異世界転生難民になりまして!?

文屋

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二章

暗転

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「一体いつになったら、あの女の首を持ってくるんだ」

 机を強く叩く音がしたかと思うと、続け様にガシャンッと物が壊れる音が室内を支配する。

「落ち着いてくださいよ、誰が掃除すると思っとるんですか」
「それというのも、貴様らが無能なのが悪いんだろうが!」

 燭台が宙を舞い、その勢いでフードで隠れていた男の素顔が露わになった。
 浅黒い肌に、少し癖のある肩下まである白髪。頭部には二本の枝角が生えており、ローブの縁飾りと同じ金色の瞳は爛々と輝いていた。

 歯を剥き出しにして怒りを露わにする男を横目に、傍に控えていた青年は床に散らばったガラス片を拾い上げると、うへぇと顔を歪めた。

 室内を囲うようにして配置されたアーチ状の窓は、本来であれば下界の様子を映し出す姿見のようなものだが、今は沈黙を保っている。それはつまり、男の権能が薄れつつあることを示していた。

「そやかて、ボクはただの人間やさかい、あんな異常事態が起きたら対処できまへんって」
「そのふざけた話し方をやめろと何度言わせるつもりだ」
「えらいすんまへん。堅苦しいのが苦手なもんで」

 まるで悪びれる様子のない青年に、再び怒号が響き渡る。青年は涼しい顔をして聞き流すと、当然のようにふざけた口調で話を再開した。

「そないに目障りなら、まどろっこしいことせんと、旦那があの嬢ちゃんの首取ってきたらええやないですか」
「儂自ら、あの女の元へ赴けと? 冗談も休み休み言え!」

 獣のような咆哮を上げ、手当たり次第に物を投げつける男の狂行を、青年はひどく醒めた様子で眺めていた。男の手近にあった物が原型を留めなくなった頃にようやく、青年はいつもの飄々とした笑みをたたえて口を開いた。

「そやかて、ただの異世界転生者にあの嬢ちゃんの相手させるのは酷ってもんですわ。

 あの嬢ちゃんが異世界転生者をみんな骨抜きにするから、もうあの、何て言うたかな、せや、幸太郎はんや――が寄越した子しか駒があれへんのですわ。前の人らよりは粘ると思うけど、懐柔されんのも時間の問題やろうな」

 ビュッ。
 光弾が青年の頬を掠め、頬に赤い線が走る。青年は「おぉ、怖」と微塵もそう思っていない様子でうそぶいた。

「儂の前で、あの小僧の名前を口にするな」
「そないに好かんですか? ボクは旦那がそこまで嫌がる理由が分かれへんけどなぁ。神様でもあれへんのやし、放っといたらええやん。あぁでも、セイバの旦那のお気に入りなんやっけ」

 一瞬、室内が白い光で包まれたかと思うと、青年の立っていた場所に黒い焦げ跡が出来ていた。青年はひゅうっと口笛を吹き、焦げた祭服の裾を手で払った。

「あいつの話をするなと言ったはずだが」

「へぇ、気ぃ付けます。それで、結局ボクはどないしたらええんですか。さすがのボクも打つ手あれへんねんけど」
「そのペラペラ回る口を頭に回したらどうだ? 策がないというなら、あの女の前に貴様の首が飛ぶだけだ」

 男の左手が輝き、光が刃のような形へ変化していく。青年は笑いながら両手を上げると、

「そら勘弁願いたいわ。策はあんねんけど、旦那にも少しだけ協力してほしいんや」
「協力だと? 先程、儂の手を煩わせるなと言ったばかりだが」
「そら重々承知の上で頼んます! ボクの知り合いを一人、ここに呼んでくれたらええさかい」

 両手を合わせて頼みこむ青年に、男はうさんくさそうに眉をひそめた。今まで仕えてきた人間の中で、青年は比較的使える部類の人間だった。これがそこまで言うのであれば、その知り合いとやらも有能なのだろう。

 しかし、と男は考えを改めた。

 いけ好かない青年の薄ら笑いに、何か得体の知れない光が宿っている。を認めた瞬間、未知の感覚に背筋がわななき、じんわりと真綿で首を締めるように全身に回っていく。は、まさしく恐怖と呼ぶにふさわしいものだった。

 ――馬鹿な。たかが人間如きに。

「……良かろう。そやつを呼べば、全て元通りになるのだな?」

 己の中に湧いた感情を否定するように、男はことさら鷹揚な態度で青年を見据える。青年は敬虔な信者であるかのように深々と頭を下げ、その様子に、男はひどく胸が空く思いがした。

「はい、そらもう御上おかみの望み通りに」
「して、名前は?」

 権能が弱ってきているとはいえ、人一人連れてくることくらい容易い。窓の前に立ち、思考の一端を彼方へ向けようとした瞬間――。

「か、はっ……」

 覚えのない感覚が男を襲った。
 体から力が抜けていき、その場に崩れ落ちるようにして膝をつく。訳が分からず自身の体を見下ろせば、己の腹部から腕が伸びていた。

「何だ、これは……」

 力を振り絞って後ろを見れば、そこにはよく見知った姿があった。男の知らない装束に身を包んだ、黒髪の青年――。

「やはり爪を隠していたか、天内あまないこう……」

 最後まで言い終えることなく、男の意識は彼方へ消えていった。

「お見事」

 パチパチと満面の笑みで拍手をする青年に、それは無感動に塵と消えていく残骸を見下ろしていた。

「相変わらず惚れ惚れするような腕前や。せやけど、ボクが名前を呼ぶまで待っとってほしかったわ」
「なら、さっさと話せば良かっただろう。お前の悪い癖だ」

「こういうんはギリギリまで焦らして、最後にパァッとやるのが愉しいんです。あーあ、おっちゃんの絶望する顔、もう少し堪能したかったわ」

 付き合いきれないとばかりに首を振ると、それは窓の方へ向かった。手をかざすと窓の外に風景が浮かび上がり、そこには修道服を着た少女が子供達と談笑している様子が映っていた。

「ほんで、これからどないするつもりですか?」
「変わらず壊していくだけだ。この世界も、他の世界も」

 そう告げる赤い瞳には、ただ一人を除いて何も映してはいなかった。
 
 
 
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