腐男子な俺が全寮制男子校で女神様と呼ばれている件について

茅ヶ崎杏

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April

ハンバーガーが冷めないうちに②

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「やっほー、会長じゃ~ん」
「澪か。何をしている」
「委員長とおんなじこと聞く~。ランチだよぉ! それより2人ってペアなんだねぇ~」
「あぁ、皮肉なことになー。ったく、あの祭り野郎……。何が悲しくて、むさ苦しい男とこんなメルヘンな場所に来なきゃなんねぇんだか」
「それは俺様のセリフだ」


 顔を見合わせて、はぁ……とため息を吐く《王様》と《魔王様》。
 
 ペア。この2人がペア。《王様》と《魔王様》がペア。つまり、運命共同体。
 俺が勉強した薄い本の知識では、生徒会長と風紀委員長は犬猿の仲だった。だからまさか、こんなペアが成立するとは思わなかった。陽希! お前マジで最高だわ!
 納得はいってないようなので、きっと希望にお互いの名前を出したりはしていないんだろう。だがしかし、聞くところによると普通に仲良しみたいだし、今目の前で繰り広げられたやりとりだけでも険悪な感じは全くしなかった。
 と言うことは、何かがどうにかなって、今回のこの遊園地デートであんなことする関係になっちゃう可能性はゼロじゃないってことですよね?
 うっわ何だよ最高じゃん! なかなか見ないよ、見なさすぎて考えすらしてなかったですよ! 生徒会長と風紀委員長。あー、どっちが上だろう? ランキング的にはバ会長が1位だから上ってことになるけど、何となく世羅先輩がネコしてるのは想像できない。この鬼畜ドSな《魔王様》がネコだなんて、俺の豊富な想像力を持ってしても少しばかり無理がある。だとしたらバ会長が下? あー、そういえば琥珀くんに殴られちゃって黙らされてたな! おおいいじゃんか、風紀委員長×生徒会長。ぜひとも見せてくださああい!!


「……なぁに考えてんだあ? ん?」
「ヒィ!?」


 突然耳元で聞こえた、直接脳に響くようなイケボに、旅に出ていた思考では処理能力が追いつかず身体が震え上がった。混乱する中、いつの間にか腰に回された腕にまるで抱き上げられるように立ち上がる。
 驚き見開いた俺の視界いっぱいに広がるのは、世羅先輩の顔。ニヤリと上げられた口角と獲物を射止めるような鋭い眼を見た瞬間、反射的に逃げようとしたが、背中と後頭部をがっしり捕らえられていて、1ミリも離れられなかった。

 待って何この状態、誰か説明プリーズミー。


「……え、えぇと……」
「くくっ。まるで怯えた子鹿だな」
「……誰が子鹿ですか」
「オマエだよ、藤咲」
「馬鹿言ってないで離してください」
「嫌だっつったら?」
「ふざけないでください」
「ふざけてるか、試してみるか?」
「はぁ? ちょ……ひゃっ!?」


 喋っている間に何とか冷静さを取り戻しかけていたら、徐に耳に噛み付かれた。直に生暖かい吐息が当たり、何だかぞくぞくする。
 何これやばい。今まで揶揄からかわれることはあっても、手を出してくるようなことは無かったのに、なんでこんなことになってるわけ? 桜花ちゃんがいないから? そうなのか?


「は、なせ……ッ、せんぱ……ッ!」


 先輩の体を押してみてもビクともしない。と言うより、何だか力が入らない。抱き竦めてくる力が強いのもあるが、多分今の俺が弱すぎる。


「耳、弱すぎ」


 「そういや前も変な声出してたよな」なんて愉しげに囁かれて、顔に熱が集まる。
 前っていつだよ。最近先輩に会ったのって──あぁ、生徒会室帰りか。そういやあの時も耳元でなんかされた気がする。
 どうやら俺は、耳が弱いらしい。こんなこと、別に知りたくなかった……。

 一生懸命離れようと腕に力を込めるが、ふぅ……と息を吹きかけられてそれどころではなくなる。
 いい加減離れろと声を上げようとした時。


「……やっぱり──」

 
 何か小さな声を聞いた気がした。
 どこか哀しげなその声音に不思議な違和感を覚えて、視線を巡らせた次の瞬間――。


「そこまでえ!」
「……いっ!」
「あ、ごめーん!」


 ぐいっと顔を掴まれ、強制的に世羅先輩から引き剥がされる。指が食い込んで痛かったが、それより何より助かったことに安堵する。


「ありがと、澪……」
「いいえ~。ってゆーか、雅いいんちょー!」


 息を整えて顔を上げると、腰に手を当てた澪が《魔王様》に食ってかかっていた。


「何してくれちゃってんのさあ! 蒼葉はオレとペアなんだけどー!?」
「悪ぃな綾瀬。こいつの顔見てたら、何か煽られてよ」


 「悪い」と口では言いつつ全然悪びれていない《魔王様》。全く反省していない様子で厭な笑みを向けてくる。
 居た堪れなくなった俺は、顔ごとあらぬ方を向く。


「……何ですかそれ。煽ってませんよ」
「あーうー。……ごめんだけど、さっきのあの表情は煽ってるように見えても仕方ないって言うかぁ……」
「え」


 まさかの人物からの攻撃にぽかんと口を開ける。
 さっきのあの顔って、思考が旅に出てた時のことか? 妄想中に、顔が緩んでたってワケ? うっわ最悪。急なCP供給に、表情のことにまで頭が回ってなかった。やらかした。

 頭を抱えた俺の前に、食べかけのハンバーガーが差し出される。歯形から見て、俺のハンバーガーに間違いない。
 あれ? そういえば俺、直前までハンバーガーを食べていた。でも気がついたらハンバーガーは手の中から消えていた。で、今、俺のものと思われるハンバーガーが目の前に差し出されている。……ん?


「……おい、いい加減受け取りやがれ」
「え」


 思考している間、無言でハンバーガー見つめていると、頭の上から低い声が降ってきた。顔を上げると、そこには赤と黒の男。そういえばいたな。空気になってたから忘れてた。
 ということはつまり、この茶番の間中俺のハンバーガーを守ってくれていたのは、この赤と黒の何様俺様バ会長様だったってこと……?

 無言で突きつけられるハンバーガーを俺も無言で受け取る。
 そんな俺を一瞥すると、特に何も言わずに顔を背けるバ会長。何だよ、なんか言えよムカつくな。
 ……だけど、あの間ハンバーガーを持っていてくれたのは確かだし。癪だけど、ここはちゃんとお礼を言ったほうがいいか……? 人としては、言うべきなのかもしれない。ものすごく癪だけど。
 大変不本意ながらその結論に達した俺は、意を決してバ会長の背中に向かって声をかける。


「……、あ、ありが──」
「ふん。何が煽られただ。あんな呆けた阿呆丸出しの顔にそそられるなど、雅も落ちたものだな」
「バァーカ。確かに締りのない表情だったが、それがいいんじゃねぇかよ。美人の隙だらけの顔って唆られねぇ?」
「言ってることは理解できるが、それとこれとは別問題。人によるだろう。それよりも手を洗いに行くぞ。あの庶民の食い物を持っていたせいで手が穢れたからな」
「ちょっとかいちょー。あんまりハンバーガーのこと甘く見ないでよねぇ? どーせ食べたことないんでしょ~?」
「ふん、当たり前だ。誰が食うか、そんな庶民丸出しの食い物」
「んーまぁ、食べる食べないは人それぞれだけどねぇ」
「秀吉、お前なぁ……。ここは学園じゃねぇし、目の前には一般人の藤咲もいんだから、言い方には気ぃつけろ」
「うるせぇ。俺様はただ事実を言っているまでだ。悪いか」
「悪りぃよ。悪くないと思ってるお前の思考がおかしいんだよ。……気持ちは分かるが、藤咲落ち着け」
「いや、一発殴らせろ……ッ!」
「蒼葉、どうどう……。会長のあぁいうのは今に始まったことじゃないし、殴っちゃうと学園生活棒に振るよぉ……」
「…………それは困る」


 2人に宥められて仕方なく振り上げていた拳を下ろした俺に、バ会長は見下したような視線を向けてくる。やっぱり殴ってやろうか……。
 つーか、俺のハンバーガーを持ってたのはお前の勝手だろうが。誰も持っててくれなんて頼んでねぇし。それであそこまでハンバーガーを貶される必要も、庶民を馬鹿にされる筋合いもない。あー、ちょっとでも奴の善意を信じた俺が馬鹿だった!
 考えれば考えるほど荒ぶる気持ちを抑えるために、どかりとベンチに座り直すと、ハンバーガーにかぶりつく。
 
 
「……ともかく。さっきみたいなイチャイチャは自分のペアとヤってくださいよ世羅先輩。その赤と黒の何様俺様バ会長様が相手になってくださるでしょ」
「あ゛? 誰が馬鹿だと? 貴様、誰に向かって言っている」
「赤と黒の……、なるほど……」
「いや~、流石の俺もコイツは無理だわ。悪りぃな、秀吉」
「……おい雅、その妙な言い方はやめろ、俺様も貴様などお断りだ。つーか、食いつくべきはそこじゃねぇだろうが!」
「え? ここ以外あったか? 馬鹿はともかく、赤と黒なのは事実じゃねぇか」
「あははっ、赤と黒のかいちょーフラれてる~!」
「うるさいぞ澪! 確かに赤も黒も好きな色だが、それをとやかく言われる筋合いはない! あと、俺様は馬鹿じゃない!」


 顔を赤くして怒鳴るバ会長と、口元に笑みを浮かべながら飄々と応える世羅先輩。そして、そんな2人をケラケラ笑いながら茶化す澪。
 3人の賑やかなやり取りをBGMに、すっかり冷めてしまったハンバーガーを平らげた。

 ──その頃には、一瞬聞こえた声のことなんて綺麗さっぱり忘れていたのだった。
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