パペットプリンセス

伊駒辰葉

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二章

puppet princess

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 ディスプレイの前で優一郎は腕組みをしていた。黒い画面の真ん中に一文だけが現れている。白く刻まれた文字を睨みながら、優一郎は眉を寄せた。

 ヒューマノイドの改造に適する女性はどのような性向を持つか述べよ。

 設問は英語で記されている。優一郎は英文の下に点滅するカーソルをじっと見つめた。白いカーソルは規則正しく点滅している。優一郎は黙ってハードディスクを見やった。

 海で出会ったあの青年に貰った光ディスクには奇妙な仕掛けが施されていた。ただのクイズだと最初は思った。優一郎は最初、気楽に設問に答えていたのだ。きっと、ゲームの一種だよね。そう思いながら。

 源氏物語の作者名は。最初の質問はそれだった。明朝体の日本語の設問に優一郎は軽くキーボードを叩いた。紫式部。リターンキーを押すと、小さな電子音が鳴って設問と解答がフェイドアウトする。次の設問は英語だった。光をもたらすもの。この語源を持つ天使の名を記せ。優一郎は辞書を引っ張り出し、調べた。Lucifer。かつて天使だったルシファーの名を打ち込むと、また文字が消えた。

 光の現象。風の名の由来。数々の自然現象についての問い。それが続いたかと思うと、唐突に幾何学の設問が飛び出してくる。優一郎は好奇心をそそられ、夢中でそれらの設問に答えていった。

 だが設問内容は次第に奇妙な方向に流れていく。人間の身体の構造について。神経と肉体の関係。そしてやがて人の形をしたものについての設問が飛び出してくる。

 サイバーヒューマノイドとは。

 それを見た時、優一郎は訝りに眉を寄せた。ヒューマノイド工学は決してメジャーな分野ではない。まして、出来上がったヒューマノイドを一般人が人と区別できることはない。現に由梨佳はそうだ。吉良家の近所に住まう誰もが由梨佳を人だと思っているだろう。

 画面に現れたその設問に優一郎は慎重に答えた。打ち間違いのないように細心の注意を払い、出来るだけ余分な表現を削り、簡潔に答えを述べた。そうして画面には次々にヒューマノイドに関する設問が現れた。

 そして今のこの設問だ。優一郎は深々と息をついた。確かに設問内容は正解するたびにどんどん難しくなっていた。なのにひとたびヒューマノイドに関する問いかけになると、優一郎には酷く簡単に答えられるようになってしまった。その設問が英語だろうがドイツ語だろうが関係ない。設問内容さえ理解できれば、解答はすらすらと頭の中に浮かんでくる。

「簡単すぎる」

 ディスクを受け取ってから二週間、優一郎は暇さえあれば設問に答えてきた。それくらい、設問数が多かったのだ。優一郎は顔をしかめて画面に手を伸ばした。指で設問の文章をなぞる。

「ちょっと僕を見くびりすぎじゃないかな」

 そう呟いて優一郎は苦笑した。キーボードに指を戻して軽くキーを叩く。解答を打ち込んでエンターキーを押すと、画面に映っていた文章がゆっくりと消えていった。一度、画面全体が黒くなってから新しい文字が浮き出してくる。

 見知らぬ青年からの貰い物でこんなに楽しい思いが出来るとは思っていなかった。優一郎はぼんやりと海で会った青年のことを思い出した。ゲーム気分で解いていくだけで様々な知識が身につくし、何よりヒューマノイドについての復習が自動的に出来る。もしかしたら両親の知り合いの誰かだったのかも知れない。僕の名前も知っていたし。優一郎はそう呟いて何気なく画面を見た。

 白い文字が並んでいる。今度は日本語だった。ただし、設問ではない。優一郎は目を見開いてその文章を見つめた。

 パスワードを入力せよ。

 無機質な文字が並んでいる。そしてその文章の下にはカーソルが点滅していた。優一郎はしばらく呆然とし、そして瞬きをした。青年に耳打ちされた言葉を思い出す。

 puppet princess

 優一郎は静かにそう打ち込んだ。リターンキーを押す。すると文字がフェイドアウトした。そして次に画面が明るくなる。薄紫の背景に文字が並んでいる。優一郎は身を乗り出して文章を読んだ。

『ここまで見事にクリアした君に贈り物です。このページ内にある各種リンクから飛べば君の欲しい情報が見つかるでしょう。パスワードは覚えていますか? 各場面で度々パスワードは要求されます。くれぐれも忘れないようにしてください。
 幸運を祈っています。』

 優一郎は息を殺してその文章を読んだ。そして画面の下部分に目をやる。そこには英単語が縦に並べられていた。全ての単語は身体の部位の名称だ。優一郎はまずは頭、と記されている文字をマウスでクリックした。

 いきなりパスワードを要求される。優一郎が正確に文字を打ち込むと、画面が切り替わった。頭の断面図が現れる。だがそれは人間の図ではない。優一郎は興奮に頬を染めて画面を覗き込んだ。ヒューマノイドの頭部が図解されているのだ。各部にはリンクが張られ、説明文を見ることが出来るようになっている。

 優一郎は熱心にディスプレイを見つめた。今まで、ヒューマノイドの解説は見たことがあるが、ここまで詳しいものを目にしたことはない。頭から首、肩、胸部と次々にページを開いていく。

「すごい……!」

 小さく呻いて優一郎は目を丸くした。女性型のヒューマノイドの解説図に魅入られる。優一郎は生唾を飲んで女性器の図を凝視した。

 その女性器はヒューマノイドのものにしては少し変わったところがあった。通常、ヒューマノイドは人と見分けがつかないように造られている。だが、画面に表示されている図は、そんな通常の性器とは違っているのだ。

 まず、自律動作よりも外部からの制御を前提に作られている。次に、ヒューマノイドであることが一見しただけで判るようになっている。通常は隠す筈の部品がわざと剥き出しになっているのだ。陰唇は膣口に小さなボルトで留められている。見えなくすることも出来るのに、何故か機械の部品が見えやすく造られているのだ。

 優一郎のペニスは無意識の内に勃起していた。興奮して画面を見ているために、手の中にじんわりと汗が滲んでくる。優一郎は荒い息をつきながら画面に食いついていた。まさに優一郎が望む形がここに記されている。自分の胸の激しい鼓動を聞きながら、優一郎は画面をスクロールさせた。

 here

 一際濃い青色の文字が画面の一番下にある。優一郎は何気なくリンクの張られたその文字をクリックした。要求されたパスワードを打ち込む。すると画面が静かに切り替わった。

 さっきまで見ていた女性器の図が再び現れる。だが今度は図が動いている。訝る優一郎の目の前で、画面は勝手に動いた。

「……っ!」

 優一郎は唐突に現れた画像に息を飲んだ。図だと思っていたのは動画だったのだ。カメラが引くと女性の女性の身体全体が見えた。だがまたすぐにカメラが寄り、女性の股間が大写しになる。優一郎は目を見張って生唾を飲み込んだ。

 大きなベッドに横たわっている女性は腰を高く上げて陰部を晒していた。うつ伏せの格好になっている女性の性器は、さっきまで優一郎が見ていた図にそっくりだった。開いた陰唇の間で小さな光が点滅している。愛液を垂れ流している陰唇の脇にはボルトがある。開ききった膣口の周囲には、肉を模した素材が左右対称に貼り付けられている。作り物の膣壁は蠢いている。

 それはあの図に表された女性器だった。優一郎はそれを見ながら震える手でヘッドホンを取り上げた。静かに耳に当てる。

 んふっ! ん! あっ! あん! はぁっあん!!

「あ……」

 優一郎は小さく呻いた。

「ああ……っ!」

 優一郎は画面を見ながら刺激もなしに射精してしまった。聞き間違える筈がない。画面の中で悶えている女性の声は、紛れもなく斎姫のものだったのだ。
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