冥府への案内人

伊駒辰葉

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五章

風に乗る歌 3

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「じゃ、ちょっと休憩しよっかー。あ、ジュース買って来るね! 何がいい?」

 順に負けず劣らず嬉しそうな顔をしてつかさがキーボードから離れる。全員の注文を聞いてからつかさは傍にいた黒田の腕を取った。

「……何だ」

 仏頂面で黒田が呟く。つかさはにひひ、と笑って黒田の腕にぶら下がった。

「荷物持ちに決まってんじゃーん! クロチャンげっとなのだー!」
「誰がクロチャンだ!」

 毎度のやり取りをしつつも黒田はつかさに引っ張られてステージを降りていく。彼らの姿を苦笑しながら見送っていた順は、ふと観客席の方を見た。所在なげに文江が佇んでいる。順はステージから観客席に軽々とに飛び降りて文江に駆け寄った。

「ごめん、ずっと立たせっぱなしにして」
「い、いえ、あの、平気……だから」

 そう言いながら文江が俯く。いつの間にか文江は耳まで真っ赤になっている。順はそんな文江の様子を何気なく眺めながら汗に濡れたシャツの胸元を引っ張った。服と胸の間に空気を送りながら苦笑する。

「今日は学生会の仕事はないの?」
「え、ええ。午後からは会議が入っているけど」

 うろたえながらの返事に順は思わず吹き出した。焦ったように文江が顔を上げる。順はくすくすと笑いながらそうなんだ、と答えた。いつもは物静かな感じのする文江だが、今日はやけに愛らしく見える。文江が動揺する様をしばし眺めてから順はにっこりと笑った。

「じゃあ、良かったらみて行って。メンバー以外の人の前で歌うの初めてだから、上手くないかも知れないけど」

 そう言って順はじゃあ、と手を上げてその場を去ろうとした。だが歩き出す直前にシャツの裾を引っ張られる。振り返った順は俯いた文江とシャツをつかんだ彼女の右手とを見比べて首を傾げた。

「なに?」
「あ、あ、あのっ、わたし!」

 裏返った声で文江が告げる。シャツの裾を握る文江の手は見た目にもはっきり震えている。順は文江に向き直ってどうしたの、と優しい声で訊ねた。声を途切れさせていた文江が身体を小刻みに震わせる。どうしたのだろう、と順が首を傾げていると文江は唐突に顔を上げた。

「あの! じ、実はちょっとお話が」
「え、俺に?」

 順は真っ赤になっている文江をじっと見つめてから苦笑した。肩越しにステージを見返ってから目を戻す。文江は相当に緊張しているのか唇を引き結んでかたい表情をしている。

「ごめん、今はちょっと無理かな。練習があるし」

 そう告げてから順は顎に手を当てて考えた。今日の練習が終わっても恐らくすぐに解散ということにはならないだろう。きっとまた作戦会議という名の飲み会になだれ込むに決まっている。

「学校が始まってからでもいいかな? もうすぐ休みも終わるし」
「え、ええ」

 ぎこちなく頷く文江にそれじゃあ、と手を振って順はステージに向かった。タイミングよくつかさが黒田と共に戻ってくる。放られたジュースを受け取って順はステージに飛び乗った。

「色気、ねえ……」

 何やら難しい顔で和也が考え込んでいる。ステージに胡座をかく和也の傍には静が膝を抱えて座っている。並んでいるとまるで兄妹のようだ。

「どったの? 作戦会議中?」

 笑いながらつかさが寄って来る。後ろに続いていた黒田が抱えていたジュースをそれぞれに差し出す。それを受け取ってから和也は再び眉を寄せた。

「うーん、そうは言っても漠然としててなあ……」
「そうだよねえ。ボクはまあ今のじゅんくんの歌も好きなんだけど」

 どうやら二人は歌について話し合っていたらしい。そのことを理解して順は少し緊張した。ああ、と困ったように笑ってつかさがそれに加わる。黒田も話に興味はあるのだろう。無言で二人の傍に寄っていく。順はしばしマイクの前に立っていたが話が終わらないのを見て仕方なく四人に近付いた。

「そもそもさー。ジュンチャンって感情があんまり外に出ないタイプだよねー」
「最初は笑った顔なんざ見たことなかったからなあ」
「そうだよね。写真でも笑ってるのはなかったし」
「要するに艶があれば何でもいいのか?」

 最後の黒田のせりふに順は目一杯顔をしかめた。それまで難しい顔をしていた和也が急にぱっと表情を変えたのだ。嫌な予感を覚えて順は和也を睨みつけた。だが和也は傍目にも浮かれている。唐突ににやにやと笑い始めた和也を見たのだろう。他の三人が不思議そうに顔を見合わせる。

「ちょっと来い、木村」
「絶対、嫌だ」

 即答して順はマイクの所に戻った。空になったジュースの缶をステージに乗せる。屈めていた腰を伸ばしたところで順は急に腕をつかまれた。

「いいから来るんだよ」
「ちょっと待て! お、おい! 離せってば!」

 腕を強く引かれるままに順は和也にステージの袖に連れられた。他のメンバーは先ほどの位置に座ったままだ。緞帳の影から彼らの様子を見てから和也が順に向き直る。順は和也を鋭く睨んで腕を振り解こうとした。

「なんだよ! 一体!」

 だが順の質問には答えず和也はそのままステージ袖の奥に進んでいく。順は引きずられるようにして和也の後をついて歩いた。ステージを照らす照明からは完全に切り離された薄暗い場所に引っ張られる。そこで和也は足を止めて身を屈めた。腕をつかまれたままの順の身体が斜めに傾く。

「何のつもりだ。こんなところに連れてきて」
「じゃーん」

 足元でギターケースを探っていた和也が潜めた声でそう告げる。その手に握られていたものに目を凝らした順は慌てて手を伸ばした。だが取り上げる前に和也が手を引っ込める。待て、と掠れた声で呟いた順の身体に和也が腕を回す。

「ばか! なに考えてるんだ! こんなところで……っ」
「大声出すとあいつらに聞こえるぞ」

 慣れた手つきで和也が順の腰に手を伸ばす。順は懸命にもがいて和也の腕から抜け出そうとした。が、首筋に唇を押し付けられた瞬間、身体から力が抜ける。

「心配するな。ちょっと使うだけだ」
「い、嫌だ! 離せっ! この、変態!」
「大人しくしろ!」

 それまでの潜めた声とは全く違う、強い怒声が飛んでくる。順は反射的にぴたりと抵抗をやめた。その間に和也が手早く順のベルトを緩める。和也は手にしていたチューブから透明なジェル状のものを指先に少し取り、順のジーンズを引き下ろした。剥き出しになった尻に和也が指で触れる。

「う、くっ」

 ざわりと肌が粟立つ。順は必死で声を殺して和也の腕にもたれかかった。下着の中でペニスが頭をもたげる。しばし順を弄った後、和也は元通りに服を整えた。ほどなく焦れた感覚がこみ上げてくる。順は出来るだけ意識して別のことを考えようとした。だがどうしても身体が火照って仕方がない。

「よし、これでいいな」

 ぽん、と和也が順の尻を叩く。順はびくりと身体を震わせて涙の浮かんだ目で和也を睨んだ。手を引かれてステージに戻る。座っていた三人は戻った順と和也を見た後、全く別々の反応を示した。静は無言で和也を睨んでいる。つかさはおー、と小さな歓声を上げて頷いている。黒田はやれやれと肩を竦めて定位置に戻った。

「おまたへー。んじゃ、試しにいってみっか」

 のんびり言って和也が手を離す。順はふらふらと歩いてマイクの前に立った。マイクスタンドにもたれて深く息をつく。腸内に塗られたのはほんの少しの量だ。身体は反応してはいるが、射精に至るほどではない。順は唇を強く噛んでぎこちなく和也を見返った。和也がにやにやと人の悪い笑みを浮かべて片目を閉じる。

 どうなっても知らないからな。内心でそう呟いて順は少し屈めていた身体を起こした。

「そうだ! あれいこっか! あれ!」

 嬉しそうにつかさが告げる。それだけで順はぴんと来た。他のメンバーも同様だったようだ。了解と返事する。よりによって何でこんな時に。順は泣きたい気分でため息をついた。

 目を閉じてみる。視界が暗く閉ざされると感覚が研ぎ澄まされる。いつもは気にならない筈の心臓の音を聴いているうちに、順の気持ちは穏やかになっていった。なのに身体だけがやけに熱い。

 低いベースの音が鳴る。キーボードの細い旋律が続いてギターが鳴る。次いでドラムが加わる。順は閉じていた瞼を開けて息を吸った。
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