冥府への案内人

伊駒辰葉

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三章

揺れる銀杏の木

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 あと、十分。順は震える手でポケットから懐中時計を取り出して蓋を開いた。講義が終わるまで我慢すればいい。それまで我慢出来れば、後はトイレに駆け込むなりすればいいのだ。そう自分に言い聞かせる。

 和也は何事もなかったかのように澄ました顔をしている。順は怒りをこめて横目に和也を睨みつけた。だが視線を感じているだろうに和也は全く反応しない。

 不意に強烈な欲求が襲ってくる。その強さは順が予測していたものを上回っていた。順は握った手に力をこめ、懸命に欲求を殺した。ここで欲求に流されたらとんでもないことになる。コンドームの中に射精するだけならまだましだ。強い性的な快楽を覚えたら瞳の色が変化してしまうことを順は自覚していた。

 そんなことになったら人でないことが周囲に知れてしまう。順は死に物狂いで欲求を抑えこもうとした。だがそうすることで余計に情欲が深くなる。息を詰めすぎた順は衝動に負けて何度か咳き込んだ。

 あと、五分。潤んだ目で時計を読んで、順は懐中時計をポケットに入れた。その拍子にジーンズの布地がずれてペニスに当たる。走った快楽に順は思わず深い息をついた。本能的に右手が動き、股間に伸びる。

 股間に触れる寸前に何かが手首を握る。驚きに目を上げた順は自分が無意識に股間を弄ろうとしていたことを知った。手首をつかんでいるのは和也だ。和也は左手で順の手首を握り、右手を順のリフィルに伸ばした。

 いじるな。

 それだけを走り書きして和也が手を離す。半ばパニックに陥りつつも順は何とか自制することに成功した。震える手を机の上に戻して転がったシャーペンを取り上げる。

 最後の五分が異様に長く感じられた。早く出してしまいたいという欲求は納まるどころか段々と強くなる。俯いて必死で息を詰め、順は時間が過ぎるのをただひたすら待った。全身に無意識に力が入り、手が小刻みに震える。耐えて苦しむ順の姿を和也は横目に笑って眺めていた。

 チャイムが鳴る。学生たちが立ち上がる気配に順は顔を上げた。急いで荷物を鞄にしまいこむ。慌てて立ち上がろうとしたところで順の傍に誰かが近付いてきた。

「あ、いたいた。木村くん、昨日はごめんねぇ」

 甘えた声で言いながら近付いてきたのは恭子だった。昨日と同じように後ろには香苗がついて来ている。

「あ、ええと、何だっけ」

 浮かせかけていた腰を戻して順は出来るだけ平静を装って告げた。限界まで張りつめたペニスがびくりと震える。順は慌てて恭子から目を逸らした。つい、発作的に恭子の胸元に見入ってしまったのだ。

「昨日だよぉ。無理に付き合ってもらったのにあんなにことになっちゃってえ」
「あー、木村が言ってたコンパ、恭ちゃんたちのだったのか」

 軽く笑った和也が順の代わりとばかりに答える。そうだよぉ、と頷いた恭子が不思議そうに和也を見る。

「あれ? 渡部くん、何で知ってるのぉ?」
「こいつに聞いたから」

 そう言いながら和也が順を指差す。そうなんだぁ、と答えて恭子はしきりに頷いた。ちらりと隣に立つ香苗を見てから恭子は順に目を戻した。順はだが、窓の方を見つめて恭子の視線の動きには全く気付かなかった。

「あの……木村くん? どっか具合でも悪いの?」

 おずおずと恭子が告げる。順は慌てて顔を戻した。

「そんなことはないよ。昨日のことなら大丈夫だから」

 この時、順は恭子が何を詫びているのかを理解出来なかった。それより何よりこの場から離れたい。その一心で順は恭子たちを追い払うつもりで二人に微笑みかけた。すると何故か恭子が真っ赤になる。見ると隣に立つ香苗も頬を染めている。

 薄い唇が動く。順はぼんやりと恭子の唇を見つめた。恭子は胸元の大きく開いたシャツを着ている。小柄な割に恭子の胸はとても豊かだ。順は恭子の胸からゆっくりと視線を動かし、くびれたウエストを見つめた。続いて視線を下げて下腹部を見る。

「あ、あの? 木村くん?」
「あっ、ごめん。ええと、何だっけ?」

 順は慌てて視線を上げて訊ねた。だが頭の中には恭子の胸元から腰のくびれ、スカートに隠れた下腹部までのラインがしっかりと蘇っていた。挿れたいという欲望がどんどん膨らむ。

「あー、こいつちょっといまぼーっとしてっから。あんま、気にしないで」

 そう言いながら和也が順の肩を叩く。順は俯いてそっと息をついた。大丈夫? としきりに恭子が訊ねてくる。もしかして風邪? と小声で香苗が付け足す。和也は二人に平気だからと笑って手を振ってみせた。

「じゃ、また一緒にコンパしようね! 渡部くんもっ」
「あ、でも渡部くんは手が早いからなあ……。あんまり無茶しないなら来てもいいわよ」

 明るく言って二人が立ち去る。またな、と和也は二人の背中に軽い声をかけて手を振った。

 急に周囲が静かになる。順はぼんやりとした目を上げてため息をついた。

「……今ので出ちまったのか? いやらしい奴め」

 低く嗤いながら和也が小声で告げる。和也が言った通り、順は二人と話している間に射精してしまっていた。ごめん、と掠れた声で詫びて順はのろのろと立ち上がった。視界が酷く揺らいでいる。何とか鞄を取って順は歩き出した。その後ろから和也が無言でついてくる。

 まだ足りない。

 熱に浮かされたような目をして順は廊下で立ち止まった。射精したにも関わらず、ペニスはまだ張りつめている。シャツが出ていなかったら、ジーンズ越しでも見ただけではっきりと勃起していることが判るほどだ。

「どした?」

 嘲りを含んだ声で和也が後ろから声をかける。順は肩越しに振り返ってじっと和也を見つめた。数歩後ろを歩いていた和也はそのまま隣に並んで順の顔を覗き込んだ。

「いま、すげえ色っぽい顔してんぞ。さっきの子たちも見とれてたみたいだけどな」

 自分がどんな顔をしていようがどうでもいい。順は欲求に負けて震える手で和也のシャツの裾をつかんだ。何でもいい。欲望を満たしてくれるものが欲しい。その思いでじっと和也を見つめる。

 やれやれとため息をついて和也が歩き始める。いつも通りの速度で歩く和也の後ろを順は必死で追った。時折、足がもつれてよろける。だがそれでも順は和也を追い続けた。

 次第に周囲から人が少なくなる。和也は普段は殆ど立ち入ることのない裏庭に向かっていた。順はふらふらと頼りない足取りでその後ろを追った。外に出て庭の隅に向かう。細い木の立ち並ぶ庭の隅で漸く和也は足を止めた。無言で手を差し出される。順はその場に鞄を落として和也の手にすがりついた。

 腕を引かれ、順は大きな銀杏の木にもたれかかった。和也が順のシャツをめくり、その裾を順の口に入れる。順はされるままがにシャツの裾を噛んだ。

「絶対、声出すなよ。あんま人いねえっつっても通行人が全くいない訳じゃないからな」

 小さな声で和也が告げる。順はその言葉に何度も頷いた。和也が順のベルトを外し、ジーンズのジッパーを下げる。順はうっとりとした目をして深い息をついた。剥き出しにされたペニスを見下ろす。

「何回出した? 二回か?」

 恭子たちと話している時だけではなく、歩いている最中にも順は射精してしまっていた。力なく頷く順に和也が喉の奥で嗤う。コンドームを外した順のペニスは精液とジェル状のものでどろどろに汚れている。和也はそれをためらいなく握り、扱き始めた。

「んぅ、んっ!」

 数回扱かれただけであっけなく射精に至る。順はシャツを強く噛んで声を殺した。

 まだ……足りない。

 順は心の中で呟いて片手を腰に伸ばした。ジーンズと下着をずらして身体を捻り、銀杏の木に寄りかかって肩越しに和也を振り返る。和也はにやにやと嗤って剥き出しになった順の尻を撫でた。

「何だ。欲しいのか?」

 順はシャツを噛んだまま頷き、とろんとした目で和也を見つめた。和也はしばし順の尻を撫でていたが、やがて諦めたように苦笑した。

「ったく、こういう時だけ素直なんだな。そんな顔で頼まれちゃ、しねえ訳にはいかねえか」

 そう告げて和也はズボンのジッパーを下げた。ついで、と言いながらポケットから財布を取り出す。順は黙って和也のすることを見つめていた。

 取り出したチューブの先端が肛門に押し付けられる。順はシャツを強く噛んで快感に耐えた。細いチューブの先から直接腸内にジェル状のものを絞り入れられる。それだけで順はペニスから精液を漏らした。

 和也のペニスが腸内に潜り込む。順は声を殺して身体を震わせた。突かれるたびに背中が反り返る。

「すげ……。オレも狂っちまいそう」

 ため息混じりに呟いて和也が順の胸を弄る。順は銀杏の木にすがりついて腰をひくつかせた。
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