籠の中の金糸雀

茅ヶ崎杏

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2.苦痛

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どれだけ経っただろう。


もう、痛い、と言う感覚すら無くなってきた頃。

やっと鞭の雨は止んだ。


服は役割を果たしておらず、俺の周りは黒に変色した血と、その上にさらに飛び散った紅い鮮血。

それをぼーっと眺めていると、真希さんは俺の腕を強い力で掴み立たせ、足元のおぼつかない俺を引き摺るようにして部屋を出た。


連れてこられたのは浴室。

突き飛ばされた俺は受け身も取れずに、壁に頭を打ち付ける。



「10分だ」



真希さんはそれだけ告げると、ドアを閉めて出ていった。

俺は床に座り込み、ズキズキと痛む体を自分で抱き締める。

今打ち付けた頭よりも、鞭で打たれた体が辛くて。


痛い……。

熱い……。


しばらくそうした後、ボロボロになった衣服を脱ぎ捨て、緩慢とした動きでシャワーに手を掛けた。


早く……。

早く出ないと……。


その想いだけで、俺は動く。


痛みを全て無視して、ボディーソープで洗っていく。

白い泡が赤く染っていく。

洗い流した赤い水が流れていくのを見て、思った。


……風呂、何日振りだろう。

3日振り、くらいだろうか。

窓も時計もないし、ご飯も一度も食べていないから、日にち感覚が全くないけれど、少なくともそのくらいは経っているんだろうと思う。


よほど腹が立っていたのか。

最後に登校した日からずっと痛めつけられていた。

殴られて、蹴られて、鞭で打たれて、煙草で焼かれて。


ふと、下げていた視線を上げる。


鏡に映る、痣や傷だらけの自分の身体。

昔は見る度に悲しくて辛くて堪らなかったが、もうそれすら感じない。

むしろ、数日前に見た時よりもだいぶ汚くなったなって。

どこか他人事のように感じてしまうくらいだ。


とにかく、次いつ入れるか分からないので、念入りに身体を洗った。


シャワーを終え、脱衣所に出る。

そこに用意されていたのは、バスタオル1枚だった。


…………やっぱり。


頭の中で拒否反応が起こるが、それすらも無視する。


この家で、俺に人権なんてない。

俺には拒否権も発言権も何もない。

何故生かされているのかもわからない。


ただ1つ言えるのは、"ここから逃げられない"と言うことだけ。



「……今、出ました」

「遅い」

「ご、ごめんなさ……っ……!」



謝り終える前に飛んできた拳。

踏ん張りも効かず、背中から倒れ込む。


痛い……っ!


あまりの痛みに、顔を歪める。

そんな俺を、真希さんは無表情で、蔑むように見下ろし。


そして……。

妖艶に微笑んだ。


あぁ。

始まる……。



「柚希。立て」



またズキズキと痛みだした背中を庇いながら起き上がる。

真希さんは俺の部屋の扉を開け、入れと顔で指し示す。


殴られるよりも蹴られるよりも。

鞭や蝋燭やピアスよりも。

俺はこの行為が、嫌いだ。


入るや否や、ベッドに押し倒されて、真希さんが覆いかぶさってくる。

見下げてくるその瞳は、爛々と輝いている。



「柚希……」



俺は諦めるように、そっと目を閉じた。


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