システマティックな少女と一般サラリーマンな俺

伊駒辰葉

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終章

後日談

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 またかよ、とため息を吐いて俺は抱えてたビールケースを下ろして顔をめいっぱいしかめた。行儀良く並んでる街路樹なんかじゃない、天然のてきとうに生えた家の裏の木に止まってるんだろう。元気のいい蝉の声が聞こえる。

「そんなもんわざわざ入れなくてもやってるだろが。大体、幾らかかると思ってんだよ」

 店の入り口で営業マンらしい奴と話をしていた母親が困り顔でため息を吐く。くそったれ。無駄話してる間があったらとっとと伝票整理してくれよっ。

「退けよ、おら。……どれどれ」

 俺は小柄な母親を押し退けて持ってたカタログを取り上げた。今時珍しく、紙で出来たカタログをめくる。ほーん。これまた派手だねえ。なんて、思ったまんまを口の中で言ってみる。若い営業マンが俺のせりふを聞き取ったのか急に明るい笑顔になった。

「んじゃ、俺と勝負して勝ったら契約したるわ」
「勝負ですか?」

 この暑いのにご苦労さん。スーツ着た兄ちゃんが汗を拭きながら困った顔をする。ちなみにうちは昔っから酒屋を営んでる。まあ、小さくはあるが、この辺りではなくてはならない店の一つだ。

「あんたのとこで開発されたシステマ、開発番号の古い方から順に商品名と性能を述べよ。速く正確に言えた方の勝ちな。いくぞー」

 俺は待ったなしで営業マンの目の前でずらずらとシステマの名前とその機種の性能を並べてやった。すると明らかに営業マンが顔を引きつらせる。残念。俺の勝ち。俺は持ってたカタログを兄ちゃんに押し付け、まあ頑張れ、と励ましてやった。すごすごと引き下がった営業マンの背中についでに手を振ってやる。

 あれから二年。こんな田舎にもシステマの営業が回ってくるようになった。周りでは蝉が煩いくらいに鳴いている。あー、くそ暑いな、もう!

「いいかげん慣れろよ。システマなんざ入れなくてもやってけるだろうが」
「でもねえ。柴田さんの所も買ったらしいしねえ」

 唇尖らせて言う母親に俺はやれやれとため息を吐いた。

「人は人、うちはうち。大体、システマ入れたところで二人とも使いこなせねえだろが」

 文句言いながら俺は運びかけてたビールケースをもう一回抱え上げた。今から配達しなきゃなんねえんだよ。夕方までに届けてくれって言われてるから急がなきゃな。俺はまだ何か言いたそうな母親に釘を刺してから配達用の車に向かった。

 ビールケース積んで発進。俺はいつもと同じコースを通って配達に勤しんだ。まばらに建った家を回ってはビールだのウイスキーだのを配達して、でもって明日の分の注文があれば聞くわけだ。年寄りが目立ってきたこの町では俺くらいの年の人間はかなり珍しい。たまに気のいいおばちゃんたちに上がっていけとか言われるが、俺はいつも丁寧にそれを断ることにしてる。おお、営業で培った作り笑顔も役に立ってるじゃん。なんてな。

 機嫌よく車を家の裏に停めて俺は店に戻った。……うあ。またやってるぞ、うちの母親。俺は呆れ気分で店先に向かった。くそ、こんな田舎の店に一日に二度も営業が来るなんて、システマ業界どっかおかしいんじゃねえか?

 はいはい、と俺は母親を押し退けていつもの方法で営業を追い払おうとした。だが、顔を上げて相手を見たところで俺は勝負を放棄した。うわ、こりゃ勝てねえわ。

「勝負するか? 能戸。どこの社の商品にする?」

 にやにやと人の悪い笑いを浮かべてるのが中條先輩。その横に立ってるのが勝亦だ。ああ、道理で母親が意味ありげな笑い方してると思ったよ。勝亦のことはうちの母親もよく知ってるしな。

「夏休みっすか?」

 二人揃って何だよ、もう。俺は顔をしかめて母親をその場から追っ払った。母親は不思議そうな顔をしつつも大人しく店の奥に引っ込んだ。それを確認してから俺は慌てて目の前の二人に言った。

「もしかしてやばいことでも?」

 あれから俺は勝亦以外の誰とも連絡は取っていない。勝亦もたまにメールを送る程度の付き合いになっちまってた。なのに何でまた急に俺のところを訪ねて来たのだろう。しかも中條先輩まで連れて。

 唖然とする俺に説明してくれたのは中條先輩だった。中條先輩と勝亦はIISを辞めたのだという。それだけではない。長根所長や江崎まで会社を辞めたという。それを聞いた俺は仰天して言葉をなくした。本気かよ。

「少しは使えるようになってるのか?」
「……そりゃあ、勉強はしたからな」

 勝亦の問いかけに俺は仏頂面で返した。すると、おお、と笑って中條先輩が嬉しそうに俺の頭を撫でまわす。暑いって!

 あらゆる会社のシステマの型と性能を頭に叩き込む。でもってより良いと思われるシステマの企画案を新しく立ち上げる。そう。俺はこの二年間、ずっとシステマの性能を覚えることに時間を費やしていたのだ。

 もうあんな思いはしたくない。それに俺はシステマのことがどうやら好きらしい。どうせ仕事をするなら好きなことがしたいだろ。だから俺は家の仕事を手伝いながらずっと勉強してたって訳だ。同じ間違いを二度としないようにな。

 あれからシステマの市場は拡大した。今はもう、システマが家庭にあっても珍しがられることはなくなった。だが色んな会社がたくさんの機種を発表したが、未だに睦月や時雨のようなシステマは出て来ていない。

「じゃあ、本気でやるんですか」

 俺は慎重に中條先輩に訊ねた。すると気軽に中條先輩が頷く。

「おう。工場も押さえたしな。小さいところだけど丁寧な仕事をしてくれるところだ」

 胸を張って中條先輩が言えば、勝亦も笑って言う。

「それに元開発部の何人かもこっちに来る予定だ。どうせやるんなら本気でやろうって話になったし」

 あーあ。二人とも楽しそうだよ。でも多分、俺も二人と似たような顔してるんだろうな。にやけてるのが自分でも判る。

 市場が荒れる原因となるはずだったあのシステマを、今度は俺たちの手で作るんだ。今度は土壇場で企画を中止にしたりはしない。絶対に市場に持ち込んでやる。

 早く支度しろ、と促されて俺は母親に断って慌てて荷造りをした。部屋に駆け込んで必要なものをまとめて……って、実は必要なものはあらかたまとまってるんだけどな。いつ誘いが来てもいいように、な。で、五分で支度して俺は前掛けを外して部屋を駆け出した。行ってきます、と怒鳴るように言った俺に母親が苦笑して手を振る。俺は迷う事なく店を出て二人と共に歩き出した。

 新しい会社を立ち上げる。あの時にはとても考えつかなかったことが現実となった。今度は間違えない。俺は俺の出来ることを出来る限りやろう。そう心に決めて歩いてた俺にふと勝亦が言う。

「そういえば一つ、言い忘れていたんだけど」

 からかうような口調に俺は顔をしかめた。人が気合いを入れてるってのに、何だよ。それに……なんだ? 中條先輩までにやにやしてるし。

 俺の家から少し離れた場所に二人が借りたという車は停まっていた。その傍で白いものが翻る。

「I 3604 Twins RC1は正式にうちで引き取ることにしたから」

 俺は勝亦のせりふを最後まで聞いていなかった。道端に停められた車に向かって走る。白いワンピースにつばの広い白い帽子を被った彼女が振り返る。真っ白なスカートは風に揺れている。綺麗なその顔に柔らかな微笑みを見止めた俺は、睦月の名を叫んで一直線に彼女の元に駆けた。


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