61 / 63
五章
黒の縁
しおりを挟む
とにかく和也を探さないと。震える声で呟いた順は傍に近付いてくる気配にはっと顔を上げた。文江が頼りない足取りで歩み寄ってくる。文江が近付くにつれて順は酷く落ち着かない気分になった。
甘い香りが鼻をくすぐる。
「木村、くん」
文江はふらふらと歩み寄って潤んだ目を順に向けた。それを見た順の胸が強く脈打った。いつもの文江とどこかが違う。
「あ、の、菅野さん? 大丈夫?」
もしかして具合が悪いの? そう続けた順に唐突に文江が抱きつく。順は目を見張って思わずよろけた。甘い香りが一層強く感じられる。そのことを感じ取った順の下半身は意思を無視して熱くなり始めた。
「お願い……もう……我慢が出来ないの」
熱に浮かされたような表情で文江が囁く。順は反射的に文江の身体に手を回した。今は誰もいないとはいっても大学の構内だ。もしかしたら学生や教授が通りかかるかも知れない。だがこの時の順の頭からはそんな考えは吹き飛んでいた。
びくりとペニスが脈打つ。文江はうっとりとした面持ちで順の股間に手を伸ばした。服越しに勃起したペニスを撫でられる。順は夢中で文江の首筋に顔を埋めた。白いうなじに唇をつけ、舌先でくすぐるように撫でる。強い欲求がこみ上げると同時に目の前にいるのが誰なのか次第に判らなくなる。
犯したい。思うままに突き入れて嬲りたい。その一心で順はその場に文江を押し倒した。ブラウスを引き裂いてブラジャーをむしりとる。露わになった乳房をつかんだ順は乱暴に揉み始めた。だが文江は痛みを感じないのか甘い声を上げて悶えている。順はその場に放り捨てていたブラジャーを文江の口に噛ませた。後頭部に回して結んでから裂けたブラウスで両手を縛る。文江はそんな真似をされてもうっとりとした面持ちをしていた。
だがこの時の順は文江の反応は全く見ていなかった。スカートをめくり上げて下着を引き裂く。濡れた陰部を見た順は嗤いを浮かべてジーンズのベルトとファスナーを外した。勃起したペニスを引っ張り出して文江の秘部にあてがう。芝の上に転がった文江は声にならない声で喘ぐと腿を大きく開いた。愛液に塗れた秘部が日差しに照らされて光を鈍く反射する。
「凄いな。もうこんなにして」
くすくすと笑いながら順は亀頭で文江の秘部を探った。濡れた感触を楽しみながら膣口付近をかき回す。
「都子って思ったより淫乱なんだな。俺のがちょっと入っただけで愛液がどろどろ出てくるよ」
そう言いながら順は一気に腰を押し出した。ぬめる膣内にペニスが何の引っ掛かりもなく潜り込む。順は文江に圧し掛かりながら激しい抽迭を始めた。遠慮のない順の動きにつられて文江の身体が大きく揺れる。順はでたらめに膣内を突きながら低く嗤った。泣きじゃくる都子の姿しか見えない。
「処女じゃないんだ? 駄目だな。俺の断りなく別の男と寝て」
お前は俺のものなんだから。そう呟きながら順は抽迭のスピードを上げた。文江は順のペニスを入れられただけで達してしまっている。だがそれでは足りないと言いたげに腰を動かし、自分から快楽を貪っていた。文江が腰を動かすたびに亀頭が膣壁に強く擦れる。順は息を荒らげて都子の名を呼びながら果てた。膣内にぶちまけられた精液が納まりきれずに膣を逆流する。
「まだまだ出来るよな? 俺、これじゃ足りないし」
悲鳴にも似た嬌声を上げた文江が背を反り返らせる。順は両手に文江の腰を抱いてでたらめに腰を動かした。ほどなく衝動がこみ上げ、二度目の射精感に襲われる。順は小さく嗤いながら精液に満ちた膣をペニスでかき回した。
何度、絶頂に達しただろう。ふと、順の肩を誰かが叩く。振り返った順はとろんとした目で相手を見つめた。
「見てよ。ほら、こんなにたくさん出ちゃった。ここを押すと出てくるんだ」
くすくすと笑いながら順は文江の下腹部を指で押さえた。大量に順の精液を注がれたために文江の下腹部はぽっこりと膨らんでいる。順が指で押さえると二人の繋がっている箇所から白い精液が漏れ出てくる。それを眺めながら順はまたくすくすと笑った。文江はもう失神しており何の反応も示さない。
不意に腕を引かれる。順はよろけながらその場に立ち上がった。ペニスが音を立てて文江の膣口から抜ける。その直後、耳元で高い音が鳴る。頬を張られた順は目を見張って息を止めた。
「正気に戻れ」
低い声を耳にした順はようやく我に返った。正面に立っているのは和也だ。順はのろのろとそのことを理解した。
「……あのくそばばあ。やってくれるじゃねえか」
舌打ちして吐き出すと和也は右腕を大きく振った。するとそれまで立ち込めていた甘い香りが急に消えてなくなる。それと共に順には理性が戻ってきた。順はぎこちなく地面に目を向けた。横たわる文江は無残に服を裂かれ、口を塞がれ、股間から白いものを漏らしている。それが自分の仕業だと理解した順は震え始めた。
「おら。女やったくらいでびびってんな。しゃきっとしろ、しゃきっと」
「でも」
自分のやったことに怯えながら順は和也を見た。そこで息を飲む。和也が押さえている胸には真っ赤な染みがある。間違いなく血だ。
「どうしたんだよ! それ!」
「くそ、やばいな」
順の声を無視して和也が文江の傍らに膝をつく。文江の下腹部に手をあてがってから和也は舌打ちをした。そうしている間にも和也は胸から血を流している。よく見れば和也が歩いてきたところをなぞるかのように、地面には点々と血の跡がついている。それを見た順は真っ青になった。
「は、早く病院に!」
「うるせえ。ちっと黙ってろ」
和也が今度は血だらけになった方の手を文江の下腹部に乗せる。その直後、順は信じられないものを見て目を丸くした。和也の手を中心に黒っぽい煙のようなものが小さな渦を巻く。その渦は吸い込まれるように文江の下腹部に潜り込んだ。
「い、いまの……一体……」
「説明はなしだ。ほれ、これやるよ」
そう言って和也は立ち上がるとポケットから黒い薄いものを取り出した。投げられたそれを順は慌てて受け止め、次いで息を飲んだ。二枚あるそれは資料室の端末に使用するファイルに違いない。
「ど、どうしてこんなもの」
「そこに龍神の身体が隠してある場所が入ってる。それとお前が知りたそうなことも」
急に言葉を途切れさせて和也が咳き込む。和也は鮮血を吐いてその場に膝を落とした。畜生、という呟きが聞こえる。順は和也の身体を支えるために手を伸ばした。和也の身体に触れた途端に背中に冷たい汗が流れる。和也の身体が妙に冷たいのだ。
「おい! 早く、病院に行かないと!」
「アホか。病院で治せる訳ねえだろ。人間なら即死コース間違いナシだぞ」
早口で告げて和也が嗤う。順は絶句して和也を凝視した。人間なら即死。その言葉の意味するところはただ一つだ。和也は胸を押さえてしばし嗤うとゆっくりと顔を上げた。唇から伝う血がまるで涙のように見える。
「やっぱ、治癒力完全に消えてんな。すげえだるいわ」
「……和也。お前……もしかして」
順は顔を強張らせたまま掠れた声で呟いた。和也はそれには答えずあてがっていた手を少し胸から離す。
「肩支えてろ」
言われるままに順は和也の肩を持つ手に力をこめた。次の瞬間、和也の手が音もなく和也自身の胸に潜り込む。
「ばか! 何してるんだ!」
顔を歪めて呻く和也を順は必死で止めようとした。和也の腕を取り、懸命に引っ張る。だが和也が自らの胸に突き立てている腕はぴくりとも動かせない。しばしの後、和也はゆっくりと手を胸から抜いた。
血だらけの手に真っ黒な丸い宝玉が握られている。それを見止めた瞬間、順は猛烈な飢餓感を覚えた。何故かは判らない。が、和也の握るそれを見ていると訳の判らない欲求がこみ上げる。食いたい、と思ってしまうのだ。
「ほら、手を出せ」
殆ど地面に倒れるようにして和也が震える手を順の前に差し出す。順は片手で和也が握る宝玉を受け取った。闇色の不思議な輝きを帯びる珠を握りしめて順は唇を噛んだ。
和也は監視者などではない。だが人でもない。順は泣きそうな顔で和也を見つめた。力なくうなだれた和也をそっと地面に横たえる。仰向けになった和也はしばし苦しそうな呼吸をしてから、小声で告げた。
「いいか……腹が減っても下手に龍神に手をかけるな」
和也が最初から順を人ではないと知っていたのは間違いない。いや、もしかしたらよほど詳しく順のことを知っていたのではないか。だがそう考える余裕も順にはなかった。もういいから喋るな。掠れた声で辛うじてそれだけ言って順は弱々しく首を横に振った。
「今のお前じゃ、反撃されて殺されるのがオチだ」
次第に和也の声が弱くなっていく。順は唇を噛んで和也の胸元を見た。和也のシャツは真っ赤に染まっている。鮮やかな血の色とは対照的に和也の顔色は酷く悪い。喋るなって言ってるだろう。順は殆ど声にならない声でそう言った。
「とりあえずは……オレので、我慢しとけ」
苦しそうに顔を歪めて和也がそう告げる。その意味を順は今はもうはっきりと理解していた。あの日、人でないことを知った時から感じていた狂気にも似た飢餓感は、恐らく他では埋め合わせられないものだ。
手に握った宝玉と和也とを見比べる。
「和也……」
そう呟いて順は宝玉を握る手に力をこめた。
「……お前の本当の名前はなんて言うんだ?」
目の前の和也がかつての親友とは違うのだということを順は悟っていた。同じ名前、同じ容姿、でもこの和也はあの親友とはまったく違う存在なのだろう。
和也は苦笑して傍に座る順の頬を手で撫でた。震える指先が順の頬に血の跡を刻む。
「やっと気付いたか……アホが」
殆ど聞き取れない声で呟いて和也が少しだけ目を細める。
「オレ……お前のこと……けっこー……気に入ってた、ぞ」
言葉の合間に和也の唇から血が流れる。順は頬に触れている和也の手を握って声を詰まらせた。
お前が何者でも、俺は構わない。そう言おうとした順に和也が微かに笑みかける。儚いその笑顔を見止めた順の声は喉の奥で凍りついた。
「お前が……龍神……なんかじゃ……なくて」
本当に良かった。
声にならない声がそう言葉を刻む。頬に触れていた和也の手から力が抜ける。順はこみ上げてくるものを堪えてその手をかたく握りしめた。こときれた和也の身体がふわりと輪郭を滲ませ、一気に闇色の砂へと変わる。細かい砂は風に流されてあっという間に消えた。
やがて誰かの足音が聞こえてくる。順はうなだれて地面にへたり込んでいた。
「あら……まあ。これはこれは」
聞き慣れた声がする。美恵は順と文江とを見比べてくすくすと笑った。順は身動き一つせず、背中に美恵の声だけを聞いていた。
「すぐに運んでちょうだい」
美恵が誰かに指示を飛ばす。それと同時に複数の足音が順の傍を行き過ぎた。地面に倒れていた文江が担架に乗せられてどこかに運ばれていく。だが順は顔を上げず、ただ音だけを耳に捉えていた。
「全く。とんだ手間をかけさせてくれたわね。彼はどこ? 正直に言わないとためにならないわよ」
「一つ、訊かせてください」
傲慢な美恵の問いかけに順はぽつりと呟いた。
「彼を傷つけたのはあなたですか」
その質問に美恵は少しの間、沈黙した。だがすぐに笑いながら答える。
「そうよ。撃ったのは私。あなたもよく知っているでしょう? 余計なことを知りすぎた輩は処分されるのが普通よ」
「そう、ですか」
順はゆらりとその場に立ち上がった。俯いたまま踵を返す。順は静かに耳に手を伸ばして耳朶から二つのピアスを取り去った。
黒いピアスが手の中で鈍く日の光を照り返す。
「さあ、お屋敷に戻りましょう。心配要らないわ。逃げたあなたをお父上は咎めたりなさらないから」
急に猫なで声になって美恵が告げる。順はピアスを地面に落としてゆらりと顔を上げた。正面から真っ直ぐに美恵を見つめる。
順の瞳と髪が一気に色を染め替える。驚愕に息を飲む美恵を睨みつけ、順は右手を掲げた。握っていた宝玉が一瞬でその姿を変える。現れた巨大な鎌の柄を両手で握り、順は咆哮を上げて美恵に斬りかかった。
甘い香りが鼻をくすぐる。
「木村、くん」
文江はふらふらと歩み寄って潤んだ目を順に向けた。それを見た順の胸が強く脈打った。いつもの文江とどこかが違う。
「あ、の、菅野さん? 大丈夫?」
もしかして具合が悪いの? そう続けた順に唐突に文江が抱きつく。順は目を見張って思わずよろけた。甘い香りが一層強く感じられる。そのことを感じ取った順の下半身は意思を無視して熱くなり始めた。
「お願い……もう……我慢が出来ないの」
熱に浮かされたような表情で文江が囁く。順は反射的に文江の身体に手を回した。今は誰もいないとはいっても大学の構内だ。もしかしたら学生や教授が通りかかるかも知れない。だがこの時の順の頭からはそんな考えは吹き飛んでいた。
びくりとペニスが脈打つ。文江はうっとりとした面持ちで順の股間に手を伸ばした。服越しに勃起したペニスを撫でられる。順は夢中で文江の首筋に顔を埋めた。白いうなじに唇をつけ、舌先でくすぐるように撫でる。強い欲求がこみ上げると同時に目の前にいるのが誰なのか次第に判らなくなる。
犯したい。思うままに突き入れて嬲りたい。その一心で順はその場に文江を押し倒した。ブラウスを引き裂いてブラジャーをむしりとる。露わになった乳房をつかんだ順は乱暴に揉み始めた。だが文江は痛みを感じないのか甘い声を上げて悶えている。順はその場に放り捨てていたブラジャーを文江の口に噛ませた。後頭部に回して結んでから裂けたブラウスで両手を縛る。文江はそんな真似をされてもうっとりとした面持ちをしていた。
だがこの時の順は文江の反応は全く見ていなかった。スカートをめくり上げて下着を引き裂く。濡れた陰部を見た順は嗤いを浮かべてジーンズのベルトとファスナーを外した。勃起したペニスを引っ張り出して文江の秘部にあてがう。芝の上に転がった文江は声にならない声で喘ぐと腿を大きく開いた。愛液に塗れた秘部が日差しに照らされて光を鈍く反射する。
「凄いな。もうこんなにして」
くすくすと笑いながら順は亀頭で文江の秘部を探った。濡れた感触を楽しみながら膣口付近をかき回す。
「都子って思ったより淫乱なんだな。俺のがちょっと入っただけで愛液がどろどろ出てくるよ」
そう言いながら順は一気に腰を押し出した。ぬめる膣内にペニスが何の引っ掛かりもなく潜り込む。順は文江に圧し掛かりながら激しい抽迭を始めた。遠慮のない順の動きにつられて文江の身体が大きく揺れる。順はでたらめに膣内を突きながら低く嗤った。泣きじゃくる都子の姿しか見えない。
「処女じゃないんだ? 駄目だな。俺の断りなく別の男と寝て」
お前は俺のものなんだから。そう呟きながら順は抽迭のスピードを上げた。文江は順のペニスを入れられただけで達してしまっている。だがそれでは足りないと言いたげに腰を動かし、自分から快楽を貪っていた。文江が腰を動かすたびに亀頭が膣壁に強く擦れる。順は息を荒らげて都子の名を呼びながら果てた。膣内にぶちまけられた精液が納まりきれずに膣を逆流する。
「まだまだ出来るよな? 俺、これじゃ足りないし」
悲鳴にも似た嬌声を上げた文江が背を反り返らせる。順は両手に文江の腰を抱いてでたらめに腰を動かした。ほどなく衝動がこみ上げ、二度目の射精感に襲われる。順は小さく嗤いながら精液に満ちた膣をペニスでかき回した。
何度、絶頂に達しただろう。ふと、順の肩を誰かが叩く。振り返った順はとろんとした目で相手を見つめた。
「見てよ。ほら、こんなにたくさん出ちゃった。ここを押すと出てくるんだ」
くすくすと笑いながら順は文江の下腹部を指で押さえた。大量に順の精液を注がれたために文江の下腹部はぽっこりと膨らんでいる。順が指で押さえると二人の繋がっている箇所から白い精液が漏れ出てくる。それを眺めながら順はまたくすくすと笑った。文江はもう失神しており何の反応も示さない。
不意に腕を引かれる。順はよろけながらその場に立ち上がった。ペニスが音を立てて文江の膣口から抜ける。その直後、耳元で高い音が鳴る。頬を張られた順は目を見張って息を止めた。
「正気に戻れ」
低い声を耳にした順はようやく我に返った。正面に立っているのは和也だ。順はのろのろとそのことを理解した。
「……あのくそばばあ。やってくれるじゃねえか」
舌打ちして吐き出すと和也は右腕を大きく振った。するとそれまで立ち込めていた甘い香りが急に消えてなくなる。それと共に順には理性が戻ってきた。順はぎこちなく地面に目を向けた。横たわる文江は無残に服を裂かれ、口を塞がれ、股間から白いものを漏らしている。それが自分の仕業だと理解した順は震え始めた。
「おら。女やったくらいでびびってんな。しゃきっとしろ、しゃきっと」
「でも」
自分のやったことに怯えながら順は和也を見た。そこで息を飲む。和也が押さえている胸には真っ赤な染みがある。間違いなく血だ。
「どうしたんだよ! それ!」
「くそ、やばいな」
順の声を無視して和也が文江の傍らに膝をつく。文江の下腹部に手をあてがってから和也は舌打ちをした。そうしている間にも和也は胸から血を流している。よく見れば和也が歩いてきたところをなぞるかのように、地面には点々と血の跡がついている。それを見た順は真っ青になった。
「は、早く病院に!」
「うるせえ。ちっと黙ってろ」
和也が今度は血だらけになった方の手を文江の下腹部に乗せる。その直後、順は信じられないものを見て目を丸くした。和也の手を中心に黒っぽい煙のようなものが小さな渦を巻く。その渦は吸い込まれるように文江の下腹部に潜り込んだ。
「い、いまの……一体……」
「説明はなしだ。ほれ、これやるよ」
そう言って和也は立ち上がるとポケットから黒い薄いものを取り出した。投げられたそれを順は慌てて受け止め、次いで息を飲んだ。二枚あるそれは資料室の端末に使用するファイルに違いない。
「ど、どうしてこんなもの」
「そこに龍神の身体が隠してある場所が入ってる。それとお前が知りたそうなことも」
急に言葉を途切れさせて和也が咳き込む。和也は鮮血を吐いてその場に膝を落とした。畜生、という呟きが聞こえる。順は和也の身体を支えるために手を伸ばした。和也の身体に触れた途端に背中に冷たい汗が流れる。和也の身体が妙に冷たいのだ。
「おい! 早く、病院に行かないと!」
「アホか。病院で治せる訳ねえだろ。人間なら即死コース間違いナシだぞ」
早口で告げて和也が嗤う。順は絶句して和也を凝視した。人間なら即死。その言葉の意味するところはただ一つだ。和也は胸を押さえてしばし嗤うとゆっくりと顔を上げた。唇から伝う血がまるで涙のように見える。
「やっぱ、治癒力完全に消えてんな。すげえだるいわ」
「……和也。お前……もしかして」
順は顔を強張らせたまま掠れた声で呟いた。和也はそれには答えずあてがっていた手を少し胸から離す。
「肩支えてろ」
言われるままに順は和也の肩を持つ手に力をこめた。次の瞬間、和也の手が音もなく和也自身の胸に潜り込む。
「ばか! 何してるんだ!」
顔を歪めて呻く和也を順は必死で止めようとした。和也の腕を取り、懸命に引っ張る。だが和也が自らの胸に突き立てている腕はぴくりとも動かせない。しばしの後、和也はゆっくりと手を胸から抜いた。
血だらけの手に真っ黒な丸い宝玉が握られている。それを見止めた瞬間、順は猛烈な飢餓感を覚えた。何故かは判らない。が、和也の握るそれを見ていると訳の判らない欲求がこみ上げる。食いたい、と思ってしまうのだ。
「ほら、手を出せ」
殆ど地面に倒れるようにして和也が震える手を順の前に差し出す。順は片手で和也が握る宝玉を受け取った。闇色の不思議な輝きを帯びる珠を握りしめて順は唇を噛んだ。
和也は監視者などではない。だが人でもない。順は泣きそうな顔で和也を見つめた。力なくうなだれた和也をそっと地面に横たえる。仰向けになった和也はしばし苦しそうな呼吸をしてから、小声で告げた。
「いいか……腹が減っても下手に龍神に手をかけるな」
和也が最初から順を人ではないと知っていたのは間違いない。いや、もしかしたらよほど詳しく順のことを知っていたのではないか。だがそう考える余裕も順にはなかった。もういいから喋るな。掠れた声で辛うじてそれだけ言って順は弱々しく首を横に振った。
「今のお前じゃ、反撃されて殺されるのがオチだ」
次第に和也の声が弱くなっていく。順は唇を噛んで和也の胸元を見た。和也のシャツは真っ赤に染まっている。鮮やかな血の色とは対照的に和也の顔色は酷く悪い。喋るなって言ってるだろう。順は殆ど声にならない声でそう言った。
「とりあえずは……オレので、我慢しとけ」
苦しそうに顔を歪めて和也がそう告げる。その意味を順は今はもうはっきりと理解していた。あの日、人でないことを知った時から感じていた狂気にも似た飢餓感は、恐らく他では埋め合わせられないものだ。
手に握った宝玉と和也とを見比べる。
「和也……」
そう呟いて順は宝玉を握る手に力をこめた。
「……お前の本当の名前はなんて言うんだ?」
目の前の和也がかつての親友とは違うのだということを順は悟っていた。同じ名前、同じ容姿、でもこの和也はあの親友とはまったく違う存在なのだろう。
和也は苦笑して傍に座る順の頬を手で撫でた。震える指先が順の頬に血の跡を刻む。
「やっと気付いたか……アホが」
殆ど聞き取れない声で呟いて和也が少しだけ目を細める。
「オレ……お前のこと……けっこー……気に入ってた、ぞ」
言葉の合間に和也の唇から血が流れる。順は頬に触れている和也の手を握って声を詰まらせた。
お前が何者でも、俺は構わない。そう言おうとした順に和也が微かに笑みかける。儚いその笑顔を見止めた順の声は喉の奥で凍りついた。
「お前が……龍神……なんかじゃ……なくて」
本当に良かった。
声にならない声がそう言葉を刻む。頬に触れていた和也の手から力が抜ける。順はこみ上げてくるものを堪えてその手をかたく握りしめた。こときれた和也の身体がふわりと輪郭を滲ませ、一気に闇色の砂へと変わる。細かい砂は風に流されてあっという間に消えた。
やがて誰かの足音が聞こえてくる。順はうなだれて地面にへたり込んでいた。
「あら……まあ。これはこれは」
聞き慣れた声がする。美恵は順と文江とを見比べてくすくすと笑った。順は身動き一つせず、背中に美恵の声だけを聞いていた。
「すぐに運んでちょうだい」
美恵が誰かに指示を飛ばす。それと同時に複数の足音が順の傍を行き過ぎた。地面に倒れていた文江が担架に乗せられてどこかに運ばれていく。だが順は顔を上げず、ただ音だけを耳に捉えていた。
「全く。とんだ手間をかけさせてくれたわね。彼はどこ? 正直に言わないとためにならないわよ」
「一つ、訊かせてください」
傲慢な美恵の問いかけに順はぽつりと呟いた。
「彼を傷つけたのはあなたですか」
その質問に美恵は少しの間、沈黙した。だがすぐに笑いながら答える。
「そうよ。撃ったのは私。あなたもよく知っているでしょう? 余計なことを知りすぎた輩は処分されるのが普通よ」
「そう、ですか」
順はゆらりとその場に立ち上がった。俯いたまま踵を返す。順は静かに耳に手を伸ばして耳朶から二つのピアスを取り去った。
黒いピアスが手の中で鈍く日の光を照り返す。
「さあ、お屋敷に戻りましょう。心配要らないわ。逃げたあなたをお父上は咎めたりなさらないから」
急に猫なで声になって美恵が告げる。順はピアスを地面に落としてゆらりと顔を上げた。正面から真っ直ぐに美恵を見つめる。
順の瞳と髪が一気に色を染め替える。驚愕に息を飲む美恵を睨みつけ、順は右手を掲げた。握っていた宝玉が一瞬でその姿を変える。現れた巨大な鎌の柄を両手で握り、順は咆哮を上げて美恵に斬りかかった。
0
あなたにおすすめの小説
妖精です、囲われてます
うあゆ
BL
僕は妖精
森で気ままに暮らしていました。
ふと気づいたら人間に囲まれてました。
でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。
__________
妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精
なんやかんやお互い幸せに暮らします。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜
たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる