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二章
一方、その頃
しおりを挟む「仁見君に会えなかった?」
重い足取りで帰ると、幸太郎は家庭菜園の真っ最中だった。ほっかむりを被って土いじりをしている姿は、ここに閉じ込められた人間の悲愴さなんてものは微塵も感じられない。
――すっかり順応しちゃって、まぁ。
適応力の高いところはコイツの長所でもあるが、何でもかんでも受け入れるのはどうかと思う。
死んだのかよく分からない状態でさ迷い続け、ようやく辿り着いた先で友人と再会したと思ったら、管理人代理になったなんて気が違えたとしか思えない発言を聞かされて、頭がどうにかなりそうだった。
「枢機卿に見初められて、その伝手でアウレリア様のお付きにしてもらったんだってさ」
「それは良かった!」
諸手を挙げて喜ぶ幸太郎の顔は、すっかり泥にまみれていた。
変わらない姿で笑う幸太郎に安堵している自分に、少しだけ嫌気が差した。
この世界は、まるで牢獄のようだ。
あらゆる生命が死滅し、荒廃した土地。辺りを照らす薄明りは、まるで次の瞬間、全てを覆う闇の訪れを予期させるようで気味が悪い。
ここがどこで、どうしてこんな世界に俺達はいるのか。
管理人代理とか異世界転生だとか。幸太郎の代わりに色んな異世界を渡り歩いているくせに、俺は未だに理解できないでいる。なんなら、これは病院で眠っている俺が見ている夢なのではないかとさえ思っている。けれど、そうでないことを薄々感じ始めてもいる。
だからこそ、俺のよく知る姿で、俺の知らない何かになってしまった友人の変わらない姿を見ることで平穏を保っている。
こんな情けないことを考えているなんて思われたくはない――万が一にもコイツが何か言ったりすることはないだろうが、居たたまれなくなるので勘弁願いたい――から、俺もいつも通りに振る舞って、ともすれば顔を出す弱気を追いやるしかなかった。
「どうした、何か気になることでもあるのか?」
「いや、王宮に住み込みで働くことになったから、中々会えなくなるなと思ってさ」
ごまかすように告げれば――会えないのが寂しいのは本当だ。どうせ顔を突き合わせるなら、野郎じゃなくて女の子の方がいいに決まってる――案の定、幸太郎は疑うことなく同情するように眉を下げた。
「寂しいのは分かるが、そこは辛抱してくれ。しかし、まだ一週間しか経っていないのに、既に枢機卿の覚えがめでたいなんて目を瞠るものがあるな」
概ね、その意見には賛成だ。
だが、知世ちゃんの近況を告げてきたエリカちゃんの表情が暗いのが気になった。あれは仲良しの友達と離れた悲しみというには、あまりに思い詰めた表情をしていた。
あの世界で、俺は知世ちゃんの親戚ということになっているから、何かあればエリカちゃんも話してくれるはずだ。それなのに俺に話さなかったということは、枢機卿の推薦関係で何かあったのだろう。身内とはいえ、一介の修道女が枢機卿への不信を漏らすわけにもいくまい。
「でも、その枢機卿って奴が、ちょっと食わせ者っぽくてさ」
「そうなのか?」
幸太郎はハーブを収穫する手を止めて、顔を上げた。
「多分だけど、知世ちゃんをアウレリア王女の侍女に推薦したのは、スパイをさせるためなんじゃないかと思って」
エリカちゃんが言いたがらなかった理由と旧教の現状からして、おそらく間違ってはいないだろう。
「なるほど、旧教側がアウレリア王女の動きが知りたいと思うのは当然の心情だな。秘密組織のスパイに任命されたわけでもなし、バレたからといって、彼女の身に危険が及ぶ可能性は低いだろう」
「でも、危なくないって確証もないだろ?」
思わず反論するも、幸太郎は泰然自若とした様子を崩さなかった。
「アウレリア王女は新教を広めたいようだから、下手に彼女を害するより、引き入れた方が新教の宣伝になるはずだ。そもそも、アウレリア王女もスパイが紛れ込んでいることくらい想定しているだろう」
だから心配するなと言いたいんだろうが、一番大事な部分が抜け落ちている。頭は悪くないくせに、肝心な部分で言葉が足りなくなるのは何の冗談かと思う。
「お前って、ポジティブなのか豪胆なのか分かんないよな」
「のんきなんだろう。何か起きてもお前や愛莉が何とかしてくれていたからな」
「はっ、よく言う」
愛莉ちゃんはともかく、俺がコイツのために何か出来た試しなんてない。そもそも俺は――。
喉奥に迫り上がってきたそれに、俺は首を振った。
「愛莉ちゃん、今何してるんだろうな」
俺は強引に意識をそちらに向けることにした。
あまり口にしないようにしていたが、ここに来てから彼女のことを考えなかった日はない。それは幸太郎も同じだろう。
もし、彼女がここにいてくれたら、俺の苦労も少しはマシに――はならないだろうな、と一人ごちるのも何回目か。
幸太郎がこんな目に遭っていると知ったら、彼女はまず間違いなく発狂するだろう。そもそも、幸太郎が死んだ――と言っていいのか疑問ではあるが――時点で、あの子なら幸太郎を生き返らせるくらいのことはしていそうだ。
「そうだな、元気にやっているといいんだが……」
幸太郎の顔が見る間に翳っていき、俺は自分のヘマに舌打ちをしたくなった。
俺はともかく、管理人代理である幸太郎はこの世界から離れるのは難しい。それはつまり、愛莉ちゃんにはもう会えないということだ。だからこそ、なるべく口にしないようにしていたのだが、平気な顔で話題にするものだからうっかりしていた。
「愛莉ちゃんのことだ、うまいことやってるって。それより、いい加減これについて話させてくれよ」
俺はパンパンに膨れ上がった麻袋を幸太郎の前に押しやった。
「これはまた……すごい量だな。どうしたんだ?」
転移こそ出来るが、その世界の通貨を持っているわけではないので、これだけの量の物品を持ち込めたのは今回が初めてだ。
「どういうわけか、アウレリア王女の使いが俺宛てに土産を用意してくれたらしい」
「アウレリア王女の使いが? お前、何かしたのか?」
「何も。そもそも、俺は王女様には一度も会えてないからな。一応、あっちでは知世ちゃんの保護者ってことになってるから、侍女になった関係で、祝い金代わりにくださったのかもな」
「そうか。やはり、そこまで悪い人ではなさそうだな」
俺はその場に座りこむと、いそいそと袋から品物を取り出していった。
味噌に醤油、梅干し、納豆と白米。他にも種籾や、いくつかの種子が小分けにされており、底の方には土まで入っている。土産という割には所帯染みているというか、海外に住んでいる息子への仕送りみたいな内容だ。
「……すごい、これは大漁だ」
目を輝かせる幸太郎を横目に、俺の中にある疑念が湧いた。
フェアルレン王国では、親元を離れて奉公に出る子供も少なくないから、こうして親元に金品が贈られるのは珍しい話ではない。だが、それにしては中身が俺達――正確には幸太郎だ――好み過ぎる。
知世ちゃんが口添えた可能性もあるが、よく見ると幸太郎の好物ばかり揃っている。考え過ぎかもしれないが、普通、作物を育てるための土まで支給するだろうか。
「浮かない顔だな? お前、醤油が恋しいって嘆いていたじゃないか」
ほら、と上機嫌で醤油を差し出す幸太郎は、この異様さに気付いていないらしい。
「……お前、まさかアウレリア王女と知り合いだったりしないよな?」
「俺は他の世界には行けないし、当然アウレリア王女に会ったこともない。そもそも知己の関係なら、仁見君を送り出す時に一筆したためたに決まっているだろう」
「そうだよなぁ」
コイツのことだ、俺に隠し事をしているとは思えない。だとすれば、一方的にアウレリア王女が俺達のことを知っているか、だ。
その瞬間、突拍子もない考えが実体を持つようだった。
この世界に来る前、俺達は愛莉ちゃんの提案で川下りに出掛けた。途中で幸太郎がカヌーから転げ落ちて、慌てて後を追いかけたら――追いかけるなよとか諸々突っ込みはあるだろうが、その時の俺は浅い川だし、大丈夫だと思っていたのだ――気付けば真っ暗な世界にいて、ここに流れ着いていた。
話題にするのを避けていたが、あの時、愛莉ちゃんは何をしていたんだろう。
あの子は幸太郎が川に落ちているのを傍観しているような子ではない。それこそ、監視員が来る前に幸太郎を助けてみせるくらいはやってのけるだろう。
俺達だけここで落ち合えたものだから、てっきり愛莉ちゃんは無事だと思っていたが、愛莉ちゃんも俺のように幸太郎を追いかけていたのだとしたら――。
「あのさ、異世界ってめちゃくちゃ沢山あるんだよな?」
「そうだな。数えきれない程あるが、それがどうかしたか?」
「その、もしも愛莉ちゃんが俺達の後を追ってたらって考えたんだ。俺だってそんなこと考えたくないけど、可能性がないわけじゃないし。それで、万が一にも異世界に転生してたら、愛莉ちゃんならアウレリア王女みたいに色んな改革をしそうだなと思って」
それこそ、神様を追い出したりなんて芸当も平気でしそうだ。
だが、幸太郎の知り合いが頭を悩ませている異世界転生者が愛莉ちゃんだなんて偶然あるはずがない。それこそ天文学的な確率だ。
「まさか愛莉がアウレリア王女かもしれないと言いたいのか? それはありえないな」
「だよなぁ」
俺だって本気で考えていたわけではないが、愛莉ちゃんならありえると思ってしまっただけに、ばっさり切り捨てられて、ひどく気分が良かった。
「愛莉は普通の女の子だ。管理人を排除するとか、そんな大それたこと出来るはずがないだろ」
「あぁ、うん……」
さっきまでの高揚感が、一気に萎んでいくようだった。
「どうした、変な顔して」
「今だから言うけど、あの子、俺がお前と仲良くなったって聞きつけた途端、校門の前で出待ちして、俺がお前の友達にふさわしいか圧迫面接しかけてきたんだぞ?」
あの時のことを思い出すと、今でも夢に見るようだ。
可愛らしい女の子に話があると言われて、意気揚々とついていったら、待ち構えていたのは地獄のような問答のくり返しだ。
「俺が頼りないから、心配してくれたんだろう。何せ、二人きりの兄妹だからな」
兄妹というには、少し距離間がおかしい気がする。
普通の兄妹は交友関係に口出ししないし、そもそも愛莉ちゃんのコイツに対する態度は、ブラコンという言葉からあまりにも逸脱している。
――いや、やめておこう。
この兄妹と付き合い始めて、幾度となくくり返してきた問答だ。突っ込むほど摩耗するのは俺の方だというのは、身に沁みてきたはずだ。
「俺から振った話だけど、この話はもうやめにしよう。それより、せっかく色んな物資をいただいたんだから、ありがたくちょうだいしようぜ」
「そうだな。今日は仁見君の前途を祝して、ささやかだが宴にしよう。アウレリア王女からいただいたものというのが、少しちぐはぐだが、食べ物に罪はないからな」
俺はその日、久方ぶりの和食に舌鼓を打ちながら、何とも言えない背筋の寒さを感じながら眠りについた。
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