24 / 24
二章
暗転
しおりを挟む「一体いつになったら、あの女の首を持ってくるんだ」
机を強く叩く音がしたかと思うと、続け様にガシャンッと物が壊れる音が室内を支配する。
「落ち着いてくださいよ、誰が掃除すると思っとるんですか」
「それというのも、貴様らが無能なのが悪いんだろうが!」
燭台が宙を舞い、その勢いでフードで隠れていた男の素顔が露わになった。
浅黒い肌に、少し癖のある肩下まである白髪。頭部には二本の枝角が生えており、ローブの縁飾りと同じ金色の瞳は爛々と輝いていた。
歯を剥き出しにして怒りを露わにする男を横目に、傍に控えていた青年は床に散らばったガラス片を拾い上げると、うへぇと顔を歪めた。
室内を囲うようにして配置されたアーチ状の窓は、本来であれば下界の様子を映し出す姿見のようなものだが、今は沈黙を保っている。それはつまり、男の権能が薄れつつあることを示していた。
「そやかて、ボクはただの人間やさかい、あんな異常事態が起きたら対処できまへんって」
「そのふざけた話し方をやめろと何度言わせるつもりだ」
「えらいすんまへん。堅苦しいのが苦手なもんで」
まるで悪びれる様子のない青年に、再び怒号が響き渡る。青年は涼しい顔をして聞き流すと、当然のようにふざけた口調で話を再開した。
「そないに目障りなら、まどろっこしいことせんと、旦那があの嬢ちゃんの首取ってきたらええやないですか」
「儂自ら、あの女の元へ赴けと? 冗談も休み休み言え!」
獣のような咆哮を上げ、手当たり次第に物を投げつける男の狂行を、青年はひどく醒めた様子で眺めていた。男の手近にあった物が原型を留めなくなった頃にようやく、青年はいつもの飄々とした笑みをたたえて口を開いた。
「そやかて、ただの異世界転生者にあの嬢ちゃんの相手させるのは酷ってもんですわ。
あの嬢ちゃんが異世界転生者をみんな骨抜きにするから、もうあの、何て言うたかな、せや、幸太郎はんや――が寄越した子しか駒があれへんのですわ。前の人らよりは粘ると思うけど、懐柔されんのも時間の問題やろうな」
ビュッ。
光弾が青年の頬を掠め、頬に赤い線が走る。青年は「おぉ、怖」と微塵もそう思っていない様子で嘯いた。
「儂の前で、あの小僧の名前を口にするな」
「そないに好かんですか? ボクは旦那がそこまで嫌がる理由が分かれへんけどなぁ。神様でもあれへんのやし、放っといたらええやん。あぁでも、セイバの旦那のお気に入りなんやっけ」
一瞬、室内が白い光で包まれたかと思うと、青年の立っていた場所に黒い焦げ跡が出来ていた。青年はひゅうっと口笛を吹き、焦げた祭服の裾を手で払った。
「あいつの話をするなと言ったはずだが」
「へぇ、気ぃ付けます。それで、結局ボクはどないしたらええんですか。さすがのボクも打つ手あれへんねんけど」
「そのペラペラ回る口を頭に回したらどうだ? 策がないというなら、あの女の前に貴様の首が飛ぶだけだ」
男の左手が輝き、光が刃のような形へ変化していく。青年は笑いながら両手を上げると、
「そら勘弁願いたいわ。策はあんねんけど、旦那にも少しだけ協力してほしいんや」
「協力だと? 先程、儂の手を煩わせるなと言ったばかりだが」
「そら重々承知の上で頼んます! ボクの知り合いを一人、ここに呼んでくれたらええさかい」
両手を合わせて頼みこむ青年に、男はうさんくさそうに眉を顰めた。今まで仕えてきた人間の中で、青年は比較的使える部類の人間だった。これがそこまで言うのであれば、その知り合いとやらも有能なのだろう。
しかし、と男は考えを改めた。
いけ好かない青年の薄ら笑いに、何か得体の知れない光が宿っている。それを認めた瞬間、未知の感覚に背筋がわななき、じんわりと真綿で首を締めるように全身に回っていく。それは、まさしく恐怖と呼ぶにふさわしいものだった。
――馬鹿な。たかが人間如きに。
「……良かろう。そやつを呼べば、全て元通りになるのだな?」
己の中に湧いた感情を否定するように、男はことさら鷹揚な態度で青年を見据える。青年は敬虔な信者であるかのように深々と頭を下げ、その様子に、男はひどく胸が空く思いがした。
「はい、そらもう御上の望み通りに」
「して、名前は?」
権能が弱ってきているとはいえ、人一人連れてくることくらい容易い。窓の前に立ち、思考の一端を彼方へ向けようとした瞬間――。
「か、はっ……」
覚えのない感覚が男を襲った。
体から力が抜けていき、その場に崩れ落ちるようにして膝をつく。訳が分からず自身の体を見下ろせば、己の腹部から腕が伸びていた。
「何だ、これは……」
力を振り絞って後ろを見れば、そこにはよく見知った姿があった。男の知らない装束に身を包んだ、黒髪の青年――。
「やはり爪を隠していたか、天内こう……」
最後まで言い終えることなく、男の意識は彼方へ消えていった。
「お見事」
パチパチと満面の笑みで拍手をする青年に、それは無感動に塵と消えていく残骸を見下ろしていた。
「相変わらず惚れ惚れするような腕前や。せやけど、ボクが名前を呼ぶまで待っとってほしかったわ」
「なら、さっさと話せば良かっただろう。お前の悪い癖だ」
「こういうんはギリギリまで焦らして、最後にパァッとやるのが愉しいんです。あーあ、おっちゃんの絶望する顔、もう少し堪能したかったわ」
付き合いきれないとばかりに首を振ると、それは窓の方へ向かった。手をかざすと窓の外に風景が浮かび上がり、そこには修道服を着た少女が子供達と談笑している様子が映っていた。
「ほんで、これからどないするつもりですか?」
「変わらず壊していくだけだ。この世界も、他の世界も」
そう告げる赤い瞳には、ただ一人を除いて何も映してはいなかった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【長編版】悪役令嬢は乙女ゲームの強制力から逃れたい
椰子ふみの
恋愛
ヴィオラは『聖女は愛に囚われる』という乙女ゲームの世界に転生した。よりによって悪役令嬢だ。断罪を避けるため、色々、頑張ってきたけど、とうとうゲームの舞台、ハーモニー学園に入学することになった。
ヒロインや攻略対象者には近づかないぞ!
そう思うヴィオラだったが、ヒロインは見当たらない。攻略対象者との距離はどんどん近くなる。
ゲームの強制力?
何だか、変な方向に進んでいる気がするんだけど。
ひきこもり娘は前世の記憶を使って転生した世界で気ままな錬金術士として生きてきます!
966
ファンタジー
「錬金術士様だ!この村にも錬金術士様が来たぞ!」
最低ランク錬金術士エリセフィーナは錬金術士の学校、|王立錬金術学園《アカデミー》を卒業した次の日に最果ての村にある|工房《アトリエ》で一人生活することになる、Fランクという最低ランクで錬金術もまだまだ使えない、モンスター相手に戦闘もできないエリナは消えかけている前世の記憶を頼りに知り合いが一人もいない最果ての村で自分の夢『みんなを幸せにしたい』をかなえるために生活をはじめる。
この物語は、最果ての村『グリムホルン』に来てくれた若き錬金術士であるエリセフィーナを村人は一生懸命支えてサポートしていき、Fランクという最低ランクではあるものの、前世の記憶と|王立錬金術学園《アカデミー》で得た知識、離れて暮らす錬金術の師匠や村でできた新たな仲間たちと一緒に便利なアイテムを作ったり、モンスター盗伐の冒険などをしていく。
錬金術士エリセフィーナは日本からの転生者ではあるものの、記憶が消えかかっていることもあり錬金術や現代知識を使ってチート、無双するような物語ではなく、転生した世界で錬金術を使って1から成長し、仲間と冒険して成功したり、失敗したりしながらも楽しくスローライフをする話です。
最強お嬢様、王族転生!面倒事は即回避!自由気ままに爆走しますけど何か?
幸之丞
ファンタジー
転生したら――まさかの王族。
豪華な生活は大歓迎だが、政治?儀式?婚約?
そんな面倒事、わたしには無理!
「自由に生きるわ。何が悪いの!」
そう考えた主人公エリーゼは、王家の常識を軽々とぶっ壊しながら、
好きなことだけを全力で楽しむ“自由至上主義”の王族ライフを爆走する。
だが、面倒事から逃げているはずなのに、
なぜか家族は勝手に主人公を「天才」「救世主」と勘違いし始め――
気づけば女神も巻き込む大騒動に発展していく。
面倒は回避、自由は死守。
そんな主人公の“予測不能な王族生活”が今、幕を開ける。
【完結】異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました
小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。
しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!?
助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、
「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。
幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。
ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく!
ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ
如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白?
「え~…大丈夫?」
…大丈夫じゃないです
というかあなた誰?
「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」
…合…コン
私の死因…神様の合コン…
…かない
「てことで…好きな所に転生していいよ!!」
好きな所…転生
じゃ異世界で
「異世界ってそんな子供みたいな…」
子供だし
小2
「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」
よろです
魔法使えるところがいいな
「更に注文!?」
…神様のせいで死んだのに…
「あぁ!!分かりました!!」
やたね
「君…結構策士だな」
そう?
作戦とかは楽しいけど…
「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」
…あそこ?
「…うん。君ならやれるよ。頑張って」
…んな他人事みたいな…
「あ。爵位は結構高めだからね」
しゃくい…?
「じゃ!!」
え?
ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる