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ウィンターマジック

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 私たちが搭乗した飛行機はヘルシンキのヴァンター国際空港に着陸した。

「由梨花、こっちこっち」

 利光さんについて行くと、そこには素晴らしい店があった。

「わあ」

 思わず歓声を上げる。ムーミンコーヒーだって!
 キャラがいっぱいいる!
 うれしいな。

「ここで一休みしていこう。フィンランドはコーヒー消費大国で、一緒にシナモンロールを食べるらしいよ」
「くわしいね」
「奥さんのためにいろいろ調べたのさ」

 ありがとう、旦那さま。

「今日は市内の古い寺院や街並みを見て、明日は隣町に行くよ」
「何があるの?」
「ま、明日のお楽しみ」

 ヘルシンキの大聖堂はすごく荘厳だったし、古い街並みは日が短くて少し寂しかったけれど美しかった。

「さて、ここではサーモンやニシンの料理が名物らしいよ。あとミートボールとか」
「私、サーモンがいいな」
「そうしよう。明日は駅で列車に乗って二時間の旅だよ」
「ふーん」
「由梨花はきっと喜んでくれると思うよ」
「そうなの?」
「ああ」

 列車に乗って二時間、トゥルクという大きな町に着いた。そして車で二十分、ナーンタリという村に。

「え、ここって」
「そう、由梨花が一番来たかったところだよ」

 車は大きなリゾートホテルのエントランスに滑り込んだ。
 ドアマンがうやうやしく迎えてくれる。

「でも、この時期ムーミンワールドは閉園してるはずだけど」
「二月の九日間だけ開園するんだ。それをウィンターマジックと言うんだよ」
「ええっ」

 ベルの女性が案内してくれた部屋に入って思わず息を呑んだ。

「すごい!」

 インテリアからベッドカバーからバスタオルまで、すべてムーミンの世界のキャラクターだった。

「ここは人気の部屋なんだけど、旅行者に頼んでキャンセル待ちしてたんだ」
「ありがとう」
「黙っててごめんね。由梨花を驚かせたかったんだ」
「ううん」
「ここではオーロラは見られないけど」
「こっちのほうがうれしい」
「明日、オーロラの出るラップランド地方はマイナス三十度以下みたいだけど、やっぱりそっちに行く?」
「もう、意地悪言わないで」

 それから三日間、夢のような日々だった。ムーミン谷をそのまま再現したテーマパークで、ほんの九日間だけ冬眠から覚めたムーミンの家族たちと過ごした。スナフキンの生演奏を聴いてしまった。茂みの中にニョロニョロがいっぱいいて、ビックリした。結局三日続けて通ってしまった。
 ホテルに帰ると冷えた体を温めるスパやサウナが心地いい。
 お食事も最高だ。ワインを飲んで酔っている。

「ありがとう、利光さん。一生忘れないよ。本当に冬の魔法だった」
「今度は夏に来ようね」
「うん、子供連れて来られたらいいな」
「そうだね」
「ムーミン一家は、私の理想の家族だったの。穏やかで博識なパパ。優しいママ」
「由梨花は夢見るノンノだったの?」
「うん」
「ぼくはムーミンに似てなくてごめんね」
「ううん、ずっとカッコいいわ」
「それにしても、日本人がすごく多いね」

 地元の人にも日本人のムーミン好きは知られているようだ。

「この部屋に泊まっているの知ったら、うらやましいだろうね」
「そりゃ、そうだ」

 ふと気になった。

「あの……」
「ん?」
「やっぱりやめとく、こんなこと聞かないほうがいい」
「なんだよ、言ってごらん」
「最初の、一度目の新婚旅行はどこだったの」
「そうか、気になるか……」
「あ、いいの」
「ヨーロッパだったよ。美雪は音楽や美術が好きでね。パリで美術館を巡ったり、ウィーンでオペラを観たり」

 思わず涙がこぼれそうになった。ムーミンだなんて、ギャップが大きすぎるじゃない。

「ごめんね、子供っぽくて」
「なんで謝るの?」
「利光さんだってそういう大人の楽しみがしたかったよね」
「由梨花は大人すぎるよ」
「え?」
「そうやって、いつもぼくに心遣いをして。食事から生活から、美雪のことまで。すごく重いものを背負わせたような気がして心配だった。だから、今度の旅行では素のままの由梨花が見られて嬉しかった。やっと楽しませることができたって。それに子供を連れてまたここに戻ってくるっていう目標ができた」
「うん」
「帰りにパリで一泊するけど、どこに行きたい?」
「街のカフェで利光さんとゆっくりしたいな」
「そんな由梨花が一番好きだよ」



※作者よりお断り 二話前の「白い夜」で、新婚旅行は一月と書きましたが、ストーリー上、二月に出かけることにしました。以前の話も修正しました。
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