腐男子な俺が全寮制男子校で女神様と呼ばれている件について

茅ヶ崎杏

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April

日常、そして非日常への期待① -side貴那-

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「大丈夫かな~? 《女神様》」
「問題ないでしょう。琥珀がいますから」
「でも…。蒼…、おこ、てた……」
「ですね。綺麗な顔で、かなり汚い言葉を吐いていましたね」
「ちょっと、意外だったねぇ~」
「ますます面白いじゃないですか」


 《女神様》が会長である秀吉に吠えかかった後、私たち3人は部屋の左側にあるリラックスルームで優雅なお茶会をしていた。
 あんなに騒がしい場所では流石の私も仕事にならないし、午後の昼下がりで時間もちょうど良い頃合い。
 私は、自分で淹れたアールグレイティーのカップを傾ける。うん、いい香り。


「貴那ちゃん、《女神様》のことすごく気にかけてたもんねぇ」
「だって、あの彼がここまで守る一般人ですよ? 学園にも彼経由で入ってきただなんて、興味ありませんか?」


 “彼”とは、私の天敵のこと。
 名前すら呼んだことがないのかもしれないレベルだ。幼稚舎から同じクラスだと言うのに。
 学園内では、“決して会わせてはいけない2人”として、広く知られているらしい。と聞いた時は、少し笑った。


「興味ある~! ね~賢心先輩!」
「ん…。蒼、…いいこ」
「彼は私が関わることを嫌がりそうですが、もうここまでくると関係ありません。我慢はおしまいです」


 空になったカップをゆっくりとソーサーに戻す。
 カチャリと小気味のいい音が響いた。


「さて、そろそろ戻りましょうか」


 3人分のカップを片し、揃って部屋の中央に戻る。そこにいたのは、秀吉1人だった。
 寂しい光景に、小さくため息をつく。

 なるほど。
 《女神様》との時間はお預けというわけですか。

 そう思ったのは私だけではなかったようで。


「あれぇ? 会長1人~?」
「……悪いか?」
「別に、悪くはないけどさぁ~」


 澪は自分の席でパソコンを立ち上げながら、少し口を尖らせる。もっと話したかったのだろう。
 かなり警戒されていたから、いたとしても話せたかどうかは定かではないが。

 私も席に着き、書類の整理を始める。


「《女神様》は帰られたのですか?」
「あぁ」
「それは大変残念です。私も澪と同じくもっとお喋りがしたかったのに」
「ふんっ。俺様は清清した。あんな身の程知らずで失礼なヤツ、もう二度と会いたくはない」


 心の底から嫌そうに吐き捨てる秀吉。余程頭にきたらしい。
 そんな《王様》らしからぬ秀吉の珍しい姿を見れて、私はとても満足していた。
込み上げてきた笑いを押し殺すように、言葉を紡ぐ。


「二度と会わないのは無理ですよ。私が連れてきますから」
「俺様のいない時にしろ」
「どうしてですか? 《女神様》、とても可愛かったじゃないですか」
「どこがだ」
「貴方に噛み付くところがですよ。あんなに責められたのは、秀吉も初体験だったんじゃありませんか?」
「貴那。貴様いい加減に──」


 誰かのスマホが着信を知らせる。
 出鼻をくじかれた秀吉は舌打ちをして、椅子に深く腰かけた。


「ごめん、ちょっと電話してくるね~」


 予想通り澪が立ち上がり、上にあるプライベートルームへの階段へ向かう。
 階段を駆け上がる澪に向かって、叫んだ。


「すみません、澪。帰りでいいので、双子を呼んでください」
「わかった~」


 パタンと閉まった、ロフトの一番右側の部屋。

 澪は月に1、2回程こういうことがある。
 電話くらい席で受ければいいと思うのだが、必ず部屋に入って受けている。
 まぁ、聞かれたくないことはどんな人でもあるとは思うので、詳しいことは聞かないけれど。

 3人となった空間を仕事の音が埋めつくす。
 双子と澪がいないと本当に静かだと思いながら、私もお喋りを中断し、まとめた資料を本棚へ直そうと席を立った。
 その時、ノック音が響いた。


「風紀委員の小鳥遊たかなしです」
「同じく、風紀委員の苺愛いちめです」
「はい、どうぞ」


 私がそう告げると、「失礼します」と入ってくる2人の風紀委員。
 2人はまっすぐ秀吉の正面に向かう。


「ご機嫌麗しゅう。御門生徒会長。お時間はよろしいでしょうか?」
「……」
「恐れ入りますが、緊急の案件です。来週末に予定しております、新入生歓迎祭に関する資料一式をまとめましたので、最終チェックをお願いしたく伺いました」
「置いておけ」


 ドスの利いた低い声。
 その辺の一般生徒ならこれだけで怖がって逃げる程の威圧感があるし、親衛隊なら喜んで尻尾を振りそうだ。
 しかし、目の前の2人はそのどちらでもない。すました顔のまま、1歩も引かずにむしろ詰め寄る。


「すぐにご確認いただけませんでしょうか?」
「俺様は今忙しいんだ。それは出来ない」
「急ぎなんです。今日中の案件なんです」
「手が空いたら見ると言っているだろう」
「それは一体いつで──」
「小鳥遊さん」


 恐らくこのまま放っておいても押し問答が続くだけと判断した私は、3人の間に割って入った。
 小鳥遊さんは体ごと私の方に向き直り、こうべを垂れる。


「姫川副会長。ご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌麗しゅう。申し訳ございませんが、今はお引き取り頂けますか? 秀吉、ちょっと気が立っていまして」


 なんて言うと、秀吉がギロリと睨んできたが気にしない。
 小鳥遊さんは、そんな秀吉の行動と私の言葉に、納得したように頷いた。

 彼はもう長年、私たち生徒会と風紀の橋渡しをしてくれている生徒だ。
 顔はそこそこだけれどとても愛嬌のある子で、肝が座っている上に私たちとの距離感も熟知している。
 小鳥遊さんの隣で控える苺愛さんも、中学からなので面識は深い。とても優秀な後輩だ。


「分かりました」
「いいんですか、里緒先輩? 今日中ですよね?」
「大丈夫、そのくらい皆さんもわかってるから。ほら、帰ろう沙絢さあやくん」
「あ、はい」


 「失礼しました」と2人が出ていくと、部屋にまた静寂が訪れる。
 私は本棚にファイルを片し終え、席に戻った。


「秀吉。仕事は効率良くしてしかるべきですよ」
「……わかっている」


 小さな声で呟く。
 それはまるで、怒られて拗ねた子どものよう。

 秀吉は、なんとも難しい子だ。
 意地っ張りで、頑固で、自分勝手で、他人に弱みを見せまいとするあまり、かなり横柄な態度になってしまう。
 でも、それは家柄的に仕方の無いことでもあった。大きな由緒正しき家なので、例え同じ家系の人間であっても弱みを見せれば命の危険もあるから。
 序列に厳しいのもその1つ。だから、さっきの《女神様》とのやり取りも、一概に秀吉が悪いとは言い切れないと思っていたりはする。
 ただ、それはすべてこちら側の問題。
 《女神様》にとってはそんな私たちの家の事情など知ったことではないだろうから、結果的には秀吉が悪い。何よりも言い方が悪い。
 もう少し相手の気持ちを考えて物事を伝えることが出来れば、少しは理解してもらえるというのに。

 だから、私は──私たち生徒会のメンバーは、この気難しい生徒会長の理解者でいたいと思っている。
 少なくとも私はそうでいるつもりだ。
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