システマティックな少女と一般サラリーマンな俺

伊駒辰葉

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一章

西江田営業所

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 整然と並んだ机を眺めて俺はため息をついた。やっぱり俺が最後らしい。くそ、と呟いて俺は自分の席に向かった。週末ということもあってみんなは飲みにでも出かけているだろう。何で俺だけが、と口の中で文句を垂れてみる。

 上着を脱いで椅子に引っ掛けてから薄型の端末を鞄から引っ張り出す。机の端に置いた物入れには携帯用の電話が山と積まれている。一つずつ着信履歴をチェックしつつ端末の電源を入れたところで俺は椅子に腰掛けた。

 俺のいる会社というか、この営業所は本社ビルの三十五階にある。本社のビルの中にあるってのに、わざわざ西江田営業所って名前がついてるのは俺も不思議に思ってるところだ。しかも俺の所属する西江田だけじゃない。このビルの三十四階と三十六階にはまた別の営業所が入ってたりする。でも営業所って名前がついてるんだから営業エリアが被っちゃまずいだろ。普通はそう思うよな。ところが何故かこの三つの営業所の営業エリアは全く違うんだな、これが。じゃあ、でかい一つの営業所にしちまえよ、とも俺は思うんだが、まあ、お偉いさんの考えることは俺らみたいな底辺の人間には判んないってこったな。俺も未だにその理由は知らない。

 今日の営業日誌をいつものように苦心しながら書く。これ、よく思うんだが無駄なんじゃないだろうか。営業日誌ってのは今日一日で回った営業先を書いて、客の手応えなり、商品の売れ行きなりを書き込むわけだ。が、そんな真似しなくてもシステマが何台発注されたとか、何台売れたってのは商品管理システムが全部チェックしてる。つまり、わざわざ営業の俺らが日誌なんぞ書かなくても、誰がどこでどれだけ商品を売ったなんてことは事細かにチェックされるってことなんだよ。

 唯一違うのは、俺たちが書いたこの営業日誌は社内の誰でも見られるってことか。つまり下手なことを書けば、上司やライバルの営業所の連中に見つかって自分の首を締める羽目になるってことだ。頭の中ではじき出した結論にうん、と頷いて俺は画面に目を戻した。

 薄い端末越しに見慣れた光景が目に映る。システマの小売店の奥まった場所では当り前に見かける光景なんだが、俺はつい何となく硝子の壁の向こうをじっと見つめてしまった。硝子の壁で仕切られた小さな部屋に置いてあるのは一台のシステマだ。このシステマがうちの営業所のデータを全部管理しているのだ。

 この営業所に配属された新人は、まずこのシステマを見て仰天する。変な話だ。今ではもう、一般家庭でも買えるほどに値段は下がっているというのに、大抵はこのシステマに新人はびびるのだ。そりゃ当然だ。何しろうちのシステマは管理者の趣味でまるで人のように着飾られているのだ。一見するだけなら幼い子供にしか見えないモノがシステマだなんて、俺だってぱっと見には信じられなかったさ。

 これがうちに来る新人の一の試練ってわけ。つまり、システマと人は明らかに違うのだと研修で叩き込む傍らで、各自の耐久度を試してるってこと。ちなみにうちのシステマは感情スイッチはもちろん入ってるし、当り前の話だが人と同じように食事もすりゃ排泄もする。昼休憩になれば社員と同じように飯も食いに食堂に行くし、トイレもシャワーも使うってことだ。

 まずこの段階でシステマがシステマに見えなくなる奴が出てくる。まあ、所定のカバーに突っ込んでないって時点で営業所長の悪意を感じるけどな。で、商店街の入り口でたむろしてたおばちゃんみたいなことを言い出す奴が出てくる訳だ。そうなった奴はその時点でくび。つまり、ろくに仕事も出来ない奴と判断される。

 要は人形と同じなのだと俺に最初に言ったのは先輩の中條って人だった。どうしてもシステマと思えないなら、人と同じ動きを模す人形だと思う方が早い。理屈的にはシステマと観賞用であるところの人形では全く異なるのだが、それでもくびになるよかましだろう。そう言って笑ってた中條先輩はこの営業所では成績は常にトップ。あくのないどこにでもいるようなタイプの容姿してる癖に、営業成績だけはすこぶるいいんだよな、中條先輩は。二位以下にめちゃめちゃな差をつけたぶっち切りの一位だ。ちなみに俺の成績は……言うまい。何か空しくなる。

 俺の場合は実にあっさりとこのシステマをシステマと認識してしまった。ほら、よくいるだろ。物に妙な執着を持つ奴。俺ってどうもそういうタイプではないらしい。システマを愛でる趣味もなけりゃ、個人的に収集する趣味もない。ついでに言えば人間と同じカッコをさせて連れ歩くって趣味もない。どう転んだってシステマは道具以外の何物でもない。道具に夢見る趣味はないね、俺は。

 システマが世界を危機から救って十年足らず。専門家用に作られたはずのパーソナルコンピュータが、家庭に当り前の顔で入ってきた時と似ているんじゃないかな。最初はシステマも家庭とはかけ離れたところで開発された。システマの基礎理論を構築したのは有名な何とかって博士らしいが、俺の耳はその辺りのややこしい話についてはざるだ。勝亦の奴に何度も聞いたんだが、右から左に耳を素通りしちまう。

 ただこれだけは俺にも判る。システマってのは本来は研究機関でプロが使うために開発されたんだと。でもそれがとある国の軍部の人間に知れて、試作機が一台だけ外に出ることになった。その一台ってのが世界を救った例のシステマだ。

 硝子の壁の向こうに居るシステマに表情はない。だがシステマには人と同じ五感がある。クライアント次第だが、その気で学習させればシステマも泣いたり笑ったりするらしい。……らしいってのは、俺自身も聞いた話で試したことなんざないってことだ。もし個人でシステマを持ってたとしても俺だったらわざわざそんな面倒な真似はしない。便利な道具としてきっちり活用出来ればそれで十分だ。道具を擬人化しちまう連中ってのの気持ちはやっぱりどう転んでも俺には判らん。

 俺がここまでむきになって道具道具と主張する理由は簡単だ。開発の勝亦って奴は学生の頃からの腐れ縁なんだが、こいつがまた根っからのシステマ狂いなんだよ。昔からコンピュータとかが好きな奴だったんだが、システマが世に知れた時、俺の周りではこいつが一番喜んでた気がする。

 今からきっと面白い時代になる。あいつの言った通りかどうかは知らないが、現実にシステマは世間に認知され一般社会に出てくることになった。そして明るく派手な生活を望んだ俺と、システマに関わることを望んだ奴は大学まで同じになった。……正直なところ、まさか職場まで同じになるとは思わなかったがな。ここまで来ると腐れ縁としか言いようがないだろ。しかも同じ本社ビルで勤務、その上、何かと仕事上で関わりあるってのは……もう、何て言うんだ? 腐れ縁ってレベルすら超えてるんじゃないかと俺も時々思う。

 で、その腐れ縁な勝亦は事あるごとに俺にシステマの解説をしてくれやがるわけだ。確かに勝亦の所属してる開発部がなけりゃ、うちの商品は出来てない。だがだからと言って何で俺がいちいち奴のうんちくを聞かされにゃならんのだ。そりゃ、友達かって聞かれればそうだとしか答えようがないが、だからって奴の考えてることが全て俺に理解出来る訳じゃない。もっと言えばだ。

「おっ。まだ居た。どうした? 営業先でポカでもしたか?」

 唐突にドア開けて入ってきたのは……うわ。考えてることでも見抜きやがったのか? 背の低いひょろっとした男がフロアに入ってくる。黒縁の眼鏡のつるを神経質に指で押し上げながら俺に近付いてきたこいつが勝亦かつまただ。陰気くさい奴、と中学だったか高校だったかの頃に誰かが勝亦のことをそう言っていた。どこが。俺は勝亦をそう評した奴に即座にそう言い返したことだけ覚えてる。

 勝亦の頼りなげな見かけに騙されて散っていった奴は多い。中学時代にこいつを苛めようとしてた連中は、物の見事に粉砕された。高校の時は確か退学になった奴もいたっけな。こいつは陰気なんじゃない。俺みたいに強い者にへつらうタイプじゃないだけだ。何かを、誰かを従えて見下げたい連中ってのはどうして人の忠告を悉く無視してくれるかな。なんてなことを俺は当時よく思ってたもんだ。勝亦を陰気で根暗なひ弱いやつ、と勝手に理解した連中が喧嘩を売って散る様を何度俺は見たことか。

 友達の割に俺はこいつのことが未だによく判らない。小学生の時からだから……ええと、何年だ? ざっと二十年近くか。うへえ。改めて考えるとけっこう長いこと腐れ縁やってるな、おい。まあ、とにかくだ。こいつの趣味に関しては俺は未だに納得も理解も出来てないわけ。システマが世界を変えるなんざ、夢だろただの。道具が世界を変えてたまるかい。んなもん、ただの幻想だ。道具を使うのはあくまでも人間で、例え世界が変わったとしても道具そのものが変えるわけじゃない。変えるのはあくまでも人間だ。

 って、この点でこいつと俺は意見ががっつり衝突しちまうんだな。昔から。だから俺は道具は道具ってやたらと主張する癖がついちまった。

「その逆だ。ミスってぼろ出さないように気を遣ってたらこんな時間になっちまったんだよっ」

 怒りに近い苛立ちを込めて俺は勝亦に答えた。するとよしよし、と勝亦が偉そうな顔で頷く。くそ、とぼやいて俺は途中になっていた日誌を書き始めた。勝亦が興味ありそうに後ろから画面を覗き込む。

「へえ。能戸ってけっこう真面目だね。今日だけで殆どクリアしてるじゃないか。持ち客」

 感心したという口調で勝亦が言う。あのな。お前は出来の悪い生徒を見守る教師かなにかか? うんざりした気分でそう言いながら俺は勝亦を睨みつけた。悪い悪い、と大して反省してない顔で勝亦が答える。てめえ、邪魔しに来たんじゃねえだろうな。そんなことを思いながら俺は端末に向き直った。

 画面の向こう、硝子の壁の向こうにシステマが見える。着飾られたシステマをちらりとだけ見てから俺はのろのろと文字を打った。昔から文章を書くのは大嫌いなんだよな、俺。相変わらず下手くそ、と勝亦に笑われつつも俺は何とか日誌を書き終えた。そんなに日誌が見たけりゃ、自分の机で見れるだろうが。そんなことを思いながら俺は勝亦に目をやった。いつの間にか奴は俺の机を離れてシステマの納まってる部屋の前に立っている。

「あ、悪い。代わりに落としてくれ」

 どうせ暇ならそのくらいはしろよ、というニュアンスを込めて俺は勝亦に言った。勝亦がおう、と返事をして硝子のドアの横にあるナンバーキーを押す。それを見計らって俺は硝子のドアに寄ってガードボックスにIDカードをかざした。ロックを解除するナンバーはこの本社ビルに入ったうちの社では統一されている。だが、ただ番号を正確に打ち込むだけでは扉は外からは開かない。各社員に支給されるIDカードがなければこのドアはこちらからは開けないのだ。

「本日の業務終了。処理業務に移れ」

 開いたドアから顔を覗かせた俺はシステマにそれだけ言った。後はここを出ればいい。システマは夜間は別の場所で管理されるのだ。

「おいおい。もっと愛想よくしたらどうなんだ」

 呆れたような勝亦の声に俺は思い切り顔をしかめた。阿呆。何でただの道具に営業用の愛想をわざわざ振り撒かなきゃならないんだ。システマを硝子張りの部屋から出しながら勝亦が笑う。

「そんなだから能戸は女が出来ないんだよ」
「うるせえ」

 訳知り顔で言いやがった勝亦に俺は低い声で言い返した。大きなお世話だこのやろう。大体、女がいないってのはてめえも一緒だろうがよ。とは思ったが俺はそこまでは言わなかった。今さらだしな。

 システマを管理室に戻してエレベーターに向かう。一緒に歩いてた勝亦を俺は何となく睨みつけた。こいつもよくよく暇人だな。

「飲みに行くだろ?」

 ……あのな。毎度毎度俺を誘うなよ。お前、友達いないのか? そうは思ったが俺は黙って勝亦に頷いた。奢ってもらう約束もしてたしな。ま、俺も人のことは言えないくらい暇だし。

 終業時刻を過ぎるとエレベーターを使う奴の数は極端に減る。他に誰も乗ってこないエレベーターで地下に降り、俺たちは本社ビルを出た。本社ビルの地下二階は地下鉄の駅に繋がっている。電車で一駅ほど行くと繁華街だ。少し時間は遅いがまだまだホームにはたくさんの人がいる。人の波に紛れて移動しつつ、俺と勝亦は流行りのゲームの話をした。趣味と呼べるほど熱中してる訳じゃないが、仕事以外の話って言ったらこの程度のことしか思いつかない。我ながら無趣味だなあ、とも思うが仕方ない。こんなとこで仕事の話ってのも周囲が引きかねないしな。

 行きつけの居酒屋に入ってつまみを食いつつ、ビールの三本ほどを飲んだ辺りでようやく俺は本題に入った。

「で? 結局、その……何だ。2wayって何なんだよ。いや、意味は判るけど」

 周囲の客は賑やかでこっちの会話に注意してるとも思えないが、俺は一応は声を落として勝亦に訊ねた。ビアジョッキを傾けていた勝亦が呆れたような顔をして俺を見る。悪かったな。物分りが悪くて。

「前に何度も説明したじゃないか」

 まだ判らないのか、と呆れた口調で言って勝亦がジョッキを置く。へえへえ、すみませんね。俺はどうせ技術的なことはからっきしだよ。いつものように文句を垂れるとやれやれと言ってから勝亦が説明を始める。

 システマを作っているのはうちの会社だけじゃない。システマを開発している会社は幾つもある。で、各社が色んなタイプのシステマをリリースしてるわけだ。最近のヒット商品って言うとあれじゃないかな。軽量化を図った小型のシステマ。出た当初はそりゃあもう人気があった商品で、小売店にも注文が殺到したらしい。でも冷静に考えてみればすぐに判る。システマは自力で動くんだ。命令さえ入れてやれば邪魔にならないように退かすなんてことは簡単だ。機能を削ってまで小型化する理由はないわけ。しかも小型化したが故にシステマの世話に手間取られてりゃ、本末転倒ってもんだ。見た目が赤ん坊の形をしていた件のシステマは結局、すぐに廃れた。今はもう店頭で商品検索かけても出てこないんじゃないかな。

 多機能を売りにするやつ、見てくれを変化させたやつ。中には標準装備ですげえかっこしたのもあったな。ゲームの世界から飛び出して来ましたかってな、とんでもないのだったが、そんな、一部のコアな客層を狙ってどうするよ。まあ、その商品は俺の予想通りにヒットはしなかったがな。

 で、うちの社も当然のことながらいろんな商品を開発してるんだが、今度のは少しこれまでと毛色が違うらしい。二台で一台の仕事をさせるってのがコンセプトだそうだ。それを最初に聞いた時、俺はうへえって思った。ただでさえ高い能力を誇るシステマだぞ。そんなもん、二台もどうするってんだ。そう訊いた俺に勝亦は言うんだな。バックアップ機能になる、と。

 システマはそれまでの端末などよりはるかに壊れにくい。これは生物の自己再生能力を活かす、という観点で開発されたから当然だ。つまり、機械で出来ていない分、壊れにくいのだ。実はこの点、判っていない奴も多い。機械の方が生身より頑丈だろうって言うんだな。ばか言っちゃいけない。機械だからこそ部品は劣化しやすいんだよ。ご家庭で使う家電製品なんかに例えりゃ判りやすいか? 使ってるうちにどこぞにぶつけたとかのはっきりした原因がなくても段々と調子が悪くなるだろう。部品の噛み併せが悪くなったり、金属によっては下手に放置すると錆びたりする訳だ。

 これが生身となると故障しにくくなるんだな。勿論、システマだって人間と同様に転んだりすれば怪我を負うこともある。だが自己修復が可能なのだ。

 そんなシステマのバックアップだと? 笑っちまうだろう? 必要ないって思うじゃないか。だが勝亦は言うんだな。何事にも絶対はあり得ない。もしかしたら、という不安は誰の心にも存在する。これはそれを保証するシステムだと勝亦は言う。それが新商品開発の本来の目的ではないらしいんだが、俺ら営業はその程度の認識でいいってんだ。冗談じゃない。ただでさえうちの技術営業の数は少ないんだぞ。今日日、専門家の保証書だの、説明だのが書かれたテキストがぺらっと一枚あった程度じゃ、クライアントは納得しない。突っ込まれて答えられなかった場合はねちねち言われるだけじゃない。ギャラのくそ高い技術営業に出陣願わなきゃならなくなる。そうなると俺の時間も目いっぱい取られる。しかも技術営業一人がサポートを担当する俺ら平の営業の数は十人ときた。んなもん、同じ商品売ろうとしてたら足りるかよ。

 そう食い下がったせいで勝亦は渋々と俺に説明してくれた。が、その説明が……悪い。俺の理解力が足りないんだろうが、未だに判らない。
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