという。
呼び出した悪魔との交渉の末、不死は不可能だと拒絶された。
しかし、この世界の未来と引き換えにすれば、不老の願いは可能であると告げられ、悩むことなく受け入れたらしい。
悪魔は異世界との境界に穴をあけ、この世界には存在しなかった魔素を招き入れた。
その魔素を直接浴びたガイゼルベルグは、その本質がヒトとは違う何かへと代わっていったという。
この時の余波で、ガイゼルベルグの居城から周囲100Kmに存在していたあらゆる生物に大きな影響が起こった。
これは、ガイゼルベルグの治めるグリトゥーラ王国の国土面積ととほぼ一致した。
多くの小動物は死に絶え、大型の動物たちは狂暴化した。
人には外見上の変化はあまり起こらなかったが、耳の上端が伸び、先端がとがった。
そして、数年後に初めて認識されることになったのだが、最も大きな変化があった。
最初に魔素を浴びた瞬間から、それ以上老化しなくなったのだ。
ガイゼルベルグが受けた恩寵の一端が、国民にも分け与えられたようだ。
老化は止まったが、成長は普通にしたので、当時子供だった者たちは20歳前後までは成長を続けた。
秘薬の実験で成長が極端に遅くなっていたノエルさんも同様で、以降の5年ほどは普通に成長はしたが、20歳程の身体になると以後老いることは無くなったという。
ガイゼルベルグとその国の人々を変えた魔素は、勢いこそ弱まりながらも世界に流れ込み続けていた。
魔素は広がり続けたが、不老の恩恵を受けるものはその後現れなかった。
最初の一瞬に広がった、強烈なまでの魔素を浴びた者だけが不老の恩恵を受けたらしい。
悪魔がその時だけ、老化を止めるように何かしたのかもしれない。
老いから開放された国民たちは、その素晴らしき恩恵の裏に一万人もの犠牲者がいたことなど知る由もなかった。
不老ではあっても、ケガや病気で命を落とすことはある。
しかし、この時すでにガイゼルベルグは比類なき力の持ち主だった。
当時彼を害せる存在は無く、不老である限り不死も同然。
結果に満足していた王だったが、境界に開けられた穴からは依然魔素がどんどん流れ込み、世界の隅々まで広がりその濃度を高めていった。
50年ほどすると、王の宮殿より遠く離れた地域に生息する動物たちが変死するという報告が出始める。
しかし、あまりにも遠くで起きた異変だったので魔素と関連付けるものはおらず、危機感を覚える人々もまだ少数で、異変の情報は王の元には伝わらなかった。
100年後、最初に異変があった地で、濃縮した魔素から異形の生物が生まれた。
異形の生物は動物たちを襲い、肉を食らうと、変化していった。
(これは恐らく、洞窟の魔物と同じ現象じゃないかと思う。
魔素から生まれた100%フレッシュ魔素な魔物は、この世界の生物を捕食することで完全に実体化するっていうアレだ。)
肉体を持った異形の生物は、やがて魔素の影響を受けても生き残っていたこの世界の動物たちと交配し始める。
生まれたのは、全てが異形の生物だった。
そうして徐々に、王の宮殿より遠く離れた地域に暮らす人々に犠牲者が出始めたが、まだ数は多くなかった。
なぜ、魔素が薄いと思われる遠い地で始まったのかは定かではない。
情報が錯綜していたし、ずいぶん後になって知ることになったノエルさんも、正確な時期や位置を把握できなかったそうだ。
王をはじめ多くの者が遠い地での異変だと歯牙にもかけなかったが、ノエルさんは漠然とした不安を感じ、伝わってくる情報だけではだめだと、独自で調査団を組織して調査を始めようと活動を始めた。
とはいえ、ノエルさんに協力する者はほとんど無く、この時は実態を知ることができなかったという。
さらに100年後、世界中のあらゆるものが魔素の影響を受け、食事には耐えがたいほどのエグみが、遠い地では人ですら変調をきたし始めた。
その状況になっても、王は関心すら示さない。
しかし、この異変に危機感を感じた者が現れ始め、ノエルさんの協力者がすこしずつ増えていった。
10年の月日をかけて徐々に協力者を増やし、情報を集め、ついにノエルさんは過去に起こった出来事を知る。
そして、遠く離れた地で起こる異変に、異世界より流れ込み続ける魔素が大きく影響していることも。
ノエルさんは父親であるガイゼルベルグとの初対面を決意した。
苦労して、極短い謁見を勝ち取ると、王へ現状の打開を訴えた。
結果は、歯牙にもかけられなかった。
幸いだったのは、王は一応ノエルさんに好印象を抱いていたことだ。
数少ない非検体の成功者としてだが。
そう言った意味で謁見を許可したが、自らが不老となった以上はノエルさんにはいくばくかの感慨も持ってはいなかった。
王にとっては、ただの”実験成功の証”程度でしかない存在だった。
必死の進言も、たわいもない戯言と一笑に付した。
歯牙にもかけなかったから、次の瞬間には忘れていた。
そのおかげでノエルさんに協力した者たちも咎められることがなく済み、王の治世に脅え、不満を持つ者たちの中から、少しずつ協力を申し出る者が増えるようになっっていった。
王は娘の言を歯牙にもかけず、協力者がいるなどと言うことを気にもしなかっただけなのだが、王を恐れて不満を口にできなかった者たちには、ノエルさんは王から協力者を守り切った実力者、と写ったようだ。
その後必死の調査にもかかわらず、変調をきたす人々は増え続け、ついには魔物化した。
魔物化した人々によって各地で氾濫がおこり、いくつもの国が滅びた。
所詮は他国。
王にとって、どうなろうと興味はない。
むしろ、他国の滅亡や疲弊を歓迎した。
積極的に侵略を繰り返し、王の国は飛躍的に拡大していく。
不老の存在となって500年を過ぎたころ、世界には国と呼べるのは王の収める地だけになっていた。
各地にはまだ、魔物に抵抗する小さな集団が無数にあったが、組織とすら呼べないような荒くれ者の集まりに過ぎなかった。
ガイゼルベルグは、世界に唯一の国家の王なった。
しかしついに、支配する地域にも魔物化する者が現れた。
侵略によって奪った地で、王宮とは遠く離れてはいたが。
報告を受けた王は、所詮は侵略した国の民だと無視した。
彼にとっては奴隷も同然の存在だ。
王の民は数千万を超えており、間引きする手間が省けると放置した。
ノエルは何度も王に謁見し訴えたが、王はいつものように話を聞かず、うっとおしそうに追い払う。
王の力は一人で軍にも相当するほど強大なものとなっており、訴え続ける以上のことができなかった。
そしてとうとう、不老となっていた王の国の民にまで魔物化する者が現れた。
この段階になってようやく王は重い腰を上げた。
ノエルの進言などは頭に入っていなかったが、魔物化した住民を確保、解体することで魔素による変異であると理解したためだ。
ノエルの戦いは意味の無いものであった。
王は再び異世界より悪魔を召喚し、それ以上の魔素の流入を止めさせた。
さらに、一族と家臣が魔素に耐性を持つように指示する。
しかし、悪魔は判別できないという理由で人種すべてに耐性を持たせるなら叶えられると提案してきた。
一言でウソだと分かる理由だったが、王は考えることも無く許諾した。
この時の対価となった贄は1000万を超えたが、彼にとっては侵略によって奴隷として扱っている者たちだ、どれだけ消費されようとも気にはならなかっただろう。
むしろ、これであのうるさい子供(ノエル)も少しは大人しくなるだろう、程度には思ったかもしれない。
こうして、人種は魔素への耐性を持つに至った。
すでに魔物化していた者たちは元には戻らず、やがて人型の魔物、オーガやゴブリンなどの原型として繁殖していくことになる。
また、魔物化していなくても魔素の影響を大きく受け魔物化直前まで浸食されていた者たちも、完全に人には戻らずに獣人や亜人の祖になった。
ノエルさんが自らをエルフの祖先のようなもの、と言ったのは、この時生まれた亜人の中にエルフ種もいたからだ。
王は、悪魔からヒト種が耐性を持てても完全ではないと告げられていた。
長く生き続けて魔素を取り込み続ければいずれは魔物化してしまうとも。
つまり、不老の一族の行く末は魔物。
王は部下に命じて魔素の研究を始めた。
そして、魔素が下へ下へと濃くなってゆくことを突き止めると、三度(みたび)悪魔を召喚しようとした。
それを察したノエルが決死の覚悟で王へ直訴する。
謁見は拒否されたが、協力者たちの力を借りて王の居室へ。
その結果、ノエルは国はずれの塔に軟禁されることになってしまった。
後に聞かされたことだが、協力者たちは皆拘束され、即日処刑されていた。
彼は、彼の王国ごと大地を天空へと浮かび上がらせろと悪魔に願った。
より魔素の低い場所へと。
1000万もの命を贄に、悪魔は承諾した。
ただし、大地そのものを作り替えなければならないと10年の月日を要求した。
軟禁される塔で、父のしでかしたことへの恐怖と怒り、世界のあらゆる生き物たちへの懺悔の念を抱き、何とか止める方法が無いかとできうる限りの行動を起こしてきたが、何一つ実にはならなかった。
そして、関わった者すべてが悲惨な末路をたどったと知ると、やがてノエル自身も絶望に押しつぶされ、行動することを諦めてしまった。
昼夜問わぬ劣悪な環視の中、自ら命を絶つことすら不可能と悟った彼女は、次第に感情を失ってゆく。
転機は、大地が天空へと飛び立つ直前の激しい振動だった。
老朽化していた棟の一部が崩れ、監視の目が緩むと、ノエルさんは崩れた塔から飛び出した。
そのまま走り続け、たどり着いた森に身を潜めた。
大地が天空へと飛び上がってゆく様子を見送ると、安全な地を求めて世界を渡り歩き、やがてこの森にたどり着いたという。
そのころにはすでに体の変調を感じていたノエルさんは、この森であれば、たとえ魔物化してしまったとしても人々に迷惑はかけないだろうと、定住を決意した。
森での生活は苦難も多かったが、幸いにも巨大な魔素の結晶、魔石を入手することができた。
そこで、この地へ至るまでに見つけていた希少な鉱石、ヘダルアトルを用いて魔素の無い空間を作る魔道具を作ることに成功した。
軟禁される直前まで魔素の研究を続けてきた成果だった。
希少な鉱石と巨大な魔石を使ってようやく、ごくわずかな土地を魔素の無い空間に出来た。
ノエルさんは、自分の無力さを痛感したそうだ。
彼女が途方もない時間と、多くの仲間の犠牲のもとに完成した成果は、彼女一人が暮らす空間を作ることしかできなかったのだ。
しかも、完全に魔素の無い空間は、中心地に当たる家の中だけ。
庭には極わずかだが魔素が漂っている。
失意のままこのわずかな空間に住み着き、ゴーレムたちと共に暮らしてきたのだという。
王の追手と、自らの魔物化に怯えながら。
**
それから1000年がすぎた。
ここからは完全に推測になるが、おそらく、ついに天空に逃げた者たちにも魔物化が始まったのだろう。
王は四度(よたび)悪魔を召喚したに違いない。
世界から魔素を無くせと。
それは不可能か、対価が足りずに断られたのだろう。
それでも王は引き下がらず、こうして俺たちが召喚された。
魔素を減らすための清浄機代わりに。
あの悪魔ならおそらく、他にもやりようはあったはずだ。
それなのに、こんな回りくどい方法を取ったのはなぜか。
たぶん、王を苦しめるためだろう。
より長く。
そうやって楽しんでいるのだろう。
悪魔とはそう言う存在らしい。
魔素を無くす、という手段を講じることは、俺たちが一人でも生き残っている限りは、一応かなえている事になる。
対価が少ないならば、より長く恐怖に、苦悩に苦しむ王の心をむさぼる気だろう。
それが、ノエルさんの悪魔に対する見解だった。
悪魔は契約については嘘をつかない。
ただし、自分の思うように誘導し、隠し、知らぬふりをする。
そして、契約外、特に自分が楽しむためなら当たり前のように嘘を吐く。
黒く丸い悪魔とは、一人分の命で契約していたから、奴の言葉に嘘は無いのだろう。
でも、クソ悪魔とは契約が無い。
奴の話には嘘もあった。
ということか。
そうなると、クソ悪魔と丸悪魔の話に矛盾があったのも納得できる。
結局、すべてはガイゼルベルグとかいうアホ王と、それを利用したクソ悪魔のせいってことなんだな。
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