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三章
コンパと美恵
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「えっとね。今日の夕方とかってヒマかなぁ、とか思ってぇ……」
しばし二人で納得しあった後、恭子が言う。
「実はね。コンパのメンバーが急に一人来れないって言い出してね」
「それでぇ。出来たら木村くんに来てほしいのだっ」
二人の息の合った会話に順は素直に感心した。そういえば二人の雰囲気は正反対な気がする。恭子が可愛いタイプなら香苗は美人だろう。
「こんぱ?」
しごく素直に順は訊き返した。コンパというのは何だろう。もしかしたらコンパニオンの略だろうか。だが生憎、アルバイトは和也に止められていて出来そうにない。生真面目に考え込む順をしばし二人は眺めていたが、やがて同時に吹き出した。
「やだぁ。木村くん、コンパ知らないのぉ?」
「本当に?」
「はしゃぐのはいいけれど、次の講義が入っているのよ? 用がなければ速やかに退室なさい」
急に第三者の声が飛んでくる。順は二人の背後に立っている美恵に軽く頭を下げてすみません、と詫びた。慌てたように二人が講義室を駆け出す。順はのろのろと席を立ちながらちらりと二人を伺った。入れ替わりに歩いてくる美恵の背中に恭子が舌を出すと、こら、と笑いながら香苗が恭子の頭を小突いて講義室を出て行く。賑やかな二人が退室すると講義室は急に静まり返った。
「すみません、鍵をお借りしたままで」
ゆっくりと歩み寄ってくる美恵はどことなく機嫌が悪そうだ。順は足早に美恵に近付いて鞄から鍵を取り出した。美恵が鍵と順とを見比べて無言で手を出す。順は出された白い手のひらにそっと鍵を落とした。
……あれ? 篠塚先生の手ってこんなに細かったっけ。
鈍い色をした鍵の乗った手を順はじっと見つめた。細い指先には少しだけ赤い爪がはみ出している。形を整えられた爪は裏側から見てもとても綺麗だった。細い指が静かに折られ、鍵が指の中に消える。折り曲げた指先に光るマニキュアにしばし順は見とれていた。
「どうしたの? 木村君。ぼおっとして」
「あっ、え、す、すみません」
反射的に詫びてから順は慌てて美恵から目を背けた。いつの間にか機嫌も直ったらしい。美恵がくすくすと笑いながら順の額を指先でつつく。
「熱でもあるの?」
「いえ、もう熱は下がりました」
生真面目に答えてから順は恐る恐る美恵に視線を戻した。どうやら違って見えるのは学生だけではないらしい。この間までの美恵と目の前に立っている美恵は全く違って見える。順は自分でも気付かないうちに微かに頬を染めていた。
大きくカットされたシャツの胸元はとても扇情的だ。上から見ると胸の谷間までくっきりと見える。先ほどの二人とは違う、赤い口紅も美恵の派手な容姿にとてもよく似合っている。順は自然と美恵の唇に視線を注いだ。
薄く柔らかな唇は微かに開いている。触れたらきっと気持ちいいだろうな。そう思う順の下半身は自然と熱を帯びた。
「あっ、あの! 次も講義が入ってるんですよね!? 俺、もう出ます!」
順は自分の体の変化を感じ取り、慌ててそう叫んで身を翻そうとした。だが背を向ける直前に美恵が順の手をつかむ。
「なあに? どうしたの、急に」
美恵が悪戯っぽく笑う。肩越しに美恵の表情を見止めた順は見抜かれていると悟り、真っ赤になった。しどろもどろで言い訳を試みる。が、うろたえすぎて言葉がきちんと出てこない。
「次の講義があるというのは嘘。本当はあの子たちを追い出したかったの」
しおらしく言った美恵に興味を引かれ、順は静かに振り返った。順の手をしっかりと握ったまま美恵が微かに笑う。その笑みを見止めた順の鼓動は徐々に速くなっていった。それと同時に鎮まりかけていた股間が再び熱を帯びる。
相手は助教授だぞ! そう内心で言い聞かせて順は美恵から目を逸らした。
「あの、俺、もう行かないと次の講義が……」
「あら。それも嘘ね。だってお昼過ぎまであなたの受講している講義はないでしょう?」
どうやらスケジュールまでばっちり調べられているらしい。順は困り果てて天井を仰いだ。だが美恵は手を離すどころかいっそう強く握りしめる。
「コンパ、行くの?」
小声で問われ、順はそっと顔を戻した。
「いえ。俺はコンパニオンの仕事はちょっと」
さすがに和也に止められているとは言えず、順はそこで言葉を濁した。潤んだ瞳でじっと順を見上げていた美恵が驚いたように瞬きをする。
「……コンパニオン?」
「え、コンパってコンパニオンの略称じゃないんですか」
順がそう告げた瞬間、いきなり美恵は笑い出した。口許を押さえて必死で声を殺そうとしているらしいが笑っているのは見ただけではっきりと判る。順は眉を寄せて笑う美恵を無言で見守った。
「違うわ。コンパというのはコンパニーの略よ」
「コンパニー……」
何度か口の中で繰り返してから順はやっと理解した。要するにコンパというのは交友会のことらしい。そのことに気付いた順の顔はさらに赤くなった。
「俺、そういうことあまり知らなくて」
言いながら頭をかく順に美恵が数回頷く。
「やっと判ったわ。私、ずっと木村君には嫌われているのだと思っていたの」
嬉しそうに微笑みながら美恵が一歩、前に進む。順は気圧されてぎこちなく一歩下がった。するとまた美恵が一歩前に足を出す。順はゆっくりと壁際に追いやられた。背中が壁に当たったところで我に返る。そういえば美恵はずっと手を離そうとはしない。順は口の中に溜まった生唾を飲み込んで息を殺して美恵を見下ろした。
「そう。木村君は女のことをよく知らないだけなのね」
「あ、はい。いえ、あの……」
もしかしたらこれまでにも美恵はこうして迫ってきていたのかも知れない。そのことに遅まきながら気付き、順は余計にうろたえた。好みのタイプかどうかという以前に相手が女性だというだけで勝手に身体が反応する。
するりと何かが股間を撫でる。順は驚きに目を見張って思わず身体をよじった。反射的に美恵の手を振り払ってしまう。
「あ、す、すみません!」
叫ぶようにして詫び、順は慌てて講義室を駆け出した。とても理性がもちそうにない。だが拒絶されたにも関わらず、順の背後では美恵がとても嬉しそうに微笑んでいた。
しばし二人で納得しあった後、恭子が言う。
「実はね。コンパのメンバーが急に一人来れないって言い出してね」
「それでぇ。出来たら木村くんに来てほしいのだっ」
二人の息の合った会話に順は素直に感心した。そういえば二人の雰囲気は正反対な気がする。恭子が可愛いタイプなら香苗は美人だろう。
「こんぱ?」
しごく素直に順は訊き返した。コンパというのは何だろう。もしかしたらコンパニオンの略だろうか。だが生憎、アルバイトは和也に止められていて出来そうにない。生真面目に考え込む順をしばし二人は眺めていたが、やがて同時に吹き出した。
「やだぁ。木村くん、コンパ知らないのぉ?」
「本当に?」
「はしゃぐのはいいけれど、次の講義が入っているのよ? 用がなければ速やかに退室なさい」
急に第三者の声が飛んでくる。順は二人の背後に立っている美恵に軽く頭を下げてすみません、と詫びた。慌てたように二人が講義室を駆け出す。順はのろのろと席を立ちながらちらりと二人を伺った。入れ替わりに歩いてくる美恵の背中に恭子が舌を出すと、こら、と笑いながら香苗が恭子の頭を小突いて講義室を出て行く。賑やかな二人が退室すると講義室は急に静まり返った。
「すみません、鍵をお借りしたままで」
ゆっくりと歩み寄ってくる美恵はどことなく機嫌が悪そうだ。順は足早に美恵に近付いて鞄から鍵を取り出した。美恵が鍵と順とを見比べて無言で手を出す。順は出された白い手のひらにそっと鍵を落とした。
……あれ? 篠塚先生の手ってこんなに細かったっけ。
鈍い色をした鍵の乗った手を順はじっと見つめた。細い指先には少しだけ赤い爪がはみ出している。形を整えられた爪は裏側から見てもとても綺麗だった。細い指が静かに折られ、鍵が指の中に消える。折り曲げた指先に光るマニキュアにしばし順は見とれていた。
「どうしたの? 木村君。ぼおっとして」
「あっ、え、す、すみません」
反射的に詫びてから順は慌てて美恵から目を背けた。いつの間にか機嫌も直ったらしい。美恵がくすくすと笑いながら順の額を指先でつつく。
「熱でもあるの?」
「いえ、もう熱は下がりました」
生真面目に答えてから順は恐る恐る美恵に視線を戻した。どうやら違って見えるのは学生だけではないらしい。この間までの美恵と目の前に立っている美恵は全く違って見える。順は自分でも気付かないうちに微かに頬を染めていた。
大きくカットされたシャツの胸元はとても扇情的だ。上から見ると胸の谷間までくっきりと見える。先ほどの二人とは違う、赤い口紅も美恵の派手な容姿にとてもよく似合っている。順は自然と美恵の唇に視線を注いだ。
薄く柔らかな唇は微かに開いている。触れたらきっと気持ちいいだろうな。そう思う順の下半身は自然と熱を帯びた。
「あっ、あの! 次も講義が入ってるんですよね!? 俺、もう出ます!」
順は自分の体の変化を感じ取り、慌ててそう叫んで身を翻そうとした。だが背を向ける直前に美恵が順の手をつかむ。
「なあに? どうしたの、急に」
美恵が悪戯っぽく笑う。肩越しに美恵の表情を見止めた順は見抜かれていると悟り、真っ赤になった。しどろもどろで言い訳を試みる。が、うろたえすぎて言葉がきちんと出てこない。
「次の講義があるというのは嘘。本当はあの子たちを追い出したかったの」
しおらしく言った美恵に興味を引かれ、順は静かに振り返った。順の手をしっかりと握ったまま美恵が微かに笑う。その笑みを見止めた順の鼓動は徐々に速くなっていった。それと同時に鎮まりかけていた股間が再び熱を帯びる。
相手は助教授だぞ! そう内心で言い聞かせて順は美恵から目を逸らした。
「あの、俺、もう行かないと次の講義が……」
「あら。それも嘘ね。だってお昼過ぎまであなたの受講している講義はないでしょう?」
どうやらスケジュールまでばっちり調べられているらしい。順は困り果てて天井を仰いだ。だが美恵は手を離すどころかいっそう強く握りしめる。
「コンパ、行くの?」
小声で問われ、順はそっと顔を戻した。
「いえ。俺はコンパニオンの仕事はちょっと」
さすがに和也に止められているとは言えず、順はそこで言葉を濁した。潤んだ瞳でじっと順を見上げていた美恵が驚いたように瞬きをする。
「……コンパニオン?」
「え、コンパってコンパニオンの略称じゃないんですか」
順がそう告げた瞬間、いきなり美恵は笑い出した。口許を押さえて必死で声を殺そうとしているらしいが笑っているのは見ただけではっきりと判る。順は眉を寄せて笑う美恵を無言で見守った。
「違うわ。コンパというのはコンパニーの略よ」
「コンパニー……」
何度か口の中で繰り返してから順はやっと理解した。要するにコンパというのは交友会のことらしい。そのことに気付いた順の顔はさらに赤くなった。
「俺、そういうことあまり知らなくて」
言いながら頭をかく順に美恵が数回頷く。
「やっと判ったわ。私、ずっと木村君には嫌われているのだと思っていたの」
嬉しそうに微笑みながら美恵が一歩、前に進む。順は気圧されてぎこちなく一歩下がった。するとまた美恵が一歩前に足を出す。順はゆっくりと壁際に追いやられた。背中が壁に当たったところで我に返る。そういえば美恵はずっと手を離そうとはしない。順は口の中に溜まった生唾を飲み込んで息を殺して美恵を見下ろした。
「そう。木村君は女のことをよく知らないだけなのね」
「あ、はい。いえ、あの……」
もしかしたらこれまでにも美恵はこうして迫ってきていたのかも知れない。そのことに遅まきながら気付き、順は余計にうろたえた。好みのタイプかどうかという以前に相手が女性だというだけで勝手に身体が反応する。
するりと何かが股間を撫でる。順は驚きに目を見張って思わず身体をよじった。反射的に美恵の手を振り払ってしまう。
「あ、す、すみません!」
叫ぶようにして詫び、順は慌てて講義室を駆け出した。とても理性がもちそうにない。だが拒絶されたにも関わらず、順の背後では美恵がとても嬉しそうに微笑んでいた。
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