腐男子な俺が全寮制男子校で女神様と呼ばれている件について

茅ヶ崎杏

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April

お化けよりも怖いもの①

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「お。お化け屋敷だぁ~」


 ハンバーガーを平らげ、何かと騒がしかった学園のトップペアと別れた後、途中で買ったストロベリー味のソフトクリーム片手に歩く俺たちの前に現れたのは、厳かかつ怪しげな雰囲気の漂うお化け屋敷。
 この遊園地の名物の1つで、人形ではなく生身の人間が脅かしてくる上、なんだかどこかに実在しそうなストーリーがめちゃくちゃ怖いらしい。しかも、が出るのだそうだ。

 入り口付近には、入る入らないの攻防をしているペアが数多くいた。下手したら喧嘩に発展しそうな程に真剣な面持ちで、俺たちが来たことに気づいてもいない。
 確かに"お化け屋敷"って定番のアトラクションで、気になる相手との距離を物理的に縮める手っ取り早い場所ではある。うまくいけば吊橋効果も得られちゃうし、怖いのが平気な人からすれば気になる相手と入ってきゃっきゃうふふしたいだろう。
 とはいえ、嫌がる相手に強制するのはどう考えても逆効果だと思うが。

 せっかくの出来立てほやほやなカップルがこんな些細な喧嘩でダメにならないことを祈りつつ、俺はその場を通り過ぎようと足を早めた。
 そんなあからさまな態度をとる俺に、特に揶揄することなく澪は長い足でついてくる。

 ちょっと不思議に感じた俺は、お化け屋敷エリアを出る一歩手前で足を止め振り返る。
 そんな俺の行動に驚いたのは澪の方だった。


「どーしたの?」


 小首を傾げる澪に、俺は慎重に言葉を探す。


「……お前、お化けとか怖いのか?」
「え? んーん、怖くないけど」
「そう。……」
「えっと、本当にどしたのぉ? ……もしかしてお化け屋敷入りたかった、とか~?」
「……っ、いいや!?」

 
 思わず大声を上げて、大袈裟に反応してしまう。そんな俺の必死な答えに、澪はけらけらと笑った。

 冗談じゃない。死んでもごめんだ。

 だがまぁ、今回に関しては入りたがっていると取られても致し方ないことをした自覚はある。
 ただなんとなく、澪のような陽キャは先陣を切って入りたがるものだと思っていたのに、そんなそぶりが1ミリもなかったから気になっただけだった。断じて俺は、入りたいなんて思っていない。

 お化けが怖いわけじゃない。というか、どちらかというとお化けに関しては一度見てみたいなって好奇心すらある。
 だけど、ダメだ。絶対に無理だ。もしも無理矢理に連れ込まれようものなら、暴力に訴えてでも逃げてやろうと思っていたくらいに無理なんだ。

 一息つく。いつの間にか握りしめていた拳を緩める。変な汗をかいている。
 そんな俺の様子に気づいていないらしい澪は、覗き込むようにして尋ねてくる。
 

「お化け、怖いのぉ?」
「ちげーよ。むしろ、いるなら見てみたいって思ってるくらいだ。つか澪の方こそ怖くないとか言ってたけど、入ろうともしなかったところを見ると、実は怖いんじゃねーの?」


 先程までの動揺をこれ以上悟られないよう、無理やり口角を上げて緑の瞳を挑発的に見返す。
 そんな俺の視線をものともせず、澪はふるふると頭を左右に振った。


「んーん、まったく。ぜーんぜん怖くなぁい。だって見たことないしー? そーゆー非現実的なものは信じない方だから~」
「つーことは、別に楽しめないから入らなかったってことか」

 
 澪の返答から、そう解釈をした俺が1人納得しかけたその時。
 「それもあるけど」と、ソフトクリームのコーンの最後の一欠片を口に放り込んだ澪が、小首を傾げて言った。

 
「蒼葉、暗くて狭いの、ダメなんでしょ?」
「へ?」
 

 口から出た声は、自分が発したとは思えないほどに間抜けなものだった。
 だって、俺が暗所閉所恐怖症なのを知っているのは、ルームメイトだった蓮だけ。もしかしたら俺の幼馴染みに聞いて、桜花ちゃんが知っているかもって程度だ。
 なにせ、暗くて密閉された空間がダメなだけで、暗い夜道なんかは平気。日常生活を送る上では特に支障がなく、これまで誰かにバレるようなこともなかったし、言う必要もなかった。だから、陽希やナギ、里緒たちも知らないはずだ。
 それなのに、これまで関わりがなかった澪がどうして知ってるんだ? 蓮が言った? いや、そんなわけ──。


「よぉ! 楽しんでるか~!?」
「ぐえっ!」


 突然、背中に大きな"何か"がぶつかってきた。そのままその"何か"はのしかかってくる。全体重をかけられることはなかったため転びはしなかったが、急な展開で意味がわからないし、重すぎて身動きが取れない。
 辛うじて動く頭を精一杯後ろに向けて、それに話しかける。


「何してんの、悠真」
「蒼葉が見えたから体当たりしてみたっ」
「意味不」
「そりゃそうだ。だって、別に意味なんかねぇもん」


 ニッと人好きする明るい笑顔を浮かべる悠真に、俺は大袈裟にため息をついてみせる。
 何だよその黒マリモみたいな理解不能な思考。アイツに悪い影響受けてんじゃねーの。妙に気が合ってたから、無いとは言いきれないところが恐ろしいわ。


「そろそろ離れろ、暑苦しい」
「うわ、ひっでぇ」
「ちょっと悠真~! 急に走り出すなよ~!」


 軽やかに駆け寄ってきたのは、爽やか代表颯くん。そういえばこの2人ってペアだった!
 スポーツイケメン枠で人気の高い2人。似ているわけではないが、似ていないわけでもない2人は、どちらも爽やかかつ大人っぽさと少年らしさを併せ持ったコーディネートをしている。あぁなんて素晴らしい!

 下がっていたテンションが急上昇していくのがわかる。
 そんな俺の心中を察したのか、冷めた目を向けてくる悠真。


「蒼葉ってガチで現金なヤツだよな……」
「ヤダなぁ、悠真くん。キミが色んな可能性を秘めてるだけじゃないか」
「まったく」


 呆れたように苦笑した後、その視線が俺の後ろへと向かっていく。

 
「にしても、マジ《貴公子様》とペアなんだな」


 コソッと耳打ちしてきた悠真に「当たり前だろ」と頷く。声が聞こえたのか、澪がゆったりと近づいてきた。
 

「こんにちは~。……んーとごめん、名前がわかんないや~。なんて言うの~?」
「あはは、そりゃそーっすよね。2-Aの森久保悠真っす。サッカーやってます」
「同じく2-Aサッカー部員の里中颯です。せっかくのデート中、お邪魔してしまってすみません」
「全然気にしないで~。蒼葉と仲良しなんだねぇ、森久保くん」
「えー、普通にダチっすよ」


 そう朗らかに笑う悠真に、澪は微かに眩しげに目を細めた。ものすごく微細な変化。ただやっぱり何か引っ掛かりを感じる。
 そんなほんの少しの表情の変化に悠真も颯くんも気づくことなく、内心首を傾げる俺を置いて話は進んでいく。
 

「そういえばお二人は、今からお化け屋敷にでも向かわれるんですか?」
「ううん。次の行き先は決まってないんだけど、お化け屋敷には入らないんだぁ」
「あ、そうなんすか? こんなところで立ち話してるから、てっきり入るのかと思ってましたよー」
「確かにここにいたらそう思うよね~。そう言うキミたちはあっちから来たみたいだけど、お化け屋敷に向かってたのぉ?」
「いえ、そういうわけではないんです。俺はせっかくだから入りたかったんですけど、お化け怖いって断固拒否されてしまって」
「おまっ!? 余計なこと言うなよ馬鹿!」


 慌てた悠真が、颯くんの口を両手で塞ぐ。そんな幼い行動を取る悠真に、俺はわざと揶揄うように言う。


「へぇー。悠真って、お化け、ダメなんだあ?」
「……べ、別にいいだろ。苦手なものの1つや2つ、誰にだってあるはずだし……」
「そりゃそうだ。でも、すっげー意外だったわ~。そうかそうか、まさか悠真がねぇ~」
「……クラスの奴らには絶対に言うなよ。特に里緒には、口が裂けても言うなよ」
「えー。どうしよっかなあ~」
「ちょっ! 頼むから!」


 必死の形相で縋ってくる悠真に、「わかったわかった」と返事する。軽くあしらってはいるが、正直頭の中はそれどころじゃない。

 声を大にして言わせてほしい。やっぱり悠真×里緒は公式だろっ!? 特に里緒にはバラされたくないって何!? 意識してるってことじゃん、最高じゃん!! あー、イイ! このことで揶揄われて顔を真っ赤にしてる悠真とか見たい! ……チクっちゃおうかな。

 なんて心の内が顔に出ていたらしく、青か赤か分からない顔色の悠真に何度も念押しされながら別れた。
 
 いつでもカッコいいタチだろうと思ってたいた悠真の意外な可愛い弱点。
 ふふふ、思考が溢れて止まりません!


「お化けが怖いなんて可愛かったねぇ、彼。森久保くん、だったっけ~?」
「森久保悠真くんです! アイツ、スポーツも勉強もできて性格もいい奴だから、あんな弱点があるなんてマジで意外! これぞギャップ萌え!」


 興奮する俺を見てクスッと微笑んだ澪は、止めていた足を動かし俺の横を通り過ぎた。

 少し強い風が吹き抜ける。
 

「……お化けなんかより、生きてる人間の方がよっぽど恐ろしいのにね」
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